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10年の眠りから覚めたら、助けた少年が執着侯爵になって激重な愛を注いできますっ!  作者: 越智屋ノマ@10/8書籍発売『兄王陛下』/コミカライズ進行中


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第17話:レイの献身

――シスター・エルダが無事で、本当に良かった。


呪いから覚めたばかりで、彼女は消耗しているようだ。うとうとと眠そうにするエルダが眠りにつくまで、ラファエルはずっと見守っていた。


やがて、すぅ、すぅ、と穏やかな寝息が聞こえると、ラファエルは安堵の息を吐いた。

エルダの見守りは侍女に任せることにして、自身はドクター・ピーナのもとへと向かう。


侯爵邸の最も広い客室は、数年前からドクター・ピーナの居室兼、医務室として改築されている。

「お待ちしておりました、アルシュバーン侯爵閣下」


医務室の椅子に腰を下ろすと、ラファエルはおもむろに上着を脱ぎ始めた。

露わになった彼の胸や背には、赤黒いアザが痛々しいほどに広がっている――ツルバラの蔦(つた)に似たアザが。


――かつてエルダの肌にあったのと同じ、いばらの呪いのアザである。


タトゥのようにも見えるそれは、鍛えられた筋肉の上を這い回り、ラファエルの美貌に妖しげな影を刻んでいた。


「アルシュバーン侯爵閣下。体調にお変わりはございませんか?」

「ああ、まったく問題ない」

ラファエルは淡々とした様子で、ドクター・ピーナの診察を受け続けた。ドクター・ピーナもまた、平静そのものだ。


「経過は良好でございますよ。閣下のアザは、今がもっとも活性化する時期です。そのため当面は広がっていきますが、その後は徐々に薄くなります」

「このアザは、首や腕にも伸びるのか?」

「可能性はございます」

「……ふむ。隠せない場所は、少々工夫が必要だな。シスター・エルダがこれを見たら大変だ」

口元に指を添え、ラファエルは少し思案していた。

「――まあ、どうとでもなるか」


それからラファエルは、ドクター・ピーナに左腕を差し出した。

「それではドクター。採血を」

「かしこまりました」

ドクター・ピーナは注射器を手に取り、流れるような所作でラファエルの二の腕から採血を始めた。


それを静かに見守りながら、ラファエルは淡く笑った。

「シスターの『呪毒』を私の体に打ち込んでから、もう6年か。早いものだ」

「ええ。一時は危険な時期もございましたが、よくぞ乗り越えられました」


注射針をそっと抜き、ドクター・ピーナは頷いた。血液の満ちた注射筒をゆっくりと揺すりながら、穏やかな声で続ける。

「エルダ様は、お幸せでございますね」


――抗呪毒療法《こうじゅどくりょうほう》。

新大陸で開発された、いばらの呪いの治療法だ。呪いで眠りに落ちた者の体内から『呪毒』と呼ばれる成分を採取し、弱毒化させる。

それを別の人間に投与すると、呪毒に抗う『抗毒素』が血液の中に造られる。その血に科学処理を加えると、目覚めの薬となるのだ。


ラファエルは自分の体を使った。そして彼の血に由来する『薬』を繰り返し投与され、エルダはようやく目覚めたのだった。


「すべては、アルシュバーン侯爵閣下のご献身の賜物でございますわ」


――この治療法は、危険を伴うものだった。


弱毒化してあるとはいえ、毒は毒。

ラファエルが命を落とす恐れもあったが、それでも躊躇しなかった。幸い死には至らず、今では完全に危険な時期を脱している。

だからラファエルに残る副作用は、素肌の痕跡(アザ)だけだ。


(アザなど何の問題もない。これで目覚めたのだから、安いものだ。……だが、シスター・エルダに知られるのだけは避けなくては)


自分の体を使ったことを、エルダには知られたくない。

彼女は、人の痛みに敏感だ。ラファエルが危険を冒していたと知れば、きっと苦しんでしまうだろう。

彼女を苦しめるすべてを、ラファエルは許さない。だって彼女は、ラファエルのすべてなのだから。


   *


医務室を出たラファエルは、自身の部屋へと戻った。椅子の背もたれに身を預け、天井を仰いで呟く。

「……私だけのシスター・エルダだ。死神にだって渡さない」


そう。

エルダを脅かす存在など、この世に一つとして許さない。

だからラファエルは、彼女に害を為した者たちに制裁を加えてきた。

元婚約者のダニエルも。実家のオルドー子爵家も。すべて必要な報復だった。


その甲斐あって、今のエルダを脅かすような人間はいない。だから、そろそろ次(・)の(・)段(・)階(・)を目指すべきだと思った。


――『私……もう、帰れないの?』

修道院がなくなったと知ったエルダの、悲しそうな顔。


「シスター。あなたは、私と生きたいと思ってくれないのですか?」


自分は、ずっと彼女の隣にいたいのに。

……本当は、そばにいるだけでは足りない。この腕できつく抱きしめて、とろけるほどに愛したい。

絶対に逃げ出さないよう、しっかり捕えて自分だけのエルダにしたい。


――なのに。


ラファエルはひとつ溜息をついて、鍵付きの引き出しから一通の手紙を取り出した。

今朝届いたばかりの、家令からの手紙である。


『領内にて有事。至急、戻られたし』


その文面を睨みつけ、ラファエルはかすかに眉をひそめた。



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