第32話:告白
「ん…………。よく寝た」
朝の気配に誘われて、エルダは目覚めた。
少し目が浮腫んでいる。きっと、昨日の誕生日パーティで大泣きしたからだと思う。
「本当にすてきだったわ……」
夢のような1日だった。
エルダはサイドテーブルに置いてある3つの小箱を抱き寄せた。どれもラファエルからのプレゼントで、一生ものの思い出だ。
「ありがとう、レイ……。最高のお誕生日、一生忘れないわ」
でも、お誕生日はもう終わってしまった。だから思い出を胸に、自分は前へ進むべきだ。
(幸せになってね、レイ。私も自立に向けて頑張るから……!)
気合を入れ直すために、エルダは両手で自分の頬をぱしっと叩いた。
朝食後、エルダはひとりで蔵書室に入った。手に取ったのは、使用人向けの職業案内書だ。さまざまな職種や就労方法が紹介されている。
(このお屋敷を出た後、私がどんな仕事に就けるか。まずは下調べから始めましょう)
しっかり勉強しておかないと。10年眠っていた間に、世間は進んでいるはずだ。
住所不定無職27歳の元令嬢というなんとも微妙な現状だけれど、凹んでいる暇なんてない。
蔵書室の席に着いてエルダがじっくりと本を読んでいた、そのとき。
「――おはようございます、シスター」
振り返ると、侍女のアニスがそこにいた。
「いないから探しちゃいました。ここにいたんですね」
「ええ」
アニスが、ひょっこり覗き込んでくる。
「……職業案内書、ですか? どうしたんです、急に」
「ここを出たあとの働き口を調べておきたくて」
「え!!?」
アニスがよろけた。エルダは慌てて椅子から立って手を差し伸べる。
「大丈夫? どうしたのよ、アニス」
「どうしたって……シスターのほうですよ! まさか出ていくつもりなんですか!?」
「それはそうよ。いつまでもここにいたら、ラファエル様が困るでしょ」
「~~~~~~~っ!? ちょ、ちょっと失礼します!!」
アニスは激しくうろたえて、蔵書室から飛び出してしまった。
「……どうしたのかしら。アニスったら」
程なくして、ラファエルが血相を変えて現れた。なぜだか、ひどく余裕がない。
「エルダ!」
「おはようございます、ラファエル様」
居住まいを正して笑顔で言うと、彼の美貌に切なげな影が差した。――でも昨日が特別だっただけで、本当は『ラファエル様』と呼ぶのが正しい。
「……エルダ。どうして屋敷を出ようと?」
「いつまでもラファエル様にご迷惑をかける訳にはいきませんから」
「迷惑なわけないでしょう!」
しっかりと、手を包み込まれた。心臓がまた高鳴ってしまう――こんなの、ダメなのに。
「いつまでもそばに居てください。私にはあなたが必要です」
怖いくらいの真剣な瞳で、まっすぐに見つめてくる。そんなに、見つめないでほしかった。
「……ダメですよ、そんなの」
手を放そうとしたけれど、ラファエルは決して力を緩めてくれなかった。
「なぜ私から逃げたがるんですか?」
「ラファエル様こそ、どうしてそんなに私にかまうんです?」
「まだ分からないんですか」
彼は苦しげに息をつき、やがて、声を絞り出した。
「愛しているからに決まっている」
「………………!!」
言われた瞬間、頭が真っ白になった。ラファエルの目を、怖くて見つめ返すことができない。
……嬉しい。
そう思ってしまった自分が、いやだった。
「……だめ」
本当は、私もあなたが大好きと心が叫びたがっていた。……でも。だめだ。
ぐい、と引き寄せられていた。
そのままきつく抱かれて、逃げられない。
「離して……」
「逃がさない。私はエルダしかいらない。あなたのすべてが欲しいんだ」
言わないで。そんなの、絶対聞いちゃダメなのに。
エルダは、震えていた。
「お願い、やめて。……婚約者がいるくせに、どうしてそんなこと言うの?」
びくり、と彼の動きが止まった。
「婚約者……?」
「本当は私、知ってたの。レイはもうすぐ結婚するんでしょ? ……なのに、なんで『愛してる』なんて私に言えるの?」
びっくりした顔のまま、彼は身じろぎもしなかった。
「……そんなのって、不誠実だわ」
「エルダ。あなた……まさか」
「ともかく離して!」
彼の腕を振りほどこうと、エルダは両手に力を込めた。
――びり。という布の裂ける音がして、ハッとする。
力を込めた拍子に、ラファエルの手袋に指が掛かって破いてしまった。彼の素肌が露わになり――。
「……レイ! そのアザは――!」
「っ――」
彼の手の甲に浮かんでいたのは、いばらの呪いの痣だった。
ラファエルは弾かれたようにエルダから距離を取り、その手を背中に隠した。けれど、もう手遅れだ。
「……違います、エルダ。これは――」
「まさか、あなたまで呪いに……?」
ウソだ、そんなのあり得ない。恐怖に飲まれて、何も考えられなくなった。
自分が倒れることよりも、彼がいなくなるほうが怖い。
ラファエルの人生が壊れてしまう。
そう思った瞬間、エルダはその場に倒れ込んでいた――。
*
「……は!? なんだって、エルダが倒れた?」
グレンナは、素っ頓狂な声を上げた。
「そうなんです!」
「また呪いが再発してしまって――」
押しかけてきたアニスたちが、涙声で報告を続ける。
「ラファエル様と言い合いになったみたいです」
「……それで再発したってのか」
グレンナは呆れながら、アニスたちの話を聞いた。
「まったく、レイもエルダも情けない」
足早に、エルダの病室へと向かう。部屋の前の廊下に、元孤児たちが落ち着かない様子で立っていた。
「お前たち。ここはあたしに譲りな」
「「「え……」」」
「全員さっさと自分の持ち場に戻れと言ってるんだ。時間を無駄にするんじゃない」
元孤児たちを追い払うと、グレンナは病室に入った。ベッドにエルダが横たわり、ラファエルはひどく消沈した様子で彼女の傍らに控えている。
「レイ。あんたも出な」
「……グレンナ」
ラファエルは、訝しげに眉をひそめた。
「あんたとエルダじゃ、何か月待っても話が進みやしない。いい加減じれったいんだよ――エルダのことはあたしに任せな」
ラファエルを外に押し出すと、グレンナは眠るエルダを振り返った。
「いつまで経っても世話の焼けるガキばかりだね。…………ふん。面倒な仕事は一気に片付けるに限る」





