いちご狩りの知らせとアンズーの気遣い 第85話
アレンとクルツは、北の村々へと向かった。
止まっていた鉱山の再開に向けた調査と
ローデリック農場長から託された「いちご狩り」への
招待を、村々に直接伝えるためだ。
コルン、ランナと巡り、最後にたどり着いたのは
アレンの故郷――リム村だった。
大きな翼が静かに閉じられ、地を踏む。
「アンズーさん、ありがとうございます」
アレンが労いを込めてそう言って振り返る。
「アンズー、助かったぜ。ありがとな」
クルツも軽く手を上げた。
すると――
アンズーはぱさりと羽を揺らし、くいっと首を傾ける。
その仕草はまるで、
言葉の意味を受け取っているかのようだった。
「……アンズーさん、『ありがとう』は分かっているみたいですね」
アレンが感心したように言う。
「ああ、そんな感じだな」
クルツも頷く。
「アンズーさん、少し待っていてくださいね」
そう声をかけると、
アンズーはその場で静かに身を低くした。
「クルツさん……“待って”も分かってると思いますか?」
アレンが小声で尋ねる。
クルツは肩をすくめて笑う。
「見りゃ分かるだろ。しゃがんでるじゃねぇか」
その言葉通り、
アンズーはじっとその場に留まり、二人を待っていた。
アレンとクルツは、村長の家へと足を向けた。
玄関の前で立ち止まると、
アレンはドアノッカーを軽く打つ。
コンコン、と乾いた音が静かに響いた。
「はい。少々お待ちください」
中から聞こえてきたのは、聞き慣れた声。
やがて扉が開き、
アレンの母――マーサが顔を出した。
「あら……アレンじゃないか。どうしたんだい?」
思いがけない来訪に、目を丸くする。
「父さんに話があるんだけど、いるかな」
アレンが少し急いだ口調で尋ねた。
「今なら畑に行ってるはずだよ」
マーサはそう言って外を指さす。
「そっか、ありがとう。行ってみるよ」
踵を返そうとするアレンに、
マーサが慌てて声をかけた。
「もう行くのかい? お茶でも飲んでいきな」
その言葉に、アレンは一瞬だけ足を止める。
「母さん……ごめん。今日は急いでるんだ」
短くそう告げると、
どこか後ろ髪を引かれるようにしながらも
歩き出した。
畑に着いたアレンは、作業を指揮している
村長の姿を見つけると声をかけた。
「父さん。ちょっといいですか」
「おお、アレンか。少し待ってくれ」
村長は周囲に手短に指示を飛ばし
手についた土を払いながらこちらへ歩いてくる。
「それで、今日は何しに来たんだ?」
「鉱山の再開に向けて、調査に来たんだ。
それで聞きたいんだけど
……この辺りで最近、魔獣は出てる?」
アレンの問いに、村長は少しだけ表情を引き締めた。
「柵ができてからはな、畑への被害は出ていない。
そこは助かってる」
一度言葉を切り、畑の外――柵の向こうへと視線を向ける。
「だが……外では見かけることはあるぞ。油断はできん」
その一言に、周囲の空気がわずかに張り詰めた。
「クルツさん。もしかすると……鉱山の方には
すでに魔獣が住み着いている可能性もありそうですね」
アレンは柵の外へと目をやりながら、静かに言った。
「……あり得るな。アンズーがいるから大丈夫だとは思うが
油断は禁物だ。慎重に調査しないといけねぇな」
クルツは腕を組み、低くうなずく。
そのやり取りを聞いていた村長が、ふっと息をついた。
「アレン。話はそれだけか?」
「あ、父さん。もう一つあるんだ」
アレンは思い出したように顔を上げる。
「明日、魔獣園で
――避難から戻って来た、村の子どもたちに向けて
いちご狩りを無料開放することになったんだよ」
「ほう……子ども限定なのか?」
村長が興味深そうに眉を上げる。
「母親は付き添いで来ても大丈夫だよ」
「……年寄りはダメなのか?」
ぽつりと漏れたその一言は、どこか寂しげだった。
アレンは思わず目を丸くする。
「えっ、父さん……いちご狩り、行きたいの?」
「行けるもんなら、そりゃあ行きたいさ」
村長は少し照れくさそうに笑った。
「農場長に相談してみますよ」
アレンが応じる。
「じゃあ、明日の朝、迎えに来ますね」
そう言い残し、アレンはクルツとともにその場を後にした。
「アンズー。鉱山まで頼む」
クルツの声に応えるように、アンズーは静かに身を低くする。
二人が背に乗ると、大きな翼が風を切り
――次の瞬間、空へと舞い上がった。
「いいぞ、アンズー。行こう」
クルツの合図とともに、景色が一気に流れていく。
やがて鉱山の上空へ差しかかると
アンズーは高度を落としながら旋回を始めた。
「アンズー。この辺で降ろしてくれ」
しかし、アンズーは従わない。
旋回はむしろゆっくりと大きくなっていく。
「……どうしたんだ。ここでいい、降ろしてくれ」
クルツが困惑した声を上げた、その時――
「クルツさん! 見てください!」
アレンが身を乗り出し、鉱山の入口を指差す。
「中から……魔獣が出てきました!」
暗い坑道の奥から、影がいくつも
蠢くように現れ始めていた。
「……アルクトス・ベアだな」
クルツが目を細め、低くつぶやく。
「ここで冬眠してたんですかね……?」
アレンは鉱山の入口を見つめながら言った。
「その可能性が高いな。しかも――子連れだ」
ゆっくりと現れた影の中に
小さな個体が混じっているのを確認し
クルツの声が一段と慎重になる。
「となると、迂闊に近づくのは危険だ。刺激すれば
一気に襲ってくるぞ」
張り詰めた空気の中――
「おれが……はなしを、つけて、やる」
不意に、たどたどしい声が割り込んだ。
「えっ……アンズーさん!?」
「なっ……アンズー!?」
アレンとクルツは思わず顔を見合わせる。
前方では、アンズーがわずかに首を傾けながら
確かに“言葉”を発していた。
「クルツさん……今、喋ったの……アンズーさん、ですよね?」
信じきれない様子でアレンが問いかける。
「ああ……どうやら、そのようだな」
クルツもまた驚きを隠せないまま、静かにうなずいた。
アンズーは鉱山から少し離れた場所にアレンとクルツを
降ろすと、そのまま静かに翼を広げ鉱山の入口へと向かった。
二人は固唾をのんで、その背を見送る。
やがて――
「……アンズーさんじゃないですか」
入口付近で、アルクトス・ベアの母親が気づき
警戒を解くように声をかけた。
「ああ……お前たちか」
アンズーは低く応じ、ゆっくりと距離を保ったまま問いかける。
「ここで冬眠していたのか……他の連中はどうした」
「他の方たちは……みんな、巨神を恐れて逃げていきました」
母親は子どもをかばうように一歩前へ出る。
「私はこの子たちがまだ小さいので、遠くへは行けず
……ここで冬眠するしかなかったんです」
その声には、どこか諦めの色が滲んでいた。
「……そうか」
アンズーは一瞬だけ言葉を切り、鉱山の奥へと目を向ける。
その様子を少し離れた場所から見ていた
アレンが、小声でつぶやいた。
「クルツさん……母熊、アンズーさんを
全然怖がってないみたいですね」
「そりゃあな」
クルツは腕を組み、納得したようにうなずく。
「アンズーはカイチに、ここの監視役を任されてたんだ。
顔見知りなんだろうよ」
「なるほど……」
アレンは改めて、対話している二体を見つめた。
そして――
「だが、ここは人間の鉱山だ。そのうち採掘が再開される予定だ」
わずかに困ったような声音が混じる。
「……そう、ですか……」
母親は視線を落とし、力なくつぶやいた。
重い沈黙が流れる――
その空気を断ち切るように、アンズーが続けた。
「巨神なら、もう心配はいらない」
母親が顔を上げる。
「早めに、元の住処へ戻った方がいい」
「えっ……本当ですか?」
驚きと戸惑いが入り混じった声。
「ああ。本当だ。人間と魔獣が協力して――倒した」
アンズーの言葉は静かだったが、確かな重みを持っていた。
その一言に、母親の目が大きく見開かれた。
「人間と……魔獣が、一緒にですか?」
信じきれないというように、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ああ」
アンズーは静かにうなずいた。
「俺の主人が倒した……と言うべきか」
わずかに言葉を選ぶように間を置く。
「正確には、無力化したんだ」
そして、鉱山の外――遠くを見据えるように続けた。
「巨神のいた場所には、今、大きな木が一本そびえている」
「……木?」
母熊が戸惑いを浮かべる。
「あれが、今の巨神の姿だ」
淡々としたその言葉には
どこか現実味のない不思議な重みがあった。
「やっと……帰ることができるんですね……」
母熊は胸の奥に溜めていたものを
吐き出すように、安堵の息を漏らした。
「ああ。早い方がいい。ここは、いずれ人間が戻ってくる場所だ」
アンズーは静かにうなずく。
「わかりました……アンズーさん。
本当に、ありがとうございます」
母熊は深く頭を下げ、子どもたちを守るように寄せた。
「元気でな」
短くそう言い残し、アンズーは大きく翼を広げる。
風を巻き起こしながら、クルツたちのもとへと飛び立った。
「アンズーさん、戻ってきますよ」
空を見上げながら、アレンが声を上げる。
やがてアンズーが着地し、二人の前に降り立つ。
「またせたな……アルクトス・ベアの
ははおやとはなしは、ついた。あんしんしろ」
たどたどしいながらも、確かな言葉。
「アンズーさん……ありがとうございます」
アレンはほっとした表情で礼を言った。
「アンズー、お手柄だ。頼りになるな」
クルツは感心したように腕を組み、にやりと笑う。
その言葉に、アンズーはわずかに胸を張るように首を上げた。
「アンズー。魔獣園に帰ろう」
クルツの声に応えるように、アンズーは静かに身を低くする。
二人が背に乗った瞬間、大きな翼が風を切り
――次の瞬間、空へと舞い上がった。
地上の景色がみるみる小さくなり
やがて見慣れた魔獣園の敷地が視界に入る。
高度を落としながら旋回し
アンズーは副庭へと静かに降り立った。
土煙がふわりと舞い、翼がゆっくりとたたまれる。
「ありがとう、アンズーさん」
アレンが声をかけると、アンズーは小さくうなずいた。
「園長に報告だな」
「ああ、行きましょう」
二人は足早に副庭を後にし、園長室へと向かう。
二階の廊下を進み、扉の前で立ち止まると――
『コンコン。』
クルツがノックをした。
「失礼します」
クルツが軽く会釈し、アレンも一歩前に出る。
中へ入ると、机に向かっていた園長が顔を上げた。
「戻ったか」
低く落ち着いた声が響く。
「はい。鉱山の調査、終わりました」
クルツが簡潔に告げる。
「どうだった」
短い問い。
クルツは一度息を整え、口を開く。
「鉱山にはアルクトス・ベアの親子が住み着いていました。
ですが、アンズーが話をつけてくれて
すぐに元の住処へ戻るそうです」
「えっ。アンズーが話をつけたのか?」
園長は目を丸くし聞いた。
「そうです。アンズーは北の魔獣の
監視役でしたので顔見知りのようでしたよ」
クルツが言った。
「そういうことか……子連れとは厄介な状況だったな」
園長は腕を組み、静かにうなずく。
「巨神の影響で、他の個体は逃げていたようです。
ただ、鉱山内部に他の魔獣の気配は感じないらしいです」
クルツが補足する。
「……なるほど。それもアンズー情報か?」
園長はわずかに目を細めた。
「そうです。頼りになる魔獣です」
クルツが言った。
「採掘の再開は可能だな」
園長が言った。
その言葉に、アレンはほっと胸をなで下ろす。
「はい。問題ないと思います」
「よくやった」
短い一言だったが、その中には確かな評価が込められていた。
ーーーー
二人は園長室を後にした。
廊下を歩きながら、クルツは肩をすくめる。
「今回はアンズーのおかげだな」
「そうですね」
アレンが同調して言った。
「戦わずして解決できたのが、一番良かったです」
「ああ。あいつらもやっと家に帰れるわけだしな」
クルツは窓の外――夕焼けに染まる空を見上げる。
「俺たちも、明日は忙しくなるぞ。
子どもたちがいっぱい来るからな」
「はい!」
アレンもまた、晴れやかな笑顔で頷いた。
「……あっ! そういえば、父さんのいちご狩りの件
農場長に聞くの忘れてますね……」
「……おいおい」
クルツの呆れたような声が、静かな廊下に響き渡るのだった。
第85話
いちご狩りの知らせとアンズーの気遣い
お読みいただきありがとうございます!
今回はアレンとクルツが、鉱山の調査と
いちご狩りの招待のために各村を巡るお話です。
アレンの故郷であるリム村では
お茶を飲んでいきなと気遣う母の優しさと
実は「いちご狩り」に行きたくてたまらない
お父さん(ハロルド村長)の素顔に
少しクスッとしていただけたら嬉しいです。
そして、今回の大きな見どころはアンズーの活躍です!
なんと人間の言葉を話し、冬眠中のアルクトス・ベアの親子と
平和的に対話をしてくれました。
カイチに監視役を任されていたという伏線も回収され
人間と魔獣が協力して巨神を退けた事実が野生の
魔獣たちにも伝わっていく良いシーンになったと思います。
次回は、いよいよ子どもたち(と、もしかしたら村長も?)を
迎えての、魔獣園での「いちご狩り&ケーキパーティ」です。
どうぞお楽しみに!




