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いちご狩りへご招待 第82話

「アレン、呼び出して悪かったな」

園長が静かに言った。


「いえ、大丈夫です」

短く応じると、園長はひとつ頷く。


「リム村の避難民も、ようやく帰村が始まった。

領主から連絡が入っている」

その一言で、部屋の空気がわずかに緩む。


「そうですか……」

アレンの肩から、張り詰めていたものが抜けた。

「ありがとうございます」


小さく息をつくその様子を見て、園長は目を細める。


「ひとまずは一区切りだな。

鉱山の採掘も止めたままにはできんな」

少しだけ声の調子が変わる。


「リム村の鉱山の採掘を再開する。

クルツと相談して、準備を進めてくれ」


「はい。すぐに取り掛かります。

早急に再開できるようにします」

アレンは迷いなく頷いた。


「頼んだぞ」


短いやり取りを終え、アレンは一礼して部屋を出る。


扉を閉めたところで、ちょうど向こうから

歩いてくる影があった。農場長のローデリックだ。

「アレン。園長はおられるか?」


「ええ、今まで話をしていましたので。

中にいらっしゃいます」


「そうか。ありがとう」

ローデリックは軽く頷き、扉の前に立つ。


『コツ、コツ』

静かなノックの音が、廊下に響いた。


「……入っていいぞ」

園長の低い声に、


「失礼する」

とローデリックが応じ、扉を開け中へ入った。


「農場長。何の用だ」


机越しに視線だけを向ける園長に

ローデリックは一歩進み出る。

「いちごの収穫の件なんだが

……今回の騒ぎで、手が回らんかった」

言葉は抑えているが、表情は険しい。


「他の作物は?」


「問題ない。避難民の者たちにも手を借りて

どうにか間に合わせた」


そこで一度、言葉を切る。


「だが、いちごだけは別だ。保管がきかん

……待たせれば、そのまま傷む」

わずかに眉を寄せる。


「いくらかはサンに回して、ジャムにしてもらった。

だが、それにも限界がある」


園長は指を組み、しばし考えるように沈黙した。

「……そうか」


短く呟くと、ゆっくり顔を上げる。

「何か手はあるか」


問いは簡潔だったが、その重みは十分だった。


「近隣の村の子供たちに、畑を開放したい」

ローデリックが静かに言った。

「このまま置いても腐るだけだ。

だったら――好きなだけ摘ませてやればいい」


園長の眉がわずかに動く。

「……なるほどな」


すぐに、口元が緩んだ。

「さすが農場長だ。悪くないどころか、いい案だ」


椅子にもたれ、軽く息をつく。

「帰村したばかりの連中への祝いにもなる」


ローデリックは深く頭を下げた。

「ありがとう」


園長は一度頷き、思い出したように言う。

「ちょうどいい。アレンがリム村へ鉱山の件で向かう予定だ」


視線をローデリックへ向ける。

「話を通すなら、あいつに相談してみろ」


「わかった。そうしてみることにする」

短く応じ、もう一度軽く一礼する。


扉を開け、ローデリックは静かに部屋を後にした。


ーーーー


副庭に、乾いた剣戟の音が響いていた。

朝靄の中、クルツたちが黙々と剣を振っている。


その背に向かって、声が飛んだ。

「クルツさーん!」


振り下ろしかけた剣が止まる。


「……アレンか。どうした」

振り返りもせず、短く返す。


「園長から、鉱山の採掘再開の指示が出ました!」


クルツはゆっくりと剣を下ろした。

「そうか」


一息置き――


「朝飯食ったら、様子を見に行くか」


「はい! 行きましょう!」

アレンの声は、どこか弾んでいた。


そのとき――


「アレン。ここにいたのか……」


別の声が割り込む。


振り向くと、農場へ向かう途中の

ローデリックがこちらへ歩いてきていた。

「農場長。何か御用ですか?」


「ああ、少し頼みがあってな」


クルツも剣を下ろしたまま、話を聞く姿勢を取る。


「いちごの収穫の件だ。今回の騒ぎで手が回らんかった」

ローデリックは淡々と続けた。


「園長には話を通した。近隣の村に、いちご狩りを無料開放する」


「無料で、ですか……?」

アレンが目を瞬かせる。


「無料開放!」

ニコが思わず声を上げた。


その声に驚き、ルーナが剣を止める。


ガルドとクレイグの動きも、ぴたりと止まった。


一瞬、場に静けさが落ちる。


「全員というわけにはいかんが、子供に限定すれば問題ない。

放っておけば腐るだけだからな」

ローデリックの言葉は淡々としているが、判断は早い。


アレンは少しだけ視線を落とした。

「……農場の収穫、ほとんど出来てませんでしたから」


ローデリックは首を振る。

「おまえの兄さんや避難民の者たちが手伝ってくれた。

大半はどうにかなっている。気にするな」


「……はい」

すぐに顔を上げる。


「今日、リム村に行く予定があります。

他の村にも、その話を伝えてきます」


一拍置き――


「明日で間に合いますか?」


ローデリックはわずかに考え、頷いた。

「構わんが……できるだけ早い方がいいな」


「いちごは十分ある。子供だけでなく

母親がついてきても問題ないだろう」


そこで、少しだけ口元を緩める。

「父親連中は……毎日食っとったからな。もうよかろう」


その一言に、クルツが小さく鼻で笑った。


周囲の視線を気にしながら、アレンが口を開く。

「農場長。傷んでいるものもあるかもしれません。

今日は魔獣たちに選別させましょうか?」


「そうだな。子供には見分けがつきにくいだろう」

ローデリックはすぐに頷いた。


「やったー!」

ニコが弾けるように声を上げた。


「ニコさん。そんなにいちごが好きなんですか?」

ルーナが不思議そうに尋ねる。


「ルーナさん。いちご狩りですよ!」

ニコは身を乗り出す。


「取りながら食べられるんですよ!」

思い出をなぞるように、嬉しそうに続けた。


「いちご狩り……そんなに嬉しいものなんですね」

ルーナは半信半疑のまま答える。


「俺も一度はやってみたかったんだ」

ガルドがぽつりとこぼす。


「……俺もだ」

クレイグも短く同調した。


その空気を見回して――


「ふーん……そんなものですか……」

ルーナは、いまいち実感のないまま呟いた。


「おまえたち……食う気満々だな」

クルツが呆れたように息をついた。


「今回はいいんじゃないですか。たくさんあるようですし」

アレンが苦笑混じりに言う。


「さすが、アレンさん!」

ニコがぱっと顔を輝かせた。


「ニコ。おまえ……調子いいな」

アレンが半眼で見る。


「だって本当のことですし!」

ニコは悪びれもなく言い切った。


ーーーー


「ただいま戻りました」

早朝訓練を終えたルーナが

少しだけ頬を上気させながら戻ってきた。


「おかえり、ルーナ」

サンが穏やかに声をかける。


「サンさん、今日は午前中、いちご狩りに行くみたいですよ」

ルーナが報告するように言った、その瞬間――


「いちご狩り!?」

仕込みを手伝っていたアカネが

ぱっと顔を上げて声を弾ませた。

「私も行く!」


勢いに押されるように、ルーナは目を瞬かせる。

「アカネさんも、いちご狩り好きなんですか?」


「好きも何も、嫌いな人なんている?」

アカネは即答し、胸を張った。


その様子に小さく笑いながら、サンが口を挟む。

「ルーナ、ナシュヘルト領にはいちご狩りってないのかい?」


「あります……話には。でも、取ってすぐ食べるのは

良くないって教えられました」

ルーナは少し考えながら答えた。


「そうそう。普通の畑――地植えのはな」

サンはうなずく。


「じゃあ、いちご狩りの畑は違うんですか?」

ルーナが首をかしげる。


「まあなぁ……普通の転生者じゃ、知ってても

再現は無理だろうさ。旦那の自信作だからね」

サンはどこか誇らしげに口元をゆるめた。


そして、にやりと笑う。

「行ってみりゃ分かるさ。ルーナも行って来な」


「ってことは――私もいいの?」

アカネが身を乗り出す。


「仕込みを手伝ってくれたしな。構わんよ」

サンは肩をすくめるように言った。


「やったー!」

アカネはぱっと笑顔を咲かせると、ルーナの手を

ぎゅっと掴み、ぶんぶんと上下に振って喜んだ。


第82話

いちご狩りへご招待

お読みいただきありがとうございます!


無事に避難民の帰村が進み

魔獣園にも少しずつ「日常」が戻ってきました。

今回は、ローデリック農場長の粋な計らいによる

「いちご狩りの無料開放」のお話です。


避難民の父親連中には毎日食べさせていたから今回はナシ

というローデリックらしい合理的な判断です。


そして、「いちご狩り」と聞いて

テンションが爆上がりするニコとアカネ!

前世の記憶がある者にとって

「取りながら食べられるいちご狩り」は

格別のイベントのようです。

その一方で、この世界が長いルーナは

「取ってすぐ食べるのは良くない」と半信半疑の様子。


サンさんが「普通の転生者じゃ再現は無理。

旦那の自信作」と豪語する魔獣園のいちご畑を見た

ルーナがどんな反応を示すか楽しみですね。


次回、いよいよ魔獣園の特製いちご畑で

「いちご狩り」がスタートします! どうぞお楽しみに!


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