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戦いの爪痕と隠すべき力 第95話

訓練場が、静まり返る……。


「ニコさん……」

ルーナが、安堵を滲ませて小さく呟いた。


「やったー! ルーナさん、勝ちましたよ!

勝ちましたよ!」

アカネは弾む声で、ルーナの手を強く握る。


「ええ……ただ、本来のニコさんでは

ありませんでしたが……」

ルーナはわずかに眉を寄せながらも、静かに頷いた。


しばらく、その場に立ち尽くしていたニコが――

ゆっくりと仲間の方へ顔を向ける。


そして、力の抜けたような笑みを浮かべた。

「……終わったんだ……」

張り詰めていたものがほどけ、言葉がこぼれる。


視線を巡らせれば、戦いのあとが刻まれた訓練場。


その中を――

一歩ずつ、地に刻まれた傷跡を確かめるように歩き出した。


「ニコー!」


真っ先に駆け寄ってきたのはゴリムだった。


「おまえ……大丈夫か……?」

いつもと違う様子に、戸惑いを隠せない声。


「ゴリムさん。大丈夫です。

ご心配をおかけしました……」

ニコは少しだけ申し訳なさそうに答える。


「なに言ってんだよ。無事ならそれでいいんだ」

ゴリムは安堵したように肩の力を抜いた。


「ニコ。おめでとう。……また一段、成長したな。

これからの修行が楽しみだ」

クルツが苦笑混じりに言う。


「……成長、ですかね……」

ニコはどこか釈然としない様子で呟いた。


「おまえ……まさか

自分が何をしたか覚えてないのか?」

クルツが眉をひそめる。


「覚えてはいます。でも……

同じことが出来るかは、別の話です」

ニコは静かに首を振った。


その言葉には、わずかな不安が滲んでいた。


ーーーー


「ベイル。大丈夫か」

サイラスが歩み寄る。


「……副隊長。申し訳ありません」

ベイルが息を押し殺すように言った。


「謝るな。判断を誤ったのは私だ」

サイラスは短く言い切ると、振り返る。

「急げ。回復を」


「承知しました。術式は

――リジェネレイトでよろしいでしょうか」


問いに、サイラスは一瞬だけベイルの傷へ視線を落とした。

深い。だが、致命ではない。

「ベイル。どうする」


「……ヒールでは、動きが戻るまで時間がかかります」

痛みを押さえ込みながら、ベイルは言葉を絞り出す。

「この程度なら……リジェネレイトで問題ありません」

わずかに息を吐き、

それでも視線は逸らさない。


「……頼む」

サイラスは低く言い、わずかに顎を引いた。


「生命の源よ、我が呼び声に応えよ――リジェネレイト」


詠唱が終わると、淡い光がベイルの傷口に静かに留まった。

強くは輝かない……だが……消えもしない。


淡い光は傷口に留まり、

わずかに揺らぎながら、内側へと染み込んでいく。


裂けた皮膚は閉じきらず

わずかに震えながら、ゆっくりと寄り合っていく。


滴っていた血は次第に勢いを失い

や逃て滲む程度へと変わっていく。


「……まだだな……」

ベイルは低く呟き、呼吸を整える。


痛みは残っている。

だが、崩れていた感覚が、少しずつ噛み合っていくのが分かる。

無理に動かせば、まだ軋む。

完全には戻っていない。


それでも――


さきほどまでの“壊れたままの感覚”は消えていた。

光は消えない。

静かに、確実に、肉体を整え続けている。


「ベイル。大丈夫か……?」

痛みに歪む表情を見て、サイラスが低く問いかける。


ベイルは目を閉じ、短く息を吐く。

「……このまま続けさせて下さい」


ーーーー


水晶玉の中で、エルリーゼが小さく息を吐いた。

『リオネル殿。面白いものを見せてもらった。

わたくしの予想を遥かに超えてくるとはな……』

その表情には、長きを生きるエルフの女王でさえ

隠しきれない驚きと、深い感心が浮かんでいた。


「ええ、私も驚きました。

彼らの力を信用していなかったわけではありませんが……

あの巨神を打ち倒したという事実、今ならば頷けます」

リオネルは静かに頷き、水晶玉の向こうへ視線を返す。


『これで、先ほどのわたくしの忠告――

その重みがいっそう増したかもしれんな。

肝に銘じておくことじゃ』

エルリーゼの透き通るような瞳が、ふっと鋭さを増す。


“ニコを守れ”という言葉の裏にある、

神の理から外れた存在への危惧。

その視線を真正面から受け止め、リオネルは深く頭を下げた。


「はい。我がフェルナ領、ひいては私の力に代えても

出来る限りのことはさせていただきます。どうかご安心を」


リオネルの迷いのない言葉に、

エルリーゼは満足そうに、わずかに口角を上げて言った。

『あまり気負い過ぎぬことじゃ。

その水晶玉は、其方に差し上げる。

わたくしに用があれば、リシェルに伝えてくだされ』


「よろしいのですか? このような高価な魔道具を……」


『構わん。わたくしと其方とニコ殿を繋ぐ、細い糸のようなものじゃ。

……ではな、リオネル殿。吉報を待っておるぞ』

エルリーゼがふっと目を伏せると

水晶玉の淡い光が、静かにすーっと消えていった。


再び静寂が降りた。

リオネルは光を失った水晶玉を見つめ、

ひとつ、深く息を吐き出した。


ーーーー


「ヴァンデル。サイラスを呼べ」

リオネルが言った。


「はっ」

ヴァンデルが一礼する。


隊長補佐の騎士が、すぐさまサイラスのもとへ駆け寄る。

「副隊長。領主様がお呼びです」


「……分かった。すぐ向かう」

サイラスはそう答え、わずかにベイルへ視線を向けた。


「副隊長。俺なら大丈夫です。行ってください」

ベイルが言う。


一瞬の間の後、サイラスは小さく頷いた。


やがてリオネルの前へと進み出る。

「リオネル様。ご用件を承りに参りました」


「ご苦労。試合は残念であったが、

力は十分に示した。私はお前たちを誇りに思う」

リオネルは静かに言った。


「……全敗という不本意な結果となり、申し訳ありません。

今後このようなことのないよう、精進いたします」

サイラスが頭を下げる。


「いや……今回は、私が口を挟んだがゆえだ。

ベイルに怪我を負わせてしまった。

順番が違えば、結果も変わっていたやもしれん」

リオネルがわずかに目を伏せる。


「そのようなことはありません」

サイラスは顔を上げ、はっきりと言った。


「領主様のお言葉がなければ、確かに順番は変えていたでしょう。

ですが――変えていれば、こちらの誰かが

命を落としていた可能性もあります」

その声に、迷いはなかった。


「確かに。ベイルでなければ……あの程度では

すまなかったかもしれんな……」

リオネルは深く息を吐き、静かに頷いた。


サイラスの言う通り、あのニコの異常な一撃を正面から受け

命を落とさずに済んだのは、ベイルの卓越した防御技術と

強靭な肉体があってこそだろう。


しばしの間、室内に重い沈黙が降りる。

やがて――


リオネルはふっと表情を引き締めた。

「さて……呼んだのは他でもない。お前たちに頼みがある」

リオネルは、ヴァンデル隊長とサイラス副隊長へと

領主としての鋭い視線を向けた。


「なんなりとお申し付けください」

ヴァンデルが即座に応じる。


「今回の選抜戦――この件は、外部に一切漏らすな」

静かだが、有無を言わせぬ声音だった。


「……どういうことでしょうか」

サイラスが問う。


「ニコ殿のことだ。あの力が王に知られれば、

間違いなく王国騎士団に召し上げられる」

リオネルは間を置き、言葉を続けた。

「――それだけは避けねばならん」


「……確かに。知られれば、必ず連れて行かれるでしょう」

サイラスが低く言う。


「そうだ。そして行き着く先は決まっている。

魔獣王との戦いだ」

わずかにリオネルの表情が険しくなる。

「ニコ殿ほどの力があろうと……勝てるとは思えん」


「カイロスに勝てる者は、いないでしょう。

本日目にしたニコ殿も、確かに強いですが……」

サイラスの言葉は、そこで静かに途切れた。


誰も続けようとはしない……

重い沈黙が、その場に落ちた。


リオネルはわずかに目を伏せ、短く息を吐く。

それが、答えだった。

第95話

戦いの爪痕と隠すべき力

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


激闘を終え、いつもの魔獣園メンバーの空気に戻って

ホッとするニコでしたが、あの「荒ぶる加護」については

本人もまだ掴みきれていない様子です。


一方、敗れてしまった騎士団ですが

彼らもまた己の誇りにかけて全力を尽くしてくれました。

ベイルのタフさと騎士としての意地が伝わっていれば嬉しいです。


【作中の回復魔法について少し補足です!】

今回、ベイルの治療で二つの魔法の名前が出ました。

・ヒール(基本回復):瞬時に傷を塞ぐが表面的な

 治療のため、後で動きに違和感が残りやすく

リハビリ必須の治療となります(応急処置向け)。

・リジェネレイト(持続回復):時間はかかるが

 肉体を本来の状態へ完全に再生する(完治向け)。


剣士のように精密な動きが求められる者は

動きが鈍るのを嫌うため

痛みに耐えてでも「リジェネレイト」を

選ぶことが多い。

ベイルの騎士としてのプライドがここにも表れています。


そして、リオネルが下した「箝口令かんこうれい」。

王国にニコの力を見つかれば、待っているのは

伝説の剣士カイロスとの絶望的な戦い……。

新たな火種が見え隠れしつつ

物語は次の展開へと進んでいきます。


【お知らせ】

誠に勝手ながら、明日の更新は

お休みさせていただきます。

明後日以降、また続きをお届けしますので

引き続きよろしくお願いいたします!


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