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【現役料理人が執筆】名を呼ばれた日、進化が始まった 〜召喚レッサーパンダの魔獣物語〜  作者: 幸辰


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鍬と鋸、そして飛べない理由 第124話

「アレンさん、次は棟梁に話をしに

行くだけですね」

セリオが、ほっとしたように笑みを浮かべた。


「……その必要はないんだ」

アレンが、静かに首を横に振る。


「えっ、なぜですか!?」

セリオが目を丸くして尋ねる。


「それはな、わしが棟梁だからじゃよ」

ハロルドが、何でもないことのように告げた。


「アレンさん、そ、そうなんですか……」

セリオが驚きに目を見開く。


「あぁ、そうだ。

父さんが棟梁なんだ。

今は農業が本業になってしまっているが

父さんも兄さんも本来は大工なんだよ」

アレンが、どこか寂しそうに説明する。


「父さん、今はどれくらいの建築資材を

蓄えているんですか?」

アレンが、加工場の資材を確認する。


「そうだなぁ……。

平均的な家なら、三十軒は建てられるくらいは

あると思うぞ」

ハロルドが、腕を組んだまま答えた。


「三十軒……。

少し足りないかもしれませんね。

となると、新たに作らなければ駄目ですね」

アレンが、資材の在庫を計算するように呟く。


「そうだな……。

今は農業が主な収入源だからな。

ほったらかしってわけにもいかんだろ……」

ハロルドが、難しそうに眉を寄せた。


「セリオさん。

現在、魔獣園で雇っている日雇い労働者は

どの辺りの方たちなんですか?」

アレンが、ふと思いついたように尋ねる。


「確か、リム村の方も来てくれていますが

ほとんどは、この辺りの農家の方ですよ」

セリオが答えた。


「それなら……募集を増やせばリム村の畑も

魔獣園の農場で見てやることはできないか?」

アレンが、思い切った提案を口にした。


「えっ、魔獣園で、ですか?」

セリオが思わず聞き返す。


「あぁ。

もちろん、園長と農場長の許可は必要だ。

だが……お前の意見を聞かせてくれないか」

アレンが真剣な眼差しを向ける。


「それで私を連れてきたんですね……」

セリオが、ようやく意図を察したように頷いた。


「人さえ集まれば、大丈夫だと思います

募集すれば、大抵は農家の方が来てくれますから。

農作業そのものに慣れている人が多いので

ほとんど指導も必要ないと思いますよ」

セリオが、自信を持って答えた。


「そうか……それが聞きたかったんだ。

それなら安心したよ……ありがとう、セリオ」

アレンは、ほっとしたように息を吐くと

セリオへ頭を下げた。


「いえいえ、そんな……。

私は何もしていませんよ」

セリオが慌てたように手を振る。


「父さん。

大工の方々に、よろしく伝えておいて下さい。

正式な依頼については、園長と相談してからになるので

それまで、しばらく待っていて下さい」

アレンが念を押すように告げた。


「おぉ、わかった。

良い返事を期待しているぞ」

ハロルドが、力強く頷いた。


「それじゃあ、失礼します」

アレンが席を立つ。


「村長、お邪魔しました」

セリオも続いて頭を下げた。


「セリオさん。

畑のこと、よろしくお願いします」

ハロルドも立ち上がり

セリオへ丁寧に頭を下げる。


「はい。

農場長にお願いしてみます」

セリオは笑顔で頷いた。


ーーーー


村長の家の前、柔らかな日差しが降り注ぐ軒先で

アンズーは翼を畳んだままうとうとしていた。

よほど疲れが溜まっていたのだろう

意識の境界線をゆっくりと彷徨うように

浅い眠りの中へと沈みかけていた。


パタパタと小さな足音が近づいてくる。


「あっ!空飛ぶ魔獣さんだ!」

フィンが、興奮気味に声を上げた。


その後ろから、何人かの子供たちがぞろぞろと顔を出す。


「えっ、あんな大きな魔獣が飛べるのか……?」

一人の子供が、疑わしそうに目を細めた。


「嘘じゃないよ!

アレン兄ちゃんが、あの魔獣さんに乗って

飛んできたんだから」

フィンが、胸を張って言い切る。


アンズーは、すでに目を覚ましていた。

だが、子供たちの様子が気になり

寝たふりを続けて聞き耳を立てる。


(あれは――アレンと一緒にいた子供だな……)


フィンが、おそるおそるアンズーへと近づこうとする。


「フィン、あんな大きな魔獣に近づくと危ないぞ!」

別の子供が、慌てて止めようとした。


「大丈夫だよ。

魔獣園の魔獣さんは、みんな優しいんだよ」

フィンが、迷いなく答える。


「そういえば、いちご狩りの時の魔獣さんも

みんな優しかったね……」

友達の子供が、思い出したように頷いた。


「魔獣さん、魔獣さん。

背中に乗せてくれる?」

フィンが、すぐ傍まで来て話しかけた。


――「優しい」という言葉が聞こえた瞬間

アンズーは心の奥の何かが

じんわりと温かくなるのを感じた……


その気持ちを隠すようにアンズーは

すっくと起き上がると体をぐっと低く沈め

乗っていいぞとばかりに頭を傾けた。


「わぁ、乗せてくれるって!」

フィンが、嬉しそうに駆け寄る。


それからというもの――。


「魔獣さん飛んでよー!」


「もっと速く!」


子供たちのはしゃぐ声に押されて

アンズーは何度も何度も

村の中をぐるぐると駆け回ることになった。


地を這うように

しかし軽快に走り続けるアンズー

背中のフィンや後を追いかける子供たちが

楽しそうな歓声を上げていた。


しばらくしてアンズーの耳に

大きな声が聞こえて来た。


「アンズー!帰るぞ」

アレンが辺りを見渡し、声を張り上げた。


「アンズーさん、いないようですね……」

セリオが、不思議そうに辺りを見回す。


「あいつ、どこ行ったんだ?」

アレンが、困ったように頭を掻いた。


すると、その時だった。

目の前を、アンズーが勢いよく駆け抜けていった。


「アンズーさん、子供乗せてましたよ……?」

セリオが、驚いたように目を見開く。


「そのようだな……」

アレンが、呆れたように肩をすくめた。


遠ざかっていくアンズーの背中には

きゃあきゃあと楽しそうな声を上げる子供の姿があった。


「アレンさん!アルクトス・ベアです!!

こっちに向かって来ます」

セリオが、怯えた声で叫んだ。


その視線の先、地響きを立てながら

巨大な影が真っ直ぐにこちらへと近づいてくる。


「あいつは大丈夫だ。

この村の守り神みたいなもんだからな」

アレンが、動じる様子もなく淡々と言った。


「守り神って……デカ過ぎですよ!」

セリオが、思わず後ずさりながら叫ぶ。


やがて目の前に辿り着いたアルクトス・ベアは

ゆっくりと足を止めた。

その巨躯からは、荒々しさよりも

落ち着いた気配が感じられる。


「クーモン、元気そうだな。

フィンは何をやってるんだ?」

アレンが、親しげに声をかけた。


「フィンはあの魔獣で空を飛びたいようだ」

クーモンが、流暢な人の言葉で応じる。


「あぁ〜、そう言うことか……

何度か飛んでるの見てるからなぁ〜」

アレンが、困ったように苦笑した。


「アルクトス・ベアが喋った!」

セリオが、思わず声を上げる。


「アレンさん、その魔獣も喋れるんですね」


「えっ、セリオ? どうしたんだ、そんなに驚いて。

魔獣園にも喋れる魔獣はたくさんいるだろ」

アレンが不思議そうに首を傾げる。


「セリオも、アンズーと話していただろう……?」


「確かに……。

なのに、なんで私はこんなに驚いたんだろう」

セリオが、自分でも不可解そうに呟いた。


セリオの脳裏に

魔獣園で過ごす魔獣たちの顔が次々と浮かぶ。

シルヴァ、ゴリムさん、ガルドさん、そして他の面々

しばらく考え込んだ後、セリオは一つの結論に達した。


「アレンさん……わかったかもしれません。

私は、魔獣園の魔獣たちを

『魔獣』だとは思っていなかったようです」


「魔獣だと思っていなかった、だと?」

アレンが目を丸くする。


「はい。そうです」


一瞬の沈黙の後、アレンが大声で笑い出した。


「はははは! 俺もだよ」

笑いを収めながら、アレンは嬉しそうに続けた。


「ニコに名付けてもらった魔獣が

次々と喋れるようになって……。

いつの間にか、それが当たり前になっていたんだな」


「そうなんですね。だからシルヴァも

喋れるようになったんですね~。

意思疎通が上手くできるようになったおかげで

いろいろとお願いできるようになりました。

ニコさんには感謝しないといけませんね」

セリオが、感心したように言った。


「そうだな……。

ほんと、不思議な能力だよなぁ~」

アレンがしみじみと呟いた。


その時だった。


「アンズー! 止まれ!」


再び目の前を通り過ぎようとしていたアンズーに

アレンが大声で呼びかける。


声が届いたのか、アンズーはフィンを

振り落とさないようにゆっくりと速度を落とすと

そのまま二人の前へ戻ってきた。


「アレン兄ちゃん!

この魔獣さん、飛べなくなったの?」

フィンが、不満そうに尋ねる。


「その魔獣さんは、仕事のしすぎで

疲れてるんだよ……。

今日はもう、飛べないんじゃないかなぁ~」

アレンが、フィンを安心させるように優しく説明した。


「そうなんだ……。

魔獣さん、ごめんなさい」


フィンは素直に謝ると、アンズーの背中から降り

その大きな背中を優しく撫でた。


しばらくすると、その後を追うように

ぞろぞろと子供たちが集まってくる。


「フィン、魔獣さん飛ばないの?」

一人の男の子が尋ねた。


「ごめん……。

魔獣さん、疲れて飛べなくなってるんだって」

フィンが申し訳なさそうに答える。


「みんな、ごめんな。

また今度、飛ぶところを見せてあげるから。

今日はゆっくり休ませてやってくれるか」

アレンが子供たちに優しく声をかける。


子供たちはアンズーを見上げながら、

残念そうにしつつも、素直に頷いた。


「アンズー、迷惑をかけたな……。

飛ばないでいてくれて助かったよ。

ありがとな」

アレンが、労うようにアンズーの首元を軽く撫でる。


「落っこちたら大変だからな~。

なかなか諦めてくれなくて、困ったぞ……」

アンズーが、子供たちの方を振り返りながら苦笑する。


「申し訳ない……。

そろそろ帰ろうと思うんだけど

子供たちから見えなくなるまでは

飛ばないでくれると助かるんだが……」

アレンが、申し訳なさそうに頼む。


「分かっている。

それくらいなら任せておけ」

アンズーが、子供たちを見ながら答えた。


アンズーはアレンとセリオを背に乗せると

子供たちの姿を気にしながら、ゆっくりと走り出した。


「アレン兄ちゃん、またねー!」


「魔獣さん〜またこんど飛んでねー!」


子供たちは手を振りながら、二人の後を追いかけてくる。


アレンとセリオも振り返り

笑顔で手を振って応えた。


「……どこまでついてくるんだ……?」

アンズーが、背中の二人に聞こえるように

呆れた声で呟いた。


村はずれの小さな橋を渡る頃になって

ようやく子供たちの足が止まった。


「ここまでだな……」

アンズーが、小さく息を吐きながら呟く。


振り返ると、子供たちはまだ橋のたもとに並んで

大きく手を振っていた。

フィンだけは、少し寂しそうな顔をしながらも

精一杯の笑顔を作っている。


「よし、見えなくなったら飛んでいいぞ」

アレンが、肩越しに子供たちを確認しながら言った。


アンズーは、村から十分に離れたことを確かめるように

もう一度だけ後ろを振り返る。

それから大きく息を吸い込み、翼をゆっくりと広げ始めた。


「行くぞ」

ドンッ、という地を蹴る音とともに

巨体が宙へと跳ね上がった。


「おっと……!」

急な浮遊感に、セリオが慌てて体勢を整える。


飛行が安定した頃、アレンがふと口を開いた。

「アンズー。お前、疲れてたはずなのに

なんでフィンを乗せたんだ?」


「えっ、あ、あれは……その……」

アンズーが、しどろもどろに答える。

「あの男の子は、アレンと一緒にいた子供だと

わかっていたからだぞ」


「ほんとか? あやしいなぁ〜」

アレンが、にやりと笑った。


「ほんとにほんとだぞ」


「なに、むきになってるんだ? 

おかしなやつだなぁ〜」


「……」

アンズーは笑顔のまま

それ以上何も言わなかった。


晴れやかな空の下

アンズーの影がリム村から魔獣園へと向かって

まっすぐに優雅に飛び立って行った。


第124話

鍬と鋸、そして飛べない魔獣

お読みいただきありがとうございます!


今話は、大きな交渉や戦いの余韻が残る中で

あえて「日常の実務と小さな温かさ」に

焦点を当てた回になりました。


アレンの父親が元は棟梁であり

今は農業を本業としているという設定は

この村の現実を表しています。

大工の技術も、畑を耕す仕事も

どちらも今を支える大切な生業です。

タイトルの「鍬と鋸」には、そんな二つの仕事が

並んで存在している様子を込めました。


そして後半のアンズーです。

前話は本当に腹が減って「飛べない」

今回は、子供への気遣いから「飛ばない」を選ぶ。

同じ「飛べない」でも、理由が違うことで

アンズーというキャラクターの優しさが

より立体的に見えてくるのではないかと思います。


フィンをはじめとする子供たちとのやり取りは

魔獣と人が自然に関わり合うこの物語らしい場面として

丁寧に描きたかった部分です。


セリオがアルクトス・ベアの言葉に驚いた後

「私は魔獣園の魔獣たちを『魔獣』だとは思っていなかった」と

気づくシーンも、印象に残るポイントでした。

ニコの名付けによって、いつの間にか「喋れる魔獣」が

当たり前になっていたことの気づきによって

ニコの名付け能力が、クーモンやシルヴァを

通じて日常に根付いていることも

改めて感じられる回になったかと思います。


特別な力も、こうして少しずつ

「当たり前」になっていく過程を

これからも大切に描いていきたいです。


次回は、アレンたちが持ち帰った報告を受けて

魔獣園側がどう動き出すのかを描く予定です。

デュダインで得たものと、村との繋がりが

これからどう実を結んでいくのか。

引き続き、温かく見守っていただけますと幸いです。

ありがとうございました。


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