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10年の眠りから覚めたら、助けた少年が執着侯爵になって激重な愛を注いできますっ!  作者: 越智屋ノマ@10/8書籍発売『兄王陛下』/コミカライズ進行中


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第26話:27歳の誕生日②

(デートじゃない。デートじゃない。デートじゃない! これは絶対にデートじゃなくて、元シスターと元孤児の単なるお出かけよ)


馬車の中。窓の外に目をやりながら、エルダは自分に言い聞かせていた。


ふと、窓ガラスに映り込んだラファエルの姿に目が留まる。

(……さすが侯爵家当主。着こなしが綺麗ね)


彼が身に纏っているのは、ボルドーのウェストコートとアイボリーのシャツ。円熟した色香を孕むその色調は、ラファエルよりも上の世代の男性によく好まれるのだが――ラファエルは見事にそれを着こなしていた。


何気なく、彼の手元に視線が移る。

白手袋越しにも分かるほど指はすらりと長く、動きにも気品がある。ラファエルは完璧すぎるほど完璧で、……なぜか心臓がうるさくて困る。



(それにしても王都で街歩きだなんて、何年ぶりかしら……)

実はエルダは遠い昔に、元婚約者のダミアンと王都でデートをしたことがあった。


(でも、あんまり楽しくなかったわ……ダミアンったら、自分の気になる場所にサッサと行っちゃって。ヒールの靴でついていくのも大変だったし)

物思いにふけっているうちに、馬車は王都の目抜き通りに到着した。


「さあ、着きましたよエルダ。お手をどうぞ」

「ありがとう、レイ。………………?」

ラファエルのエスコートで街に降り立った次の瞬間。

エルダはふと、馬車の脇に控える女性騎士に目を留めた。その女性騎士は二十代前半くらいで背が高く、切れ長の目が美しい人だった。


「……………………!?」

女性騎士の顔に、エルダは釘付けになっていた。彼女とは遠い昔に会った気がする……というか彼女は、間違いなく……。

「あなた、……バーネット!?」


間違いない。ミリュレー修道院で一緒に暮らしていた孤児のひとり、バーネットだ! 女性騎士は、エルダを見つめ返してニカっと笑った。

「シスター。あたしのこと、覚えててくれたんですね」

「忘れるわけないでしょう!」


エルダは声を裏返らせた。


「バーネット。あなた、いったいどうして……?」

「ラファエル様の手引きで、侯爵家の騎士になりました。今日の護衛も任せてください」

「……!!」

思いがけない再会に、エルダは目を潤ませていた。

もっとバーネットと話したい。もっと一緒に居たい。エルダはバーネットの手を握りしめた。


しかしバーネットは、

「シスター。あたしとはまた、いつでもおしゃべりできますから。今日はせっかくのお誕生日なんですから、デートを楽しんでくださいよ」

そう言うと、バーネットはラファエルのほうに視線を向けた。エルダもまた、ラファエルを見やるが――。


(え……なに? その表情)

ラファエルの顔が、なぜか不自然に強張っている。

口元は笑みの形に吊り上がっているが、目つきが何とも不満げだ。笑っているのに笑っていない、この不満タラタラな表情……見覚えがある。


(まさか、レイ……拗ねるの!?)


懐かしい。

子ども時代のラファエルは、エルダが他の子ども達と仲良くしていると、よく拗ねていた。

……でも、まさか二十代になっても?


こらえきれずにクスクスと笑い出したエルダを見て、ラファエルが首をかしげている。

「……エルダ? 何がおかしいんですか」

「いいえ? ちょっと懐かしくなってしまっただけ」

エルダは、目じりに滲んだ涙をぬぐってラファエルに微笑みかけた。

「もう、レイったら。そんな顔をしないの」


こういうときの、彼の機嫌の治し方ならよく覚えている。エルダが笑顔で話しかければ、すぐにご機嫌になってくれるのだ。

「ほら。今日はせっかくのお出かけなんでしょ? 拗ねていないで、楽しみましょう?」


10年前に戻った気分でエルダが言うと、ラファエルは一瞬で笑顔を取り戻した。

「それでは、行きましょう」

「ええ」

ラファエルとエルダが歩き出すと、少し距離を置いて護衛役のバーネットも付いてきていた。




   ***


すっかり気持ちがほぐれたエルダは、街歩きを楽しむ気分になってきた。


「レイ。今日はどこに行くの?」

「まずはカフェに行きましょう。一番街にツッカークローネという人気店があるんですが、どうです?」

「あのお店、今もあるの? 店主はけっこうなご高齢だったし、裏通りの知る人ぞ知るお店って感じで……」

「9年前に孫夫婦が継いだんです。今では国内外に支店を出す超有名店ですよ」

「そうなの!? 行きたいわ! 私のはちみつプディング、あのお店の味をヒントにしたのよ」

「それは興味深いですね」

会話が弾み、気づけばお店に到着していた。



「エルダはお菓子が大好きでしたね。せっかくだから、プレッツェルとフラムクーヘンも頼みましょう。他にも気になるものがあれば」

レイは思いついたものをどんどん注文していった。

あっという間に、お菓子のお皿がテーブルの上にずらりと並ぶ。「いただきます」と言いながら、エルダは少し戸惑っていた。


「おいしそう。……でも、こんなに食べきれないかも」

「大丈夫ですよ。エルダが残したら、僕が全部食べます」

「こんなに? レイは少食だと思っていたけど」

「子どもの頃の話でしょう?」

ラファエルが、愉快そうに肩を揺らした。


「今はたくさん食べますよ。ましてやエルダとの食事なら。美しい花の咲く席で、食欲が弾むのは当然です」

さらりと言いながら、ラファエルは美味しそうに蜂蜜プディングを食べている。


「……レイったら、すっかり色男(プレイボーイ)になっちゃって」

「プレイボーイ!?」

ラファエルが声を裏返らせた。


「とんでもない。エルダ以外には絶対に言いません」

(え? 婚約者には言わないの……?)


もしかして、婚約者には一線引いた態度で接していたりするのだろうか――と考え込んだエルダに向かって、ラファエルが言葉を重ねた。

「それに、今のは心からの言葉です。エルダに嘘はつかないと、昔から決めているんです」

彼の瞳は真剣だ。

きっと本心なんだな、とエルダは思った。


「そう。……分かったわ」

ラファエルの紫の瞳が、まっすぐにエルダを見つめている。

エルダは恥ずかしくてたまらなくなり、お菓子のお皿をじっと見つめた。


(レイは本当に、私を大切に思ってくれているのね……)


嬉しかった。でも、同時に複雑な気持ちにもなってくる。もしも婚約者の女性が今の言葉を聞いたら、きっと悲しむに違いない――。


「あ。このプレッツェル、とても美味しいわ……。ほら、レイも食べてみて?」

誤魔化すように、エルダは笑ってお菓子を勧めた。


「いただきます。――ああ、本当においしいですね」

ラファエルもまた、それ以上話題に踏み込んでは来ない。

「侍女達への土産に買って帰りましょう。今後の茶菓子には、ぜひこの店をと伝えておきます」

「わぁ、すてきね!」

その後は他愛無い会話で盛り上がり、いつの間にかテーブルいっぱいのお皿が空っぽになっていた。


「……本当に全部食べ切っちゃった。不摂生したら、ドクター・ピーナに怒られないかしら」

「1日くらい平気ですよ。せっかくの誕生日なんですから」

そう言って、ラファエルはエルダを店の外へと導いた。


彼は会話のリードがうまい。エスコートも洗練されていて、一緒にいるだけでフワフワと気持ちよくなってしまう。


(――レイって、やっぱり優しい)


ゆっくり歩調を合わせてくれる。エルダが疲れていないか、さりげなく見守ってくれている。こまめに休息を挟んでいるのも、エルダを気遣ってのことだろう。


こんなに優しい彼だからこそ、絶対に幸せになってほしい。――エルダは、心の底からそう思った。

(……今日だけよ、エルダ。レイとの街歩きを楽しんでいいのは、今日だけだからね)

エルダが心の中でそう誓っていたそのとき、彼はふと足を止めた。


「この店に寄りませんか」

「え?」

顔を上げるまで、エルダは何の店の前にいるのか気づかなかった。

「……っ、ここって!!」

目の前にあったのは、王室御用達の名門ジュエリーサロンだ。なんとなく歩いていただけのつもりだったのに、気づけば、彼に導かれるままこの店の前に立っていた。


「あなたに似合うものが見つかると思うので」

「えっ。いえ……あの……」

さりげなく肩を抱かれて、お店の中へと入ってしまった――いや、ジュエリーサロンって。元シスターと元孤児が行くような場所じゃなくない!?


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