食堂掃除といちごケーキ 第84話
「みなさん。これから別館の食堂掃除に
向かいます。整列してください」
オスロの声が響く。
「はーい!」
ケーキにつられた魔獣たちは、どこか浮き足立った様子で
そそくさと列を作り始めた。尻尾を揺らし
鼻をひくつかせながら、期待が隠しきれていない。
「ガルドさん、クレイグさん。
テーブルクロスの運搬をお願いします」
「おおー、任せてくれ!」
ガルドが胸を叩き、クレイグも無言で力強くうなずく。
そのやり取りを見ていたニコが、ふと首をかしげた。
「オスロさん。飾りつけはしないんですか?」
「飾りつけ……?」
聞き慣れない言葉に、オスロがきょとんとする。
「花とか、垂れ幕とか……あったら楽しそうじゃないですか」
「飾りつけ、やりた〜い!」
元気な声が背後から飛んできた。
振り返ると、アカネとルーナが立っていた。
「アカネさん、ルーナさん? どうされたんですか?」
ニコが驚いて尋ねる。
「監視役だよ。私の一言で
ケーキが食べられるか決まるんだからね!」
アカネは腕を組み、わざとらしく威張ってみせる。
「……監視役」
ニコが小さくつぶやく。
「アカネさん、そういう言い方はだめですよ」
ルーナが苦笑しながらたしなめる。
「ニコさん、大丈夫ですよ。
飾りつけを手伝いに来ただけですから」
「そうなんですか……ありがとうございます」
ニコはほっと胸をなでおろした。
「その代わり、掃除はしっかりお願いしますね」
ルーナがやわらかく、しかししっかりと釘を刺す。
「まかせてください!」
ニコが元気よく答えた。
やがて、別館の食堂――
掃除班の魔獣たちは、一斉に動き出した。
床を磨く者、椅子を整える者、テーブルを拭き上げる者。
最初はどこか落ち着きがなかったものの「ケーキ」という
共通の目的のためか次第に動きは揃い始める。
ガルドとクレイグは、大きなテーブルクロスを慎重に広げていく。
多少よれながらも、力強い手つきで一枚一枚を整えていった。
一方――
食堂の上部では、アカネとルーナが飾りつけを進めていた。
「こっちに花、もう少し寄せた方がいいかな?」
アカネが背伸びをしながら花を配置する。
「そうですね……あと、その垂れ幕、少し斜めです」
ルーナが冷静に位置を調整する。
布の垂れ幕がゆらりと揺れ、花が彩りを添える。
少しずつ、食堂の雰囲気が柔らかく
華やかに変わっていった。
「いい感じじゃない?」
「ええ、とても」
二人は顔を見合わせ、小さくうなずく。
魔獣たちがせっせと掃除を続け、上では飾りつけが進む――
やがて食堂は、ささやかながらも温かみのある
“特別な場所”へと姿を変えていくのだった。
ーーーー
「ただいま戻りました」
飾りつけを終えたルーナが、静かに声をかける。
「帰りました〜! 母さん、飾りつけ完了だよ!」
アカネは弾んだ声で報告しながら
くるりとその場で一回転してみせた。
その様子に、サンはふっと目を細める。
「そうかい。ご苦労様」
穏やかな声が返る。
「食堂、すごくいい感じになってますよ」
ルーナが一歩添えるように言うと、
「頑張ったからね!」
アカネが得意げに胸を張った。
サンはそんな二人を見て、小さくうなずいた。
「……子どもたちも、きっと喜ぶだろうね」
「じゃあ――今度はこっちを手伝っておくれ」
サンが手を振って二人を呼ぶ。
「はーい!」
アカネは元気よく返事をし、そのまま駆け寄っていく。
「何をすればいいですか?」
ルーナは落ち着いた様子で隣に立った。
「ロルフ、ルーナ、アカネ。よく見て覚えな。
今日は“いちごのムースケーキ”を作るよ。
明日の子どもたちのためだ。手は抜くんじゃないよ」
「はい!」
三人の声が重なる。
「まずは丁寧にヘタを取る」
サンの手元を見ながら
ロルフがぎこちなくいちごを摘まむ。
ルーナは手際よく、アカネはすでに
一粒つまみ食いしそうになって――
「アカネ、あとでだよ」
ぴしりと一言。
「はーい……」
ボウルにいちごが集まると、サンはフォークを手に取った。
「ここからが楽しいところだ」
ぐっと押し潰すと――
じゅわっ、と真っ赤な果汁が溢れ出す。
「うわ……」
ルーナが思わず息をのむ。
甘酸っぱい香りが、一気に厨房いっぱいに広がった。
さっきまでハウスにいた時と同じ、あの瑞々しい香りだ。
サンは潰したいちごのボウルを鍋に移し、火にかけた。
「生のままじゃ使わない。ちゃんと火を通すんだ」
中火にかけると、
赤いピューレがゆっくりと温まり始める。
「砂糖とレモン汁を入れて……混ぜ続けな」
ロルフが木ベラを握り、慎重にかき混ぜる。
やがて――
ふつ、ふつ、と小さな泡が立ち始めた。
その瞬間、
甘酸っぱい香りが、さっきよりも
一段濃く深く広がる。
「うわ……さっきより甘い匂いがします」
ルーナが思わず顔を近づける。
「火を通すことでな、酸が安定する。
味もまとまるんだよ」
サンは頷きながら、鍋の様子を見極める。
「よし、十分だ」
火を止めた、その直後。
「ここは一気だよ。アカネ、ゼラチン」
「はい!」
ふやかしておいたゼラチンを受け取り、
まだ熱を持つピューレの中へ入れる。
「余熱で溶かし切る。ダマを残すんじゃないよ」
ゴムベラで素早く混ぜると、
透明だったゼラチンが、すっと溶けていく。
とろり、と。
少しだけ重みを増した赤い液体。
「これで下地は完成だ」
サンは満足げに頷いた。
「ここからが一番大事だ」
サンはボウルを氷水に重ねる。
「冷やしすぎてもダメ、ぬるくてもダメ。感覚で覚えな」
ゴムベラをゆっくり動かすと、
さらさらだった液が、少しずつ重みを帯びていく。
「ほら、混ぜてみな」
サンがルーナにゴムベラを渡した。
ルーナが恐る恐るゴムベラで混ぜる。
「……あ、さっきより……とろっとしてます」
「そう。それが合図だ」
サンはすっとボウルを持ち上げた。
「このタイミングを逃すと、全部台無しになるからね」
三人は思わず真剣な顔になる。
「次は生クリームだ。アカネ、泡立ては任せるよ」
「任せて!」
アカネは勢いよく泡立て始める。
「……やりすぎるんじゃないよ」
サンが苦笑する。
ふんわりとした白いクリームができあがると、
真っ赤なピューレを流し入れる。
「ここからは崩さないように、だよ」
サンは冷やしたピューレのボウルを示す。
「生クリームは三回に分けて入れる。
一度に入れると、重くなるからね」
「三回……?」
ルーナが小さく繰り返す。
「まずは一回目。少しだけ入れて、しっかりなじませる」
アカネが生クリームをすくい、そっと落とす。
「ロルフ、混ぜてみな」
「はい」
ロルフはゴムベラを差し入れ――
「違うよ。ただ混ぜるんじゃない。“底から切るように”だ」
サンの声に、手の動きを変える。
底へと差し込み、
すっと持ち上げて、返す。
その動きを繰り返すと、
赤いピューレに白がゆっくりと溶け込んでいく。
「そう、それだ。潰さず、空気を逃がさないように」
「次、二回目」
さらに生クリームを加えると、
混ざりはじめた生地は、なめらかさを増す。
マーブル模様が柔らかく広がった。
「最後、三回目――一番大事なところだよ」
残りを加え、
ロルフはより慎重にゴムベラを動かす。
底から、切るように。
すくい上げて、返す。
その繰り返しの中で――
赤と白がやさしく溶け合い、
やがて、淡いピンクへと変わっていく。
「……綺麗」
ルーナが息を漏らす。
そこにあるのは、
空気をたっぷり含んだ、ふわりと軽いムース。
「今のが“合わせる”ってことさ」
サンは満足げに頷いた。
「混ぜるんじゃない。切って、抱き込むんだよ」
淡いピンクのムースが、ふわりと出来上がる。
「空気を潰さない。それがコツだ」
「ここからは形にする」
サンは四角い大きな型にスポンジを敷く。
「ルーナ、ムースを半分流してみな」
とろり、と流れ落ちるピンクの層。
「その上に、もう一枚」
ロルフがそっとスポンジを置く。
「優しくな。“おやすみ”って言うくらいの気持ちで」
ルーナがくすっと笑う。
残りのムースを流し込み、
サンが表面を滑らかにならす。
「よし。あとは冷やすだけだ」
「ロルフ。氷の部屋にしまって来てちょうだい」
数時間後――
「見てみな」
型から外されたケーキは、
ぷるん、と弾むような柔らかさを持っていた。
「すごい……」
ルーナが目を見開く。
「最後の仕上げだよ」
真っ白なホイップクリームが
滑らかに広がる白。
やがてピンクは隠れ、
雪のような純白のケーキへと姿を変えた。
「これで出来上がりだ」
サンが満足そうに言った。
「あれ? 母さん。いちごは乗せないの?」
アカネが不思議そうに聞いた。
「仕上げは子供たちにやらせるんだよ」
サンがにやりとして言った。
「ああ〜そう言うことか」
アカネが納得して言った。
「子供さん喜びますね」
ルーナも同調した。
静かに、しかし確かな達成感が広がる。
甘い香りとともに、
明日の完成を待つケーキの準備が完了した。
第84話
食堂掃除といちごケーキ
お読みいただきありがとうございます!
今回は明日の子どもたちの歓迎会に向けて
魔獣園のメンバーたちが準備に奔走するお話です。
前半は、ケーキへの期待からいつも以上にテキパキと
掃除を頑張る魔獣たちと、飾り付けに精を出す
アカネたちの微笑ましい光景を描きました。
アカネの「監視役だよ!」という冗談に
ニコが少し戸惑うやり取りが好きです(笑)。
後半は、いよいよいちごのムースケーキ作りです!
「おやすみって言うくらいの気持ちで」など
サンさんの教える言葉選びには、料理への愛情と優しさが
詰まっています。
ロルフたちが教わりながら、赤と白が混ざり合って
綺麗なピンク色のムースへと変わっていく過程は
甘い香りが想像できるように丁寧に描写しました。
そして、あえていちごを乗せず真っ白なケーキに仕上げたサンさん。
「仕上げは子どもたちにやらせる」という温かい計らいが
サンさんらしくてとても素敵ですよね。
次回もどうぞお楽しみに!




