表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/98

アレンの気遣いと神話級の荷車 第77話

「アレン。頼まれていた弁当だよ、持っていきな」

サンが手際よく用意した弁当をワゴンに乗せ

食堂へと運び出してきた。


蓋の隙間からは、ほのかに食欲をそそる香りが漂っている。


「サンさん、ありがとうございます」

アレンは一歩前に出て、丁寧に頭を下げた。


「道中、気をつけて行くんだよ。村長にもよろしく伝えておくれ」

「はい、わかりました」


しっかりと頷きながら、弁当の入ったワゴンに手を添える。


その様子を見ていたクルツに、アレンが振り返った。

「クルツさん。向こうでは避難民の方たちの

食事は用意されてますけど……」


アレンは少し言葉を選びながら続ける。

「さすがに、俺たち魔獣園の分までお願いするのは

迷惑になると思って。だから自分たちの分は

サンさんにお願いして用意してもらったんです」


申し訳なさそうに笑いながらも

その声にはしっかりとした気遣いが滲んでいた。


「なるほどな……気が回るじゃないか」


クルツは感心したように目を細める。


「アレン、準備から何から任せきりで悪いな。

本当に助かってる。ほんと、お前は頼りになるよ」


素直な言葉に、アレンは少しだけ照れくさそうに笑った。

「いえ、俺にできることなんてこのくらいですから」


そう言いながらも、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべる。

「クルツさんは……早朝訓練の方は大丈夫なんですか?」


「ああ、それなら今日は見送った」

クルツは軽く肩を回しながら答える。

「さすがにこの状況で、お前一人に全部任せるわけにもいかんからな。

ニコたちとも話して決めた」


「あっ、そうだったんですね……」

アレンは少し驚いたように目を瞬かせたあと、視線を落とす。


「俺も、もう少し力になれればいいんですが……」

ぽつりと漏れた本音。


するとクルツは、そんなアレンの肩をぽんと軽く叩いた。

「いいんだよ、それで」


柔らかな声だった。

「お前はもう、十分すぎるくらい動いてくれてる。

これ以上気にする必要はない」


その言葉には、はっきりとした信頼が込められている。


アレンは一瞬だけ黙り込み――やがて、小さく息を吐いた。

「……ありがとうございます」


今度は、少しだけ肩の力が抜けたような笑みだった。


「クルツさん、そういえば……思い出したことがあるんです」

アレンはふと何かに気づいたように口を開いた。


「俺の幼馴染が、たしか騎士団にいるはずなんですよ。

もし会えたら――闘技大会の出場予定者について

少し聞けるかもしれません」

控えめながらも、役に立ちたいという気持ちが滲んでいる。


「ほう……それはありがたいな」

クルツは一瞬考え、ゆっくりと頷いた。


「事前に情報があれば、相手に合わせた訓練もできる。

戦い方の幅も広がるだろう」


そう言いながらも、視線をアレンに戻す。

「だが――無理はするなよ。立場もあるだろうしな」


その声には、気遣いがはっきりと込められていた。


「はい。無理のない範囲で、話せそうなら聞いてみます」

アレンは素直に頷き、静かに答えた。


ワゴンを押しながら、アレンは一歩を踏み出す。

その背中を、サンは静かに見送った。


アレンが玄関に着くと――

そこにはニコを先頭に、魔獣たちがずらりと並んで待っていた。


まるで出発を今か今かと待ち構えていたかのような光景に

アレンは思わず目を瞬かせる。

「みんどうしたんだ、こんな朝早くに」


少し驚いたように問いかけると、ニコが一歩前に出た。

「アレンさん。その荷物、積み込めばいいんですか?」


「ああ、頼めるか」

アレンが頷くと、ニコは嬉しそうに箱へと顔を近づけ――


「あれ? これ……弁当ですね」


ふわりと漂う香りに、すぐに気づいたようだった。


「そうだ。中身を崩さないように、慎重にな」


「はいっ!」

ニコの返事に合わせて、周囲の魔獣たちも一斉に動き出す。

どこか楽しげに、しかし言われた通り丁寧に

弁当を荷車へと運び込んでいく。


その様子を確認したアレンは、ひとまず任せて踵を返した。


「すぐ戻る」

短く声をかけ、再び食堂へと向かう。


廊下を進んでいると、ちょうどその時。


「アレン。いいところに来たな、これも積み込んでくれるか」

ベルモットがこちらに気づき、声をかけてきた。


その足元には、包帯や薬瓶が詰められた箱

――医療道具一式が用意されている。


「はい、わかりました」

アレンはすぐに頷き、箱をワゴンへと載せる。


「少し重いぞ、気をつけろ」


「大丈夫です」

しっかりと持ち上げ、バランスを整えると

そのまま再び玄関へ。


外ではすでに、弁当の積み込みが終わり

玄関に魔獣たちが待ち構えていた。


「ガルド。今度はこれを積み込んでくれるか

医療道具だから慎重に運んでくれ」

アレンが言った。


ーーーー


『コツ、コツ』

静かな廊下に、規則正しいノックの音が響く。


「入っていいぞ」

中から、園長の落ち着いた声が返ってきた。


「失礼します」

クルツは扉を開け、一礼してから室内へ入る。


「園長。本日、避難民の迎えに出発してきます」

簡潔に、しかししっかりとした口調で予定を伝えた。


「もうか? ずいぶん早いな。準備は整ったのか」

園長が少し意外そうに目を細める。


「はい。アレンが段取りを進めてくれたおかげで

朝食後にはすぐ出発できそうです」


「そうか……アレンがな……」

園長は小さく頷き、どこか感心したように呟いた。


そして、ふと思い出したように口を開く。

「アルヒッポスにも荷車を引かせればいい」


「えっ、園長……」

クルツはわずかに顔を引きつらせる。


「前に荷車を引かせようとして

暴れられたこと……ありましたよね?」


「ああ、あったな」

園長はあっさりと頷く。


「だが、あいつは気位が高いだけだ。

カイチが引いている姿を見れば、納得するかもしれん」


「なるほど……」

クルツは少し考え込み――やがて苦笑する。


「確かに。カイチに睨まれれば

さすがにおとなしくなりそうですね」


「だろっ」

園長は口の端をわずかに上げた。

「それに――わしも同行する」


「えっ」

思わずクルツが顔を上げる。

「園長もですか?」


「ああ。現地の様子も、この目で見ておきたい」

静かながらも、はっきりとした意思が感じられる声だった。


「……大丈夫ですか?」

クルツは少しだけ声を落とす。


「行きはともかく、帰りは荷車が埋まって

歩きになるかもしれませんよ」


「問題ない」

即答だった。


「年寄り扱いするな。まだその辺の若造には負けん」

そう言って、園長はどっしりと椅子に腰掛けたまま、不敵に笑う。


クルツは一瞬だけ呆れたように息を吐き――

「……わかりました。では、そのつもりで準備しておきます」


と、観念したように頷いた。


こうして――

迎えの隊列には、思わぬ“追加戦力”が加わることになった。


ーーーー


朝の冷たい空気の中――

厩舎前には、ずらりと並んだ荷車と

魔獣たちの姿があった。


出発の時だ。


ヒッポスは四頭。

それぞれ一車ずつを任され

鼻息を鳴らしながら地面を踏みしめている。


その隣では、アルヒッポスが不機嫌そうに

首を振っていた。だが――


「ほれ、落ち着け。お前ならできる」


手綱を握る園長が、低く言い聞かせる。


ちらりと視線を向けた先――

三車を悠然と従えるカイチの姿。


「……フン」

アルヒッポスは小さく鼻を鳴らし

不承不承といった様子で前を向いた。

どうやら“納得”はしたらしい。


そのカイチの前には、ニーナが立っている。

「カイチさん、ゆっくりでいいからね。合図したら進んで」


手綱を握りながら、丁寧に声をかける。


「……任せろ」

低く応じるカイチの後ろには

三車連結された荷車が静かに軋んでいた。


一方――空では。


アンズーが大きく翼を広げ、出発を待っている。


「ニコ。しっかり掴まれよ」


「アレンさん、ベルモットさん。しっかり掴まって下さい

飛び立つようです」

ニコがアンズーの言葉を伝えた。


「ああ、頼む」

アレンが言った。


「アンズーさん。よろしくお願いします!」


三人がしっかりとつかまるのを確認し、アンズーは軽く地面を蹴った。


――ドンッ


風を巻き上げ、一気に空へと舞い上がる。


「クルツさん。先に行って、向こうの準備を整えますので

荷車お願いしますね」


アンズーは朝焼けの空へと消えていった。


地上では、クルツがヒッポスの手綱を握り

全体を見渡す。


「全員、準備はいいな!」

力強い声が響く。


それぞれが頷き、手綱を握る手に力が入る。


「――出発だ!」


その合図とともに、


ギシッ……ギシッ……


荷車の車輪が一斉に動き出した。


ヒッポスの列がゆっくりと進み、

アルヒッポスもそれに続く。


そして最後尾――

カイチが三車を従え、大地を踏みしめた。


重厚な足音が、確かな力強さを伝えてくる。


こうして――

避難民を迎えるための一行は、それぞれの役割を背負いながら


朝の光の中へと、進み始めた。


ーーーー


やがて――フェルナ領の領主邸が視界に入ってきた。


白く整えられた外壁。

手入れの行き届いた広い庭。

風にはためく訓練場の旗。


その上空を――


巨大な影が、ゆっくりと横切った。


翼の音が空気を震わせ

庭にいた者たちが一斉に顔を上げる。


かつて一度、騒然とさせた存在。

あの魔獣が、再び現れたのだ。


「……ヴァルド様がお越しになられたか」


ざわめきは起きるものの、前回とは違う。

警備兵たちの動きには、無用な混乱がなかった。


「副隊長、いかがなさいますか」

一人の兵が確認する。


「まずは来訪者を確認する。慌てるな」

副隊長は冷静に指示を出し

数人を伴って着地したアンズーのもとへ向かった。


大きく翼を畳んだアンズーの傍らには、アレンたちの姿。


それを確認した瞬間、副隊長の表情がわずかに緩む。


「副隊長さん。お騒がせして申し訳ありません」

アレンはすぐに一歩前へ出て、丁寧に頭を下げた。


「いえ、お気になさらず」

副隊長は穏やかに首を振る。

「本日は、どのようなご用件でしょうか」


「今回は、避難民の帰村についてご相談がありまして」

アレンは姿勢を正し、はっきりと伝える。

「恐れ入りますが、領主様へお取り次ぎいただけますか」


副隊長は一度頷き、すぐに背後の兵へと目配せした。

「承知しました。すぐにお取次ぎいたします」


慣れた様子で対応が進んでいく。


前回とは違う、落ち着いた空気の中――

段取りは着実に進んでいた。

第77話

アレンの気遣いと神話級の荷車

お読みいただきありがとうございます!


今回は、いよいよ避難民の帰村へ向けた

「大隊列の出発」を描きました。


魔獣園の分は自分たちで弁当を用意する

アレンの細やかな気遣いや、クルツからの厚い信頼。

そして、そんなアレンの幼馴染が騎士団にいるという

闘技大会へ向けた新たな情報源の予感も少しだけ見えましたね。


そして何より、カイチへの対抗心から不承不承ながらも

荷車を引くプライドの高いアルヒッポスと

「まだ若造には負けん!」と強引に同行を決めた

パワフルな園長のコンビが最高でした。

空と陸に分かれて進む頼もしい魔獣園の面々。


次回もどうぞお楽しみに!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ