決戦の朝とそれぞれの思惑 第91話
朝の食堂には、決戦を控えた魔獣たちが
少し眠そうな顔で現れた。
「お前たち、しっかり寝れたのか?」
クルツが心配そうに聞いた。
「早朝修行がないのに……早く目が覚めてしまって……」
ニコが苦笑いしながら言った。
「ニコもか? 実はおれも早く目が覚めてしまってな……」
ガルドが頭を掻きながら言った。
「おれもだ……」
クレイグも静かに同意した。
どうやら三人とも、口には出さないものの
戦いを前にして気が張っているようだった。
そんな彼らのやり取りを、厨房の入り口から
そっと見つめる小さな影があった。
ルーナだ。
自分に『ルーナ』という大切な名前をくれたニコに、
どうしても力を分けてあげたくて――
彼女は今朝、誰よりも早く厨房へ向かっていたのだ。
「サンさん……ニコさんたちに、特別なお料理……
を作りたいです」
エプロン姿のルーナが、一生懸命に頼み込む。
その真っ直ぐな瞳に、サンは優しく微笑んだ。
「もちろんよ。三人とも今日は大事な日だものね。
腕によりをかけて、一緒に作ろう!」
そこから、二人の奮闘が始まった。
サンが手際よく、力が湧くように肉を柔らかく煮込み、
胃に負担がかからない栄養満点の温かいスープを仕込む。
ルーナも小さな手で一生懸命に野菜を洗い、
サンの指示に合わせて、火加減を見守った。
「みなさんが、怪我なく精一杯頑張れますように……」
お鍋を見つめながら、祈るように小さな声で呟く。
そして――
「お待たせ!決戦前の、特製朝食メニューだよー」
サンが明るい声を響かせ、食堂へ顔を出した。
続いて、ルーナが大きなお盆を
落とさないように、一生懸命運んでくる。
「みなさん。……これ食べて、がんばってください……!」
テーブルに並べられたのは、
派手さはないものの、二人の優しさと
栄養がたっぷりと詰まった、温かい朝食だった。
緊張で少し強張っていた三体の顔が、
その温かな香りとルーナのひたむきな言葉に、
ぱっとほころんでいく。
「園長。おはようございます」
クルツが気づき、素早く挨拶した。
「おはようございます!」
少し遅れて、ニコたちも揃って挨拶した。
「おはよう」
園長は軽く頷く。
「まだ時間はある。しっかり食べて、栄養を補給しておけ」
落ち着いた声で言い渡す。
「はい!」
ニコ、ガルド、クレイグが揃って元気よく返事をした。
ーーーー
同じ頃――フェルナ領、領主の城門前。
朝の警備にあたっていた門番の騎士たちの頭上に、
ふいに巨大な影が落ちた。
凄まじい風圧とともに城門前の広場へ舞い降りたのは、
巨大な鳥の魔獣――アンズーだ。
そしてその広い背中には、ギルド長のグレイブ、
元ギルド長のガルディアスとバルドレインの三人が乗っていた。
通常であれば、城の目前に巨大な魔獣が飛来すれば
即座に鐘を鳴らし、厳戒態勢を敷くところだ。
だが、門番の騎士たちの顔に驚きや焦りの色は全くない。
「……また空から来たな」
「ああ。これで三回目だ。もう見慣れたもんさ」
騎士の一人が、舞い降りる巨体を見ながら軽く肩をすくめて言う。
もはや誰も慌てることなく、手慣れた様子で
一人が素早く門の内側へと駆け出した。
「上空より、ギルド長御一行がアンズーにて到着されました!
至急、領主様へお取り次ぎを!」
冷静かつ迅速な伝令が飛んでいく。
度重なる魔獣の飛来により、騎士団の対応は
すっかり洗練されていた。
その頃、城の訓練場では――
サイラス副隊長が、厳しい視線で騎士たちの訓練を監視していた。
ふと、城門の方角から騒がしい声が響いてくる。
伝令の騎士たちの声だ。
広場へ降り立つ巨大な影を確認すると
サイラスは静かに目を細めた。
「来られたか」
短く呟き、すぐさま踵を返す。
「訓練はそのまま続けろ!」
部下たちに一声だけ残し、急ぎ足で城内へと向かった。
回廊を抜け、領主の執務室へと続く広間へ出ると、
そこへ静かに控えていた執事のアルフレッドを見つける。
「アルフレッド殿。ギルド長御一行が到着された。
領主様へお伝え願えるか」
サイラスは足を止め、素早く用件を告げる。
「承知いたしました。ただちにお取り次ぎいたします」
アルフレッドは深く一礼し、静かに執務室の扉へと向かった。
執事のアルフレッドが、執務室の扉を静かに叩いた。
「リオネル様。ギルド長御一行が
アンズー殿と共に到着されました」
室内から、低く落ち着いた声が返る。
「そうか。すぐに私が出迎えよう」
間を置かず、重厚な扉が開かれた。
リオネルは廊下へと歩み出る。
アルフレッドは静かに一礼し、
主の斜め後ろへと自然な動作で付き従った。
自ら賓客を迎え入れるべく、
リオネルは落ち着いた足取りで
広々とした玄関ホールへと向かった。
玄関ホールに到着すると、
アルフレッドが静かに振り返った。
「私が皆様をお連れいたします。
領主様は、どうぞこちらでお待ちいただけますか」
リオネルが小さく頷く。
アルフレッドは扉へと移動し傍らに控えていた
ヴァンデル隊長とサイラス副隊長へ視線を向け
静かに合図を送った。
二人が素早く扉の両脇へ付き、
重厚な扉がゆっくりと開かれる。
外の光とともに、賓客たちが足を踏み入れた。
先頭を歩くギルド長のグレイブ、
そしてガルディアスとバルドレインが姿を見せる。
アルフレッドは静かに歩み寄り、
賓客たちの前で深く一礼する。
「遠路はるばるようこそお越しくださいました。
領主様がお待ちでございます。どうぞこちらへ」
洗練された動作で振り返り、
アルフレッドは三人を、リオネルの待つ場所へと先導する。
主の御前まで客人を案内すると、
アルフレッドはすっと一歩退き、静かに頭を下げた。
リオネルは彼らを真正面から見据え、
深く、威厳に満ちた声で口を開いた。
「遠路はるばるフェルナ領へお越しいただき、
心より歓迎いたします。グレイブ殿。
それにガルディアス殿、バルドレイン殿も」
グレイブもまた、足を止めて一礼を返した。
「出迎えに感謝する、リオネル領主。
我々の突然の訪問にもかかわらず、
こうして手厚い歓迎をいただき痛み入る」
「わざわざご足労いただいたのです。
これくらいの出迎えは当然のことにございます」
リオネルは穏やかにそう告げると、
傍らに控える執事へと視線を移した。
「アルフレッド、皆様を応接室へ」
「かしこまりました」
アルフレッドが深く一礼し、静かに先を促す。
「皆様、どうぞこちらへ」
ーーーー
リオネルは客人を案内するのとは別の通路を通り、
一足先に応接室へと到着していた。
静かに上座へ腰を下ろし、彼らの到着を待つ。
やがて、控えめなノックの音が響いた。
「皆様をご案内いたしました」
扉が開き、アルフレッドに先導された三人が
室内へと足を踏み入れる。
リオネルは静かに立ち上がり、真っ直ぐに向き直って一礼した。
「どうぞ、お掛けください」
手で座席を示し、三人に着席を促す。
促されるまま席に着くと、
すぐさまグレイブが居住まいを正し、深く頭を下げた。
「リオネル領主。まずは此度の巨神討伐……
カリオス王国の危機を救っていただいたこと
心より感謝申し上げる。
そして……我々ギルドが、あの未曾有の危機において
何一つ動けなかったこと、深く謝罪させてほしい」
その重い言葉に、リオネルは静かに頷いた。
「領主として、そのお詫びの言葉は確かに受け入れましょう。
ですが、どうか頭を上げてください」
リオネルはまっすぐな視線で三人を順に見据える。
「このフェルナ領を守り抜いてくれたのは
私の力ではありません。
すべては、魔獣園の者たちが身を挺して
守ってくれた結果です」
そこで一度言葉を区切り
ガルディアスとバルドレインへと視線を向けた。
「それに、ギルドが何もできなかった
などと言うことはございません。
お二人の元ギルド長殿、そしてリシェル殿の
多大なるご協力あってこそ彼らも
戦い抜くことができたのです。
私からも、改めて深く感謝を申し上げます」
ガルディアスがゆっくりと首を横に振り
バルドレインも同調するように深く頷いた。
「いやいや、我々は何もしとらんよ。礼など不要です」
「うむ。すべては若き者たちが全力を尽くした結果。
わしらはただ、それを見守っていただけにすぎませんじゃ」
二人の謙虚な言葉に、リオネルも穏やかな笑みを返す。
和やかな空気の中
しばらく巨神討伐の際の出来事などが語り合われた。
やがて話が一段落したところで――。
グレイブがわずかに居住まいを正し
少しばかり気まずそうに口を開いた。
「さて、領主。此度の訪問には
もう一つ……少々厄介な要件がありましてな」
そう言うと、持参した鞄からひときわ大きな
水晶玉を取り出し、机の上へ慎重に置いた。
「リシェル。約束通り繋いだぞ」
グレイブが魔力を通すと、水晶玉が淡い光を放ち始める。
やがてその光の中に、ギルドにいる
リシェルの姿が鮮明に浮かび上がった。
『ありがとうございます、ギルド長。
――リオネル領主様、直接お伺いせず
このような形での謁見をお許しください』
水晶玉越しのリシェルが、深く頭を下げる。
「構わんよ。……して、その大きな水晶玉はいったい?」
リオネルが興味深そうに見つめる。
『はい。実は、その水晶玉をこれより行われる選抜戦の
闘技場に設置させていただきたく、許可をお願い申し上げます』
「闘技場に、ですか?」
『はい。……誠に申し上げにくいのですが、
エルフの国の女王様からの、たってのお願いでございます』
リシェルは少し困ったような、しかし真剣な表情で言葉を続ける。
『先日、此度の巨神討伐の件をエルフの国へ報告いたしました。
その際、魔獣園の皆様――特にニコさんたちの活躍を
ご報告しないわけにはいかず
少しだけお話をさせていただいたのですが……』
「なるほど。それで、女王殿下が彼らに興味を持たれたと」
リオネルが納得したように頷く。
『はい。彼らの戦いを、どうしてもこの目で
見たいと強く所望されまして……。
無理を承知のお願いではございますが
どうか設置の許可をいただけないでしょうか』
リシェルは水晶玉の向こうで、再び深く頭を下げた。
その時だった。
『ジジジ……ッ!』
突如、水晶玉の光が大きく乱れ
リシェルの姿が掻き消えるように真っ暗になった。
「む? どうしたのだ?」
リオネルが怪訝そうに眉をひそめた次の瞬間。
ふたたび淡い光を放ち始めた水晶玉の中に、
息を呑むほど美しいエルフの女性が姿を現した。
エルフェリア王国の女王、エルリーゼである。
彼女は少しむくれたような顔で
水晶玉の向こう側にいるであろうリシェルへ向かって
ピシャリと言い放った。
『リシェルよ。わたくしのせいにするでない!
其方が観たがっていたのであろう……
確かにわたくしも観たいとは言ったが……』
リオネルが驚いたように目を丸くして言った。
「エルリーゼ女王陛下!……お久しゅうございます……」
不意にかけられた声に、水晶玉の中のエルリーゼが
ビクッと肩を揺らし、目を瞬かせる。
『リッ、リオネル殿か……?』
少し慌てた様子で、水晶玉の向こうからこちらを覗き込む。
「はい。リオネルでございます」
リオネルは姿勢を正し、恭しく一礼した。
その姿を確認すると、エルリーゼはふっと表情を和らげた。
『おお……やはりリオネル殿か。ひさかたぶりですね。
最後に会ったのは何年前だったか……
見違えるほど立派な領主の顔になられて』
先ほどのむくれた顔から一転、
まるで昔馴染みの成長を喜ぶような、
穏やかで親しげな笑みを浮かべた。
懐かしむような微笑みから一転、
エルリーゼがふっと表情を引き締め
真剣な顔つきに変わる。
『リオネル殿。二人で話をさせてもらえないか』
「承知いたしました」
リオネルは深く頷くと、同席しているグレイブたちへ向き直った。
「皆様、水晶玉の件は了承いたしますので
お話は終わりということでよろしいですか」
グレイブたちはその場の空気を察し、静かに立ち上がる。
「はっ。我々はこれにて失礼いたします」
彼らが深く一礼すると、
控えていたアルフレッドが扉を開け、静かに先を促した。
リオネルただ一人を応接室に残し、
客人たちはアルフレッドの導きで、
城の客人用の部屋へと案内されていった。
応接室に静寂が訪れると、
水晶玉の中のエルリーゼが、ふっと雰囲気を変えて話し始めた。
『お主は、この世界の神のことをどこまで知っておる?』
先ほどの親しげな態度とは打って変わった唐突な問いかけに、
リオネルは戸惑いを見せて聞き返す。
「えっ……この世界の神、ですか?」
『そうじゃ。神じゃ』
エルリーゼの透き通るような瞳が、
水晶玉越しにリオネルを真っ直ぐに射抜く。
「……国ごとに、それぞれ神がおられると聞いておりますが」
『そうか。なら、お主の国の神について教えておく。
心して聞くがよい』
長きを生きるエルフの女王としての、
静かで、しかし確かな威厳を帯びた声が
応接室に響き渡った。
第91話
決戦の朝とそれぞれの思惑
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
決戦当日の朝、そしてそれぞれの思惑が
交差する一日を書きました。
ニコたちの「眠れなかった朝」と、
ルーナの想いを込めた食事。
一方で、領主やギルド
さらにはエルフの国まで巻き込んだ大きな流れ。
小さな戦いのようでいて、気づけば多くの視線が
集まる舞台になってきました。
そして最後に現れた、エルリーゼ女王。
ここから一気に“世界の話”へと踏み込んでいきます。
選抜戦はただの戦いではなく
それぞれの立場と意思がぶつかる場になります。
ニコたちがどこまで通用するのか――
前回、「次回から選抜戦が始まる」と予告していたのですが……
領主とギルド長たちのやり取りや
エルフの女王様との重要なお話が思いのほか
長くなってしまい、選抜戦の開幕が
持ち越しになってしまいました。
楽しみに待ってくださっていた皆様
本当に申し訳ありません!
いつも温かい応援をありがとうございます。
毎日の執筆の大きな励みになっております!
引き続き、よろしくお願いいたします。




