第18話:オルドー子爵家の転落
――これは、エルダの知らない真実。
エルダが呪いに落ちていた頃、オルドー子爵家を襲った悲劇のひとかけら。
「いやよ! わたし、絶対に老いぼれ貴族の愛人なんかにならないからね!?」
父親の書斎に呼び出されたキャロラインは、両親の前で声を荒らげた。
おろおろしながらキャロラインを見つめる子爵夫人と、表情一つ変えない子爵。オルドー子爵は死刑宣告さながらの口調で、キャロラインに告げた。
「これは決定事項だ。オルドー家は今、破産か否かの瀬戸際にある。この家の娘として、お前は自分の責任を果たせ」
「冗談じゃないわ! ダミアンと離婚したばかりなのに、なんで今度は老人なんかと!!」
「うるさい!!」
怒りに我を忘れたキャロラインは、机の上の書類を巻き散らし、花瓶や調度品を投げ捨てた。普通なら侍従や事務官が止めに入るほどの騒ぎだが、この屋敷にはもう、そんな人手さえ残っていない。
原因は、オルドー子爵の投資の失敗だった。新大陸の鉱山採掘権を購入したものの、それがまったくのクズ山で赤字を垂れ流し続けている。
「お父様が新大陸の商人なんかに騙されるから、こんなことになるんじゃないの!!」
「なんだと!?」
「だって『絶対に儲かる』なんて言われて、ろくに下調べもしないから!」
「お前に何が分かるんだ! 新大陸とつながりの深い、アルシュバーン侯爵閣下が取り次いでくださった有力商人だぞ!? 信じない方がどうかしている!」
「そういうところがダメなのよ! その商人、相手がお父様だから足元を見たんじゃない!?」
「ぅぐ……」
そして破綻寸前にまで陥ったオルドー子爵は「娘をくれたら借金を減らしてやる」と債権者のひとりに持ちかけられて、迷わず頷いてしまったのである。
「借金が減ったって、どうせ焼け石に水じゃない! お父様の不始末の責任を、わたしが取るなんて嫌よ!」
「私ではなく、お前とダミアンの責任だ!」
「なんですって!?」
子爵は歯をギリギリと軋らせて、真っ赤な顔で怒鳴りつけてきた。
「お前たち夫婦が役立たずなせいで、私は事業選びに専念できなかった! ……いばらの呪いにかかるのが、エルダではなくお前だったら良かったのに!」
「――っ!?」
吐き捨てるような父の言葉に、キャロラインは言葉を失った。
「ダミアンのことだって、エルダなら火遊びがひどくなる前に見抜いたはずだ! お前のように無価値な娘は、売るくらいしか役に立たん!」
最低の父親だ。救いを求めるように、キャロラインは母親へと目を向けた。しかし母は、幼児をなだめるような口調でこんなことを言ってきた。
「ほら、キャロライン。そんなに怖い顔をしないで。あの方はたしかにご高齢だけれど、とってもお金持ちなのよ? 今よりずっと贅沢に暮らせるし、上手く取り入れば正妻になれるかもしれないじゃない」
「……お、お母様」
信じられない……母まで実の娘を売ろうだなんて。
「いやよ――そんなの、絶対いや!」
泣き叫ぶキャロラインに、父母はまったく耳を貸さなかった。
「あなたはまだ若くて美しいから、優しく迎えてくださると思うの。ダミアンさんといた頃よりも、きっと幸せになれるわ。だから……ね?」
「キャロライン。先方の気が変わる前に仕度しろ」
へなへなと、キャロラインはその場にしゃがみこんでいた。
「エルダがいれば、……エルダさえここに居れば、代わりに売れたのに!!」
修道女になったエルダが、数年前に昏睡になったのは風の噂で聞いている。そしてなぜかアルシュバーン侯爵に引き取られて、延命治療を受けているらしいということも。
――腹が立つ。あの女が生きてここにいれば、身代わりにできたのに!
「…………いや。いやよ、もう。こんな人生、嫌――!!」
夫に浮気され、実家は借金漬けで、挙句の果てには老いぼれジジイの愛人にされるなんて。どうしてこんなことになってしまったのだろう――?
キャロラインは、無様に泣き叫ぶしかできなかった。
*
長女エルダを修道院送りにし、今度は次女キャロラインを手放したオルドー子爵家。
しかしその『愛人送り』でさえ、束の間の延命措置に過ぎなかった。そして追いつめられたオルドー子爵は、とうとう投資詐欺へと手を染めてしまう。
鉱山鑑定書を偽造して、貴族たちに投資を募った。
そして王家の査察が入り、お取り潰しの末期を辿る。
後に新聞を騒がせることとなる『悪徳貴族』の鉱山投資詐欺事件は、こうして始まったのだった――。





