第30話:最高のサプライズ
「お帰りなさい。ラファエル様、シスター・エルダ。お誕生日パーティの時間まで、ゆっくり休んでくださいね!」
自室での休憩時間を挟み、夕食どきに侍女たちが迎えにきてくれた。通されたダイニングには、二人分のご馳走の準備が整っていた。
席についていたラファエルが、朗らかな笑みを浮かべて立ち上がる。
「お待ちしていました、エルダ」
「ありがとう。こんなにしてもらって、なんてお礼を言えばいいか……」
「特別な日ですから。10年分のお祝いをしなくては」
彼はエルダの手を取って、テーブルへと導いてくれた。
「……あら?」
ふと、エルダがラファエルの手を見つめる。
「レイ。どうしてお屋敷の中でも手袋をしているの?」
外出時に着けていた白手袋を、なぜかラファエルは外していなかった。礼装でもないのに、室内で手袋を着用するのは珍しい。
「ええ。最近は、貴族男性の間で手袋の着用が流行っているんですよ」
ラファエルは、さらりと答えて微笑している。
「へえ。10年寝てると色々変わるのね」
「じゃあ、食事を始めましょうか」
豪勢なディナーの並んだテーブルを二人で囲む。
ミモザたち3人の給仕はとてもスマートで、思わず見惚れてしまうくらいだ。夢見心地のうちにディナーは進み、やがてデザートの時間になった。
ラファエルが、すっと立ち上がってエルダの前までやって来た。ひざまずき、優しい笑みを咲かせてベルベットの小箱を取り出す。
「誕生日のお祝いです。エルダ」
「……嬉しいけれど、貰えないわ。ジュエリーサロンでも、すてきな指輪をいただいたもの」
「あれはただのお土産です。こちらは誕生日祝いですから」
戸惑いながらも、エルダは小箱を手に取った。視線で優しく促され、小箱の蓋を静かに開ける。
金細工のネックレスが入っていた。
アメジストとガーネットの二つの石が、絡み合う蔦飾りのなかで睦び合うように輝いている。
「今日のために特別に造らせたものです」
「とても素敵ね。……アメジストは、あなたの瞳の色と同じだわ」
するとガーネットはもしかして、自分の赤い髪だろうか――そんなふうに思った瞬間、頬が熱くなってしまった。
ふたりの色が交わるようなデザインは、まるで、何らかの気持ちを象徴するようで――。
(でも……私が受け取ってもいいの?)
エルダが躊躇していると、ラファエルは何気ない口調で説明を添えた。
「ああ。その二つの石は健康への祈りを込めて選びました」
「……健康への祈り?」
「ええ。新大陸では、アメジストは穢れを祓い、ガーネットは血液の巡りを高めて病を癒すと信じられているそうです」
「そうだったのね」
……ホッとした。
勝手にいろいろ憶測してしまい、恥ずかしくなってくる。
「受け取っていただけますか」
「ええ。ありがとう」
「着けてさしあげますね」
そう言うと、ラファエルはネックレスを取ってエルダの後ろに立った。
首の後ろに体温を感じ、耳まで熱くなってくる――真っ赤な耳を見られてしまうのではないかと心配しているうちに、首元には二つ石のネックレスが飾られていた。
「……とても綺麗」
自分にはもったいないくらい、すてきな贈り物だと思った。
「やっと渡せた」
ふっと小さな息を吐きだし、ラファエルは安堵したように笑っていた。
「10年前の誕生日は、渡せませんでしたから」
そうだ。あの日、レイが用意してくれたプレゼントを受け取る直前、エルダは眠りに落ちて。
「10年前、レイは何をくれるつもりだったの?」
「子供だましの安物ですよ。当時はそれが精一杯でした」
「……欲しかったな」
ぽつりとつぶやくと、ラファエルは切なげに微笑した。
「ありますよ」
「え?」
「あなたに渡せなかったあの小箱は、今も持っています。……未練がましいでしょう?」
それから、甘えるような声で尋ねてきた。
「僕に、あの日をやり直させてくれますか? ……シスター」
――ほしい。エルダはこくりとうなずいていた。
ラファエルはダイニングから一度出て、小箱を持って戻ってきた。あのラッピングには見覚えがある。10年前の誕生日に貰おうとしたプレゼントだ。
胸が、どきどきと早鐘を打つ。
エルダは立ち上がって、ラファエルの前に立った。10年前に戻ったみたいだ。あの日はエルダのほうが背が高かったのに、今ではラファエルのほうが高い。でも、あの日と同じ甘えん坊の彼が、すぐ目の前に立っている。
「お誕生日おめでとうございます、シスター」
「ありがとう。レイ」
ドキドキしながら、ラッピングを解いていく。小箱の中には、紫色のガラス玉が嵌った指輪が入っていた。一生懸命お金を貯めて、選んでくれたプレゼント。
うれしくて、手が震えた。
「……うれしい。すごく」
幸せが込みあげて、目から涙がこぼれそうになる。失われたあの頃が、胸の中に蘇ってきた。
「大事にするね……レイのプレゼント、私、ずっと大切にする」
指輪を大事に撫でながら、幸せをかみしめていた。
そんなエルダを、ラファエルは瞬きもせずに見つめていた。でも、やがて――。
「実はまだ、取っておきのサプライズプレゼントがあるんです」
彼はおもむろに呼び鈴を鳴らした。
これ以上、何をくれるというのだろう。これ以上はもう本当に――
「え?」
ダイニングに入ってきたのは、二十歳前後の男女が十数名。
屋敷で働く者たちのようで、メイドや料理人、庭師や執事、騎士までもがそこにいる。そしてミモザとローゼル、アニスとバーネットも彼らと一緒に一列に並んだ。
笑顔を輝かせる彼らを見て、エルダは目を見開いていた。その目から、ぽろりと涙が一粒落ちる。
――知っている顔だ。このメイドも、この料理人も騎士も庭師も執事も。全員……知ってる…………!
「シスター!」
「シスター・エルダ」
彼らは口々に『シスター』と呼んだ。
「みんな……!?」
修道院で共に暮らした子どもたちだ。レイも含めて13人、全員が目の前にいる。
「みんな、どうして!?」
かつて子どもだった彼らは、エルダを囲んでわいわいと声を弾ませた。
「俺たちみんな、アルシュバーン侯爵家に仕えてるんだ」
「おれ、庭師になったよ」
「わたしはメイドです!」
「私は執事になりました」
……これは夢ではないだろうか?
「シスター。……私たちのこと、覚えてる?」
「もちろんよ、絶対に忘れたりしないわ!」
エルダは一人一人を見つめて名前を呼んでいった。フェンネル、リンデン、マートル、セージ、ミモザ、アニス、ローゼル、バーネット、タンジー、ローズマリー、ホップ、ネトル、……そしてレイ。全員、大事な子。
「みんな! どうしてこれまで姿を見せてくれなかったの!?」
エルダが声を裏返らせると、みんなは意味ありげな顔をしてラファエルを見つめた。
「私がそうするように頼んだんです」
「レイが!? どうして?」
少し気恥ずかしそうな顔で、ラファエルは肩をすくめている。
「……エルダを驚かせたかったからです。だから、時期が来るまで内緒にすると決めました。身の回りの世話役として、侍女3人だけは早々に顔合わせしましたが」
ミモザたち侍女3人組が「はーい」と手を上げて笑っている。隣にいたセージが、不満そうに唇を尖らせていた。
「お前らばかりずるいぞ。俺らも早く会いたかったんだからな」
「良いじゃないの。こうやってサプライズプレゼントができたんだから」
「驚いてくれましたか、シスター? …………シスター?」
返事がなかなかできなかった。本当に、涙が止まらなくなっていたから。
「最高の……プレゼントよ……」
嗚咽しそうになりながら、エルダは笑顔でラファエルに尋ねた。
「もしかして、レイが皆に働き口を用意してくれたの?」
ラファエルは、言葉を選ぶような顔で沈黙している。12人の仲間たちは、ニヤニヤした目で彼を見ていた。
「働き口を提供したと言うのは、半分ハズレです。私から彼らに助けを求めたのが、雇うきっかけでしたから」
「助けを?」
「ええ。侯爵家の当主交代を目指すに当たり、私には頼れる味方がいませんでした。だからみんなに助けを求めたのです」
「そうだったの……」
エルダが眠りについた後も、ラファエルは仲間と支え合っていた――その事実を聞けただけで、エルダは胸がいっぱいだ。
「立派になったあなたたちを見たら、きっと天国のマザー・グレンナも喜んでくれるわね」
エルダが言うと、全員が怪訝そうな顔をした。
「マザー・グレンナが……天国へ?」
エルダは首をかしげた。何か変なことを言っただろうか。
「まさかみんな、マザー・グレンナが地獄行きだと思っているんじゃないでしょうね……。あの人が意外といい人なのは、皆も良く知ってるでしょ?」
「いや。というか、ええと……」
皆、なにやら言いたげな顔である。
「誰が死んだって!? この小娘が!」
懐かしいしわがれ声が、耳朶を打つ。驚いてダイニングの入り口をふり返ると――
「マザー・グレンナ!?」
タキシードスタイルの執事服を着た老婆が、颯爽と歩み寄ってきた。
「古臭い名前で呼ぶんじゃないよ。今のあたしはスチュワード・グレンナさ」
「家令!?」
エルダが声を裏返らせると、ラファエルが説明してくれた。
「グレンナには当家の家令として、普段は所領の管理を任せています。常軌を逸した高給取りですが、執務能力は確かですから」
「なんで……? マザー・グレンナは亡くなったんじゃあ……!」
「?」
「だってほら、私が地図を見つけたとき、レイとミモザが――」
ラファエルとミモザが、互いの顔を見合わせて考え込んでいる。
「……ミリュレー修道院がなくなったとは、伝えましたが」
「あのとき、マザー・グレンナの話はしてなかったと思います」
「えっ!!」
エルダは目を白黒させた。
記憶の糸を手繰り寄せ、エルダは顔をこわばらせた。……たしかに、マザー・グレンナのことは口に出しては尋ねていない。
ラファエルが、少し気まずそうに付け加えた。
「修道院の話題がエルダの負担になるのを避けて、聞かれるまでは伝えないつもりでした。ミリュレー修道院が解体されたタイミングで、マザーも含めた全員を侯爵家に引き入れたんです」
「………………!!」
絶句していると、マザー・グレンナがエルダの肩に手をかけてきた。
「田舎の修道院よりも、貴族の領地で幅を利かすほうが楽しいに決まってるからね。どうだい、エルダ。驚いたろう? …………おっと、なんだいあんたは。この程度で泣くんじゃないよ」
エルダは、マザー・グレンナに抱きついていた。声を上げて、子どもみたいに大泣きしてしまう。
「10年経っても相変わらず小娘だねぇ、まったく。久々にこき使ってやろうか」
「許しませんよ、グレンナ。今のエルダはあなたの部下ではありません」
「知ったこっちゃないね」
懐かしさと嬉しさで胸がいっぱいだ。倒れた先の未来に、こんな幸せが待っていたなんて――!





