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領主の知略と剣士の誇り 第97話

騎士団の医務室。

薬草と微かな魔力の気配が漂う部屋で静養する

ベイルのもとに、カイルとザックが見舞いにやって来た。


「ベイルさん。傷の具合はどうですか?」

カイルがベッドのそばに立ち、心配そうに尋ねる。


「まだ痛みはあるが、傷はやっと塞がった。

このまま順調に治ってくれればいいんだがな」

ベイルは患部を庇うようにゆっくりと息を吐き

痛みを堪えて答えた。


「いやー……それにしても、アイツは何者なんですかね。

俺がもしアイツと当たってたら、間違いなく死んでますよ……」

ザックが、当時の異常な一撃を思い出したのか

本気で怯えたように身震いする。


「……ああ。俺だって、あんなヤツと戦いたくないよ」

カイルも深く同調し、ため息をついた。


「……俺もだ……」

ベイルが遠い目をして、苦笑いしながら呟いた。


「ちょっと、ベイルさん! 何言ってんすか!」

一番のタフな先輩の弱音に

すかさずザックがツッコミを入れる。


「ははっ……いや、真面目な話だ」

ベイルはわずかに笑みをこぼした後、真剣な顔で天井を見上げた。

「フェルナ領に、あんな強い奴がいるんだぞ。

このカリオス王国には、もっと強い奴がいても不思議じゃないだろ。

……世界には、どんな奴がいるか想像もつかんわ……」


歴戦の重騎士の言葉には、未知の強者に対する畏怖と

己の未熟さを知った確かな実感がこもっていた。


「俺たち、闘技大会に出場できないんですね……。

これから何を目標にすればいいんですかねぇ」

ザックがぽつりと、本音をこぼす。


「確かに……俺もこのまま騎士団にいても

もう俺たちに出場の機会は回ってこない気がします」

カイルが俯き加減で、ぽつりと弱音をこぼした。


「おい。お前ら」

ベイルの少し厳しい声が、医務室の空気を引き締める。


「俺たちの為に、文句も言わず修行に付き合ってくれた

仲間に失礼だろ。今度は俺たちが後押ししてやるのが

筋だろが。……違うか?」

ベイルは痛む体を少しだけ起こし

二人を諭すようにまっすぐ見つめた。


「すいません……。頭ではわかってはいるんですが……」

カイルは気まずそうに視線を落とす。


「まだ……あの規格外の強さを見せつけられた直後で

気持ちの整理ができてないと言うか……」

悔しさともどかしさが入り交じった声に

ザックもまた無言で頷くしかなかった。


ーーーー


応接室では

今後の動きについての話し合いが続いていた。


「兄さん。……ニコ殿たちを

闘技大会には予定通り参加させるんですか?」

リオネルが懸念を示すように尋ねる。


「ああ、そのつもりだが」

ヴァルドは腕を組んだまま、短く答えた。


「大会が行われるグラディオス領へ向かうのは

あまりに危険ではありませんか?

道中、どうしてもナッシュヘルト領を

通過しなければなりません。人間ならいざ知らず

目立つ魔獣の集団が通るとなれば

どんな危険が待ち受けているか……」

リオネルが渋い顔で難色を示す。


『わたしもリオネル殿と同意見です。

――伝説の剣士カイロスは現在、そのナッシュヘルト領に

潜んでいると見て間違いないでしょう』

水晶玉越しに、リシェルが静かに、しかし衝撃的な事実を告げた。


「……それは確かな情報なのか?」

ヴァルドの顔つきが険しくなる。


『ナッシュヘルトにも、エルフェリア王国から

派遣された観測官が潜伏しております。

我々のもたらす情報の信憑性は高いと自負しております』

リシェルが自信を込めて言い切った。


その言葉に、応接室の空気が再び重くなる。


「山を二度も越えるルートは現実的ではないしな……。

かといって、アンズーに乗って王都の上空を突っ切るなど

危険極まりない。『撃ち落としてくれ』と言っているようなものだ……」

ヴァルドは忌々しげに顔をしかめ、低い声で唸った。


「それでは、こうするのはどうでしょう」

リオネルが真剣な面持ちで、一つの案を口にした。


「今回、騎士団から大会へ参加する予定だった者たちを

一般枠で出場させます。彼らを先遣隊として

一足早くナッシュヘルト領の通過ルートへ向かわせるのです」


「なるほど……彼らに偵察をさせる気か」

ヴァルドが興味深そうに耳を傾ける。


「はい。各所でヒッポスを乗り継ぎながら走る荷車を使えば

通常の移動よりも格段に早く進めます。

彼らに道中の状況を調査させ、伝令鳥でこちらへ報告させるのです」

リオネルは言葉を区切り、確信を持った声で繋ぐ。


「その報告でルートの安全を完全に確認したのち

ニコ殿たちが旅立つ。

……これならリスクを最小限に抑えられるはずです」

領主としての知略を巡らせた、現実的で抜かりのない提案だった。


『とてもよい案ですね。

私どもの観測官にも周辺の調査をさせますので

現地の最新の情報を確認できるはずです』

水晶玉から、リシェルの賛同する声が響く。


「わかった。リオネル、助かった。その案に乗らせてもらう」

ヴァルドは険しい表情を緩め、弟の提案に深く頷いた。


「では――こちらから『魔獣園長』に、一つお願いがあります」

リオネルはふと領主としての鋭い顔つきに戻り

突然、驚きの提案を口にした。

「闘技大会への参加を予定していた騎士たちは

一度騎士団から脱隊させます。

彼らを魔獣園の職員として迎え入れ

ニコ殿たちと共に修行させてやってください」


「……お前、相変わらず抜け目がないのぉ」

ヴァルドは弟のしたたかな狙いに気づき

呆れたように息を吐いた後、ニヤリと口角を上げた。


「わかった、引き受けよう。

その代わり……うちの連中がつける修行は厳しいぞ。

奴らには、しっかり覚悟しておくよう伝えておけ」


ーーーー


リオネルは卓上に置かれた美しい銀の呼び鈴を手に取り

軽く振った。チリン、と澄んだ高い音が応接室に響く。


ほどなくして静かな足音が近づき、アルフレッドが姿を現した。

「リオネル様。なんの御用でしょうか?」


「ヴァンデルとサイラスを呼んでくれ」


リオネルが短く命じる。

「かしこまりました」


数分後。アルフレッドに案内され

騎士を束ねるヴァンデルとサイラスが応接室へと入ってきた。


二人は領主であるリオネルに対し、深く臣下の礼をとる。

「お呼びでしょうか、リオネル様」

ヴァンデルが代表して口を開いた。


「ああ。突然で悪いが、重要な通達がある」

リオネルは領主としての威厳ある顔つきで

二人をまっすぐに見据えた。


「闘技大会に参加予定だった

三名――ベイル、カイル、ザックについてだが

彼らを本日付けで騎士団から一時的に『脱隊』させる」


「なっ……! だ、脱隊でございますか!?」

ヴァンデルとサイラスが顔色を変え、慌てて問い返す。


先日の立ち合いで敗北したとはいえ

騎士団からの脱隊はあまりにも重すぎる処分だからだ。


「勘違いするな。罰を与えるわけではない」

リオネルは落ち着いた声で、二人の動揺を制した。


「彼らにはこれから『魔獣園の職員』として出向してもらう。

ヴァルド殿のもとで、魔獣園の参加者たちと共に

大会に向けた修行を積ませるためだ」


「魔獣園の職員として……あの方々と、修行を?」

サイラスが目を丸くする。


「ヴァルド殿の了承は得ている」

リオネルはふっと口元を緩め、続けた。


「騎士団の肩書きは一度捨て、魔獣園の身内として扱ってもらう。

だが、向こうがつける修行は厳しいものになるだろう。

……ベイルたちには、しっかりと覚悟しておくよう伝えてくれ」


ヴァンデルとサイラスはハッとして顔を見合わせた。

領主が彼らを切り捨てたわけではなく

あの規格外の強者たちのもとで「さらなる高み」へ

至るチャンスを与えてくれたのだと悟る。


「……ありがたき幸せにございます!」

ヴァンデルが感極まったような声で、深く頭を下げる。

「ベイルたち三名には、どのような厳しい修行にも耐え抜くよう

我々からしっかりと申し伝えます!」


「リオネル様。このような配慮をして頂き、ありがとうございます」

サイラスもまた、深く頭を下げて感謝を口にした。

「出来るなら私がお願いしたいくらいですので

あの者たちも間違いなく喜ぶと思います」


未知なる強敵が潜む闘技大会へ向けて

落ち込んでいた騎士たちに新たな道が示された瞬間だった。


ーーーー


「お前ら、いつまでここにいるつもりだ

副隊長に見つかったらただじゃ済まないぞ。

――早く持ち場に戻れ」

ベイルが呆れたようにため息をつき、二人を急かした。


「そう言われても……一応、副隊長から見舞いの

許可はもらって来てますので……」

カイルが気まずそうに言い訳をする。


「許可をもらうのは当たり前だ!

副隊長は、お前たちがなかなか戻って来ないから

今頃……心配してる頃じゃないか……」

ベイルが小言を続けていた、その時だった。


病室の入り口付近から、聞き慣れた低い声が響いた。

「ベイルに会っても大丈夫か?」

サイラスが医療班の一人に声をかけている。


「今はお連れ様がいらして、お話をされているようですが……」

医療班が戸惑いながら答える。


「構わん。行かせてもらうぞ」

サイラスが少し強引に歩みを進める足音が

こちらへと近づいてくる。


「……おい、カイル。今の、副隊長の声じゃないか?」

ザックが顔を引きつらせ、小声で囁いた。


「……副隊長……嘘だろ……」

カイルが青ざめて呟いた、まさにその瞬間。


シャッ! と外側から勢いよくカーテンが引かれた。

「ベイル。お邪魔するぞ」

開いた隙間から姿を現したのは

なぜかどこか晴れやかな顔をしたサイラスだった。


「おい、お前たち。まだここにいたのか」

サイラスの声に、カイルとザックはビクッと肩を揺らした。

しかし、直後に発せられたのは意外な言葉だった。

「丁度いい。探す手間が省けた。三人とも話を聞いてくれ」


「す、すみません!」

カイルとザックは、反射的に二人同時に頭を下げた。

怒られると思い込んでいたため、言葉が脳に到達するより先に

謝罪が口をついて出たのだった。


数秒後。

「……えっ。丁度いい……って?」

頭を下げたまま、ザックがポカンとした間の抜けた声で呟いた。


「はっはっは。すいません、って……お前らなぁ」

サイラスは二人の反応がおかしくてたまらないといった様子で

笑うと、ふとあるイタズラを思いつき

気付かれないようにニヤリと口角を上げた。

「まあいい。あの試合の後で、お前らの修行に身が入らない気持ちは

痛いほど理解できる。だから今回は咎めたりはしない、安心しろ」


「は、はい。ありがとうございます……」

カイルとザックが、心底ほっとしたように胸をなでおろす。


「だが――」

サイラスが急に声を低くし、表情を引き締めた。

「話というのは他でもない。お前たち三人の今後の処遇について

先ほど領主様より直接の通達を受けた」


「しょ、処遇についての通達……ですか?」

カイルの顔が再び強張る。


「ああ。その通達の内容はな……」

サイラスはわざとらしく言葉を区切り

ひどく言いにくそうにもったいぶった。


「な、なんですか? 通達って……!」

ザックがたまらず身を乗り出す。

ベッドの上のベイルも、嫌な予感を感じ取ったのか無言で固唾を呑んだ。


「領主様はこう言っておられた。

――『本日付けで、お前たちを騎士団から脱隊させる』とな……」

サイラスは深くため息をつき、この世の終わりのように

落ち込んだ痛恨の表情を装って、そう告げた。


「「「脱隊!?」」」

三人の声が見事に重なり、医務室に響き渡った。


「だ、脱隊させるって……俺たちが試合で負けたからですか!?」

ザックがすっかり血の気を引かせて叫ぶ。


「……」

サイラスは何も答えず、ただ悲痛な様子で深く俯いたままだ。


しかし、俯いたサイラスの肩がわずかに震えているのを

ベイルは見逃さなかった。

呆れたように顔を覗き込み、低くため息をつく。

「……副隊長。冗談はやめてください」


「はっはっは! バレたか。さすがはベイルだな」

サイラスは顔を上げ、こらえきれないといった様子で吹き出した。


「う、嘘なんですか……?」

カイルがへたり込むように問う。


「全部が嘘というわけではないぞ。一時的にだが、脱隊するのは本当だ」

サイラスはふたたび表情を引き締め、真顔に戻って言った。


「一時的……とは、どういうことですか?」

ベイルが眉をひそめて尋ねる。


「お前たちには一時的に騎士団を離れ、魔獣園へ出向してもらう。

そこで、ニコ殿たちと共に修行をしてもらうことになった」


「修行って……俺たちが、何のために魔獣なんかと一緒に

修行しなければならないんですか……?」

カイルが戸惑いと、騎士としての僅かなプライドを滲ませて呟いた。


「カイル。『魔獣なんか』と言うのはやめろ!」

ベイルの鋭い一喝が飛んだ。

「人間だろうが魔獣だろうが関係ない。俺たちを圧倒した相手だ。

自分と戦った相手には、剣士としての敬意を払え」


「……その通りだ。カイル、お前が嫌だと言うなら

俺が代わって修行に参加してもいいんだぞ?」

サイラスが静かな、しかし有無を言わせぬ熱を帯びた声で言った。

「本気で領主様に直訴したいくらい

喉から手が出るほど惜しい機会なんだからな」


「俺は……行きます」

ザックが顔を上げた。いつもの軽口や怯えは消え失せ

一人の『剣士』としての真剣な熱を宿した目をしている。

「俺は……ニコ殿と戦ってみたい。あの常識外れの速さを

もっと間近で見て学びたいです」


「……俺もだ。あの強さを知ってしまった以上

もう一度立ち合ってみたい」

ベイルも深く頷き、静かな闘志を燃やして言った。


「すみませんでした……。俺も、戦ってみたいです」

カイルが己の未熟さを恥じるように頭を下げ

絞り出すような声で言った。


「カイル。先ほど『何のために』と言ったな。

お前たちには、あの強者たちから技を盗む以外に

もう一つ重要な役割がある。――心して聞いてくれ」

サイラスが副隊長としての厳しい顔つきに戻り、三人を真っ直ぐに見据えた。


「「「はい」」」

ベッドの上のベイルを含め、三人の真剣な声が重なる。


「お前たちには、闘技大会の『一般枠』で出場してもらう。

そして魔獣園の彼らに先行する『先遣隊』として

ナッシュヘルト領の通過ルートの偵察をしてほしい」


「俺たち……闘技大会に出場できるんですか!?」

カイルが弾かれたように顔を上げ

目に明るい光を取り戻して言った。


「ああ、大丈夫だ。一般枠には所属の制限はないからな。

騎士団としての公式な評価にはならんが

……そちらの栄誉は、魔獣園のみなさんに頑張ってもらおう」

サイラスが、頼もしい同盟者たちの顔を

思い浮かべるようにふっと口元を緩めた。


「はい! ありがとうございます!」

カイルとザックの弾むような返事に、ベイルもまた満足げに頷いた。

彼らの顔に、もはや先ほどの自信喪失の陰りは一切なかった。


未知なる強敵との遭遇によって一度は折れかけた騎士たちの

心に新たな闘志の火が灯った。


目指すは闘技大会。


第97話

領主の知略と剣士の誇り

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


今回は、一度はすっかり自信を喪失してしまった

ベイルたち騎士の葛藤と、彼らが再び剣士としての

熱と誇りを取り戻すまでの姿を描きました。


サイラス副隊長の少し意地悪な「愛のムチ」も効いて

無事に魔獣園への出向、そして闘技大会への参加が決まりましたね!

さらに、領主リオネルの知略により、彼らは「先遣隊」として

ナッシュヘルト領の偵察という重要な任務も背負うことになります。

彼らをただ切り捨てるのではなく、強くなるチャンスと大役を

与えるリオネルの領主としての采配が光る展開でした。


強敵カイロスが潜むかもしれないナッシュヘルト領へ向けて

いよいよ物語が大きく動き出そうとしています。

未知なる強さを秘めたニコたちと、誇りを取り戻した

騎士団の合同特訓は一体どうなるのか?

そして闘技大会への旅路には、どんな波乱が待ち受けているのか。


気がつけばもうすぐ100話という大台間近です。

ここまで物語の世界を広げてこられたのは

まだ本作が誰の目にも留まっていなかった

初期の段階から「この物語は面白くなる」と可能性を感じ

今日まで追いかけてくださった皆様のおかげです。

皆様のその「作品を見抜く目」が間違っていなかったと

確信していただけるよう、いよいよ始まる新展開

そして闘技大会に向けた怒涛の道のりを

全力で書き上げていきます!

引き続き楽しんでいただけましたら幸いです!


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