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小さな戦士とエルフの休暇 第60

眼前にそびえ立つ、天を突くほどの巨大な『調律樹』。

先ほどまでの肌を刺すような猛吹雪は嘘のように

穏やかな雪へと変わり、戦場に嘘のような静寂が降り注いでいた。


「……やりやがったか。まさか、神様相手にここまでやるとはな……」

信じられない奇跡を目の当たりにし、園長が呆れたように

しかしどこか誇らしげに呟く。


「ふっ。さすが我が主人あるじだ」

上空からその様子を見下ろしながら

アンズーが誇り高き声で言った。


「ふん。我が直々に『名前』をもらってやったのだ。

このくらいは軽くやってもらわんと困るな」

地上では、カイチが鼻を鳴らし

ひときわ自慢げに胸を張って言い放つ。


神話の怪物たちが、一人の小さな少年を

こぞって自慢し合うという異様な光景。

それを見ていた蒼炎王ドラコニクスが

呆気に取られたように目を丸くした。


「……おい。あいつは一体、何者なんだ?」

巨大な竜が、たまらず園長に尋ねる。


「まあ……少なくとも、ただの人間でも

普通の魔獣でもないことだけは確かだな」

園長が、肩をすくめながら冗談めかして笑って答えた。


やがて、背中にニコを乗せたアンズーが

ゆっくりと園長たちのいる場所へと舞い降りてきた。

それを合図にするかのように、満身創痍の仲間たちが

武器を下ろし、園長の周りへとゆっくり歩み寄る。


クルツ、両ギルド長、サン、リシェル、アカネ、

そして巨大な魔獣たち。種族も肩書きも関係ない。

そこにあるのは規格外の死闘を共に生き抜き

無事に戦いを終えたことへの深い安堵感だけだった。

皆のすすと雪にまみれた顔には

静かで温かな笑みが滲み出ていた。


「ニコーーッ!」

その時だった。戦場の端、倒れた大木の陰から

緑色の小さな影が勢いよく飛び出してきた。


ズボッ、ズザッ、と何度も深い雪に足を取られ

転びそうになりながらも、必死にこちらへ向かって駆けてくる。

涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃに濡らしたその見覚えのある姿に

アンズーの背から飛び降りたニコは

パッと顔を輝かせて大きく手を振った。


「ゴリムさーん! 勝ちましたよー!」


満身創痍で魔獣園に戻ったはずのゴリムがなぜこの死地にいるのか。

事の顛末は、少し前に遡る――。


ーーーー


北の大地で、巨神と竜、そして魔獣園の面々による

規格外の死闘の火蓋が切って落とされた頃。


後方を託された魔獣園では、領主の保護対象から

外れた者たちの緊迫した受け入れ作業が続いていた。


「アレン。避難民の受け入れ、本当にありがとう」

ラルフが安堵の息を吐きながら、深く頭を下げて礼を言った。


「兄さん、頭を上げてください。

園長からも『避難出来ない者は受け入れろ』と

指示されていますから、遠慮なくここで過ごして下さい」

アレンが気丈に振る舞いながら答える。


「……ここは、安全なのか?」

ラルフが、不安げに周囲を見渡しながら聞いた。


「……安全だよ……」

アレンは、ほんの少しだけ視線を伏せ、小さな声で言った。


北で戦う仲間たちが負ければ、この世界に安全な場所などなくなる。

その絶望的な事実を隠し通し、彼らを安心させるための

……悲しい嘘だった。


その言葉を聞いてホッとしたように、ラルフは避難民たちが

集まる部屋へと向かって歩き出した。


彼の背中が見えなくなった後、傍らで警備にあたっていた

クレイグが心配そうに口を開く。

「アレンさん……あんなこと言って、大丈夫なのか……?」


「……まさか、危険だとは言えんだろう……」

アレンは険しい顔で、ただ遠く北の空を睨みつけながら言った。


その重苦しい空気を破るように、声が響いた。

「ゴリム! お前、もう起きても大丈夫なのか!?

まだ休んでおけばいいぞ」

ガルドが、医務室からふらふらと出てきた

緑色の小鬼を気遣うように声をかけた。


「大丈夫だ。……俺は今から、もう一度北の大地に行ってくる」

ゴリムが、顔色は悪いものの

はっきりとした意志を持った声で言った。


「はあ!? お前、正気か!? あのバケモノたちの

戦いに巻き込まれたらどうする!」

ガルドが血相を変えて止める。


だが、ゴリムはニヤリと、いつものような不敵な笑みを作ってみせた。

「この中じゃ、俺が一番適任だろ。

……逃げ足なら、俺に勝てる奴はいねえからな」


ーーーー


「ニコーッ! ニコーッ!」

涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしたゴリムが

弾かれたようにニコへ飛びついた。


「わわっ!」

ドサァッ! と勢い余って、二人はもつれ合うように

後ろのふかふかな雪へと倒れ込む。


「ゴリムさん。……僕は大丈夫ですよ」

ニコは雪まみれになりながらも

自分にすがりついて泣きじゃくる緑色の小さな背中を

優しくポンポンと叩いた。


「……よかった……本当によかった……」

ゴリムが安堵のあまり、震える声で何度も呟く。

ニコはゆっくりと立ち上がると

雪の上に座り込んで涙を拭うゴリムの手を

しっかりと取り、力強く引っ張り上げた。


「ゴリム。お前には心配かけたな……」

その様子を温かく見守っていた園長が

ゴリムの頭を撫でて労うように言った。


一息ついた園長は、そのまま巨大な竜の元へと歩み寄る。

「蒼炎王」

園長は姿勢を正し、かつてないほど深く、敬意を込めて頭を下げた。

「あなたの助けがなければ、我々は勝てなかったはずだ。

本当にありがとう……心から感謝する」


「……頭を上げろ」

黄金の瞳で見下ろしていたドラコニクスが

静かに、だが威厳のある声で応じた。

「お互い様だ。我々も、お前たちがいなければ

どうなっていたかわからんからな」

種族を超え、死線を共に潜り抜けた者同士にしかわからない

確かな信頼がそこにあった。


「リシェル、両ギルド長。お三方も、本当にありがとうございます」

園長は向き直り、ラビリオスから駆けつけてくれた

歴戦の戦士たちにも深く感謝を述べた。


そして、ふと表情を和らげて提案する。

「みなさん、もうラビリオスへ帰られますか?

もしよろしければ、魔獣園で食事でもいかがですか。

ささやかですが、もてなさせてください」


「ふむ……」

ドラコニクスが少し悩む素振りを見せたが

すぐに首を横に振った。

「我は、残してきた仲間が心配だ。悪いが

このまま帰らせてもらうとしよう」


王としての責任感を見せるドラコニクス。

だが、その横から思いもよらない声が上がった。


「えっ? 私はせっかくここまで来たんですから

のんびりして帰りますよ」


「……は?」

ドラコニクスが信じられないものを見る目で

リシェルを見下ろす。


「お前、帰ってやらんでいいのか?」

ガルディアスが呆れたようにツッコミを入れた。


「私、ずっと働きづめだったんですよ?

少しくらい大目に見て、休ませて下さいね」

リシェルは涼しい顔で、すっかりくつろぐ気満々だ。


「まあ、お前がいいなら構わんがな。

わしらも引退した身で暇だからな。

せっかくだし、のんびり飯でも食って帰るとするか」

バルドレインも豪快に笑い

ギルド長二人もすっかり魔獣園へ行く気になっている。


「お、おい、ちょっと待て!」

先ほどの威厳はどこへやら、ドラコニクスが明らかに慌てた声を上げた。

「お前が一緒に帰らんと、我らだけではラビリオスへ帰る

『扉』の場所がわからないではないか……ッ!」


「さあ? そんなこと私に言われても知りませんよ」

リシェルが、どこ吹く風とそっぽを向く。


「……お前なァ〜〜ッ!」

巨大な蒼炎王の、情けなくも呆れ果てた叫びが

平和になった雪原に虚しく響き渡った。

第60話

小さな戦士とエルフの休暇


規格外の死闘が終わり、猛吹雪の戦場に訪れた静寂と安堵。

今回は、戦いを終えた者たちの姿と、後方を託された魔獣園での

「もう一つの戦い」を描きました。


不安に怯える避難民を安心させるため、一人で重い事実を飲み込み

「安全だよ」と嘘をついたアレン。

そして、「逃げ足なら誰にも負けないから」と自嘲しながらも

ボロボロの体で一番危険な最前線へと駆け出したゴリム。


ニコだけでなく、彼らもまた魔獣園の大切なものを守り抜いた

「小さな戦士」たちです。

ゴリムが無事にニコと再会できて本当によかったです。


そして後半は、神話の魔獣たちの意外な一面をお届けしました(笑)。

ニコを自慢し合うアンズーとカイチ。

そして、まさかの「扉がわからないから帰れない」という事態に陥り

休暇を満喫しようとするエルフのリシェルに振り回される

蒼炎王ドラコニクス。

緊迫した展開が続きましたが

ようやく彼らにも平和な時間が戻ってきました。


次回は、ラビリオスの面々(と、帰れなくなった竜)を交えた

魔獣園での賑やかな宴になりそうです。

彼らの心休まる休日を、どうぞお楽しみに!


最後までお読みいただきありがとうございます!

もし今回のエピソードで少しでも心が温かくなったり

「ドラコニクス不憫だな……」とクスッとしていただけましたら

ぜひ評価(応援)をいただけますと大変嬉しいです!

皆様の応援が、迷子になりそうな竜と作者を救います(笑)。


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