表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

82/98

帰るべき場所と染みる肉じゃが 第81話

やがて隊列は、最初の目的地――コルンへと辿り着いた。


街の入口が見えた瞬間

荷車の上にわずかなざわめきが広がる。

見慣れた景色に、張り詰めていたものがほどけていく。


荷車が止まり、順に人々が降りていく。

足元を確かめるような一歩。

それが土を踏んだ瞬間、ようやく現実として

帰還を実感したかのように、誰もが小さく息を吐いた。


先に帰村していた魔獣園に避難していた者たちが

駆け寄り声が重なる。

名を呼び合い、無事を確かめ合うその光景は

瞬く間に広がっていった。


ひとしきりの再会のあと、アレンが一歩前に出る。

「遅くなりました。皆さんを無事にお連れできました」


それに応じるように、村長が深く頭を下げる。

周囲も次々と続いた。


「本当に助かりました……」


アレンは軽く首を振る。

「礼は、あいつらに」


視線が自然と魔獣たちへ向く。

一瞬のためらい

――それでも、誰も目を逸らさなかった。


やがて、ぎこちなく頭が下げられる。

その動きが、静かに広がっていく。


「……ありがとう」


その声を背に、隊列は再び動き出した。


隣街――ランナへ。


ほどなくして、隊列はランナへと入った。


入口には、多くの人影が集まっている。


荷車が止まるや否や、人々が駆け寄った。


「無事だったか!」


「元気そうで何よりだ」


不安が消えることはなかったのだろう。

再会の声は、どこか切実だった。


避難民たちは順に降り、迎えと向き合う。

抱き合い、肩を叩き、言葉を交わす――

その一つ一つが、確かな安堵へと変わっていく。


やがて落ち着いたところで、アレンが口を開いた。

「まだ全員が戻れたわけではありませんが――

残りの方々も、すぐに戻ってこられます。

安心してください」


静かな声だったが、その言葉は確かに届いた。


男たちは言葉を返さず、ただ深く頷く。

不安は消えきらない。

だが、その奥にあった張り詰めたものが

わずかに緩んでいく。


やがて村長が、ゆっくりと頭を下げた。

「……よろしくお願いします」


その一言に、すべてが込められていた。


簡潔な言葉に、しかし深い意味が込められている。


他の村人たちも深く頭を下げた。

先ほどよりも、ためらいの少ない動きで。


そしてそのまま、視線が魔獣たちへと向く。


恐れは、まだ消えてはいない。

だがそれ以上に――はっきりとした感謝があった。


「……助けてくれて、ありがとう」

静かな声が、確かに届く。


アレンは何も言わず、その様子を見ていた。


隊列は、再び進む準備を整え、魔獣園へと向かった。


人の気配が消えた荷車は

どこか軽く――そして静かだった。

代わりに乗り込むのは、役目を終えた

魔獣たちと、アレンたち。


軋む音を立てながら荷車が動き出す。

往路とは違い、急ぐ理由はない。

ただ帰るだけの道のりが、ゆっくりと流れていく。


アレンは荷台の隅に腰を下ろしていたが

次第に身体の力が抜けていった。

視線が落ち、や干てそのまま――静かに眠りに落ちる。


小さく揺れる荷車の上で、規則正しい寝息だけが残った。


それに気づいたクルツが、ちらりと視線を向ける。

「……仕方ないな。あれだけ動き回ってたんだ」


少しだけ口元を緩める。

「頑張ったんだ。ゆっくり寝かせてやってくれ」


その言葉に、周囲も小さく頷いた。

「そうですね。先輩、ずっと気を張ってましたから」

オスロが静かに言う。


ガルドも腕を組み、軽く息を吐いた。

「起こす理由もねぇな」


魔獣たちもまた、どこか穏やかに身を落ち着けている。

戦いも、護送も終わった今――ただ静かな帰路だけが続いていた。


揺れる荷車の上、アレンは深く眠り続ける。

その顔には、ようやく力の抜けた安らぎがあった。


ーーーー


厨房に、だしの香りが静かに広がっていた。


「今日は肉じゃがを作るよ」


サンが手際よく材料を並べる。

横にはロルフとアカネが並び、真剣な目で手元を追っていた。


「まずは芋。これが一番大事だね」


サンはじゃがいもを持ち上げる。


「使うのはこちらのじゃがいもだよ。崩れにくいからね

ロルフ。皮を剥いておくれ」


「はい。剥けたら乱切りでいいですか?」

ロルフが尋ねた。


「よくわかっているね。大きめでいいよ

切り終えたらそのまま水につけておいてちょうだい」


「はい。」


「表面のでんぷんを落とすだけで、仕上がりが全然違うよ」

サンが手元を動かしながら補足した。


「へぇ……見た目だけじゃないんだ」

アカネが興味深そうに覗き込んで呟く。


「見た目も味もだね」

サンは軽く笑い、次に鍋へと向かう。


「アカネには玉ねぎのくし切りを頼むよ」

サンがアカネに指示をして、剥いておいた人参を

切り始めた。


「アカネ。玉ねぎ切れたかい?」

サンがアカネの方へ視線を移して尋ねた。


「上手く切れたと思うよ」

アカネが胸を張って答えた。


「どれ、見せてみな。本当だ、少しは上達したようだね」

サンが仕上がりを見て、目を細めて微笑んだ。


「母さん。少しはってなんですか……もっと褒めてもいいんだよ」

アカネが少し唇を尖らせて抗議した。


「さぁ〜次行くよ」

サンが笑いながらあっさりと受け流す。


鍋に油を引き、火を入れる。

先に薄切り肉を入れ、色が変わるまでさっと炒めて

旨味を油に移し、一旦お皿へ取り出した。


「肉の旨味が溶け出した油で、じゃがいもをじっくり炒める。

香ばしさが増すんだよ」

サンが料理のコツを伝授する。


「ロルフ。じゃがいも炒めてちょうだい

ここ、しっかりね」


「はい。」

ロルフが木べらで返しながら、炒めていく。


「芋の表面が少し透き通るくらいまで炒めてくれるか

これで崩れにくくもなるからね」


ロルフは腕を組みながら頷いた。

「なるほど……壁を作るってことですね」


「そういうこと。もうそろそろだね」


「人参入れるから、続けて炒めていってちょうだい」

サンが鍋に人参を放り込みながら促した。


「アカネ。玉ねぎ入れてちょうだい」

サンが指示を出す。


「はい。」

アカネが元気よく応じ、玉ねぎを投入した。


全体に油が回ったところで、サンがだしを注ぐ。

ふわりと立ち上る香りに、アカネが小さく息を吸った。


「いい匂い……」


サンはそのまま、迷わず砂糖とみりん、酒を加える。

「味は甘みから入れるんだよ」


「醤油じゃないの?」

アカネがすぐに反応する。


「先に醤油を入れると、芋が締まって中まで

味が入りにくくなるんだよ」

サンが落とし蓋をかぶせ、静かに煮始める。


鍋の中は大きく動かず、穏やかに対流していた。


「動かさないのも大事。

ぶつかると、それだけで崩れるからね」


数分後、蓋を外し、肉を加え最後に醤油を回し入れる。

再び蓋をして、火を少しだけ落とした。


やがて、煮汁が落ち着いてきた頃――サンは火を止める。


「……はい、ここで終わり」


「え、もうですか?」

アカネが驚く。


「ここからが一番大事」

サンは鍋に視線を落としたまま静かに告げた。

「一度、完全に冷ます。

冷めるときに味が中まで入るから」


ロルフがゆっくり頷く。

「……焦らないのがコツですね」


「そうだね」

サンは軽く息をつき、二人を見た。


「手順はシンプルだけど、一つ一つが仕上がりを変える。

雑にやると、すぐ崩れるよ」


鍋の中では、形を保ったままの

じゃがいもが静かに並んでいる。


それを見つめながら、アカネが小さく呟いた。


「……父さんの好きだった料理が

こんな風に作られていたんだ……」


サンは何も言わず、ただうっすらと笑った。


――夕暮れ。

魔獣園に到着した。


荷車を副庭に残し、クルツたちはヒッポスと

アルヒッポスを厩舎へと連れていく。


ニーナが声をかけた。

「カイチさん。ご苦労様です」


「大したことではない」

短くそう言い、カイチは振り返ることもなく

自分の寝床へ向かう。


その後ろ姿を見送りながら、ニコが口を開いた。

「カイチさん。ありがとうございました。

アンズーさんもありがとうございました」

小さな声だったが、確かに届いていた。



「アレンさん。起きて下さい」

オスロの声に、アレンがゆっくりと目を開く。


「あっ、俺。寝てたのか……」


「疲れてたんですよ。仕方ないです」


荷台から降りると

身体の重さがようやく実感として戻ってくる。


「片付けも終わったから飯にするか」

クルツの言葉に、全員がわずかに肩の力を抜いた。


食堂の扉を開けた瞬間、温かな香りが迎えた。


煮込まれた肉と野菜の匂い。

それだけで、張り詰めていたものがほどけていく。


「……おお」

ゴリムが思わず声を漏らす。


奥ではサンたちが、すでに食事の準備を整えていた。

湯気の立つ鍋、並べられた皿

「さぁ〜みんな並んでおくれ」

いつものサンの声が食堂に響く。


魔獣たちが並び始める。

どこか落ち着いているが

その動きには隠しきれない期待がある。


「今日はよく働いたからね。しっかり食べな」

その一言で、空気が一気に緩んだ。


配られた皿を受け取り、それぞれが席につく。


「いただきます」


静かな声が重なり、食事が始まる。


「……うまっ」

ゴリムが小さく呟く。


「これ……すごい染みてるぞ……」

クレイグも驚いたように言う。


アレンは一口食べてから、ゆっくり息を吐いた。

「……生き返るな」


クルツが肩をすくめる。

「やっとそんな顔になったな」


湯気の立つ皿を前に、ニコはしばらく箸をつけずにいた。

ほのかに甘い香り。だしと醤油が混ざり合った

どこかやわらかい匂いが鼻をくすぐる。


「……いい匂い」

小さく呟いてから、そっと一口。


噛んだ瞬間に、抵抗なく「スッ」と歯が入り

その後、じゃがいも本来のホクホク感が

舌の上でほどけた瞬間――


「……あ……」

動きが止まった。


甘さ。しょっぱさ。

その奥にある、じんわりと広がる温かさ。

「これ……」


ぽつりと、言葉がこぼれる。

「お袋の味だ……」


懐かしさが、胸の奥からゆっくりと込み上げてくる。


ニコはもう一口、ゆっくりと味わう。

今度は噛みしめるように。

「……同じだ」小さく笑う。


「うまいな……これ……」

誰に向けたわけでもない言葉。

それでも、確かに心からのものだった。


静かな食堂の中で、ニコは何度も箸を運ぶ。

遠い記憶と、今の温もりが、同じ場所で重なっていた。


周囲では、魔獣たちもそれぞれ食事に集中している。

争うこともなく、ただ静かに、満たされていく時間。


長い一日の終わり。


人も魔獣も、同じ場所で同じように腹を満腹にし――

確かな安堵の中で、その夜を迎えていった。

第81話

帰るべき場所と染みる肉じゃが

お読みいただきありがとうございます!


今回は、コルン村とランナ村の避難民の方々が

無事に故郷へ帰り着くところからスタートしました。

自分たちを故郷へ送り届けてくれた魔獣たちへ

村人たちが恐れを抱きながらも、しっかりと頭を下げて

感謝を伝えるシーンを描きました。

魔獣と人間の間の壁が、少しずつ、しかし確実に

薄くなっていくのを感じてもらえれば嬉しいです。


後半は魔獣園の食堂へ。

サンさんの料理教室を経て

(今回は肉じゃがの美味しい作り方です!)

疲れ果てて帰ってきたアレンたちや魔獣たちが

温かい夕食を囲みます。

異世界からやってきたニコが、一口食べて

「お袋の味だ」と笑うシーン。

形も種族も違いますが、同じ場所で同じ温かい

ご飯を食べて満たされていく、魔獣園らしい

平和な夜の情景を描きたいと思いました。


次回もどうぞお楽しみに!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ