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お待たせのいちごムースケーキ 第87話

いちご狩りの準備がひと段落したところで

オスロが手を止めた。


「農場長。そろそろ子供たちが来ますので

一旦戻ってもいいですか?」


「ああ、オスロ。ありがとう。

後は大丈夫だ、戻っていいぞ」

農場長は頷きながら答えた。


軽く一礼すると、オスロは足早に副庭へと戻る。


戻ってきたオスロに気づき、クルツが声をかけた。

「オスロ。いちご畑の方はもういいのか?」


「はい。準備は終わりましたので

いつ来てもらっても大丈夫ですよ」

オスロは笑顔で答える。


「そうか。帰ってきたばかりで悪いが

――子供たちの誘導、頼めるか?」


「はい。わかりました」

即答だった。


そしてオスロは周囲を見渡し、アレンに視線を向ける。

「アレンさん。何か手伝うことありますか?」


動き出す準備は、すでに整っていた。


「オスロ。お疲れ様〜。ニコと一緒に

子供たちの先導お願いできるか」

アレンが声をかける。


「はい。わかりました」

オスロは頷き、そのままニコのもとへと向かった。


やがて、副庭に集まった子供たちは整列させられ

ざわめきが少しずつ収まっていく。


「いいですかー? 押さないで、順番に進みますよー」

先頭に立つニコが、やさしく声を張る。


オスロも列の横につき、はみ出しかける

子供をそっと戻しながら声をかけた。

「大丈夫ですよ。ちゃんと順番にご案内しますからね」


アレンは全体を見渡し、抜けや遅れがないかを確認する。

「よし……このまま行こう。出発だ」


その合図で、子供たちの列はゆっくりと動き出した。

「わあ……すごい……!」

「あっち何!?」


あちこちから弾む声が上がり、視線は右へ左へと忙しく動く。

足元もおぼつかないまま、キョロキョロと歩く子供たち。


「前、見てくださいねー。転びますよー」

ニコが笑いながらも注意を促す。


「走らないでくださいね」

オスロも穏やかに声をかけ、列を崩さないよう支えていく。


子供たちの後ろでは、アレンが様子を

見ながら歩調を合わせていた。


そして後方では――

クルツが親たちと並び、子供たちの様子を

見守りながら歩いていた。


賑やかな声に包まれた一行は、いちご畑へと進んでいった。


列はゆっくりと水路に沿って、静かに進んでいく。


土の匂いと、開けた空の下を抜けるやわらかな風。

初めての景色に、子供たちの視線は忙しく揺れていた。


上空では。シルヴァが大きく翼を広げ

ゆったりと旋回していた。


眼下には、農場の道を進む子供たちの列。

列の流れ、間隔、乱れ。そのすべてを

高みから静かに見渡している。


異常はない。ただ

子供たちの賑やかな声が、かすかに風に乗って届いた。


「あっ、鳥だ!」

はしゃぐ声があちこちから上がる。


返事をするようにシルヴァは一度だけ低く鳴き

再び高度を保つ。


「前を見て歩いてくださいねー」

ニコが振り返りながら声をかける。


「足元、気をつけてください」

オスロも穏やかに補助に回り、列を整えていく。


いちご畑へと近づくにつれ――

ふわりと、風に乗って甘酸っぱい香りが流れてきた。


「あれ……いい匂い!」

「いちごだ!」

気づいた子供たちが、一斉にざわめき始める。


まだ姿は見えていないのに、香りだけで胸が弾む。

列の中で、つま先立ちになる子、前を覗き込む子

――落ち着きなく動き始めた。


「早く食べた〜い!」

声は次第に弾み、足取りも自然と速くなる。


「慌てないでくださいねー」

ニコが振り返りながら笑って声をかける。


「もうすぐですから」

オスロも穏やかに宥め、列を崩さないように支える。


それでも、子供たちの期待は抑えきれない。


甘酸っぱい香りは、さっきよりもはっきりと強くなり――

一歩進むごとに、胸の高鳴りが増していく。


やがて、その先に白いハウスが見え始めた瞬間――


「見えた!!」

歓声が、一斉に弾けた。


入り口に着くと、農場長が待っていた。

「ようこそ。よく来てくれたな」


落ち着いた声に、子供たちのざわめきが少し静まる。


アレンが一歩前に出る。

「本日はよろしくお願いします」


「こちらこそだ。準備はできている。楽しんでいってくれ」

農場長は穏やかに頷いた。


「いいですかー説明を聞いてからですよー」

ニコが子供たちを落ち着かせる。


簡単な注意事項が伝えられ――


「それじゃあ……始めていいぞ」

アレンの一言を合図に、


「やったー!!」

一斉に歓声が弾けた。


「うわぁ……!」

目の前に広がるのは、一面のいちご畑。

整然と並ぶ畝に、赤く実ったいちごが点々と輝いている。


子供たちは畝の間へと駆け出し、赤いいちごへと手を伸ばす。


「あっ、これ大きい!」

「甘い! すごい!」


摘んでは食べ、また探して――

笑顔が次々と広がっていく。


ニコはそんな様子を見守りながら、時折声をかける。


「走らないでくださいねー」

「ちゃんと見て取ってくださいよー」


オスロも近くで目を配り

取り方が分からない子に優しく教えていた。

「こうやって、根元を持って……そうです」


アレンは少し離れた場所から全体を見渡し

問題がないかを確認する。

時折、子供の高さにしゃがみ込み

同じ目線で言葉をかけた。


畑には、笑い声と甘い香りが満ちていく。

穏やかな時間が、ゆっくりと流れていた。


クルツは子供たちの様子を確認し

今度は親たちへと向き直った。


「みなさんは別のハウスになります。

足元に気をつけてください」

落ち着いた声で案内しながら、隣のハウスに

案内した。


案内された先は、先ほどとは少し造りの違うハウス。

中に入ると、地面に沿っていちごが育てられているのが見えた。


「こちらは地植えのいちごになります」

そう声をかけながら、セリオが前に出る。

手にはたくさんのカゴが用意されていた。


「こちら、どうぞ」

一人ひとりにカゴを手渡していく。


「取り方ですが――根元を軽く持って、

ひねるように取ってください。

強く引っ張ると傷んでしまいますので」

実際に手元で見せながら、丁寧に説明する。


「取ったいちごは、このように並べてくださいね。

重ねると潰れてしまいますので」

カゴにきれいに並べる様子を示すと、親たちも頷いた。


そして少しだけ表情を引き締め、続ける。

「それと――こちらは地植えになりますので、土がついています」


一拍置いてから、はっきりと告げる。

「そのまま食べないで下さいね」


その注意に、親たちは納得したように頷いた。


「では、ゆっくりお楽しみください」

セリオが一歩下がると――


親たちはそれぞれ畝へと入り、いちご狩りを始めていく。


――高設栽培のハウスでは

満足そうな子供たちの姿があちこちに見られた。


その様子をひと通り見渡したアレンは、小さく頷く。

「オスロ。そろそろいいんじゃないか。

収穫に切り替えよう」


「はい。わかりました。セリオさんにカゴ、もらってきます」

オスロはすぐに応じると、軽く一礼し、ハウスの外へと向かった。


「ニコ。子供たちに収穫の仕方教えてくれるか」

アレンが言った。


「はい。わかりました」

ニコが言った。


二つのハウスでいちごの収穫が進められた。


ハウスの外ではセリオとミナが手際よく動く。

回収したカゴの中身を確認しながら

カゴを平箱にまとめていく。


セリオはハウスの中を見渡し

頃合いを測るように口を開いた。

「そろそろ終わりにするか」


「そうですね。明日もありますし」

ミナが穏やかに頷く。


「俺はクルツさんに伝えるから

ミナはアレンさんに伝えてくれるか」


「はい」

短く返事をすると、ミナは足早に

ハウスの中へと入っていった。


賑やかな声に満ちた空間の中

アレンを見つけると声をかける。

「アレンさん、そろそろ終了の時間です」


「ああ、わかった」

アレンは頷き、周囲を見渡して声を張る。


「みんなー、そろそろ終わりの時間だ!

カゴがいっぱいになったら、入り口に集まってくれ!」


「えー!」「もう終わり?」

名残惜しそうな声が上がるが、それでも子供たちは

言われた通り、最後のいちごに手を伸ばす。


「これで最後にする!」

「一番大きいの取る!」

そんな声とともに、ひとつひとつ丁寧に摘み取っていく。


やがて――


「取れたー!」

「こっちも!」

満足そうな顔を浮かべながら、子供たちは入口へと集まり始めた。


ニコとオスロが列を整え、忘れ物や取り残しがないかを確認する。


「大丈夫ですかー? カゴ持ってきてくださいねー」

「足元気をつけてください」


地植えのハウスからも最後のカゴが集まり

少しずつ、ハウスの中の賑わいが落ち着いていく。


甘い香りと笑い声の余韻を残したまま――

いちご狩りの時間は、ゆっくりと幕を下ろしていった。


ーーーー


別館の食堂では、パーティの準備が着々と進んでいた。

椅子の並ぶ音や足音が重なり、室内には程よい活気が満ちている。


「サンさん。お皿はここでいいですか?」

ルーナが手を止めて確認する。


「そこで大丈夫だよ。あとで切り分けてのせるからね」

サンは手際よく作業を続けながら答えた。


その時――


「母さん。ケーキ持って来ましたよ」

アカネとロルフが、慎重に箱を抱えて入ってくる。


「ケーキはそこのワゴンの上でいいよ」

サンは少し広めのワゴンを指さした。


二人は頷き、そっとケーキを置く。


「もう一つ持ってくればいいんですよね」

アカネが振り返って確認する。


「そうだよ。落とさないように、慎重に頼むよ」

サンが少しだけ念を押すように言った。


「はい」

短く返事をして、二人は再び足早に食堂を後にする。


準備は、まだ続く。


その時――

『コツ、コツ』と窓を叩く音が響いた。


ルーナが気づいて振り返り、窓を開ける。

「サンさん。シルヴァさんが来てます」


呼ばれてサンが近づくと、窓の外にはシルヴァの姿があった。


「シルヴァさん、どうかしましたか?」


「もう……すぐ、くる」

たどたどしい人の言葉。

それでも、意味ははっきりと伝わってくる。


サンは小さく頷き、ルーナに目を向けた。

「ルーナ。もう少し詳しく聞きたい、通訳してくれるか」


「はい」

ルーナは一歩前に出て、シルヴァに向き直る。


「シルヴァさん、子供たちが来るんですか?」

やさしく、確かめるように問いかけた。


シルヴァは小さく頷き、続けた。

「いちご狩り終わった、もうすぐ帰ってくる。

準備だいじょうぶ?」


その言葉を受けて、ルーナがサンへ通訳する。

「サンさん。いちご狩りが終わったみたいです。

もうすぐ帰って来ますよ」


食堂の空気が、少しだけ引き締まった。


ーーーー


「サンさん。戻りました。準備ができたら

合図をお願いします」

アレンが声をかける。


「いつでも大丈夫だよ」

サンは手を止め、にこやかに答えた。


「はい。ではお連れしますので、よろしくお願いします」

アレンは軽く頭を下げ、そのまま外へ戻る。


クルツのもとへ向かい、簡潔に伝えた。

「クルツさん。準備、整いました」


「おお、そうか」

クルツは一つ頷き、集まった皆の前へと歩み出る。


「みなさん」

その一声で、場の空気がすっと静まった。


「これから――みなさんが無事にこの地へ戻れたことを

祝って、ささやかですがパーティを行います」


一拍の間のあと――


「パーティ!?」

子供たちが目を輝かせる。


続いて大人たちからも、驚きと喜びの声が広がった。


ざわめきはすぐに笑顔へと変わり

場の空気が一気に明るくなる。


クルツはその様子を見て、わずかに口元を緩めた。


「それでは、別館の食堂へご案内します。

足元に気をつけて、順番にお進みください」

アレンとニコ、オスロが動き出し、列を整えていく。


期待に胸を弾ませながら――

一行は食堂へと向かって歩き出した。


別館の食堂に入ると、整えられた机と並べられた料理に

子供たちから思わず歓声が上がった。


「わあ……すごい!」

「おいしそう!」


そのざわめきを見て、ルーナが一歩前に出る。

「みなさん、席にご案内しますね。走らずに、順番にお願いします」


続いてアカネも手を叩いて注意を引く。

「小さい子から順に座ってくださーい! 空いている席にどうぞ!」


ニコとオスロはすぐに動き出し、列を整えながら誘導に入る。


「こちらの席、空いてますよー」

ニコが笑顔で手招きする。


「ゆっくりで大丈夫ですよ」

オスロも横につき、迷っている子供に優しく声をかける。


「こっちだよ!」

「ここ座るー!」


興奮気味の子供たちをなだめながら

二人は一人ずつ席へと導いていく。

親たちもそれに続き、自然と席に着いていった。


やがて――


ざわめいていた空間は、整然とした賑わいへと変わっていく。

全員が席に着き、あとは始まりを待つばかりだった。


「園長。挨拶をお願いします」

クルツが静かに促す。


「おお。わかった」

園長はゆっくりと立ち上がり、場を見渡した。

自然と、食堂のざわめきが収まっていく。


「皆の者――よく戻ってきてくれた」

低く、よく通る声が響く。


「この度の巨神の脅威。決して小さなものではなかった。

故郷を離れ、不安な日々を過ごした者も多かっただろう」


一度言葉を区切り、柔らかく続ける。


「だがこうして、誰一人欠けることなく――再びこの地に戻れた。

それこそが、何よりの喜びだ」


静かに頷く者、安堵の表情を浮かべる者。


その想いを受け止めるように、園長は言葉を重ねる。

「そして――この平穏は、決して偶然ではない」


ゆっくりと視線を巡らせ、

「我らの仲間である“魔獣たち”が、その力を尽くしてくれた結果だ」


場に小さなどよめきが広がる。


「ニコ」

園長が名を呼ぶ。

「前へ」


ニコは少し驚きながらも立ち上がり、前へと進み出た。


「彼は、人と心を通わせ、魔獣たちの力を導いた者だ」

園長はニコの肩に手を置く。


「巨神の討伐は、人と魔獣が共に戦い、勝ち取ったものだ」

その言葉に、場の空気が変わる。


驚き、納得、そして敬意。


様々な感情が、静かに広がっていく。


「今宵は――その無事と勝利を祝う場だ」

園長はゆっくりと手を広げた。

「遠慮はいらぬ。食べ、笑い、存分に楽しめ」


一瞬の静寂――


そして


「かんぱーい!!」

園長の声をきっかけに、食堂は一気に歓声に包まれた。


皿に料理がよそわれ、あちこちで笑顔が広がる。

「おいしい!」と弾む声、楽しげな会話。

子供たちは夢中で食べ、大人たちも安堵したように箸を進めていた。


賑やかで温かな時間が流れていく。


――そして、食事がひと段落した頃。


「そろそろ、ケーキを出そうか」

サンが静かに声をかけた。


「はい。わかりました」

ルーナはアカネを呼び

二人でケーキのワゴンを取りに向かった。


やがて――


いちごのムースケーキが

ゆっくりと食堂へ運ばれてくる。


「うわぁ……!」

「すごい……!」


目の前に現れた大きなケーキに、子供たちの歓声が弾けた。

それに続くように、大人たちからも感嘆の声が上がる。


その場の熱が少し落ち着くのを待ち、サンが口を開いた。

「みなさん。これからいちごを配りますので

それぞれケーキの上に飾りつけてください」


その言葉に、さらに期待が高まる。


ロルフがカゴいっぱいのいちごを運び込み

ルーナとアカネが手際よく小皿に分けていく。


「はい、どうぞ」

「落とさないように気をつけてくださいね」


一人ひとりに配られていく真っ赤ないちご。


「ロルフさん、手伝いますよ」

ニコがすぐに声をかける。


その様子を見て、周りの者たちも自然と動き出した。

「こっち持ちます」

「運びますね」


手が増え、配る流れは一気にスムーズになる。


やがて全員の手にいちごが行き渡ると――

「じゃあ、いいですか〜順番にどうぞ!」

ロルフの声を合図に、子供たちが目を輝かせて前に出る。


「どこに乗せようかな!」

「ここ空いてる!」


そっとケーキにいちごを置く子もいれば

嬉しさのあまり少し手元が揺れる子もいる。


「ゆっくりでいいですよ」

オスロが優しく声をかける。


大人たちも微笑みながら続き

バランスを見ながら丁寧に並べていく。


「こっちはもう少し空いてるな」

「じゃあ、ここに一つ」


自然と会話が生まれ、笑い声が広がる。


ひとつ、またひとつといちごが加わり――


白いケーキは、皆の手で彩られていく。


笑い声と小さな歓声が重なり合い

食堂はやわらかな熱に包まれていく。

それぞれの手で飾られたケーキは

少し不揃いで――けれど、温もりがにじんでいた。


「ルーナ、手筈通り頼むよ」

サンが声をかける。


「クルツさん。いいですか?」

ルーナがにこやかに振り向いた。


「なんですか?」

クルツは首をかしげる。


「二人でこのケーキを切ります。お願いできますか?」

にやり、とルーナが笑う。


「えっ!? どうやって切るんだ」

思わず身を乗り出すクルツ。


ルーナは腰の刀を軽く叩いた。

「これですよ」


「……刀で切るのか?」


「そうです」

迷いのない即答だった。


「クルツさん、腕の見せ所ですよ」

ニコが楽しげに茶化す。


「ケーキなんか切ったことないぞ……」

情けない声が漏れる。


「クルツ! 往生際が悪いぞ。観念しろ」

園長の一喝が飛んだ。


「クルツさん、切る前にこれで刀拭いてくださいね」

ルーナが酒を染み込ませた布を差し出す。


「ああ……わかった」

受け取りながらも、まだ半信半疑の顔だ。


「ニコさん、合図お願いできますか?」

ルーナが静かに言う。


「いいですよ。三、二、一、ゼロで

切って下さい」


「ニコ。ゼロてなんだ?」

クルツが不思議そうに確認した。


「クルツさん。気にしないで下さい。

ただの掛け声ですよ」


サンとルーナは顔を見合わせて

笑っている。

どうやらルーナもわかっているようである。


ニコは一歩前に出て、場を見渡した。

ざわめきがすっと収まる。


「――いきますよ」


静寂。


「……三」


二人が同時に柄へ手をかける。


「……二」


空気が張り詰め、息を呑む気配が広がる。


「……一」


――その瞬間。


「ゼロ!」


閃。


ルーナとクルツの刀が、ほぼ同時に走った。


一閃、二閃、三閃――

重なるように放たれる居合いの連続。


目で追えぬ速さで刃が交差し

白いケーキの上を滑るように駆け抜ける。


「おおっ!?」

誰かが思わず声を上げた。


斬撃は止まらない。


上から左右へ

無駄のない軌跡が幾重にも重なり

まるで舞うように刻まれていく。


そして――


チン、と小さく音を立て、クルツは刀を鞘へと収めた。


一瞬の静寂。


――だが。


ケーキは、何事もなかったかのようにそこにあった。


切られた痕は見当たらず、形も崩れていない。

まるで最初から手を付けられていないかのようだった。


「……あれ?」

子供の一人が首をかしげる。


「これ、ほんとに切れてるの?」

不思議そうな声がぽつりと漏れ

周りの子供たちも顔を見合わせる。


「全然変わってないよ?」

「うそでしょ……?」


ざわざわと小さなざわめきが広がっていく。


クルツがふと横を見ると

ルーナは刀身を布で丁寧に拭いている。


その様子に、クルツの動きが止まった。


「……おい……」

嫌な予感が胸をよぎる。


ゆっくりと刀を引き抜くと――


「ああー!」


中から現れた刀身には、白いクリームが付いていた

と言うことは……鞘の内側にも白いクリームが……


クルツの悲鳴に、周囲から笑いがこぼれる。


「クルツさん、ごめんなさい。

先に言ってあげればよかったですね……」

ルーナは少し申し訳なさそうにしながらも

どこか楽しそうにそう言った。


ルーナは刀を拭いた布をそのままクルツに差し出し

軽い調子で声をかけた。

「クルツさんの剣、私より全然クリーム

付いてないじゃないですか〜」


「……そうか……」

クルツはどこか遠くを見るような目で、力なく答える。


そんなクルツの落胆など気にも留めず――


サンが一歩前に出て、穏やかに声を張る。

「それでは、これからお配りしますので

――少々お待ちください」


その合図で、皆が一斉に動き出した。


皿が並べられ、手分けしてケーキを取り分けていく

切り口は崩れることなく、角はぴんと立ったまま。


まるで最初からそういう形だったかのように

整った一切れが皿へと移されていく。


次々と配られていくケーキ。


そして――


「ああー! 切れてるー!」

子供の驚きの声が、食堂いっぱいに響き渡った。


あちらこちらでケーキの断面に目を向けては

感心したように頷く姿が見られる。


やがて、一斉にスプーンが伸びた。


ふわりとしたムースは、触れただけで静かに崩れ

軽やかにすくい上がる。


口に運べば、いちごの甘酸っぱさがやさしく広がり

すぐに溶けて消えていく。


「おいしい……!」

「これ、すごいな……」


子供たちは目を輝かせ、大人たちも思わず頬を緩める。


しっとりとした生地と、なめらかなムース。

その中に忍ばせたいちごの果肉が

時折ぷちりと弾けて、また違った甘みを添える。


「もう一口……」

誰かが小さく呟き、自然と次の一匙へ手が伸びる。


賑やかな声と、満ち足りた吐息が重なり――

食堂は、甘くやさしい空気に包まれていった。


配り終えた魔獣たちは、ふと顔を見合わせた。

「あれ……? 俺たちの分がないんじゃないか」

ゴリムが真っ先に気づく。


子供たちの嬉しそうな顔を眺めていたニコも

その声に反応してテーブルを見回した。


そして――


「……僕たちのケーキがないなんて……」

肩を落とし、しょんぼりと呟く。


一瞬、周囲の空気がしんと静まった。


そのとき――


「あははは!」

サンの明るい笑い声が響く。


「お前たちの分は、ちゃんと残してあるから安心しな」


その一言に、ゴリムが顔を上げる。

「ほんとか!?」

「あるのか!?」


一斉に食いつく魔獣たち。


「後から食べさせてやるから、今は我慢しな」

サンが軽く手を振りながら告げた。


その瞬間――


「おおおおっ!」

「やったぁぁ!!」

弾けるような歓声。


ゴリムは思わず拳を握りしめ、

ニコはぱっと表情を明るくする。


「よかったぁ……!」

「食べられるんだな……!」


さっきまでの落胆が嘘のように消え去り

皆の顔に一気に喜びが広がっていく。


その場は、子供たちに負けないほどの

賑やかな喜びに包まれていた。

第87話

お待たせのいちごムースケーキ

お読みいただきありがとうございます!


お待たせいたしました。

今回は、避難から戻った村の子どもたちを招いての

「いちご狩り」と、魔獣園での「ケーキパーティ」の本番です!

高設栽培のハウスで「宙に浮くいちご」に歓声を

上げる子どもたちの姿や、みんなで手分けしてケーキにいちごを

飾っていく様子など、魔獣園の温かく平和な空気を

たっぷりと詰め込みました。


そして、今回のケーキカットはまさかの「居合い切り」!

ニコの「ゼロ!」という謎のカウントダウンと

見事な剣術でケーキを切ったニーナとクルツ。

切れたのか切れていないのか分からない神業でしたが

結果的にクルツの愛刀の鞘はクリームまみれになるという

大惨事(?)に……。不憫なクルツには申し訳ないですが

この魔獣園らしいドタバタ感が書いていてとても楽しかったです。


最後は、自分たちのケーキがないと絶望していた魔獣たちも

サンさんの用意周到な優しさに救われました。

巨神騒動という大きな脅威を乗り越え

魔獣と人間が共に笑い合える、素晴らしい夜になりました。


【お知らせ】

誠に勝手ながら、明日の更新は

お休みさせていただきます。

明後日以降、また続きをお届けしますので

引き続きよろしくお願いいたします!



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