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ニコの迷いと荒ぶる加護 第94話

『……風の精霊が、ざわついておるの……』

水晶玉からエルリーゼの呟きが漏れる。


「えっ……どういうことでしょうか?」

リオネルが玉を覗き込み、思わず問いかけた。


『ニコ殿の剣じゃ。よく見ていれば分かる』

視線を逸らさず、エルリーゼが続ける。


「は、はい……」

リオネルは意味を掴めぬまま、ただ頷いた。


ーー張り詰めた静寂。


グレイブは言葉を発さず、ただ銅貨を指に挟んだ。

誰もが、次の一瞬を待っている。


――弾く。


『キンッ』

高く放たれた銅貨は、これまでよりも鋭く、

真上へと伸びた。


頂点で、わずかに止まるかのように

時間が引き延ばされたような一瞬。

やがて――回転がほどけるように落ちてくる。


『カン……』

硬質な音が、静まり返った場に深く沈んだ。


銅貨の音が消えた瞬間――


ベイルは動かなかった。


大地に根を張るように、盾と剣を静かに構える。

受けて、返す。

そのためだけに極限まで研ぎ澄まされた構え。


対してニコは、踏み込む。


速い。

だが――いつもの速さではない。


一歩目からわずかに重い。

試合前の騒動による「迷い」が、足に乗っている。


「……っ」


それでも速い。

常人では追えない速度で間合いを詰め、斬り込む。


『ギィンッ!』

――受けられた。

ベイルの剣が、正確にその軌道へ割り込む。


「合わせられた……?」

本来なら、あり得ない。


ニコの剣は“見てから”では間に合わない。

そもそも撃ち合いにならないはずの速さ。


だが今は違う。


二撃、三撃――

『ギンッ! ギィンッ! ガキィンッ!』

すべて、受けられる。


「どうした」

ベイルの声は低く、揺れない。

「その程度か」


重い一撃が返ってくる。

ニコは咄嗟に大剣で受ける。


『ドンッ!!』

衝撃が腕を突き抜ける。

本来なら――ここで弾かれる。


軽い体。軽い剣。

重戦士のベイルに力負けして、体勢を崩すはず。


だが――

「――っ?」


風が、鳴いた。


『ザワ……』

ニコの剣を中心に、見えない何かがざわつく。


次の瞬間。


『ゴンッ!!』

激突の衝撃が、逆にベイルへと跳ね返った。


「なに……?」

ベイルの体が、わずかに浮く。

踏み締めていたはずの足が、地面を離れる。


そのまま――


『ドッ!!』

後方へ弾き飛ばされた。


土煙が上がる。

場が、一瞬静まり返る。


「……今のは……」

ベイルが低く呟く。


防御は崩していない。

打ち負けたわけでもない。

それでも――弾かれた。


観戦席。

サイラスの目が見開かれる。


「……馬鹿な」

あのベイルが、弾き飛ばされた。

それも――真正面から。

「あり得ん……あの体格差で……」

言葉が続かない。


ニコはその場に立ったまま、息を乱していた。

「今の……なに……」

自分でも分かっていない。


ただ――

剣の周囲で、風がざわめいている。

落ち着かない。

荒れている。


それでも確かに――

自分を守るように、そこに在った。


ベイルはゆっくりと立ち上がる。

土を払い、ニコを見据えた。

「……なるほど……」

その目が、わずかに変わる。


守るだけではない。

正体を“見極める”目だ。


「面白い」

低く呟き、再び構える。


重戦士と、揺らぐ剣士。

噛み合わなかった歯車が――

今、軋みながら動き出す。


ベイルが踏み込んだ。


受けるのではない。

押し潰すための一歩。


「受け切ってみろ」

低く吐き出される声。


ニコが応じる。

踏み込みは速い。

だが、その剣は――さらに速かった。


『ザワ……』

風が鳴く。


次の瞬間。


『ギィンッ!!』

激突。


ベイルは受けた。

完全な形で、防いだはずだった。


――だが。


『ドンッ!!』


「ぐっ……!」

腕が跳ね上がる。

衝撃が、想定を遥かに超えている。


そのまま体ごと後方へ弾かれる。

踏み止まる。

地面を削りながら、なんとか堪える。


「……重い……!?」

違う。

重いのではない。速さでもない。

その両方が、異常な次元で噛み合っている。


「……もう一度だ」

ベイルは構え直す。


ニコが踏み込む。


『ギンッ!!』

『ガキィンッ!!』

『ギィンッ!!』


受ける。受ける。受ける。

だが――


『ドンッ!!』

『ドンッ!!』

『ドンッ!!』


「くっ……!」

防いでいる。

それでも――弾かれる。

「一撃ごとに、体が後ろへ持っていかれる。

あり得ない……」


ベイルの体格。その重さ。その踏み込み。

それらを――正面から圧倒的に押し返している。


観戦席がざわめく。

「何だ……あの剣士は……」


サイラスの声が、わずかに震えた。

「ベイルが……押されている……?」


信じ難い光景だった。


ニコは止まらない。


『ザワ……ザワ……』

剣の周囲で、風が荒れている。


本人の意思ではない。

制御されていない。

それでも――


振るわれるたびに、凄まじい力が乗る。

「はぁっ!」

振り下ろす。


『ガァンッ!!』

ベイルの体が、大きく弾かれた。

今度は――完全に浮く。


『ドッ!!』

地面に叩きつけられる。

土煙が舞う。


静寂。


ニコは息を切らし、剣を構えたまま立っていた。

「……なんだ……これ……」

分からない。

速さも、力も。

すべてが、いつもの自分ではない。


だが――

止められない。

風が、まだ鳴いている。


『ザワ……』

荒ぶる加護が、剣にまとわりついていた。


「……わからない……けど――」

ニコの呼吸が、ゆっくりと整っていく。


戸惑いは消えない。

それでも――

目の前の戦いに、意識が深く沈んでいく。


一歩。

踏み出した瞬間、空気が変わった。


「――戻った」

いや、違う。それ以上だ。

ニコの目に、研ぎ澄まされた光が戻る。


ベイルが立ち上がる。

「……来るか」

構えた、その瞬間。


ニコの姿が――消えた。


「――なっ」

視界から外れる。

次の瞬間には、もう間合いの内側。


見えない。

反応が、追いつかない。

振り下ろされる大剣。


『ギィィンッ!!』

受けた――はずだった。


だが、


『バキィッ!!』

防具に、明確な亀裂が走る。


「ぐっ……!」

衝撃が貫通する。


厚い鎧越しに肉を打たれ、赤が滲む。

遅れて――血が、滴った。


場が、凍りつく。


ベイルの膝が、わずかに沈む。

その時――


「そこまで!!」

グレイブの声が、鋭く割って入った。


空気が、断ち切られる。


ニコの剣が、ぴたりと止まった。

荒れていた風が、すっと引いていく。


『……』

静寂。


決着は――明らかだった。


「勝者――魔獣園、ニコ!」

グレイブが高らかに宣言した。


第94話

ニコの迷いと荒ぶる加護

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


選抜戦の第三試合

ニコとベイルの戦いはいかがだったでしょうか。

試合前の騒動で少し迷いが生じたニコと

それに呼応して荒ぶる「風の精霊の加護」。

相手が堅牢なベイルだからこそ

その異常な力が際立つ展開となりました。

最後は迷いを振り切り、見事に勝利を

収めることができました!


これで魔獣園は、ガルド、クレイグ、ニコの

三連勝(全勝)という最高の結果を残すことができました。

ニコとの地獄の特訓の成果が、しっかりと実を結びましたね。


次回は、試合後の騎士団の反応や水晶玉越しに

見守っていたエルリーゼ女王の様子などをお届けする予定です。

引き続き、楽しみにしていただけますと幸いです!


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