それぞれの帰還。 第73話
「園長。用事とはなんでしょうか?」
執務室に呼ばれたクルツが、真剣な顔つきで聞いた。
「避難民の件だが、領主から帰宅の準備が
整ったとの知らせがあった。迎えに行く
手配をしてくれ」
園長が手元の書類から顔を上げ、静かに指示をした。
「はい。わかりました」
クルツとアレンが背筋を伸ばし、声を揃えて了承した。
「先輩。お年寄りは荷車がいると思います」
アレンが、長引く避難生活で疲労した
人々の顔を思い浮かべて言った。
「距離が距離だから歩くには難しいだろうな……」
クルツが腕を組み、険しい表情で同意して言った。
「領主様に協力はしてもらえるだろうが
三つの村となると何日もかかるだろうな……」
クルツが頭の中で輸送の規模と
必要な馬車を計算しながら言った。
「そうですね、みんな早く帰りたいでしょうが
難しいですね……」
アレンが避難民たちの気持ちを慮るように
少し俯いて言った。
「先輩。ニコたちの訓練は順調ですか?」
アレンが作業の手を休め、ふと気になったように聞いた。
「順調だが、相手の強さもわからないからな
なんとも言えんな……」
クルツが難しい顔で頷き、少し心配そうに言った。
「私は騎士団の訓練見ましたが、実戦さながらの
訓練のようでしたよ」
アレンが以前目撃した光景を思い出し、真剣な声で言った。
「難民を迎えに行った時に見学が
出来ればいいんだが……」
クルツが敵情視察も兼ねて、顎に手を当てながら言った。
「迎えはヒッポスだけでは難しいですねー
やはりカイチとアンズーにも、お願いしないと
いけませんね」
アレンが先ほど愚痴をこぼしていた
神話級の二体を思い浮かべ、苦笑いで言った。
「ニコにまたお願いするか」
クルツが魔獣の扱いが上手い後輩を頼り
やれやれと肩をすくめて言った。
ーーーー
「みなさん。素晴らしいですね〜三日の訓練で
ここまで上達されるとは」
三日ぶりに修行に参加したニーナが、目を細めて感心したように言った。
「そうですか?自分では何も変わらないようなんですが……」
ニコが首を傾げ、不思議そうに自分の手を見つめて言った。
クレイグとガルドも「うむ」と力強く頭を上下に振って同意を示した。
「心構えではないですか、剣に迷いがなくなっていますから」
ルーナがニコたちの動きを的確に分析し、優しく微笑んで言った。
「ルーナさんは剣の腕も私より上なんて、ずるいです!」
木剣の修行とはいえ一度も勝てなかったアカネが
悔しそうに頬を膨らませて言った。
「アカネさんは魔法使いですよね?剣士ではないのですから
仕方ないのではないですか」
ニーナが優しく微笑み、慰めるように言った。
「私は剣士になりたいんです。
魔法は父さんにやらされただけで……」
アカネが木剣を握り直し、少し拗ねたように言った。
「では、私ともう一回やりますか?」
ニーナが手合わせを申し出るように言った。
「はい。お願いします!」
アカネがパッと表情を輝かせ、喜んで言った。
ニコたちは、久しぶりに合流したニーナをアカネに取られて
しまい、苦い顔で端によけて行った。
「じゃあー始めましょう。打って来て下さい」
ニーナがスッと木剣を正眼に構え、静かに言った。
「はいっ!」
アカネが鋭く地面を蹴り、勢いよく飛び込んだ。
アカネの力強い上段からの振り下ろしが、ニーナへと迫る。
だが、ニーナはそれを正面からは受け止めない。
柔らかな身のこなしでスッと半歩だけ軸をずらし、
アカネの木剣の側面を、自分の木剣で軽く叩くように滑らせる。
『パァンッ!』
「えっ……!?」
渾身の力を乗せたはずの攻撃はあっさりと空を切らされ、
いなされたアカネの体が大きく前のめりに泳いだ。
そこへ、ニーナの無駄のない的確な反撃が飛ぶ。
『ピシッ!』
アカネの小手(手首)を、痛くない程度に鋭く、だが確実に打ち据えた。
「くっ、まだまだ!」
体勢を立て直したアカネが、今度は右、左と連続で斬りかかる。
しかしニーナの表情には焦り一つない。
アカネの猛攻を水のように受け流し、力を逃がし、
相手の呼吸が切れたほんの一瞬の隙を突いて、再び正確な突きを放つ。
『ピタッ……』
流れるような攻防の末、ニーナの木剣の先が
寸分の狂いもなくアカネの喉元で停止した。
「そこまで、ですね。力任せではなく、相手の力を利用するのです」
ニーナがふわりと微笑んで、的確なアドバイスと共に言った。
「アカネさん。速さがある人は動きが単調になりやすいんで
自分より速い人と戦えば、それがわかると思います
ニコさんと何度も戦えばきっと何か気づくと思いますよ」
ニーナが的確なアドバイスと共に提案した。
「ニコさん。やりましょう!」
アカネが目を輝かせ、すぐさま休んでいるニコに挑む。
「えっ、またですか……」
すっかりアカネに振り回されっぱなしのニコが、心底嫌そうに言った。
渋々立ち上がり、木剣を構えるニコ。だが、いざ立ち合うと空気が一変する。
(瞬間移動は封印して……純粋な剣の速さだけで!)
『ドンッ!』
踏み込みの音すら置き去りにするような、ニコの最速の剣撃がアカネに迫る。
「くっ……速いっ!?」
アカネは目を丸くしながらも、かろうじて木剣を盾にして受ける。
『ガキンッ!』『パァンッ!』
右から、左から、そして足元から。
圧倒的な速度に完全に翻弄され、アカネは防戦一方で
ジリジリと後退していく。
しかし、何度も激しい連撃をギリギリで受けるうちに
アカネの目に変化が生まれる。
(速い……でも、軌道が読める!
これがニーナさんの言っていた単調さ……!)
自分自身の戦い方の癖と重ね合わせるように
アカネはニコの剣筋の『次』を予測し始めた。
『ガキィィンッ!』
ニコの鋭い袈裟斬りを、アカネはこれまでのように
ただ受けるのではなく、逆に鋭く一歩踏み込み
自分から打ち合わせて力強く弾き返した。
「……!」
ニコが驚きにわずかに目を見開く。
生じたその一瞬の隙をアカネは見逃さず、防御から一転、
ニコの懐へと鋭い反撃の刃を真っ直ぐに振り抜いた。
ニコが思わず封印したはずの瞬間移動を使い
その剣を弾き返した。
『ガキィィンッ!』
「今の、なんなんですか!」
アカネが勝ったと思った完璧な一撃が弾かれて
興奮気味に叫んだ。
「ニコさんが追い詰められて、本気を出したんですよ」
ニーナが見事な攻防に微笑みながら説明した。
「神話のドラゴンと戦った時のあれですか?」
アカネが目を輝かせて言った。
「私は直接見てないから分からないですけど
ニコさんに聞いてみればわかるのでは」
ニーナが楽しそうに水を向けて言った。
「ニコさん! ニコさん! 今のそうなんですか?」
アカネが勢いよく、ずいっとニコに迫って来た。
「……そうだよ……」
ニコが一歩後ずさりしながら、渋々認めた。
「やったー! ついにドラゴンに追いついた!」
アカネが木剣を持ったまま飛び上がって喜んだ。
「アカネさん。蒼炎王ドラコニクスさんの名誉の為に
言っておきますが、全く追いついてはいないと思いますよ」
ニコがそこだけは譲れないと、きっぱり言った。
「でもでも、引き分けた時と同じやつなんでしょ?」
アカネが自信満々に食い下がる。
「それは、確かにそうですが……」
「それなら別に、そう言ってもいいじゃないですか!」
アカネが無邪気な笑顔で言った。
「……はぁ」
ニコが深くため息をつき、完全に諦め反論をやめた。
ーーーー
北の地に着いたアンズーにリシェルが丁寧にお礼を言った。
「アンズーさん。無事に送り届けていただき
ありがとうございました」
「何度も運んでもらってすまんな」
バルドレインも歩み寄り、軽く頭を下げて言った。
「アンズー殿は、すぐに帰らなくていいのか?」
すでに到着しているドラコニクスが不思議そうに聞いた。
「俺の親分が『ここで待っとけ』と言ってたから
待っとかないと後で面倒になるからな……」
アンズーが心底嫌そうにため息をついて言った。
「なるほど、カイチ殿の言いつけって訳か……」
ドラコニクスが苦笑いし、察したように言った。
しばらくして、カイチが悠然と到着した。
「カイチ殿。快適な旅をありがとうな」
ガルディアスが労うようにカイチの背を撫でて言った。
みんなが到着し、息を整えてしばらく経った頃。
申し合わせた様に、遥か彼方にそびえる
『調律樹ヴェルディオス』を見上げた。
誰も言葉を発してはいないが、その顔からは
白極の巨神が健在であることへの、驚きと安堵が滲み出ていた……
「道中、気をつけて帰れよ」
アンズーが空へ飛び立つ前に、ぶっきらぼうに言った。
「お二方も、どうかお元気で」
リシェルが深く一礼して言った。
アンズーとカイチは
ラビリオスの面々の背中が見えなくなるまで
静かにその場に留まり、しばらく眺めていた。
「おいアンズー。我を連れて帰れ!」
静寂を破り、突然カイチが偉そうに命令した。
「えっ! なんだぁと!?」
アンズーが、驚きと呆れが限界まで混じったような顔で叫んだ。
「聞こえなかったのか。我を連れて帰れと言ったんだぞ」
カイチが一切悪びれる様子もなく念押しした。
「聞こえてるが……お前も足があるんだから自分で帰れよ……」
アンズーが羽をバサバサさせながら抗議して言った。
「人を乗せて疲れたから連れて帰れ!」
カイチが理不尽極まりない態度で堂々と言った。
「……わかったよ……」
アンズーが深くため息をついて諦め
カイチの前足を掴み空へと飛び上がって行った。
神話級の二体が繰り広げる騒がしくも微笑ましい帰路の空を
柔らかな日差しが包み込んでいた――。
第73話
それぞれの帰還
お読みいただきありがとうございます!
今回は、様々な場所で物語が動くエピソードとなりました。
避難民の帰村に向けて動き出すクルツとアレンですが
ここでの「ニコにまたお願いするか」というやり取りが
後のニコの頭を抱えさせることに……(笑)。
そして魔獣園では、ニーナのアドバイスによってアカネの才能が爆発!
ニコから思わず「瞬間移動」を引き出してしまうほどの一撃を見せ
彼女の確かな成長を感じていただけたかと思います。
無邪気に喜ぶアカネと、諦めてため息をつくニコの対比が良いですね。
最後は北の地へ帰還したラビリオスの面々。
雄大な『調律樹ヴェルディオス』を見上げる
静かな感動の余韻……を、見事にぶち壊す
カイチの「我を連れて帰れ!」という理不尽な命令!
次回もどうぞお楽しみに!




