第34話:デヴォン第九夫人②
「会いたかったわぁ。お姉さま」
ヒールの音を響かせて、キャロラインがエルダに近付いてくる。護衛と思しきガラの悪い男たちが、キャロラインの数歩後ろに控えていた。
目の前まで来たキャロラインのきつい香水の匂いに、エルダは思わず眉をひそめた。
「あなた、キャロラインなのよね……? どうして――」
どうして――……その先の言葉が出ないほど、彼女が変わり果てていた。
濃い化粧でもまったく隠しきれない小皺。脂肪でたるんで昔に比べてひと回り以上大きい顔。実年齢はエルダと同じはずなのに、まったくそう見えない。
「……ふん。なによ、その態度」
唖然としているエルダを見て、キャロラインは不満そうに鼻を鳴らした。
「お姉さまったら10年も寝てたくせに、随分と若作りね。……腹が立つわ!」
「キャロライン、なんであなたがここに? デヴォン侯爵夫人というのは……」
「わたしよ。『第九』夫人だけど」
「第九夫人……」
つまり、愛人だ。
この国では、貴族の愛人を「第二夫人」「第三夫人」と呼ぶことがある。
「あんな汚らしいジジイに囲われるなんて、本当に屈辱よ! ……まあ、それでも贅沢できるから我慢してたんだけど、最近はろくに金も寄越さないんだもの。いやになっちゃう!」
悪態をつくキャロラインを見つめながら、エルダは思い出していた――両親が借金苦のあまり、老貴族に売り払うような形で彼女を手放したという話を。
(その老貴族が、デヴォン侯爵だったのね……)
貴族社会から離れて久しいエルダでも、デヴォン侯爵家がアルシュバーン侯爵家と並ぶ古参貴族だということは知っている。
「わたしの人生、どうしてこんなことになっちゃったのかしら! ダニエルには浮気されるし、お父様もお母様も逮捕されちゃうし! ……でもね? 最近、おもしろい話を聞いたのよ。エルダお姉さまの悲惨な暮らしぶりをね」
にたぁ……。と、キャロラインがいやらしい笑みを向けてきた。
「……何の話?」
「しらばっくれちゃって! 家令の婆さんから聞いたわよ。アルシュバーン侯爵家から追い出されたんですって?」
「……?」
「ほほほ、おかしくてたまらないわ!」
何の話をしているのか、エルダにはさっぱり分からなかった。
「お姉さまは、医療事業の被験者だったそうね。『アルシュバーン侯爵が昏睡状態の修道女を引き取った』って話は、聞いたことがあったもの。治療の甲斐あって、その修道女が最近目覚めたって噂もね」
キャロラインは甲高い声でまくし立てていた。
「痩せ衰えたお姉さまの顔でも見たら気晴らしになるかと思って、家令の婆さんに手紙を送ってみたのよ。そうしたら、お姉さまの近況を教えてくれたわ!」
得意げになって語り続けるキャロライン……。
一方、マザー・グレンナは狡猾そうな笑みを浮かべて頷いている。
「患者が目覚めたことで、医療研究は無事に完了! 用済みになったお姉さまは屋敷から追い出されて、働き口も見つからずに困っているんですって?」
「え? 私は……」
思わず否定しようとしたら、マザー・グレンナに口をふさがれてしまった。
「間違いございませんよ、第九夫人さま! この娘は身寄りも稼ぐ手立てもない、惨めな女でございます」
(ちょっ……何を言ってるんですか、マザー・グレンナ!?)
目線で必死に抗議をするが、グレンナは完全にエルダを無視している。
(一体どういう状況なの!?)
エルダの腕を、キャロラインがきつく掴んだ。
「そんな惨めなお姉さまの為に、優しいわたしがぴったりの就職先を用意してあげようと思ったの。どんな就職先だと思う?」
グレンナがエルダを手放し、よろけたエルダにキャロラインがまとわりついた。
「娼館よ」
「……!?」
「この近くの歓楽街に、年頃を過ぎた女ばかりを働かせている娼館があるの。わたしが口を利けばすぐ雇ってもらえるから」
キャロラインは、ぐいぐいとエルダを引っ張りながら歩きだした。
「ま……待って、キャロライン。あなた、本気でそんなこと言ってる訳じゃ……」
「もちろん本気よ。年増好きの男どもに、せいぜい可愛がってもらいなさい」
「……!」
訳が分からない……でも。逃げないと。
「離して……離しなさい、キャロライン!」
「痛っ。もう、暴れないでよ! お前達、この女を連れて行きなさい」
キャロラインは、周囲に控える男たちに命じた。下卑た笑みを漏らしながら、彼らがエルダを押さえ込む。
「いや! 離して、誰か助けて――」
「うるさいわよ、お姉さま。お前たち、口も塞いでおきなさい」
キャロラインの命令で、男達が私の口に布を噛ませた。
恐怖できつく目を閉じる。まぶたの裏に、あの人の姿が浮かんだ。
(――――助けて、レイ!)
祈るように心の中でそう叫んだ、次の瞬間。
「――エルダ!」
強く鋭い叫びとともに、靴音の群れが背後で響いた。





