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10年の眠りから覚めたら、助けた少年が執着侯爵になって激重な愛を注いできますっ!  作者: 越智屋ノマ@10/8書籍発売『兄王陛下』/コミカライズ進行中


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第29話:元婚約者との遭遇③

ラファエルは瞳に憎悪をたぎらせて、不快そうに顔を歪ませていた。エルダの前でいつも見せる、優しい笑みとは別人だ。

凍てつくような紫の瞳を、エルダは食い入るように見つめた。


「ひっ……! お前は……アルシュバーン侯爵!」

ダミアンが、怯えた声でそう叫ぶ。どうやら、ラファエルと面識があるらしい。


「――臭い」

すん、と鼻をひくつかせて、ラファエルは虫けらを見るような目でダミアンを見下ろしていた。

「ドブネズミ、お前のにおいは相変わらず不快だ。――消えろ」


ラファエルはすばやくエルダの肩を抱き、バーネットを一瞥した。

「バーネット。君にはエルダの護衛役を任せていたはずだ」

「すみません、ラファエル様」

「レイ! バーネットを責めないで。私がわがままを言ったせいで……」


レイは、小さく溜息をついた。

「……ともかく、行きましょう」

その場をあとにしようとしたレイの背中に、ダミアンが声を投じてくる。


「エルダ! お前まさか、こいつの情婦になったのか!? それだけはやめろ、この男はとんでもない悪党だぞ!」

「エルダ。耳を貸す必要はありません」

「俺はこの男に嵌められたんだ! お前の両親もだ!!」


ラファエルは、ダミアンを無視して歩き去ろうとしている。けれど――。

「俺がキャロラインと離婚したのも、そいつが罠を張ったからだ……!」


「…………『罠』だって?」

無視を決め込んでいたラファエルが、ダミアンを振り返った。


「ひどい言いがかりだな、ダミアン・クラーヴァル。妻がいる身でありながら、商売女と遊びふけっていたのは誰だ? だから離縁された。社交界でも有名な話だ」

「だ、だからその女たちは、お前が裏で雇って……」

「証拠は?」

「うっ……」

フッと冷たく鼻で笑うと、レイは吐き捨てるように言った。


「自業自得だ。――さあ、行きましょう、エルダ」


ラファエルは再び正面を向くと、エルダを促して大通りへと進んでいった。角を曲がる前の一瞬、ちらりとダミアンに視線を向けた。


「今より惨めな暮らしをしたくなければ、二度とエルダの前に現れるな。……二度とだ」



エルダもダミアンを振り返る。

地面に膝をついたまま、震え上がっているダミアンの姿が見えた。





   ***


ダミアンとの予期せぬ遭遇で、街歩きはおしまいになった。広場に留めていた馬車に乗ったエルダたちは、アルシュバーン邸へと戻る。


――気まずい沈黙の中。

「……すみませんでした」

ぽつりと、消え入るような声が響いた。




「え?」

「あなたを危険な目に遭わせ、不快な思いもさせました。すべて私の判断ミスです。……せっかくの誕生日だったのに」


深く頭を下げる姿は、出会ったばかりの頃の幼い『レイ』を思わせた。繊細で、ぽきりと折れてしまいそうなあの頃のレイを。


(……レイ)


エルダの胸が、ぎゅっと締め付けられるように痛んだ。

……この人には、いつも幸せでいてほしいのに。



「あやまらないで」

思わず、彼の両手をぎゅっと握っていた。ラファエルの身体が、驚いたようにぴくりと強張る。それでも彼は不安げだ。


「レイ、お願いだからそんな顔をしないで」

「しかし、私を軽蔑したでしょう?」

「どうして?」

「……色々な事実を、あなたに伏せていたからです」


彼の紫の瞳が揺れている。


「そんなことでレイを軽蔑するわけないでしょ?」

「……エルダ」

「私の身体を気遣って、負担をかけないようにしてくれてたのよね?」


いばらの呪いは、精神的なショックで再発することがあるとドクター・ピーナが言っていた。だからラファエルはこの話題を避けていたのだろう。……ミリュレー修道院がなくなったのを伏せていたのと同様に。


「ありがとう、レイ。でも心配しないで? こう見えて私、けっこう頑丈なんだから!」

冗談めかして力こぶを作ってから、エルダは優しい声でラファエルに尋ねた。


「だから教えて? 私の実家、どうなったの?」

ラファエルは押し黙っていたが、やがて重たい口を開いた。


「4年前に取り潰されました。その件には、……私も関わっています」

「詳しく聞いて良い?」


言葉を選ぶような口振りで、レイは言葉を紡いでいった。


「あなたの父君の不正を、私が見抜きました。彼は新大陸で購入した鉱山の鑑定書を偽造して、投資詐欺を働いていたのです。その鑑定書の不自然な点に気付いた私は、王家に調査を依頼しました」


その結果、詐欺が露見したオルドー子爵家は取り潰されたのだった。


「だからダミアンは、あなたを逆恨みしていたのね」

「……隠していて、すみませんでした。あなたの実家を壊したのは私です」

「レイのせいじゃないわ。あの人たちが、勝手に自滅しただけよ」

「エルダ……」


ラファエルは、それでも不安そうだった。


「ねえ、レイ。どうしてそんなに怯えているの?」

「…………あなたに軽蔑されるのが、怖いからです」

「何を言ってるの。私は絶対、レイを軽蔑なんてしないわ。――たとえどんな一面を見ても、絶対に」

まるで誓いを立てるように、エルダははっきりとそう言った。


ラファエルは優しい。

けれど、優しいだけではないのだと、ダミアンに接する彼を見たときに察した。

彼の心には、毒がある。トリカブトやベラドンナのような、身に秘めた危うげな毒が。


それでも、彼を嫌うなんてエルダにはありえなかった。

むしろ……。

そんな彼の全部を、抱きしめたくてたまらない。


(……でも、私はレイの『全部』を知っていい立場じゃないわ)

込み上げてくるこの切なさを、どう名付ければ良いのだろう? いや、むしろ気づいてはいけない感情なのだとエルダは思った。



「元気を出して! 私はいつもレイの味方よ」


婚約者でもない自分が、彼の過去を根掘り葉掘り聞き出すわけにはいかない。それでも、せめて彼の気持ちを少しでも軽くする助けになりたい。


「私、レイが悲しそうなのは嫌なの。今日のお出かけも、最高に楽しかったわ!」


エルダの笑顔につられるように、ラファエルも切なげな笑みを浮かべていた。

「……エルダ。ありがとうございます」



馬車はやがて、タウンハウスへと到着した。


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