第28話:元婚約者との遭遇②
「エルダ……やっぱりエルダじゃないか!」
十数年ぶりのダミアンは、別人のように落ちぶれていた。
不健康そうにたるんだ体と不潔な身なり。酔っぱらっているらしく、足取りが危うい。
歩み寄ってくるダミアンを、呆然としてエルダは見つめた。バーネットが庇うように割って入り、鋭い声で警告した。
「酔っ払いが。立ち去れ!」
「……バーネット。この人、私の知り合いなの」
「ダメです、シスター! こんな奴、相手にすることありません」
「お願いだから、少し待って」
エルダはバーネットをそっと押しのけ、ダミアンに向き合った。
「どこの貴婦人かと思ったら、まさかエルダだったとはな! 見違えるほどきれいになって、まるで別人じゃないか」
(別人なのは、あなたでしょ……)
どこをどう見ても貴族の身なりではない。
「エルダが生きていたとはなあ! 今どうしているんだ? ずいぶんと上等な身なりじゃないか」
頭のてっぺんから爪先まで舐め尽くすようにじろじろと見られ、嫌悪感が込みあげてきた。
「あなたこそどうしたのよ。オルドー家に婿入りしたはずでしょ?」
「オルドー家? 今さら何言ってるんだ。4年も前にお取り潰しになったじゃないか」
――え?
エルダがきょとんとしていると、バーネットが顔色を変えた。
「……っ、貴様! 適当をぬかすな。シスター、こんな男の言葉に耳を――」
「お取り潰し?」
「おいおい、エルダ。まさか、知らなかったのか!? お前の親父が新大陸の採掘ビジネスに手を出して、大失敗したんだ」
バーネットが遮ろうとするも、ダミアンは止まらなかった。
「借金漬けになって、詐欺に手を出したのが運の尽きさ。それがバレてオルドー子爵家は取り潰されちまった。お前の親父とお袋さんは死ぬまで懲役労働さ」
「何よそれ!」
完全に寝耳に水だ。
とっさにバーネットを振り返ると、バーネットは気まずそうに口をつぐんでいた。
「……じゃあ、キャロラインはどうしているの?」
「借金の方に売られたらしいぜ」
「は!?」
「正確に言うと、借金元の貴族が『妾によこせ』と言ったらしい。オルドー夫妻は支度金欲しさに大喜びでキャロラインを手放したそうだ」
「――もう行きましょう! シスター!!」
バーネットが、半ば強引にエルダを連れ出そうとする。バーネットの態度を見て、エルダは察した――ダミアンの話は、どうやら嘘ではないらしい。
エルダは、バーネットを押しとどめながらダミアンを睨みつけた。
「どうして他人事みたいな態度なの? ダミアンもオルドー子爵家の一員でしょ?」
「いや。僕はとっくに縁を切られてたから」
「なによそれ……」
ダミアンの口から出るのは、信じられないような話ばかりだった。
「キャロラインが妾になったのもオルドー家の取り潰しも、離婚後のことさ。あの家のゴタゴタに巻き込まれなかったのは、不幸中の幸いかもな」
衝撃の事実を次々聞かされて、頭の中がパンクしそうだ。
エルダが昏睡に陥っていた10年間のうちに、オルドー子爵家とダミアンはとてつもない不幸に見舞われていたらしい。
「――それより、エルダの話を聞かせてくれよ。どんな男に取り入ったんだ?」
目を爛々と輝かせ、ダミアンはそんなことを言ってきた。
「何の話?」
「身なりを見れば分かるさ。名のある貴族の夫人か妾にでも収まってところだろう? 昔は男に媚びるなんてできない女だったけど……意外だな」
「無礼な! 貴様、いい加減にしろ!!」
バーネットが声を張り上げた。
「シスター、行きますよ!!」
バーネットに肩を抱かれ、エルダは歩きだしていた。
だがダミアンは、粘ついた声でバーネットに絡んでくる。
「騎士さんよぉ、そんな言い方ないだろう。こう見えて僕は、エルダの婚約者だったんだから」
お酒に酔っているからなのか、怖いもの知らずの態度だ。今度は、エルダに話しかけてきた。
「なぁ、エルダ。助けてくれよ。あちこちに借金があって、全然首が回らないんだ」
「なっ……」
捨てた元婚約者からお金をせびろうだなんて、この男の頭はどうなっているんだろう。エルダは思わず声を荒らげた。
「ふざけないで!」
エルダはダミアンに正面から向き合った。
「私を捨てて妹に鞍替えしておきながら、よくそんな事が言えるわね!」
「何言っているんだよ。婚約解消は、エルダが呪いで家を継げない体になったせいじゃないか。僕のせいじゃない」
「よくそんなことが言えるわね! 呪いのことがある前から、あなたはキャロラインと恋仲だったじゃないの。私、全部知っていたのよ?」
「それは、まあ……」
おかしい。
この男はおかしい。
妹も父も義母も、みんなおかしい……!
「どこまで身勝手なの!? あなたたちが不幸になったのは、きっと自分のことしか考えなかったせいよ。神様が罰を与えてくれたんだわ!」
「なんだと!?」
顔を怒りに歪ませて、ダミアンは手を振り上げた。酒に酔っているせいで、正常な判断ができないのだろう。
バーネットがすかさずエルダの前に滑り込み、反撃の一手を繰り出そうとする。
――だが次の瞬間に、予想外の出来事が起こった。
バシッ、という鈍い音と同時に、地面に倒れ込むダミアン。
ダミアンを殴りつけたのは、バーネットではなかった。
「………………レイ?」
駆けつけてきたラファエルが、勢いそのままにダミアンを殴り倒していた。
「いてぇな……誰だ畜生…………ぐぁっ」
地面に伏していたダミアンの背中を、ラファエルが踏みつける。
「どうやら貴様は、命が惜しくはないらしい」
ラファエルの瞳はいつもの優しい色ではなかった。エルダが見たこともない、底冷えするほど冷たい色だ。
「貴族社会から駆除されたドブネズミの分際で、私のエルダに近寄るな」





