第36話:本当のこと、全部
――今は、帰路。
王都に向かう寝台列車の一等客室で、エルダとラファエルは向き合って椅子に座っていた。個室の外には護衛の騎士が控えている。
「もう一度確認よ? レイが呪いで眠ったり、命を落としたりすることはない……本当に信じていいのね?」
怖いくらい真剣なまなざしで、エルダはラファエルに問いかけていた。
「本当です」
「……そんなにたくさん痣があるのに」
少し頬を熱くしながら、エルダがラファエルの二の腕や胸を凝視していた。痣の状態を把握するためにシャツを脱がせている――露わになった彼の上半身には、痛々しいほどに痣が広がっていた。
「これも少しずつ消えると、ドクター・ピーナに言われています」
「……そう」
二度、三度とくり返しその話を聞いて、エルダはようやく安心してきた。……彼が死なず済むのなら、ひとまずは、それでいい。
「分かったわ……じゃあ、シャツは着て大丈夫よ」
でも、「それだけで十分」とまでは言えない。気になることは、他にもある。
エルダは深呼吸をして、ラファエルを正面から見据えた。
「でも。やっぱり私たち、距離を置くべきだわ」
「……なぜですか」
「だって――」
だって。
「あなたには、婚約者がいるんだもの」
現実を直視するのが怖い。けれど、逃げずにまっすぐ言った。
「なのに私に想いを寄せるなんて、そんなのは……!」
「エルダ」
ラファエルがそっと声を重ねる。
「私に婚約者なんていません」
「……嘘つき」
「本当です。なぜいると思ったんですか?」
「だって、王太子殿下が……」
「執事のフェンネルから、当時の状況は聞きました。殿下は『婚約者』なんて一度も言っていなかったはずです」
「え?」
エルダは、必死にあの日の記憶を手繰り寄せた。
王太子はなんと言っていた?
……結婚式。『愛しの君』への挨拶。
正直を言うと、細かいところは覚えていない。胸にぽっかり穴が開いて、頭が真っ白になっていた。
「まさかエルダが、そんな勘違いをしていたとは……。どうりで噛み合わないはずだ」
レイは溜息をついた。
「今から大事なことを伝えます。できるたけ驚かないでください」
ラファエルが言ったこと。それは――。
「実は私は、既婚者です」
――がつん。と、頭を殴られたような衝撃だった。
「そんな……!」
まさか入籍していたなんて。
「そ、それじゃあ、奥様はどこにいらっしゃるの!? 私、一度もご挨拶をしたことがないわ。こんな失礼なことって……」
「その心配はありません」
「え?」
「あなたなので」
――は?
「私の妻は、エルダです。実はもう私たちは入籍済みです」
「はい――――――!?」
絶叫だった。
あわあわと震えるエルダに、言い聞かせるようにラファエルが続ける。
「あなたがまだ眠っている間に、婚姻届を提出しました。届け出に必要なのは夫の署名と、妻の家の当主の署名――オルドー子爵家が取り潰される前に署名させました」
「なんっ……、なんで勝手にそんなこと……!」
「すみません。本当はずっと打ち明けたかったんです。でもいきなりそんな話をしたら、ショックで呪いが再発するかもしれないでしょう? だから先に、しっかり関係を深めなければと」
「じゃなくて、そもそもなんで入籍したの!?」
「国王を納得させるためです」
「?」
ラファエルは話した――入籍の背景には、王家との縁組を避ける意図があったと。
「縁談を求める貴族があとを絶たず、とくに王家からの打診となると厄介で。ですが、エルダ以外を娶るなんてありえません」
だから、入籍したそうだ。親友の王太子が、いろいろと便宜を図ってくれたらしい。
「…………」
エルダは、開いた口が塞がらなかった。
「勝手にすみませんでした」
ラファエルは椅子から立ち上がると、エルダの前にひざまずいた。
「エルダ、どうか私と結婚してください」
「…………もうしてるじゃないの」
なんだか、おかしい。
噴き出して笑ってしまった。
「レイったら、いつからそんなに強引だったの。……もしかして最初からそうだった?」
クスクスと、笑いが全然止まらない。
心に羽が生えたみたいで、すごく軽い。楽しくて、なんだか嬉しい。
「あははははは」
「エルダ?」
「私とっくに、レイのお嫁さんだったのね」
ぎゅ。と、エルダはラファエルを抱きしめていた。
「これからは言ってね」
「……?」
「安心して、全部教えて」
大輪の花が綻ぶように、エルダは泣き笑いをしていた。
「全部知りたいの。レイのこと」
「…………エルダ」
ラファエルが、ぎゅっとエルダを抱きしめ返す。その腕は少し震えていた。
「はい。――遠い昔から、ずっとあなたを愛していました」
「うん」
胸の中で甘えるように、エルダは身体の力を抜いた。
「私も。レイを愛してる」





