第10話:一方、異母妹は……②
これは、エルダの知らない過去の出来事。
いばらの呪いで眠っていた頃、オルドー子爵家を襲った『悲劇』のひとかけら――。
***
「もうイヤよ! こんなの、結婚式じゃないわ!」
披露宴後の控室。
泣き叫ぶキャロラインを、侍女達はびくびくしながら遠巻きに見つめていた。
鏡台に放り出されたティアラは花嫁の物とは思えないほどお粗末で、花束は萎れかけている。
……本当は、豪華でステキな結婚式になるはずだったのに!
なのに実際の披露宴は半分以上が空席で、出席したのは借金の催促目当ての連中ばかり。料理のグレードは当初の予定よりもずっと下で、ワインの味も最悪だった。
花嫁のドレスすら、仮縫いのときより装飾を減らされている。
「こんなの……こんなのあり得ない! 一生に一度の晴れ舞台だったのに……」
キャロラインは涙で化粧をぐしゃぐしゃにしながら、ダミアンに食って掛かった。
「どうしてくれるのよ、ダミアンさま! 全部あなたのせいよ!?」
「……僕に責任をなすりつけるつもりなのか?」
ダミアンは、苛立たしげにタイを緩めた。
「そもそも、オルドー家の財政がここまで悪化していたのが問題だったんだ」
「なによ、言い訳ばっかりして! そんなの、わたし知らないわ!」
「僕だって知らなかった!!」
ダミアンの怒鳴り声に、キャロラインは息を呑んだ。
これまでは、キャロラインが何を言っても甘い言葉を囁いてくれたのに。
「……エルダが欠けただけでこんなに傾く家だなんて、思わなかった」
暗い顔で、ダミアンは吐き捨てるようにそう言った。
「領地管理もお義父さんの投資も、陰で支えていたのはエルダだった。……分かるか? お義母さんと君の浪費を補ってなお盤石に見えたオルドー家の財政は、エルダがいればこそだったんだ! 彼女を失って、本来の状況が露呈した……。なのに、婿に責任転嫁するなんておかしいじゃないか!!」
責任転嫁は、ダミアンだ。
エルダの業績を、そっくりそのまま自分の手柄と申告していた。その皺寄せが、今である。
「っ……!」
キャロラインは悔しそうに歯を軋ませた。
偉そうで、可愛げのない異母姉。
あんな女がいなくなっただけで、こんなに家が傾くなんて。
「エルダがいないからって、何なのよ……。ダミアンさまが頑張れば済む話でしょ!?」
「君だって次期当主なんだから、責任を持てよ!」
「だから! 次期当主を支えるのが、婿の役目だと言ってるの!!」
「何を……!?」
そのとき、バン、という乱暴な音とともに扉が開いた。
「……いつまで茶番を続けている」
現れたオルドー子爵は、凍てつく眼差しでふたりを突き刺した。
「式が終わったなら戻るぞ。これから債権者への対応だ」
「「……い、今から!?」」
「当然だ。お前たちのせいで、オルドー家は火の車なんだぞ」
子爵の顔は、この数か月のうちにすっかり老け込んでしまった。深い皺を眉間に寄せて、忌々しそうにつぶやく。
「まったく。エルダを手放したのは失策だった」
(……また、エルダなの!?)
キャロラインは金切り声を張り上げた。
「お父様まで、エルダお姉さまを贔屓するの!?」
「あれは使えた。お前たちより、遥かにな」
「っ……!」
――いやだ。あり得ない。
――あんな姉より自分が劣っているなんて、絶対に認められない!
「お父さまもダミアンさまも知らない! もうイヤよこんなのぉ――!!」
その場で泣き崩れたが、誰にも手を差し伸べてはもらえなかった。
無理やり着替えさせられて、引きずられるように馬車へと押し込められた自分は、家畜のようだとキャロラインは思った……。
***
挙式当日からこんな具合では、上手くいくはずなかったのだ。
ダミアンとの夫婦関係はすっかり冷え込み、父に強いられるままキャロラインも馴れない書類仕事に明け暮れた。
一年……。
二年…………。
地獄のような日々が続く。
(あんな男、結婚するんじゃなかった。ここまで無能と知っていたら、エルダから盗ろうなんて思わなかったのに)
ダミアンは今日も帰ってこない。
債権者への対応やら融資先の打診やらで、ほとんど屋敷に寄り付かないのだ。
(あの男……全然帰ってこないじゃないの! 夫としての自覚が足りないわ。わたしがこんなに働いてるのに、まさか外で遊び歩いているんじゃあ……)
不満ばかりが募っていった、そんなある日――。
キャロラインのもとに、一通の手紙が届いた。
「なによ……これ…………」
差出人は書いていない。
だが筆跡や手紙から漂う香水の匂いで、女性からだと確信できた。
封を開けて手紙に目を走らせたキャロラインは――言葉を失った。
『形ばかりの奥様へ
あなたみたいな女に縛り付けられて、ダミアン様がかわいそう。
早く解放してあげてね。
ダミアン様は、私のもの。
彼は私を愛しているんだもの。信じられないなら、彼に直接聞いてみて?』
「きぃ……!!」
キャロラインは、醜く顔を歪ませた。





