第23話:次の関係
「……っ!? シスター・エルダに結婚式の話を聞かれた!?」
ラファエルは声を裏返らせた。
――王太子との接触はかろうじて避けたものの、重要な話を聞いてしまった。ラファエルとエルダの結婚式準備が進行中だという話を。
「……本当に泣いていたのか?」
家令の報告を確認しながら、ラファエルは谷底に突き落とされたような気分だった。
アニスたちからの報告によれば、エルダは大変ショックを受けていたらしい。悲しげに涙を流し、しかも『今の話を、私は聞かなかったことにしてほしい』、『レイには絶対内緒にして』とまで頼んできたという。
(シスター・エルダ。私との結婚を聞かなかったことにしたいというのですか……?)
抗議するでもなく、ただ忘れ去りたい……というのはどういう気持ちなのだろう?
無断で結婚を決められて、尊厳を傷つけられたと感じたのかもしれない――ラファエルは、そう理解した。
(だが、やむをえない事情があった……。あなたが呪いから完全に回復したら、きちんと伝えるつもりだったんだ)
精神的なショックを受けると呪いが再発するケースもあるとドクター・ピーナから聞いていた。なにが引き金になるか分からないから、エルダにはできるだけ刺激を与えないようにしてきたのだ。
(今すぐ事情を説明したい……。だが、ダメだ。シスターは、『何も聞かなかった』ことにしたがっている)
侍女から情報が漏れたと知れば、信頼関係に亀裂が入る。それだけは……。
「ともかく、一刻も早く仕事を終えてエルダのもとに帰るしかないな」
焦りを隠せない様子のラファエルを、家令は唇を微かに吊り上げながら見つめていた――。
***
それからおよそ3週間後。
領地での仕事を終えたラファエルは、ようやく王都のタウンハウスに帰り着いた。真っ先にエルダの部屋に向かおうと思っていたが――。
「……っ。シスター・エルダ!」
意外にも、彼女は玄関でラファエルの帰りを待っていてくれた。
その笑顔を見た瞬間、ラファエルは胸を撫で下ろした。
けれど――。
「おかえりなさい、ラファエル様!」
元気いっぱいの笑みを浮かべて、エルダははっきりと言った。『レイ』ではなく、『ラファエル様』と。
胸の奥がぎくりとしたが、ラファエルは平静を装って返事をした。
「ただいま戻りました、シスター。元気そうで何よりです」
「ええ。おかげさまでとっても元気です!」
今度は敬語だ。
明らかな距離感の変化に、エルダの脇に控えていた3人の侍女も戸惑っている様子だった。
「……それはよかった。私の不在中も、侍女達とリハビリをがんばっていたそうですね。明日からはまた私があなたのリハビリを――」
「あの。その話なんですけれど」
エルダはラファエルの声を遮った。やたらと明るく笑いながら、でも、どこかぎこちなさを感じる。
「今後のリハビリは、引き続きミモザたちにお願いしたくて」
……室内の空気が、固まった。
ラファエルは目を見開いて硬直し、侍女3人は息をするのも忘れている。
そんなラファエルたちを気遣うように、エルダはそわそわと慌て始めた。
「いえ、あの! 不満があるとか、そういうんじゃないんですよ? ……でもほら、私こんなに元気になったので。いつまでもラファエル様のお時間を取っちゃいけません。会いたい人もいるでしょう?」
会いたい人? 王太子のことか?
喉から問いが出かかって、けれどラファエルは呑み込んだ。
「これからは、ラファエル様自身のために時間を使ってほしいんです。だからお願いします!」
(シスター・エルダ。……やはり、勝手に結婚を決められたのが許せないのですね?)
口にするのも避けるほどエルダは受け入れたくないのだ――と、ラファエルは感じた。これ以上拒絶されないためにも、今は自分が引き下がるべきだ、とも。
「……分かりました。それでは今後のリハビリは、侍女たちに任せます」
「ありがとうございます!」
ぱぁ、と花咲くようにエルダの顔が輝いた。その晴れやかさが、むしろ悔しい。
……だが、自分はこのまま引き下がったりしない。絶対に。
「でも、私はいつでもあなたのことを気にかけていますよ」
ラファエルは一歩前に進み出ると、エルダの手をしっかりと握った。びくん、とエルダの身が強張って、耳まで赤く染まっていく。
(そういう反応を示してくれるなら、少しくらいは私を男とみなしてくれているのか――? そのまま、どこまでも私に溺れてくれればいいのに)
「ラ、ラファエル様……あ、あの、離していただけると……」
「離しません」
絶対に手離すものか。
「リハビリが順調ならば、もう『ひな鳥』扱いは必要ありませんね」
「え?」
実際、エルダはすでに病み上がりの状態ではない。だったら、これからは次の関係性を目指そう。
そう。
彼女自身が、ラファエルと結婚したいと思ってくれるような関係性を。
「私もそろそろ本気を出します」
笑みの形に目を細め、ラファエルはエルダを見つめた。





