第35話:惨めな女の幕引き
「――エルダ!」
鋭い叫びは、ラファエルの声だった。十数名の騎士を連れ、血相を変えて駆け込んでくる。バーネットやセージの姿もあった。
アルシュバーン家の騎士達は瞬く間に悪漢どもを鎮圧し、キャロラインは愕然とした顔でその場に立ち尽くす。
エルダは、ラファエルにきつく抱きしめられていた。
「エルダ! こんなことになっていたなんて……」
悔しそうに言いながら、ラファエルはエルダの口を縛る布をほどいてくれた。
騎士達が悪漢に縄を掛けて引きずり出していく中、ラファエルは冷たい声をキャロラインに投じた。
「貴様は、デヴォン侯爵家のキャロライン第九夫人だな」
不潔なゴミを見るような視線を、ラファエルはキャロラインに向けている。
「エルダの拉致を試みた罪は重いぞ。覚悟はできているだろうな」
「ひっ」
刃物のように鋭い視線に、キャロラインがすくみ上がっている。
「ア、アルシュバーン侯爵閣下……? あ、あの」
しどろもどろになりながら、キャロラインは必死に取り繕おうとしていた。
「ら、拉致だなんてそんな……。わたくしはただ、姉に会いたかっただけですのよ?」
キャロラインは、媚び入るような笑みを浮かべた。
「こうして閣下と直接お話をさせていただくのは、初めてですわね……! ああ、なんて美しいのかしら!」
そんなことを言いながら、キャロラインはラファエルに近寄ろうとしていた。
「閣下のおかげで、姉は目覚めたんですもの……家族としてお礼を言わせてくださいませ」
「……家族だと?」
レイが冷たく呟いた。
「ええ! あなたのようにすばらしいお方と、お近づきになれたらどんなに素敵かしら!」
ねっとりとした声で言い、目をパチパチとしばたたかせながら。キャロラインはなおも近づいてくる。
「ねえ、アルシュバーン侯爵閣下。わたくしと仲良くしてくださらない? デヴォン侯爵の弱みを教えますから、どうか今後はわたくしと――」
キャロラインがラファエルに手を伸ばす。だがその瞬間に叩き落されていた。
「情報など不要だ。貴様の愚行で、デヴォン侯爵家は信用を失うだろう」
「……へ?」
ぽかん、とした顔でキャロラインは間抜けな声を漏らしていた。
「愛人の犯罪行為はデヴォン侯爵の管理責任だ。エルダの拉致と家令への恐喝を、王立裁判所に申し立ててやる」
「き、恐喝なんて……! だって、エルダお姉さまはただの被験者で、用済みで放り出されたって……」
青ざめていたキャロラインは、やがてハッとした顔でグレンナを睨みつけた。
「こ、このババァ……! さては、わたしを嵌めたのね!?」
グレンナは明後日の方向を向いて聞こえないふりをしていた。……エルダには、いまいち状況が分からない。
ラファエルに命じられた騎士のひとりが、キャロラインを連行していった。
「いやぁああ! ちょっと離して、離してよぉ――!!」
人気のない倉庫街に惨めな叫び声が響き、やがて残響の尾を引いて消え失せた。
「――――はぁ」
ラファエルは溜息をついてから、忌々しそうにグレンナを睨みつけた。
「グレンナ。あなたの処遇はどうしてやりましょうか」
「はて? なんのことでございましょうかね、旦那様?」
「貴様……」
肩をすくめて笑うグレンナに、食って掛かろうとしたラファエル。そんな彼を引き留め、エルダは問いかけた。
「どういうこと!? ……私、全然わからないわ!」
キャロラインが待ち受けていた理由も、ラファエルが間一髪で助けてくれた経緯も全然わからない。
混乱しているエルダを見つめ、レイはもう一度溜息をついた。
「グレンナが、あなたを餌にしてデヴォン侯爵の愛人を罠にかけたのですよ。……まったく、こんなふざけた真似をするとは」
「許可なら取っただろう? 『その件は一任する』と言ったのはあんただよ」
「……っ!」
レイとマザー・グレンナが、また揉めそうになっている。
きょとんとしているエルダを見つめ、ラファエルはこめかみに青筋を立てながら教えてくれた。
「エルダの近況を知ろうと接触してきた彼女を、グレンナが逆に利用したんです」
「……レイは、その計画を知っていたの?」
「そんな訳がないでしょう!」
ラファエルが声を裏返らせる。
「あなたに危険が及ぶようなマネをするわけがない。グレンナの悪巧みを知ったのは、あなたが屋敷からいなくなった後でした……」
屋敷には、グレンナからの置き手紙が残っていたそうだ。その手紙にはキャロラインに与えた偽情報の内容と、倉庫街での取引日時が詳しく書いてあったらしい。
「馬車では到底間に合わず、馬を乗り継いでようやく間に合うかどうかのタイミングでした」
「先回りされないように、タイミングを図るのに苦労したよ」
「……万が一間に合わなかったら、どうするつもりだったんだ」
「あんたなら、どうとでもするだろう?」
「この……」
「それに頭を下げるのはあたしじゃなくて、あんた達のほうだろう?」
グレンナはにやりと笑って二人を見つめた。
「屋敷から引きずり出しでもしなきゃ、レイもエルダもごちゃごちゃ言い合ってばかりじゃないか。いい加減、その関係に白黒つけな。あたしは昔っから、グズが大嫌いなんだ」
「「……!」」
びしり。と、彼女はふたりを指さした。10年前とまるで変わらぬ威圧感に、ラファエルもエルダも絶句してしまう。
グレンナは旅行鞄を一つ持つと、ラファエルの脇をすり抜けてつかつかと歩いていった。
「……グレンナ。どこへ行く気ですか」
「アルシュバーン領に戻るのさ」
まるでレイに処罰される可能性なんて、まったく考えていない態度だ。
グレンナは振り返りもせず、そのまま歩き去っていったが――やがて突き当りの角を曲がる直前に、真顔でこちらをふり返った。
「エルダ、あとは自分で決めな。あたしの助言はここまでだ」
そのまま彼女の姿は曲がり角の向こうに消えてしまった。
……嵐が去ったような静寂。
取り残されたエルダとラファエルは、言葉を失くして立っていた。近くで控えていた二人の騎士が、ぽつりとつぶやく。
「うわー。やっぱ怖ぇな、あの婆さん」
「ほんと。昔から全然変わんないわ」
そう呟いたのは、セージとバーネットだった。
残り2話で完結です。明日(10月7日)は、お昼12時、夜18時の2話投稿ですのでよろしくお願いします!





