【Epilogue】私たちのこれから
「わぁ! エルダ様、きれいです!」
「まるでおとぎ話のお姫様みたいです……!」
ここは王都にあるアルシュバーン侯爵家のタウンハウス。フィッティングルームで花嫁衣裳を纏ったエルダは、侍女やメイドたちの歓声を浴びていた。
「ありがとう」
鏡に映る純白のドレスを見つめて、エルダも笑みをこぼしていた。レースと銀刺繍が咲き誇る花々のように輝き、息を呑むほど美しい。
「これで仮縫いだなんて信じられないわ」
結婚式の準備は着々と進行中だ。
――キャロラインによる『拉致未遂事件』から、早2か月。
あの事件後は平穏無事な日々が続いており、とくに困りごとはない。
……いや。
そういえば一つだけ、エルダには深刻な『困りごと』があった。それは――。
「エルダ!」
声が響いた。
フィッティングルームに通されたラファエルが、うっとりした表情でこちらを見つめている。早足で目の前まで来ると、彼はエルダを抱き上げた。
「きゃ」
「私の花嫁は、なんて美しいんだ!」
エルダの深刻な困りごと――それは、ラファエルが前にも増して甘々な態度を取るようになってしまったことだ。
「愛しています、エルダ」
「あの、レイ。人前でそういうのはね……」
エルダが抗議しようとすると、レイは
「結婚式の夜まで待てる自信がありません」
「!」
エルダの耳に唇を寄せ、声を落として囁いてきた。
(………………もう!)
*
フィッティングを済ませたあと、エルダはラファエルと一緒に書斎に移った。ソファに並んで腰を下ろし、招待客リストの確認作業を始める。
「名だたる家門が勢ぞろいね。さすが侯爵家の婚礼だわ……」
エルダは、ふと気づいたことをラファエルに尋ねた。
「デヴォン侯爵家は見当たらないけれど、やっぱりキャロラインのことが関係しているの?」
「ええ。あの家は先日の貴族議会でも1年間社交場への出入り禁止が言い渡されましたよ」
「そう……」
キャロラインには実刑判決が下り、国外へと追放された。愛人の管理責任を問われたデヴォン侯爵は、アルシュバーン侯爵家に莫大な賠償金を支払うことになっている。社会的な信頼を落とし、政治的なダメージも大きいようだ。
「あの子、今頃どうしているかしら」
「さぁ。修道院に身を寄せるなりなんなり、エルダに強いた生き方を自分で選べばよいのでは?」
「それもそうね……」
反省してまっすぐ生きてくれたら良いけれど、たぶんキャロラインは一生変わらなそうな気がする。
「――そんなことより」
ふいに腰を引き寄せられた。肩が触れ、ラファエルの体温が伝わってくる。
「私たちの、これからの話をしましょう」
ラファエルの胸に背を預け、エルダは頬を染めた。
「これからのこと……?」
「はい。結婚式のあと、エルダとしたいことがたくさんあります」
「どんなこと?」
「そうですね、まずは――」
そのとき、ノックの音が響いた。
「失礼します」
入ってきたのは、ミモザたち侍女3人組だ。
「エルダ様のウェディングドレスについて、針子たちから提案がありました」
「聞かせてくれ」
ミモザたちの話を聞き、ラファエルは納得したようにうなずいた。
「いいアイデアだな。ぜひそのように進めてくれ」
「かしこまりました」
3人が退室し、ラファエルは再びエルダを見つめた。甘やかな表情に戻り、再び肩を抱こうとすると――。
さらにノックの音が響いた。
「失礼します、ラファエル様」
入ってきたのは、庭師のマートル。修道院時代の仲間のひとりだ。
「結婚式に飾る花なんですが、いいアイデアを思いつきましたよ」
「……聞こうか」
「家紋の白薔薇を中心にしつつ、お二人の好きな野草を添えてはどうでしょう。ルピナスやカンパニュラあたり、ちょうど見頃ですよ」
「良いな。エルダはどうです?」
「とてもすてきね!」
「採用してくれ」
ラファエルの指示を受け、マートルがにかっと笑った。
「了解です! では」
マートルが退室すると、その直後。
「失礼します」
入れ替わりのように、今度は執事のフェンネルと料理人のリンデンが入ってきた。
「式で振る舞う料理について、確認が――」
「………………聞こう」
(レイ、機嫌が悪くなってきたわ……)
やがて彼らも退室し、ようやく部屋に静けさが戻った。
「まったく」
ラファエルの眉間には、まだ小さな皺が残っている。
「……ふふっ」
それを見て、エルダは笑みをこぼしていた。
「なんです、エルダ?」
「かわいいな、と思って」
まるで、ご馳走をお預けにされた仔犬みたいだ。
「かわいい……?」
まったく納得がいかなそうなラファエルに、エルダはそっともたれかかった。
「私がレイに恋してるかも……って、初めて気付いたのはいつだか分かる?」
突然の質問に、ラファエルは目を見開いていた。
「いえ。まったく」
「目覚めて2か月くらいの頃かしら。レイの執務室を掃除しにいったことがあるでしょう?」
「……ありましたね」
「私を長居させたくて、レイがわざと部屋を汚していたの」
「…………」
「それがバレたら、顔を真っ赤にして謝って。『少しでもそばにいてほしかった』って」
ラファエルは、気まずそうな顔で頬を赤らめた。
「あの瞬間よ」
「えっ?」
ラファエルは、目を丸くした。
「……どこに惚れる要素があるんですか?」
「全部。かわいくて、すごくきゅんとしたんだもの」
拗ねるレイも、子どもみたいなことをするレイも、エルダは全部大好きだ。
「きゅんと……?」
ラファエルは首をかしげていた。けれど、肩の力の抜けた、幸せそうな笑みをこぼした。
「まだまだエルダが分かりません」
「私もよ。レイのこと、もっと知りたい」
互いの指を絡め合いながら、ふたりは笑った。
これからも、ひとつずつ知っていこう。
他愛無いことで笑い合いながら、お互いのことをゆっくりと――。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
ヤンデレ年下ヒーローの短編もさきほど掲載したので、よければそちらもお楽しみください^^
⇒『王太子の手駒として暗殺者になる義弟を愛情たっぷりに育てたら、私専属の最強騎士に仕上がっていました』
https://ncode.syosetu.com/n9064mu/





