宙に浮かぶ、いちごのカーテン 第83話
「サンさん。お言葉に甘えて行って来ますね」
ルーナが嬉しそうに声を弾ませる。
「母さん。いちご、どの位いるの?」
アカネが首を傾げて尋ねた。
「傷んでなければ全部もらって来な。
明日の子供たち用に美味しい物作って
やりたいからね〜」
サンは温かく微笑んで送り出す。
ルーナとアカネが外に出ると
集合場所にはすでに全員が揃っていた。
「もう、みんな来てるんですね」
ルーナが周囲を見渡して目を丸くする。
オスロが前に立って確認する。
「みなさん、揃ってますか?」
「はい。大丈夫です!」
ニコが元気よく手を挙げて応じた。
「それじゃ、行こうか!」
オスロの合図とともに、一団は歩き出した。
ニコは列の先頭で、ウキウキと弾むように足を運ぶ。
いつもの道。
水路に沿って、静かに進む。
野菜栽培場が見えてきた。
そして、それをそのまま通り過ぎ
隣のハウス栽培場へ。
ふわりと――
ニコの鼻先を、甘酸っぱい香りがかすめた。
ニコは、思わず声を上げる。
「わあ〜いい匂い! 幸せな香りがする……」
「いい香りですね〜」
ルーナも釣られて笑顔をほころばせた。
「農場長、本日はよろしくお願いします」
オスロが一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
「こちらこそだ。急な頼みですまなかったな」
ローデリックは軽く手を上げ、気さくに応じた。
そのやり取りに合わせるように、
農場担当のミナとセリオが木箱と浅いカゴを抱えてやって来る。
「オスロさん、こちらをお使いください」
セリオが差し出しながら言った。
ミナもこくりとうなずき、手早く足元に並べていく。
「みなさん。今日はこちらのハウスで
いちごの選別をお願いします」
オスロが落ち着いた口調で説明を始める。
「傷んでいるものは廃棄用のカゴへ。
熟れ過ぎたものはこちらの浅いカゴに
重ねないように入れてください」
ひと通り説明を終えたあと、ふと思い出したように付け加えた。
「……ああ、忘れていました。食べても構いませんが
食べ過ぎには注意してください」
その一言が落ちた瞬間――
「やったー!!」
魔獣たちの大歓声がハウスの外にまで響き渡る。
オスロは苦笑しながら扉を開けた。
ぞろぞろと、期待に胸を膨らませた
魔獣たちが中へ入っていく。
そして――
「わあ……すごい! いちごが浮いてる!」
ルーナが思わず声を上げた。
視界いっぱいに広がるのは
宙に浮かぶように実る赤い果実。
足元に土はなく、清潔な空間に整然と並ぶそれは
まるで別世界だ。
ルーナは目を輝かせ、見渡しながら言う。
「まるで……いちごのカーテンですね!」
どこを見ても、艶やかな赤。
まるで宝石箱の中に迷い込んだような光景だった。
「土で汚れてないから、そのまま食べられるんだよ」
アカネはそう言いながら
ひょいと一粒つまんで口に放り込む。
「ルーナさん、こっちの白いのも食べてみて」
手招きして勧める。
「あま〜い……! 白いいちごも、こんなに甘いんですね」
ルーナは驚きに頬をゆるめながら、次々と味を確かめていく。
立ったまま、さまざまな品種を食べ比べる――
それは贅沢そのものの時間だった。
「しゃがまなくていいから、収穫も楽ですね」
ルーナはそのままの姿勢でいちごを
摘み取りながら感心したように言う。
「甘っ! なにこれ、すっごい!」
ニコは目を輝かせ、頬いっぱいにいちごを頬張る。
次の一粒へと迷いなく手が伸び
その足取りはもう跳ねるようだ。
「おいおい、ニコ。食い過ぎんなよ」
クレイグは苦笑しながら一粒をつまむ。
がぶりとかじり、すぐに表情が緩んだ。
「……これは止まらねぇな」
そう言いつつ、もう一粒へ手が伸びる。
「……ふむ」
ゴリムは一粒をゆっくりと摘み
満足げに小さくうなずく。
「コル……」
コルナは控えめに一粒をくわえ
こくり、と小さく頭を揺らす。
ガルドは黙々と食べている。
気付けば選ぶ目も真剣になっており
明らかに“良い実”を見極め始めていた。
ハウスの中には、甘い香りと――
それぞれのやり方でいちごを楽しむ
穏やかな時間が広がっていた。
「みなさん、選別もお願いしますよ〜!」
オスロが半ばあきれたように声を張る。
思った以上に“つまみ食い”が進んでいるのが見て取れた。
その横で、セリオとミナが手際よく動く。
回収したカゴの中身を確認しながら
カゴを平箱にまとめていく。
「オスロさん。このままだと取りすぎになりそうですし
……そろそろ切り上げましょうか」
セリオが苦笑混じりに声をかけた。
「……そうですね。わかりました」
オスロは一度周囲を見回し、頷く。
そして大きく息を吸い込んだ。
「みなさーん! 本日の作業はここまでです!
カゴをこちらに持ってきてくださーい!」
「はーい」とあちこちから返事が上がる。
少し名残惜しそうにしながらも、
魔獣たちはぞろぞろとハウスの外へと集まっていった。
どの顔にも、満足げな色が浮かんでいる。
甘い香りと余韻を残したまま、
いちご狩りの時間はひとまず幕を下ろした。
「ただいま戻りました」
いちご狩りを終えたルーナが
頬に余韻を残したまま笑みを浮かべる。
「帰りました〜! 母さん
いちごたくさん持って帰りましたよ!」
アカネは元気よく声を張り
抱えていた木箱を軽く持ち上げて見せた。
「おかえり。そこに置いといてちょうだい」
サンは振り返りもせず
手際よく昼食の支度を進めながら応じる。
包丁の音と、香ばしい匂いが台所に広がっていた。
「残りはオスロさんたちが持って来てくれますよ」
「サンさん、何か手伝いましょうか?」
ルーナが一歩前に出て尋ねる。
「いいよ。もうすぐ終わるからね」
そう言いつつも、サンはちらりとルーナへ視線を向けた。
「ルーナ。いちご狩りは楽しめたかい?」
「はい」
ルーナははっきりとうなずく。
「みなさんが、あんなに興奮する理由がよくわかりました」
その言葉に、思わずルーナも頬をゆるめる。
「ほんとに……夢みたいな場所でした」
ルーナが満面の笑みで続けた。
「そうか……それはよかったな」
サンは小さくうなずき、どこか安心したように微笑んだ。
「サンさん。いちごはどこに置けばいいですか?」
オスロが残りのいちごを抱えて戻ってくる。
「ありがとう。そこのカウンターに置いといてくれるかい」
サンは手を止めずに答えた。
「はい、わかりました」
オスロが静かに木箱を置いて立ち去ろうとした
そのとき――
「オスロ、ちょっといいかい」
サンが声をかける。
「はい。なんでしょうか?」
足を止め、向き直る。
サンは一度だけ手元を整え、それから口を開いた。
「明日、子どもたちがいちご狩りをしたあとにな。
いちごケーキを食べさせてやろうと思ってるんだ」
少しだけ目を細める。
「だから、別館の食堂を掃除してもらえないかい」
「いちごケーキ……」
ぽつり、と誰かの呟きが落ちた。
その瞬間――
周囲にいた魔獣たちの耳が、ぴくりと一斉に動く。
空気がわずかにざわついた。
「……はい。大丈夫ですよ」
オスロは小さく笑い、頷く。
「午後からの予定に入れておきます」
「助かるよ」
サンは満足そうにうなずいた。
その横で――
「ケーキ……」
「甘いやつか……?」
「また食べられるのか……」
ひそひそとした期待の声が、じわじわと広がっていく。
だが――
「みなさん。食べるのは子どもたちですよ」
オスロの一言が、静かに現実を突きつけた。
一瞬の沈黙。
「えっ……」
「えええーーっ!?」
次の瞬間、食堂に悲鳴にも似た声が響き渡る。
肩を落とす者、その場に崩れ落ちる者、
あからさまにしょんぼりと耳を垂らす魔獣たち。
「サンさん……なんだか、かわいそうですね……」
ルーナが思わず小声でつぶやく。
その様子を横目に見ながら――
「おーい!」
サンが、わざとらしく声を張り上げた。
「掃除、しっかり頑張ったらな――」
一拍置いて、にやりと笑う。
「お前たちにも食べさせてあげるよ!」
その瞬間――
「ほんとか!?」
「やったー!!」
「今すぐ掃除だ!!」
落ち込んでいた魔獣たちが、一斉に顔を上げた。
さっきまでの空気が嘘のように
嬉しそうに席についていく。
「……単純ですね」
アカネが小さく笑う。
「それでいいのさ」
サンは肩をすくめながら、満足そうに頷いた。
「さぁ〜、みんな並んでおくれ」
サンの声が、にぎやかな食堂に響き渡る。
先ほどまでの騒ぎが嘘のように、
魔獣たちは素直に列を作り、順番を待ち始めた。
漂うのは、温かな料理の香りと、
どこか弾んだ空気。
――明日の楽しみを胸に抱えたまま。
「いただきます!」
重なった声とともに、
昼食の時間が、ゆっくりと動き出した。
第83話
宙に浮かぶ、いちごのカーテン
お読みいただきありがとうございます!
いよいよ魔獣園の特製「いちご狩り」がスタートしました。
カイが残した自信作「いちごのカーテン」は
まさに現代の高設栽培です。土で汚れることなく
しゃがまずに立ったまま採れるという画期的なシステムに
ルーナも「夢みたいな場所」とすっかり心を奪われたようですね。
魔獣たちの、選別そっちのけでのつまみ食い
ニコやクレイグ、ガルドもしっかり堪能していました!
その光景は書いているこちらまで甘い香りが漂ってきそうでした。
そして後半は、食堂でのサンさんと魔獣たちのやり取りです。
明日の子どもたち用の「いちごケーキ」と聞いて
期待を膨らませる魔獣たちでしたが
オスロの「食べるのは子どもたちですよ」という一言で
一気にどん底へ……。そこからのサンさんの
「掃除を頑張ったら食べさせてあげるよ!」への手のひら返しは
魔獣たちの素直さが出ていて大好きなシーンです。
【お知らせ】
誠に勝手ながら、明日の更新は
お休みさせていただきます。
明後日以降、また続きをお届けしますので
引き続きよろしくお願いいたします!




