第25話:27歳の誕生日①
侍女達のサポートのもと、エルダのリハビリは続いていた。
ラファエルはこまめに様子を見に来るが、前ほどは接触してこない。――きっと、エルダの希望を汲んでくれたのだろう。
(……これでいいのよ。ともかく、私はリハビリを急がなくちゃ)
そんなある日、とうとうドクター・ピーナが言った。
「エルダ様。来週からは、侯爵邸の外にもお出かけなさって大丈夫ですよ」
「本当ですか……? 私、もう外出してもいいんですか?」
にっこりと頷いたドクター・ピーナを見て、エルダは目を輝かせた。
(やった――!)
そして今日は、待ちに待った外出の日である。
王都のお散歩なんて久しぶりで、エルダは朝からウキウキしていた。
――けれど。
「デ、デート……!?」
「はい。ドクター・ピーナからも外出許可が出ましたし、私とデートしましょう」
朝、部屋を訪ねてきたラファエルがいきなり誘ってきたのである。
「ええと、ラファエル様? それって、外出のリハビリを手伝ってくれるってことですか?」
「いいえ。デートです」
(なに言ってるの――!?)
エルダがたじろいでいると、
「いってらっしゃい、シスター・エルダ!」
「ドレスルームにご案内しますね」
「特別な日ですから、思い切りおめかししましょう」
侍女3人組まで、声を弾ませて言ってきた。
「おめかし……!? ただの散歩に大げさよ。それに特別な日だなんて」
エルダが戸惑いがちに言うと、ラファエルたちは首をかしげた。
「……シスター・エルダ? もしかして、今日が何の日かお忘れですか」
「え?」
エルダもまた、こてりと首をかしげる。
「今日は5月20日です」
「5月20日? それって……」
エルダが目を見開くと、全員が大きな拍手を始めた。
「「「「お誕生日おめでとうございます! シスター・エルダ!」」」」
「あぁっ……! 私の誕生日……?」
エルダは思わずよろけてしまった。
「はい。今日はあなたの27歳の誕生日です。お祝いのデートをしましょう」
「27歳…………!!」
年齢の重みがずっしりのしかかってくる。
「祝わなくていいわよ、そんなの……むしろ直視したくなかったかも」
「なにを言っているんですか。何歳になっても、シスター・エルダの美しさは変わりませんよ」
エルダは、顔を赤くしてラファエルをじろっと見た。きゅんと来てしまうから、そういう色男発言は控えてほしいほしい……。
「あの、お祝いは、お気持ちだけで十分です」
「?」
「だって、27歳ですよ? 今さらデートなんて年齢じゃないし……」
ラファエルはエルダの声を遮るようにパンと手を打って、侍女達に目配せをした。
「頼む」
「「「お任せくださいラファエル様!」」」
「え、なに!? ちょっと待って……ひゃああ!?」
侍女3人組に半ば強引に手を引かれ、エルダはドレスルームに連れ込まれた。あっという間に着替えが済むと――。
「はい、できました! どうですか、シスター・エルダ?」
「……!」
思わず、息をのんでしまった。
「……すてき」
胸下高めの位置から柔らかく流れるようなシルエットが美しい、藤色のドレスを身に纏っていた。
「見慣れないデザインのドレスね。初めて見るわ」
「エンパイアデザインって言うんですよ」
「最近、貴婦人方に大人気なんです!」
エルダが眠っていた10年の間に、ずいぶんとトレンドが変わっていたらしい。昔はコルセットで腰のくびれを強調するデザインが主流だったけれど、このドレスは締めつけがないのにエレガントだ。
それに、仕立ての良さから一級品なのがよく分かる。
子爵令嬢だった頃でさえ、こんなに見事なドレスを着たことはなかった。
「とってもお似合いですよ」
「修道服も似合ってましたけど、ドレス姿もすてきです」
「……ありがとう」
不覚にもドキドキしてしまう……さっきまで「今さらオシャレなんて」と思っていたのに。
「ラファエル様とのデート、楽しんできてくださいね。夜はお誕生日パーティもやりますので」
「え? いえ、あの……」
ドレスルームの外では、外出着に着替えたラファエル様が待っていた。
紫の目を見開いて、瞬きもせずこちらを見ている。もしかして似合わないかしら……とエルダが不安になった瞬間。
「花の女神かと思いました」
とろけるような笑みを浮かべて、ラファエルはエルダの手を取った。
「とても綺麗だ」
囁かれ、心臓がさらに大きく跳ねてしまう。だが、次の瞬間にハッとした。
(って、ダメでしょ。婚約者がいるのにデートなんて! ここはかつての保護者として、ラファエル様をきちんと指導しなければ……!)
だからエルダは、ラファエルの手を離してきっぱりと言った。
「ラファエル様。やっぱりデートはやめましょう。そういう軽薄なのはいけません」
「軽薄……どんなデートを想像しているのですか? 私はただ王都を案内するつもりですが」
「そ、それでも軽薄です。だって私たちはデートするような関係じゃないでしょ?」
ラファエルの美貌からふと表情が抜け落ちたが、次の瞬間に笑顔が戻った。
「……分かりました。でしたら、残念ですがデートはやめにします」
(ほっ……)
「その代わり、今日くらいは昔みたいに過ごしませんか?」
「どういう意味です?」
ラファエルは、楽しげな口調で言った。
「修道女エルダと、孤児のレイという関係です。10年ぶりにあの頃みたいに過ごしたら、懐かしくて楽しいと思うんです」
「……なるほど」
(まあ、それくらいなら問題ないのかも……。何もかも断ってばかりいたら、さすがに失礼だものね)
「僕なりに、あなたの誕生日を思い切りお祝いしたくて。今日だけでいいので、お願いします」
「……そういうことなら。わかりました」
「ありがとうございます、シスター!」
明るい声でそう言うと、ラファエルはエルダの手をぎゅっと握った。
(ええっ!?)
いつもの紳士的な触れ方ではなく、ぎゅうっと力のこもった子どもみたいな握り方だ。
「あ、あの……ラファエル様?」
「今の僕は『レイ』ですから! あの頃は、こういうふうにあなたと手を握っていましたよね。あと、呼び方は『レイ』でお願いします」
「……分かりました」
「敬語もだめですよ?」
「…………」
なんか上手いように転がされてる気がする。
エルダが唖然としていると、ラファエルは手を握ったまま覗き込んできた。
「シスター。今日はせっかくの誕生日ですから、僕と一緒に出かけましょう!」
「はい!? いえ、だからデートはダメだって……」
「いやだなぁ。これはデートじゃなくて、ただのお出かけですよ。ほら、10年前にシスターが言っていたでしょう? 『いつかレイを王都の美味しいカフェに連れて行ってあげる』って」
「えっ」
「あの約束、僕は一度も忘れたことはありません」
ラファエルは、いかにも誠実そうな顔でそんなことを言ってきた。
(そんな約束してたっけ――!?)
「「「いってらっしゃ~い」」」
「え? あの、ちょっ……」
ニコニコ顔の侍女3人組に見送られ、エルダはラファエルに手を引かれて玄関を出た。あわあわしているうちに、馬車停め場はすぐ目の前だ。
「お手をどうぞ、シスター」
「……」
彼にエスコートされるまま、流れで馬車に乗ってしまう。ラファエルがニコニコしながら隣に座ると、馬車はゆっくりと動き始めた。
「あの。……結局、これってデートですよね!?」
「敬語はダメですよ、シスター。もう忘れてしまったんですか?」
水揚げされた魚のように、エルダは唇をパクパクさせていた。
「……まったく。あなたって人は、すっかり悪知恵が働くようになっちゃって」
「そういうエルダは、今も昔も純粋で可愛らしいですね」
「ぶっ」
呼び捨てにされて、うっかり噴き出してしまった。
「なんでいきなり呼び捨てなの!? 昔の関係で過ごすって言ってたのに。私のこと、ちゃんと『シスター』って呼んでくれないと……」
「でも、すぐに到着しますから。外出先で『シスター』だなんて、変じゃないですか」
「うぅ」
完全に彼のペースに乗せられている。
「……ずるい」
「そうですか?」
くすくすと、いたずらがうまくいった子供みたいにラファエルは笑っていた。
(フェアじゃないわよ、もう!)
からり、からりという馬車の轍の音を聞きながら、エルダは自分の頬が熱くなるのを感じた。





