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10年の眠りから覚めたら、助けた少年が執着侯爵になって激重な愛を注いできますっ!  作者: 越智屋ノマ@10/8書籍発売『兄王陛下』/コミカライズ進行中


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第34話:デヴォン第九夫人②



「会いたかったわぁ。お姉さま」

ヒールの音を響かせて、キャロラインがエルダに近付いてくる。護衛と思しきガラの悪い男たちが、キャロラインの数歩後ろに控えていた。


目の前まで来たキャロラインのきつい香水の匂いに、エルダは思わず眉をひそめた。

「あなた、キャロラインなのよね……? どうして――」


どうして――……その先の言葉が出ないほど、彼女が変わり果てていた。

濃い化粧でもまったく隠しきれない小皺。脂肪でたるんで昔に比べてひと回り以上大きい顔。実年齢はエルダと同じはずなのに、まったくそう見えない。


「……ふん。なによ、その態度」

唖然としているエルダを見て、キャロラインは不満そうに鼻を鳴らした。


「お姉さまったら10年も寝てたくせに、随分と若作りね。……腹が立つわ!」

「キャロライン、なんであなたがここに? デヴォン侯爵夫人というのは……」

「わたしよ。『第九』夫人だけど」


「第九夫人……」

つまり、愛人だ。

この国では、貴族の愛人を「第二夫人」「第三夫人」と呼ぶことがある。


「あんな汚らしいジジイに囲われるなんて、本当に屈辱よ! ……まあ、それでも贅沢できるから我慢してたんだけど、最近はろくに金も寄越さないんだもの。いやになっちゃう!」


悪態をつくキャロラインを見つめながら、エルダは思い出していた――両親が借金苦のあまり、老貴族に売り払うような形で彼女を手放したという話を。


(その老貴族が、デヴォン侯爵だったのね……)


貴族社会から離れて久しいエルダでも、デヴォン侯爵家がアルシュバーン侯爵家と並ぶ古参貴族だということは知っている。


「わたしの人生、どうしてこんなことになっちゃったのかしら! ダニエルには浮気されるし、お父様もお母様も逮捕されちゃうし! ……でもね? 最近、おもしろい話を聞いたのよ。エルダお姉さまの悲(・)惨(・)な(・)暮(・)ら(・)し(・)ぶ(・)り(・)をね」


にたぁ……。と、キャロラインがいやらしい笑みを向けてきた。


「……何の話?」

「しらばっくれちゃって! 家令の婆さんから聞いたわよ。アルシュバーン侯爵家から追い出されたんですって?」

「……?」

「ほほほ、おかしくてたまらないわ!」


何の話をしているのか、エルダにはさっぱり分からなかった。


「お姉さまは、医療事業の被験者だったそうね。『アルシュバーン侯爵が昏睡状態の修道女を引き取った』って話は、聞いたことがあったもの。治療の甲斐あって、その修道女が最近目覚めたって噂もね」

キャロラインは甲高い声でまくし立てていた。


「痩せ衰えたお姉さまの顔でも見たら気晴らしになるかと思って、家令の婆さんに手紙を送ってみたのよ。そうしたら、お姉さまの近況を教えてくれたわ!」

得意げになって語り続けるキャロライン……。

一方、マザー・グレンナは狡猾そうな笑みを浮かべて頷いている。


「患者(おねえさま)が目覚めたことで、医療研究は無事に完了! 用済みになったお姉さまは屋敷から追い出されて、働き口も見つからずに困っているんですって?」


「え? 私は……」

思わず否定しようとしたら、マザー・グレンナに口をふさがれてしまった。


「間違いございませんよ、第九夫人さま! この娘は身寄りも稼ぐ手立てもない、惨めな女でございます」

(ちょっ……何を言ってるんですか、マザー・グレンナ!?)


目線で必死に抗議をするが、グレンナは完全にエルダを無視している。


(一体どういう状況なの!?)

エルダの腕を、キャロラインがきつく掴んだ。

「そんな惨めなお姉さまの為に、優しいわたしがぴったりの就職先を用意してあげようと思ったの。どんな就職先だと思う?」


グレンナがエルダを手放し、よろけたエルダにキャロラインがまとわりついた。

「娼館よ」

「……!?」

「この近くの歓楽街に、年頃を過ぎた女ばかりを働かせている娼館があるの。わたしが口を利けばすぐ雇ってもらえるから」


キャロラインは、ぐいぐいとエルダを引っ張りながら歩きだした。

「ま……待って、キャロライン。あなた、本気でそんなこと言ってる訳じゃ……」

「もちろん本気よ。年増好きの男どもに、せいぜい可愛がってもらいなさい」

「……!」


訳が分からない……でも。逃げないと。


「離して……離しなさい、キャロライン!」

「痛っ。もう、暴れないでよ! お前達、この女を連れて行きなさい」

キャロラインは、周囲に控える男たちに命じた。下卑た笑みを漏らしながら、彼らがエルダを押さえ込む。



「いや! 離して、誰か助けて――」

「うるさいわよ、お姉さま。お前たち、口も塞いでおきなさい」

キャロラインの命令で、男達が私の口に布を噛ませた。

恐怖できつく目を閉じる。まぶたの裏に、あの人の姿が浮かんだ。


(――――助けて、レイ!)



祈るように心の中でそう叫んだ、次の瞬間。





「――エルダ!」


強く鋭い叫びとともに、靴音の群れが背後で響いた。


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