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10年の眠りから覚めたら、助けた少年が執着侯爵になって激重な愛を注いできますっ!  作者: 越智屋ノマ@10/8書籍発売『兄王陛下』/コミカライズ進行中


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第33話:デヴォン第九夫人

――なんで?

どうしてなの……レイ?


たゆたうような眠りの中、エルダの意識は彷徨っていた。



家族愛と呼ぶには重すぎる彼の優しさが、もしかして恋愛感情なのではと感じたことは確かにあった。

……でも、気づかないふりをしてきた。

一生気づかず、自分の恋も告げることなく、それぞれ生きるべきだと思っていたのに。



もう、目覚めたくない。

エルダが意識の奥へ奥へと潜り込もうとした、ちょうどそのとき――。



カンカンカンカンカン!

けたたましい音がすぐ耳元で鳴り響き、エルダはびっくりして目を開けた。

「お目覚めかい、エルダ」

「マ、マザー・グレンナ!?」


見れば、グレンナが握り締めた棍棒でフライパンを打ち鳴らしていた。……ミリュレー修道院時代、寝坊したときに一度やられたことがある。


「いつまでも寝てんじゃないよ、まったく」

(……私、寝てたの?)


たぶん違う。

きっと呪いの再発だ。ラファエルの痣を見て、頭が真っ白になってしまったから……。


ハッとして、エルダは飛び起きた。

「レイは!?」

「あん?」

「レイの手に、呪いの痣があったんです! あれは……」


グレンナは、ふと眉をしかめた。

「騒ぐんじゃないよ、別に死にやしない」

「死なないって……。マザー・グレンナも、痣のことを知ってたんですか?」

「ああ。あんたの呪いの毒を、レイは自分の身体に打ち込んだ。そのときの副作用だとさ」

「…………!!」


エルダは耳を疑った。


「……なんでそんなことを」

「あんたを目覚めさせるためさ。あの子は命をかけたんだ」

「どういうことですか?」


グレンナは口をつぐんで肩をすくめた。どうやら、教えてくれないらしい。

エルダはベッドから飛び起きて、ラファエルに会いに行こうとした。――けれど。


「会ってどうするのさ? かわいそうな『坊や』をただ慰めてやるのかい?」


エルダの足が、ぴくりと止まった。


「あんたはレイをろくに知らない。あんたが寝ていた10年間に、あの子が何をしてきたのか。知る勇気もないくせに、いつまでも子ども扱いするのは傲慢すぎやしないか?」


――知る勇気?


「……たしかに、私は何も知らないのかもしれません」


昨日ダミアンと会ったときの、ラファエルの冷たい目。地獄を見てきた人の目だった。



「私だって……知りたいです」

「じゃあ支度しな。一時間後の列車に乗るよ」

「列車?」

グレンナは、顎でしゃくって扉のほうを指し示した。

「知りたきゃ、あたしについておいで。シェファマって街に、坊やに人生をめちゃくちゃにされた女がいる」


エルダは、ごくりと息を呑んだ。

「……分かりました」




   *


渡されたメイド服を着て変装をしたら、脱出は驚くくらい簡単だった。門番とは面識がなく、家令(グレンナ)同伴だったのが功を奏したようだ。


王都発の寝台列車に乗り込んだ。定刻になり、列車が低い唸りを響かせで出発した。


「マザー・グレンナ。シェファマの街にいるというのは、どんな方なんですか?」

エルダは、客車のソファでくつろぐグレンナに尋ねた。ふたりがいるのは一等客室。豪華な個室で、ベッドや洗面台などもある。


「着けばわかるよ」

旅行鞄から取り出したお酒の小瓶の栓を開けると、グレンナは窓の外を眺めてお酒を飲んでいた。


落ち着かない様子のエルダをちらりと見やり、グレンナは溜息をついた。

「まったく。落ち着きな、エルダ」

「……何も知らないままで、落ち着けると思いますか? せめて、少しくらいは教えてください。私が眠っている間、レイは何をしていたんですか」


瓶の酒を飲み干すと、グレンナはもう一度溜息をついた。

「しかたないね。どこから聞きたいんだい?」

「……ミリュレー修道院にいたレイが、どうして当主になったのか。そこからです」


そう。

そんな最初の話から、自分はなにも知らないのだ。


グレンナは教えてくれた――先代侯爵の庶子だったラファエルが、エルダのために侯爵家に戻ったことを。耳を疑うような話が、グレンナの唇から滑り出していった。


「アルシュバーン侯爵家の頂点に立ったレイは、新大陸の治療法まで手に入れた。だから、あんたは生きている」

「そんなことが……」

ラファエルが、そうまでしてエルダを生かそうとした理由。


――『愛しているからに決まっている』

耳によみがえる彼の叫びに、胸が張り裂けそうになる。エルダはぎゅっと胸を抑えた。


「一応、言っておくけどね。レイは、あんたが思うほど『お綺麗な紳士』じゃないよ」

「どういうことですか」

「エルダ。お前はまだ、レイの闇が見えてない」


マザーは、おもむろに2本目の酒瓶を取り出した。栓を開けると、ぐびりと飲み始める。


「アルシュバーン家の人間は、本質的には『毒蛇』だ。オルドー子爵家を破滅させたのだって、レイだったんだから」


唐突に実家の話題を振られて、エルダは眉を寄せた。


「実家のことなら聞きました。父の鉱山鑑定書の偽造を見抜いたレイが、王家に進言したんですよね」

「それは上澄みだけの話で、本当はもっと根深い。レイは何年もかけてじわじわと、オルドー子爵家を破滅に追い込んでいった」

お酒をひとくち、またひとくちと飲みながら、グレンナは続けた。


「キャロライン・オルドーの離婚も、オルドー家が鉱山ビジネスで大失敗したのも、レイが裏で糸を引いていたからだ。自身は法に一切触れず、外堀を埋めてオルドー子爵家を追い込んだ……あたしでも恐ろしくなるほど見事な手並みだった」

「! レイはどうして、そんなことを……?」

「報復さ。エルダを苦しめた『悪人』は、全員レイの餌食になった」


報復で、一家全員を破滅に追い込む? 信じられない――という否定の言葉を、エルダはぐっと飲み込んだ。

……あの人は、本当にやったのかもしれない。

それでも、エルダは彼の温かさを良く知っている。


「エルダ、あんたはとんでもない坊やを拾っちまったのさ。見捨てておけば、アルシュバーン家なんかに関わらずに済んだのに。余計な世話を焼いちまったね」

「そんなこと言わないでください!」

エルダは思わず声を荒くした。


「確かに私は、レイを理解しきれてないかもしれません。でも、だから何なんですか? やっぱり私は、レイに幸せになってほしいです」

彼の過去を知った今、思いはますます強くなるばかりだ。


でも、ひとつ。

どうしても、大事なことが気になっている。


「最後にもうひとつ教えてください。……レイの婚約者って、一体どんな方ですか」

「…………」

グレンナ・グレンナは応えなかった。

「マザー?」

いつのまにやら、ぐぅぐぅといびきをかいて眠りこけていた。



   *



「さあ、着いたよ。エルダ」


寝台列車の旅は3日間に渡り、とうとう下車のときが来た。列車のタラップを踏んで駅舎に降り立つ――潮風が、髪をなぶった。


国内最大の港湾都市・シェファマ。大貴族デヴォン侯爵の領地だ。

グレンナはエルダを、古びた倉庫街に連れて行った。


(こんな場所に、誰がいるの?)

ラファエルに人生を滅茶苦茶にされた女性とは……? グレンナはまだ、エルダに詳しいことを教えてくれていない。


「そろそろ教えてください、マザー・グレンナ。ここに誰が――」

「黙っておいで」

グレンナがふり返る。猛禽類のような眼光に、エルダは思わずビクリとしてしまった。



グレンナは、それから声を張り上げた。

「お待たせいたしました、デヴォン侯爵の第九夫人さま!! あなたのご所望の品を、このグレンナめがお届けいたしましたよ!」


――デヴォン侯爵の……第九夫人? そんな人とは面識がない。エルダが眉をひそめた、そのとき。


「あ~ら、遅かったじゃないの! 待ちくたびれたわぁ」


甲高い声を響かせて、倉庫の影から三十歳過ぎと思しき女性が現れた。装いは豪華絢爛だけれど、ぎらぎらしていて品がない。

ひどく化粧が濃いけれど、その顔には見覚えがあった。というか、この女性は――。


「キャロライン!?」

「会いたかったわぁ、お姉さま!」


かつり、かつりとヒールの音を響かせて、高慢な態度で近づいてくる女性――それはエルダの異母妹、キャロラインだったのだ。


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