常識外れの特訓 第68話
心地よい風を切り裂きながら駆けていたカイチが
やがて見慣れた魔獣園の敷地へと静かに滑り込むように到着した。
「カイチ、お疲れ様。乗せてくれてありがとうな」
アレンは愛しげにカイチの首筋を優しく撫でてから
ふわりと地面に降り立った。
園長もそれに続いて背から降りると
アレンが少し姿勢を正して話し始める。
「園長。俺は先にベルモットさんのところへ行って
避難民たちの様子を報告して来ますね」
「おお、分かった。そっちは頼んだぞ」
園長は頼もしい青年に向かって短く頷くと
アレンを見送り、そのままカイチを連れて奥にある
『副庭』へと向かってゆっくりと歩き出した。
副庭に近づくにつれ、鋭く重い剣戟の音が響いてくる。
そこでは、いつもの三体が熱の入った剣の稽古を行っていた。
「――あ」
ふと園長の姿に気づいたクルツが、ピタリと動きを止めて
木剣を下ろしパァッと顔を輝かせた。
「園長! お帰りなさい!」
「お帰りなさい!」
クルツの声に反応し、ニコたちも稽古の手を止めて
嬉しそうに駆け寄り、元気よく挨拶をした。
「ああ、ただいま」
園長は目を細めて頷き、彼らの汗ばんだ姿を見てふっと微笑んだ。
「今日も精を出して頑張っているようだな。
……しかし、今日は随分と『とんでもない観客』たちが揃っているようだが?」
園長がぐるりと周囲を見渡して言った。
その視線の先――なんとそこには、神話のドラゴンであるドラコニクスを
はじめとするダンジョンの階層主たち、さらにはエルフの案内人である
ギルド秘書のリシェル、そして歴戦の勇士である元ギルド長までもが
ズラリと並び、なんとも規格外な豪華すぎる顔ぶれで
三体の稽古をのんびりと観戦していたのだった。
規格外のギャラリーたちを一瞥した後
園長は再びクルツたちに向き直り、真剣な顔つきで切り出した。
「クルツ。お前たちに大事な話がある。ニコ、ガルド、クレイグ
……お前たち三体も、クルツと一緒に
今年の武闘大会に参加してもらうことにした」
「えっ……魔獣が大会に参加できるんですか?
私も、こいつらを参加させてやりたいとずっと願っていましたが……」
突然の吉報に、クルツが驚きと共に目を丸くする。
「ああ、参加は出来るように手はずを整えた。
だが……それには一つ、厳しい条件がある」
園長が腕を組み、重々しい声で言った。
「条件とは、なんですか?」
ニコが先ほどの和やかな空気を引き締め
真っ直ぐな真剣な眼差しで問う。
「フェルナ領騎士団が誇る『選抜三名』と実戦形式で対戦し勝つことだ!」
園長がきっぱりと言い放った。
その高すぎるハードルに、ガルドが困惑したように声を上げる。
「騎士団の精鋭と!? 待ってくれよ
俺たちがそんな人間との正式な試合なんて
まだ一度も戦ったことないんだぞ」
「分かっている。だからこそ、これから『特訓』をお願いするつもりだ」
園長がニヤリと口角を上げる。
「えっ、誰にだ!?」
クレイグから素っ頓狂な声が漏れた。
彼らには、自分たちに剣や戦いを教えられるような
人物の心当たりがなかったのだ。
そんな三体をよそに、園長はゆっくりと踵を返し
先ほどから副庭にずらりと並んで見学していた
『世界最強クラスの観戦者たち』へと向き直った。
そして、深く頭を下げてこう言ったのだ。
「――みなさん。どうか、この三体に
稽古をつけてやってもらえないでしょうか」
神話のドラゴン、ダンジョンの階層主、元ギルド長たち……。
常識では考えられない、世界最高峰にして最凶の
「特別コーチ陣」が誕生しようとしていた。
「えっーーーー!? 無理、無理、絶対に無理だ!」
世界最強クラスの面々を相手に戦えと言われ
ガルドが頭を抱えながら悲鳴のような声を上げた。
「くくっ……我も一度、お主らと手合わせしてみたいと
思っていたからな。楽しみだ」
神話の魔獣であるドラコニクスが
楽しげに喉を鳴らして底知れぬ笑みを浮かべる。
「さあ、誰から行くか?」
元ギルド長であるガルディアスが一歩前に出ると
ノリノリで好戦的な笑みを浮かべて剣を担いだ。
凄まじいプレッシャーを放つコーチ陣を前に
たじろぐ三体をよそに、園長は淡々と準備を進める。
「ニコ。鍛冶場へ行って、ヴォルンを呼んでこい」
「はい、わかりました!」
ニコは弾かれたように返事をすると
ドワーフの武器があるであろう
炉の方角へ向かって勢いよく走り出した。
「ヴァルド。こちらの得物は『真剣』でいいのか?」
バルドレインが手にした鋭い槍をドンッと地面に立て
真顔で確認する。
「ああ、真剣で構わん。大会の本番も真剣での
実戦形式だからなその方が好都合だ」
園長が一切の迷いなく言い切った。
だが、真剣を受けるにはニコたちには決定的な弱点があった。
「リシェル殿。相手が真剣となると、こちらはまだ防具が揃っていない。
あいつらの持ち味を殺さずに済むような
何か防御の魔法をお願いできないだろうか」
園長は、エルフの秘書へと視線を向けて頼み込んだ。
「……なるほど。それなら『精霊の風衣』があります」
リシェルが静かに頷き、魔法の性質を説明し始めた。
「これは風の層が体を包み、相手の武器が触れる瞬間に硬化して刃を防ぐ魔法です。
ですが……物理的な鎧がない以上、斬撃の『衝撃』そのものを完全に殺すことは出来ません。
骨に響く重さは伝わってしまいますが、それでもよろしければかけましょう」
「それで構わん。衝撃が残るくらいの方が
実際の重い鎧を着込んで戦う時と似たような感覚になるからな」
園長は納得したように頷き、魔獣たちにとっての過酷な
しかしこれ以上ない最高峰の特訓へのゴーサインを出した。
「園長……っ、年寄りを走らせやがって……何の用だ!」
鍛冶場から駆けつけたヴォルンが、荒い息を吐きながら文句を言った。
「屈強なドワーフが何を言っている。
お前が日頃から運動不足なだけだろうが」
園長が呆れたように鼻で笑って軽口を叩きつつ、本題に入る。
「それで、ガルドとクレイグの武器は仕上がっているのか?」
「大丈夫だ。どうせそんな事だろうと思って、わざわざ持って来てやったぞ」
ヴォルンは息を整えると、背負っていた重い布包みを
ドスッと地面に下ろした。そして、中からドワーフ特有の
重厚な二振りの長柄武器を取り出し、得意げに解説を始めた。
「まず、こっちが『剣槍』だ。特徴はその名の通り
長い柄の先端にそのまま『両刃の長剣』を取り付けたような構造をしている。
薙刀のような片刃ではなく両刃だから、手首を返しての裏からの斬撃も可能だ。
槍のようなリーチの長さを活かしつつ、長剣の『斬る』『突く』といった
剣技をそのまま使える、取り回しの良い万能な武器だぞ」
ヴォルンの手にある、鋭い銀光を放つ美しい刃にクレイグが目を奪われる。
「そして、こっちが『鉾槍』だ」
続けてヴォルンが持ち上げたのは、先ほどよりもさらに
無骨で破壊力に満ちた得物だった。
「見ての通り、槍の鋭い先端に、分厚い斧の刃と
相手の体勢を崩すための鉤を取り付けた
いわば『全部乗せ』の武器だ。『突く』『叩き斬る』『引き倒す』という
あらゆる物理攻撃がこれ一本でこなせる凶悪な万能兵器だぞ。
いかにも重装備でゴツい見た目だが
ガルドの筋力で力任せに振り回すには丁度いい重量のはずだ」
園長はその重厚で美しい武具を熟視し、感嘆の息を漏らした。
「ほーっ……。さすがはドワーフの最高傑作と言うだけのことはあるな」
「ふん、見た目だけではないぞ。実戦での『切れ味』も俺が保証してやる」
ヴォルンが鍛冶師としての誇りを胸に、自信満々に胸を張った。
ガルドは自分専用の鉾槍を受け取り
そのズッシリとした重みと握りを確かめながら
ふと不思議そうに口にした。「しかし、ニコの持っている大剣も
俺の得物と変わらないくらい大きくて重いはずだよな……。
なのになぜ、ニコはあんな鉄塊を軽々と振れるんだ?」
当のニコも首を傾げ、手にした大剣をヒュンッと軽く振ってみせる。
「僕も不思議なんですが……これ、見た目ほど重くないんですよ?」
そのやり取りを聞いていたリシェルが
ふと目を細めてニコの大剣を見つめた。
「なぜかはわかりませんが……その大剣からは
強い『風の精霊力』が感じられますね」
「風の精霊力、ですか……」
ニコは自分の武器を見つめ直し呟いた。
「ええ。一つ考えられる理由があるとすれば……
以前、ドラコニクス様がその剣を使用されたからではないでしょうか」
リシェルが推測を口にする。
「えっ!? それって、どういう意味ですか?」
ニコが目を丸くして聞き返した。
「そもそも、ドラコニクス様のような巨大な魔獣が
空を飛べるのは、風の精霊の力が深く関わっているからです。
……本来、あんな規格外の大きさの者が物理的な力だけで空を
飛ぼうと思ったら少なくとも体長の五倍、重さによっては十倍以上の
巨大な翼が必要になるはずですからね」
リシェルが理路整然と解説する。
すると、自分の話題を出されたドラコニクス本人が
一番驚いたように目を瞬かせた。
「そうだったのか!? 我は全く意識せずとも空を飛べるゆえ
てっきり我自身の生来の力だと思っていたぞ。
……ふははっ、さすがは精霊と親しいエルフだ。
己のことすら気づかぬような理まで知っているとはな」
神話の魔獣は愉快そうに喉を鳴らし、感心したように言った。
「いえ、知識として知っているわけではありませんよ。
私には、ただその力の流れが『感じ取れる』というだけですから」
リシェルが静かに微笑んで謙遜した。
かつて神話の竜が振るい、その強大な風の加護を無意識に帯びた大剣。
それが、ニコの機動力を一切殺さずにあの規格外の威力を生み出しているのだ。
これから始まる常識外れの模擬戦を見据えながら
園長は傍らに立つ鍛冶師へと視線を向けた。
「ヴォルン。今度は最高の防具を頼む、後一ヶ月で作れるか?」
フェルナ領騎士団の『闘技大会出場枠三名』を決める戦いに合わせるため
園長が真剣な声音で問いかける。
「後一ヶ月か……三体分だよな……」
ヴォルンは腕を組み、立派な髭を撫でながら渋い顔で唸り声を上げた。
元より魔獣用の防具製造を手掛けている彼であっても
この三体の激しい動きと力に耐えうる『最高傑作』を
たった一ヶ月で三揃えも仕上げるというのはかなり骨の折れる作業だ。
しかし数秒の思案の後、ヴォルンは職人としての闘志に
火がついたように不敵に口角を上げた。
「……なんとかしてやる」
魔獣の武具を知り尽くした己の腕にかけて
ヴォルンが力強く了承した。
「おーい、ヴァルド! こちらはもう決まったぞ。
さっさと始めようじゃないか!」
武者震いを隠しきれない様子で声を上げたのは
元ギルド長のガルディアスだ。彼に続き
八十階層主ヴォルガディン、
六十階層主マグナードの三者が
圧倒的な覇気を漂わせながら前へと進み出てきた。
「お前たち三者が相手をしてくれるのか。……対戦相手はどうする?」
園長が静かに問う。
「わしがニコ殿とやる。いいな」
ガルディアスが、有無を言わせぬ圧で真っ先に名乗りを上げた。
「待て、爺さん! まだ誰が誰をやるか決まってないだろうが!」
ヴォルガディンがすかさず食ってかかり、問い詰める。
「ええい、こういう時は年寄りに花を持たせるもんだぞ!」
ガルディアスも一歩も引かずに言い返す。
最強クラスの魔物たちによる、なんとも大人気ない
言い争いが始まりかけたその時。
「ヴォルガディン。……ガルディアスにやらせてやれ」
見学していた神話のドラゴン・ドラコニクスの
低く絶対的な『鶴の一声』が響いた。これには階層主たちも逆らえず
即座にニコの相手はガルディアスに決定した。
「……チッ、仕方ない。なら、俺はこいつでいいぞ」
ヴォルガディンは少し不満げに鼻を鳴らすと
手にした得物と同じ長柄武器を持つクレイグを指差した。
「ならば、俺は残ったこいつだ」
巨大な体躯を揺らし、マグナードがガルドの前に立つ。
こうして、常識外れの特訓の組み合わせが決定した。
ニコ 対 ガルディアス ―― 圧倒的な威力をぶつけ合う【大剣対決】。
クレイグ 対 ヴォルガディン ―― リーチと技巧が交錯する【長柄対決】。
ガルド 対 マグナード ―― 大地を揺らす超パワー同士の【重量級対決】。
リシェルの防御魔法『精霊の風衣』を纏い
最高傑作の武器を手にした三体。彼らの前に立ちはだかるのは
手加減を知らない世界最強の壁たちだ。
魔獣園の副庭で、いまだかつてない
激絶な模擬戦の幕が切って落とされようとしていた。
第67話
常識外れの特訓
お読みいただきありがとうございます!
無事に魔獣園へと帰還し
物語は次なる目標「闘技大会」へ向けて動き出しました。
大会の出場権を掴み取るため、ついにニコ、ガルド、クレイグの
「いつもの三体」が本格的に特訓を開始します!
ドワーフの鍛冶師ヴォルンが打った最高傑作の武器に
エルフのリシェルによる見えない鎧『精霊の風衣』。
そして何より、彼らの特訓相手を買って出たのは
ガルディアスたち「ダンジョンの階層主」という
とんでもないVIPたちです(笑)。
大剣、長柄武器、重量級と、それぞれの持ち味がぶつかり合う
夢のカードが出揃いました。
ドラコニクスの一声で対戦相手が決まるやり取りなど
彼らの力関係や仲の良さも垣間見えて微笑ましいですね。
次回はいよいよ、手加減なしの「真剣」による激絶な
模擬戦がスタートします。人間との戦いを前に
世界最強のコーチ陣を相手に三体がどんな戦いを見せるのか……!
引き続き、熱い展開をお楽しみいただけますと幸いです!




