領主の思いと騎士の覚悟 第89話
訓練場では、鋭い金属音が絶え間なく響いていた。
「足を止めるな! 次を見ろ!」
サイラスの叱声が飛ぶ中――
隊長補佐の騎士が場の端へ駆け込んできた。
「副隊長。ヴァンデル隊長がお呼びです」
「……分かった、すぐに行く」
短く応じ、サイラスはすぐに隊長のもとへ向かう。
「隊長。ご用件をお伺いに参りました」
「訓練中すまんな」
ヴァンデルは腕を組み、低く告げた。
「リオネル様が、闘技大会に選抜された三名をお呼びだ。
至急集めろとのことだ」
領主の名に、サイラスの表情がわずかに引き締まる。
「……どのようなご用件なのでしょうか?」
抑えた声の奥に、不安がにじむ。
「さあな……辞退を促すような話ではないと思うが……」
ヴァンデルは小さく息を吐いた。
「わしにも見当がつかん」
「……承知しました。すぐに準備させ、連れて参ります」
サイラスは一礼し、訓練場へと戻る。
その場では――
鋭い金属音が絶え間なく響いていた。
俊敏な身のこなしと正統派の剣術を併せ持つ「カイル」
天性の勘と怒涛の勢いで攻め立てる「ザック」
そして――圧倒的な剛力から重厚な一撃を放つ重戦士「ベイル」
三人は入れ替わりながら相手を変え
休む間もなく剣を交えている。
相手の癖、間合い、呼吸――
すべてを瞬時に見極め、対応する。
その力を叩き込むための訓練だった。
戦場では――考える時間など、与えられないのだから。
訓練場では、激しい打ち合いの音が響いていた。
その最中――
戻ってきたサイラスが土を踏みしめ、中央へと歩み出る。
「一旦止めろ!」
鋭い声が飛ぶ。
ぴたりと動きが止まり、三人が同時にサイラスへ視線を向けた。
「副隊長?」
息を整えながらカイルが問いかける。
サイラスは三人を見回し、短く告げた。
「リオネル様がお呼びだ。闘技大会に選抜された三名
――お前たちだ。すぐに準備しろ」
その一言で、場の空気が変わる。
「領主様が……?」
ザックが眉をひそめる。
「何の御用なんだろうか……?」
ベイルも低く呟く。
サイラスはわずかに間を置いた。
「詳しい話は俺にもわからん。だが至急だ。着替えて来い」
「……了解!」
三人は顔を見合わせ、すぐに動き出す。
緊張と高揚が入り混じる中、訓練場の空気は先ほどとは
別の張り詰め方へと変わっていった。
ーーーー
「お呼びの三名をお連れしました。
領主様へお取り次ぎ願えますか」
サイラスが静かに告げる。
「かしこまりました。少々お待ちください」
執事は一礼し、奥へと下がった。
「リオネル様。サイラス殿が、選抜の三名を
伴ってお見えです。お通ししてもよろしいでしょうか」
扉越しに、落ち着いた声で取り次ぐ。
「来たか」
短く応じたあと、間を置かずに続けた。
「すぐに通せ」
「かしこまりました」
執事は一礼し、扉へと向き直った。
執事は静かに扉を開けた。
「どうぞ、お入りください」
サイラスが一歩踏み出し、三人もそれに続く。
室内へ入った瞬間――自然と背筋が伸びる。
奥には、リオネルが悠然と座していた。
「お呼びの三名をお連れしました」
サイラスが一礼する。
「ご苦労」
リオネルはゆっくりと視線を移し、三人を順に見据えた。
カイル。ザック。ベイル。
それぞれが無言のまま、その視線を受け止める。
「顔は覚えている」
低く落ち着いた声が響く。
「闘技大会に選抜された者たちだな」
「はっ!」
三人の声が揃う。
一瞬の静寂。
「呼んだ理由は他でもない」
リオネルはわずかに身を乗り出した。
「――お前たちには、魔獣と戦わせることに
なってしまった。……ほんとうにすまない」
その一言に、三人の表情がわずかに強張る。
「領主様、そのようなお言葉は――」
サイラスが一歩進み出て、静かに制した。
リオネルはゆっくりと顔を上げる。
「だが――私は、お前たちの力を信している」
まっすぐに三人を見据える。
「必ず勝つと、心から願っている」
その言葉に、張り詰めていた空気がわずかに変わる。
「はっ――ありがとうございます!」
三人は声を揃え、深く頭を下げた。
「――私にも、わずかばかり手助けをさせてはくれないか」
リオネルが静かに言う。
「滅相もございません……そのお言葉だけで、十分にございます」
年長のベイルが、頭を下げたまま述べた。
わずかな沈黙。
リオネルは小さく首を振る。
「いや――これは領主としての務めだ」
そのまま三人へと視線を向ける。
「お前たちに、我が家の家宝を託そう」
空気がわずかに張り詰める。
「武器庫へ行ってこい。その中から
己に相応しいものを選び、使うがいい」
低く、揺るぎない声だった。
「はっ」
三人は声を揃え、深く頭を下げた。
「我ら三名、領主様のご期待に添えるよう研鑽を重ね
――必ず勝利をお届けいたします」
ベイルが静かに言い切る。
リオネルは小さく頷いた。
「アルフレッド。案内を頼む」
「かしこまりました」
執事アルフレッドは一礼し、静かに扉へと向かう。
「こちらへ」
三人を促し、長い回廊を進んでいく。
足音が石壁にわずかに反響する中、アルフレッドが口を開いた。
「これよりご案内するのは、当家の武器庫にございます」
その声は穏やかだが、どこか緊張を帯びている。
「代々、当主とその血を引く者のみが
立ち入ることを許された場所……」
重厚な扉の前で、アルフレッドは足を止めた。
「――このようなことは、私も初めてでございます」
ゆっくりと振り返る。
「ここの装備を、領主一族以外の方が手にする
……そのような前例、聞いたことがございません」
鍵を差し込み、静かに回す。
重い音とともに扉が開いた。
中から、冷たい空気が流れ出す。
壁一面に並ぶ武具。槍、剣、斧、弓――
いずれもただならぬ気配を放っている。
「どうぞ」
アルフレッドは一歩退き、三人へ道を開けた。
「ご自身に相応しいものを、お選びください」
そして、視線を巡らせれば――
別の壁には、防具が整然と並べられていた。
胸当て、籠手、脛当てに至るまで
ひとつひとつが丁寧に手入れされ
鈍い光を宿している。
革と金属が組み合わさった軽装のものから
全身を覆う重厚な鎧まで、その種類も多岐にわたる。
いずれもただの装備ではない。
長い年月を経てなお、主を待ち続けているかのような
静かな威圧感を漂わせていた。
「防具もまた、当家に伝わる品でございます」
アルフレッドが静かに告げる。
「身を守るものこそ、命を預けるに値する品をお選びください」
その言葉には、武器以上の重みが込められていた。
「こんな装備に触れられる機会、そうそうないぞ」
サイラスは目を輝かせ、並ぶ武具へと迷いなく手を伸ばした。
剣を軽く持ち上げ、角度を変えて刃を眺める。
「見ろ、この研ぎ……重量の乗せ方も絶妙だ。
こっちは重心がやや前寄りか――実にいい造りだな」
次の一本へ、さらに次へと、まるで子どものように確かめていく。
「しっかり選べ。遠慮するな。こういう機会は本当に滅多にない」
名残惜しげに剣を戻しながらも、興奮は隠しきれない。
その様子に、ベイルが静かに口を開く。
「副隊長。それでも剣は、使い慣れた物の方がよろしいかと」
現実的な判断だった。
「……ああ、それはそうだな」
サイラスはあっさりと頷く。
「今から変えても、手に馴染ませる時間が足りん。
性能を引き出せなければ意味がない」
視線だけで武具を名残惜しそうに追う。
「私も同意見でございます」
アルフレッドが静かに続ける。
「武器は、長く扱ったものほど真価を発揮いたします」
そして、防具の並ぶ方へ視線を向けた。
「ですが、防具は別でございます」
「動きやすさを最優先に。試着も可能でございますので
どうぞ納得のいくまでお選びください」
静かな口調の中に、実戦を見据えた確かな判断が込められていた。
三人は、それぞれ無言のまま武具へと向き合っていた。
まず動いたのはカイルだった。
並ぶ防具の中から、過度な装飾も癖もない一式を選び取る。
胸当て、籠手、脛当て――いずれも均整の取れた造りだ。
「それを選ぶか」
サイラスが短く言う。
カイルは頷き、そのまま手早く装着していく。
可動を確かめるように肩を回し、一歩踏み込む。
「……軽すぎず、重すぎず。ちょうどいいです」
「無難だが、それが一番崩れにくい」
サイラスは静かに評価した。
アルフレッドもわずかに目を細める。
「癖が少ない分、状況への対応力が活きる装備でございますね」
カイルはもう一度動きを確かめ、小さく頷いた。
――
一方、ザックは迷うことなく軽装の並ぶ一角へ向かっていた。
革を主体にし、急所のみを金属で
補強した防具選び、素早く身に付ける。
「おっ、これいいな」
装着した途端、その場で軽く跳ねる。
さらに踏み込み、身体をひねり、連撃を叩き込む動きを繰り返す。
「全然邪魔にならねぇ!」
「軽さに振りすぎるな」
サイラスが鋭く言う。
「一撃でももらえば終わるぞ」
「分かってますよ。でも――当たらなきゃいいんでしょ?」
ニヤリと笑うザック。
アルフレッドが静かに口を挟む。
「回避を前提とするなら、確かに理に適っております。ただし――」
わずかに間を置く。
「一度でも捕まれば、そのまま致命傷に繋がる危険もございます」
「だから捕まらねぇって」
軽口を叩きながらも、動きの鋭さは増していた。
――
最後に、ベイルが重厚な防具の前で足を止める。
一目でそれと分かる、厚く、重い一式。
無言のまま手に取り、そのまま装着していく。
金属同士が噛み合う重い音が響く。
装着し終えると、ベイルは腕をゆっくりと上げた。
「……いいな」
低く呟く。
試しに一歩踏み込み、腕を振る。
鈍い風切り音。
「受けても、弾ける」
その一言に、確かな手応えが滲む。
サイラスが腕を組んだまま言う。
「その装備なら、正面から受け止められる。
だが――動きは鈍るぞ」
「問題ない」
即答だった。
「受けて、返す。それだけだ」
アルフレッドが静かに頷く。
「まさに重戦士の理想形でございますね。
防御と反撃を一体とした装備――お似合いでございます」
三者三様。
それぞれが選んだ装備は
まるでその戦い方をそのまま映したかのようだった。
第89話
領主の思いと騎士の覚悟
お読みいただきありがとうございます!
今回は、闘技大会に出場する三名の騎士
――カイル、ザック、ベイルの登場と
領主リオネル様の呼び出しによる
装備選びのエピソードです。
過酷な役割を背負わせてしまったことを謝罪し
家宝である武器庫を解放するリオネル様。
彼がどれほど領民と部下を思いやっているかが
伝わる場面になったかと思います。
そして後半の武器庫での一幕。
前回のニコたち(ドワーフの特製防具)と対に
なるように、こちらの三人もそれぞれの個性が
光る防具を選びました。
バランス型のカイル、回避特化で軽口を叩くザック
防御と一撃に賭ける重戦士のベイル。
実戦を見据えて武器はあえて変えないという
冷静な判断も、歴戦の騎士ならではの選択ですね
名刀を前に子供のようにはしゃぐサイラス副隊長には
少し微笑んでしまいましたが……笑
領主の期待と家宝の装備を背負った三人が
魔獣園の代表と闘技大会でどのように
ぶつかり合うのか。
今後の展開にどうぞご期待ください!




