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溢れ出す想い。第65話

宴もたけなわ、皆がすっかり満腹になってくつろぎ始めた頃。


「クルツ。そろそろ領主の城に行って報告してくる。後のことは頼むぞ」

すっかり出来上がって顔を真っ赤にした園長が

ふらりと立ち上がって言った。


「園長、大丈夫ですか? もう少し酔いが覚めてからにした方が

いいんじゃないんですか」

クルツが心配そうに立ち上がる。


「大丈夫だ。そんなに酔ってはないからな」

「本当ですか? ……結構飲んでるじゃないですか」

クルツがジト目を向けた先、園長が座っていたテーブルの上には

無数の空き瓶がゴロゴロと転がっていた。


「大丈夫だって。おい、アンズー! また領主の城まで一っ飛び頼むぞ!」

園長が上機嫌で手を振る。


「ちょっ、園長! 行くとしてもアンズーはやめた方がいいですよ!」

重度の高所恐怖症である彼が飛行魔獣を指名したことに

クルツが慌ててストップをかけた。


「大丈夫だ! 今のわしは、高い所なんかちっとも怖くないからな!」

酒ですっかり気の大きくなった園長が、ドンッと胸を叩いて豪語する。


「いや……絶対に途中で落っこちますよ……」

クルツが呆れ果てた顔でツッコミを入れた。


(このまま空を飛ばせるのは危険すぎる)

そう判断したクルツは、すぐさま方向転換を図った。

「……ニコ。悪いけど、またカイチに通訳を頼む」


「はい。今度は何ですか?」

ニコが不思議そうに振り返る。


「カイチに、園長を領主の城まで連れて行ってくれないかって頼んでくれ」

「わかりました。……カイチさん、園長を領主の城まで連れて行ってもらえませんか?」


ニコが通訳すると、カイチはゆっくりと立ち上がり、ブルルと鼻を鳴らした。

「連れて行くのは構わんが、我は街の道がわからんぞ」


カイチの尤もな返答を聞いたクルツは、今度はアレンの肩を叩いた。

「アレン。悪いが、道案内と『見張り』を兼ねて

園長と一緒に領主の城に行ってやってくれないか」


「えっ、でも、これから宴の片付けがありますよ?」

真面目なアレンが周囲を見回して言う。


「片付けは残った俺たちで全部やるから!

……頼む、あの酔っ払いを無事に城まで送り届けてきてくれ」

クルツが切実な顔で、再度アレンに両手を合わせてお願いするのだった。


「しょうがないですね……。リム村の避難民たちの様子も気になっていたので

その確認がてら行ってきますよ」

アレンがやれやれと息をつきながらも、快く引き受けた。


「おお、悪いな! 頼んだぞ!」

クルツがホッと胸を撫で下ろして見送る。


園長とアレンを広い背に乗せ、カイチがゆっくりと立ち上がる。

アレンの的確な道案内のもと、神話の魔獣は夜の領主城に向かって

しなやかな足取りで走り始めた。

頬を撫でる夜の心地よい風が

宴の熱気と酒で火照った体を優しく冷ましていく。


ーーーー


やがて、暗闇の中に街を囲む堅牢な防壁が見え始めた時

アレンはカイチに止まるよう指示を出した。


「園長。神話の魔獣であるカイチに乗ったまま門まで行くと

警備の兵たちをパニックにさせてしまって危険です。

私たちはここで待機するので、先に行って入城の許可をもらってきてください」

アレンが冷静に状況を判断して提案する。


「ああ、わかった。私が行ってくる」

夜風に当たってすっかり酔いも冷め始めた園長は

先ほどの千鳥足が嘘のようにしっかりとした声で頷き

一人で門へと向かって歩き出した。


門へと近づく園長の顔を松明の明かりが照らし出すと

顔見知りの警備兵がハッと息を呑んで背筋を伸ばした。

「あっ、ヴァルド様……! このような夜更けに

一体どのようなご用件でしょうか?」


普段の飄々とした態度はどこへやら

園長――ヴァルドは鋭い眼光で警備兵を睨み据え

低く威厳のある声で凄んだ。

「急用だ。すぐにリオネルに取り次げ」


「は、はいっ! すぐにお呼び致しますので、どうぞ中でお待ち下さい!」

現在の領主の兄である彼のただならぬ気迫に押され

一人の警備兵が慌てて城の建物へ向かって駆け出していく。


「ああ。それと、外で待たせている

わしの仲間たちも中に入れてやってくれ」

園長が背後を親指で指して頼むと

残った警備兵は深く頷いて門を開く準備を始めた。


やがて、門の前に立つ園長がこちらに向かって大きく手を振り

『入城許可が下りた』という合図を送ってきた。


「よし。カイチ、行きましょう」

アレンが優しく首筋を叩いて進むよう指示を出すと

カイチは静かに門へと歩みを進めた。


巨大で気高い魔獣が近づいてくると

門を開けた警備兵たちが数名わらわらと出てきて

驚きと興奮が入り混じった様子でカイチを眺め回した。


「すげえ……こんな神々しい魔獣、初めて見ましたよ」

「フェンリルみたいな狼系の魔獣とも、また違うんだよな……」

「おい、待て。あの額の角……」

「俺は昔、『裁きの魔獣は一角獣である』と本で読んだ事があるぞ。

裁きの角……まさか、生きているうちに

神話の魔獣にお目にかかれる日が来るとは……!」


兵士たちが畏敬の念を込めて囁き合う中

カイチの背から降りたアレンは園長に向き直った。

「園長、領主様へのご報告はお願いします。

私は先に、避難民の方々の所へ行ってきますので」


「ああ、わかった。みんな不安な思いをしているだろうから

しっかり労ってやってくれ。頼んだぞ」

すっかり顔つきが『魔獣園の長』へと戻った園長が力強く頷き

足早に城の奥へと向かっていった。


園長を見送った後

アレンは興奮冷めやらぬ警備兵の一人に声をかけた。

「カイチはここで待たせておいても大丈夫ですか?」


「は、はい! そちらであれば全く問題ありません!」

神話の魔獣の同伴者であるアレンに対し

警備兵は少し緊張した面持ちで答える。


「ありがとうございます。それと……避難民の方々が休まれている場所へ

案内してもらえませんか?」

アレンが丁寧にお願いすると、警備兵は背筋を伸ばして頷いた。


「承知しました。どうぞ、こちらへついて来て下さい」

アレンは待機するカイチの鼻先を一度だけ優しく撫でた。

「カイチ。おとなしくしといてくれよ」と言って

案内を買って出た警備兵の後を追って歩き出した。


ーーーー


広々とした玄関広間で園長が待っていると

奥から慌ただしい足音が響いてきた。


「兄さん! どうしたんですか、こんな夜更けに……!」

弟であり、このフェルナ領を治める領主であるリオネルが

着替えもそこそこに血相を変えて飛び出してきた。


緊迫した面持ちの弟に対し

園長――ヴァルドは、あくまで淡々とした静かな口調で告げた。

「白極の巨神の討伐に、無事成功した」


「ほ、本当ですか……っ?」

そのたった一言を聞いた瞬間

リオネルは張り詰めていた糸がふつりと切れたように

安堵で膝から崩れ落ちた。


「心配をかけたな、リオネル」

園長はへたり込んだ弟のそばへ歩み寄ると

その背負っていた重圧を労うように

震える肩へポンと優しく手を乗せた。


「……兄さん。どうか、詳しい話を聞かせてください」

深く息を吐き出しながら、リオネルがゆっくりと立ち上がる。

そして、騒ぎを聞きつけて慌てて駆けつけてきた

執事に素早く応接室の準備を指示すると

兄弟は連れ立って広間を後にした。


一方、警備兵の案内に従って城の敷地内を歩いていたアレンは

避難民たちが宿泊しているという大きな建物の前に到着した。

見上げれば、それは砦のように頑丈な造りをした

とても立派な石造りの施設だった。


「あの……ここは本来、正規軍の方々が宿泊する兵舎ではないんですか?」

アレンが不思議そうに警備兵に尋ねた。


「そうだが、何か?」

警備兵が足を止め、キョトンと問い返す。


「いえ……それなら、本来ここを使っている軍隊の方々は

今はどちらにいかれたんですか?」

アレンが周囲を見回しながら聞いた。


「ああ、そのことか。彼らなら今、訓練場にテントを張って野営しているよ」

警備兵が、さも当然のことのようにサラリと言ってのけた。


避難民たちに少しでも温かく安全な場所で休んでもらうため

自分たちの快適な寝床をあっさりと明け渡してくれたのだ。


「そうなんですか……。私たちのために、なんだか気の毒ですね……」

アレンが申し訳なさを滲ませて呟くと

警備兵はニッと白い歯を見せて快活に笑った。


「なに、気にするな。あいつらにとっちゃ

外での野営なんていつもの訓練みたいなもんだからな」


その言葉には、過酷な環境をものともせず領民を守り抜くという

軍人としての確かな誇りが滲んでいた。


フェルナ領の軍隊の、領民を何よりも大切に想うその温かい対応に

アレンは胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。


頑丈な建物の扉を開けて中へ足を踏み入れると

そこには不安な夜を過ごす大勢の避難民たちの姿があった。


アレンはまず、近隣の村の村長たちを順番に回り

「もう大丈夫です。巨神の脅威は去りました」と労いの言葉と

共に無事討伐が完了した吉報を伝えていった。


そして最後に、自分の故郷であるリム村の人々が集まる

区画へと足を運び、村長であり自身の父親でもある

ハロルド・リムウェルの元へ向かった。


「おお、アレン……! よくぞ無事で戻ってきてくれた」

息子の無事な姿に、ハロルドは安堵の表情を浮かべた後

村を代表する長として深く、深々と頭を下げた。

「魔獣園の皆様には、どうか心からの感謝を伝えてほしい。

『我々を救っていただき、本当にありがとうございます』と……」


「わかりました。皆さんのそのお言葉

俺から園長たちへしっかりと伝えておきますから

どうかご安心ください」

アレンも、父親の真っ直ぐな想いを受け止めるように力強く頷き返す。


そのやり取りの傍らで、ずっと両手を握りしめて無事を祈っていたアレンの母が

こらえきれずにポロポロと涙をこぼした。

「アレン……っ、本当に無事でよかった……!」


「母さん、いっぱい心配かけてごめんなさい。俺は大丈夫だから」

アレンは安心させるように優しく微笑み

涙ぐんで震える母の肩へそっと手を添えた。


すると、兄の子供である小さなフィンが

トコトコと駆け寄ってきてアレンの服の裾を引っ張った。

「アレンにいちゃん。……僕の父ちゃん、元気なの?」

留守番をしている父親の安否を気遣い、フィンが不安そうに見上げてくる。


アレンはフィンの目線に合わせてしゃがみ込み

ポンと頭を撫でてとびきりの笑顔で答えた。

「ああ、元気だぞ! どこも怪我してないし、ピンピンしてるから安心しろ」


アレンの力強い言葉に、フィンの顔にパッと明るい笑顔が咲いた。


それをきっかけに、周囲で見守っていた村人たちからも

次々と安堵の吐息と喜びの声が上がり始める。

誰からともなく、互いの無事を喜び合い

涙を拭い合う温かい光景が広がっていった。


長く不安だった夜は終わりを告げたのだ。

愛する家族や故郷の人々の笑顔に囲まれながら

アレンの胸には、過酷な戦いを乗り越えた何物にも代えがたい

深い充実感と溢れ出す感謝の思いが静かに満ちていくのだった。


第65話

溢れ出す想い。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


白極の巨神との戦いが終わり、宴の余韻の中でそれぞれが

少しずつ“日常”へ戻っていく時間を書いた回になります。


酔っぱらった園長に振り回されるクルツ。

しっかり者のアレン。

そして静かに付き添う神話の魔獣カイチ。

大きな戦いの後だからこそ、こういう少し肩の力が抜けた

場面を書いていると、作者としても「終わったんだなあ」と実感します。


ですが今回の話で一番書きたかったのは、やはり最後の場面です。

避難民の人々。兵舎を明け渡してくれた兵士たち。

村長ハロルドの感謝。そして家族との再会。


戦いの勝利は、剣や力だけで決まるものではなく、

支えてくれる人たちがいてこそ意味を持つ。

そんな思いを込めた回でした。

そして読者の皆さまへ。


この物語も気づけば65話。

ここまで続けてこられたのは、読んでくださる皆さまのおかげです。

ぜひ感想や評価で応援していただけるととても嬉しいです。


次回からは、巨神討伐の報告とその影響――

そしてフェルナ園に訪れる“新しい動き”も少しずつ描いていく予定です。


まだまだ物語は続きます。

それではまた、次の話でお会いしましょう。









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