幕間「塩の満ちる丘と確かな存在意義」第122話
「グレンヴィルまでは、もうひと息じゃ」
ボルクが、満足げに星空を見上げながら呟いた。
ガタゴトと車輪の音を響かせながら
荷車は夜道を静かに進んでいく。
「トマスさん、村ではどんな野菜を作ってるんですか?」
サンが、荷台の隙間から御者台のトマスへと声をかけた。
「うちの村かい?キャベツにジャガイモ、
あとは麦なんかが中心だな」
トマスが手綱を握ったまま、振り返らずに答える。
「へぇ、この辺りは畑に向いてるんですね」
「まあ、向いてる場所もあるが……」
トマスの声が、少し曇った。
「海に近い畑は、あんまり作物が育たんのだよ」
「え、そうなんですか?」
サンが意外そうに聞き返す。
「潮風のせいでな。海から吹いてくる風に
塩気が混じっとるんじゃ。
それが畑にかかると、土に塩分が溜まって
育つ野菜も限られてくる」
「潮風で、土が……」
「キャベツやジャガイモは、まだ潮風に強い方だが……
葉物なんかは、すぐに駄目になっちまう。
だから村で作れる野菜の種類は、正直そんなに多くない」
トマスは荷車の揺れに合わせて肩をすくめた。
「畑にできる場所も限られてるから、栽培できる面積も少ないんじゃ。
だから、うちの野菜は他の村より、ちょいと値が張るんだよ」
「そうだったんですね……」
サンが、荷台に積まれた空の木箱を見つめながら呟いた。
「まあ、それでもセイルアビスじゃ
内陸の野菜より鮮度がいいおかげで
それなりに高く売れるから、助かっちゃいるんだがな」
トマスが苦笑いを浮かべながら言った。
「昔から、なんとかならんもんかとは思っとるんだが……
潮風ばかりはどうにもならんからのう」
ボルクが、腕を組みながら相槌を打った。
その会話を、カイは荷台の隅で黙って聞いていた。
(潮風による塩害……。地球でも、確か対策があったはずだ)
頭の中で、何かが引っかかる感覚があった。
だが、それが具体的にどんな知識だったのか
はっきりとは思い出せない。
まだ眠気の靄がかかったように、記憶の輪郭がぼやけている。
(……もう少し、はっきりさせたい)
そうこうしているうちに、荷車は速度を緩め始めていた。
「さぁ、着いたぞ。グレンヴィルじゃ」
ボルクの声に、サンとカイは顔を上げる。
暗がりの中に、いくつもの家の灯りがぽつぽつと灯っていた。
「今夜はわしの家に泊まってくれ。狭いが、雨風はしのげる」
荷車が停まり、一行はそれぞれの荷物を持って降り立った。
案内されたボルクの家は
囲炉裏のあるこぢんまりとした木造の一軒家だった。
「疲れたじゃろう。今夜はゆっくり休むといい」
ボルクが、奥の部屋を示しながら言った。
「ありがとうございます、ボルクさん」
サンが頭を下げ、カイもぎこちなく頭を下げた。
用意された寝床に横になると
長旅の疲れが一気に押し寄せてくる。
(さっきの話……塩害のこと、ちゃんと思い出さないと)
そう思いながら、カイの意識は
あっという間に眠りの底へと沈んでいった。
――――
まぶたの裏に、見慣れた光景が広がる。
自分の部屋。パソコンの画面が青白く光り
ゲームのバトル画面が表示されていた。
意識が統合されたカイは、簡単に敵を倒してログアウトすると
キーボードの上に置かれた指先が、勝手に動いていく。
(……また、これか)
夢だと思っていた異世界はゲームでもなんでもない
意識はいつも通り、はっきりとしていた。
現実に近い感覚に戸惑いながらも
異世界にのめり込んでいったカイは
現実世界で画面の検索バーに指を走らせた。
「塩害 対策」
エンターキーを押すと、いくつもの記事がずらりと並んだ。
(そうだ……グレンヴィルは海が近い。
たしか潮風による塩害だと言っていたはずだ)
カイは画面をスクロールしながら、記事を読み進めていく。
――防風林による飛来塩分の遮断。
――塩に強い品種の選定。
――排水路の整備による、土壌中の塩分の洗い流し。
――石灰の散布による、土壌の改良。
一つ一つの情報が、頭の中にすとんと落ちていく。
まるで最初から知っていたことを
ただ思い出しているだけのような感覚だった。
(防風林は時間がかかりすぎるか……。
となると、まずは排水と、石灰の散布。
それと、塩に強い作物への転換……)
カイは夢中になって、いくつものページを開いていった。
――――
「ふっ……あぁ」
意識が浮上する。
目を開けると、そこは薄暗い部屋の中だった。
隣の部屋の囲炉裏の残り火が、ゆらゆらと影を落としている。
「……戻ってきた」
カイは自分の手を見つめた。
夢の中で触れていたキーボードの感触が
まだ指先に残っているような気がした。
(今のうちに、書き留めておかないと……忘れる前に)
焦る気持ちのまま、カイは体を起こし、辺りを見回した。
だが。
(……ない)
紙がない。ペンもない。
考えてみれば当然だった。ここは異世界で
しかも自分は着の身着のまま追い出された召喚者だ。
筆記用具など、持っているはずもなかった。
(まずい……今、頭に入っている情報が、時間とともに薄れていく……)
夢の記憶というものは、目覚めた直後が一番鮮明で
時間が経つほど輪郭を失っていく。
今すぐにでも書き留めておかなければ
せっかくの知識が、ただの断片になってしまう。
カイは焦りながら、隣の部屋で眠っているサンの元へと駆け込んだ。
「サンさん……サンさん!」
「んっ……なによ、こんな時間に……」
サンが眠そうに目をこすりながら、身を起こす。
「紙とペンが必要なんです……!今すぐに!」
「はぁ?なんだよ、いきなり……」
寝ぼけ眼のサンに、カイは必死に訴えた。
「大事なことを思い出したんです。
今書かないと、忘れてしまう……
お願いします、なんとかなりませんか」
その必死な様子に、サンはようやく目が覚めたのか
小さくため息をついた。
「……仕方ないなぁ。ボルクさんに聞いてみるか」
サンは部屋を出て、まだ起きていたボルクへと声をかけた。
「ボルクさん、すみません。紙とペン、持ってたりしませんか?
カイがどうしても、今すぐ書きたいことがあるみたいで……」
「紙とペンか……」
囲炉裏端に腰かけていたボルクが自分の荷物を
ごそごそと探りながら少し考える様子を見せた。
「そういえば、旅の記録用に持っておったな。
……ほれ、これを使え」
ボルクが差し出したのは
少し使い古された革製の小さな帳面と
インクを含ませて使う羽根ペンだった。
「ありがとうございます……!」
サンはそれを受け取ると、カイに手渡した。
カイは囲炉裏の火明かりの下に陣取ると
インク壺の蓋を開け、羽根ペンの先を浸す。
手が、少しだけ震えていた。
忘れないうちに、一文字でも多く。
カイは火明かりを頼りに、震える文字で紙の上に書き始めた。
「塩害」
「防風林」
「排水路」
「石灰散布」
思い出せる限りの単語を、まずは箇条書きで書き殴っていく。
その様子を、サンとボルクが不思議そうに見つめていた。
「……何をそんなに必死に書いてるんだ?」
ボルクが問いかけたが、カイは顔を上げる余裕もなく
ただ黙々とペンを走らせ続けていた。
粗い紙の上を、慣れない羽根ペンがガリガリと音を立て
黒いインクの文字が刻まれていく。
(まずは排水路だ。土に溜まった塩分を
外へ洗い流す通り道を作らなきゃいけない。
それから、土壌を改良するための石灰の散布。
あとは、畑の海側に塩を遮るための木を植える。
……いや、防風林は育つのに何年もかかるから
差し当たっては塩に強い作物の選定だ。
サツマイモや、塩に比較的強い作物を選んでいく……)
夢の中でパソコンの画面越しに見た文字や図解が
恐ろしいほど鮮明に脳裏へ蘇っていた。
時間が経てば砂のように指の隙間からこぼれ落ちてしまう。
そう思うと、ペンを握る指先に自然と力がこもった。
これまでのカイは、異世界にいながらも
異世界に関わるのを躊躇っていた。
だが、塩害の話を聞いたことで初めてカイは
自分の意思でこの世界に関わろうと動き出す。
「おいおい、文字の形が妙じゃな……。
お前さんの故郷の言葉か?」
ボルクが横から帳面を覗き込み
白髭をいじりながら不思議そうに呟いた。
カイが夢中で書き殴っているのは
この世界の共通語ではなく
日本語――漢字とひらがなだった。
ボルクに読めるはずもない。
「やはりな……カイは異世界人なんだな……」
ボルクが納得するように呟いた。
「やはり、ばれていましたか……」
サンが小さく肩を落とす。
「おかしいとは思っていたが、触れずにいたんだがな……
このまま隠しておいた方がいいぞ」
「はい。そのつもりです」
サンが頷いて答える。
「それなら、早く言葉を覚えることじゃな。
田舎ならまだいいが、都会に行けばどんな目
があるかわからんからな。
野良の異世界人なんか、格好の餌食だからな」
「やはり言葉ですか……
話せないことが一番怪しまれますよね」
「お前さんたちは、ラビリオス領にいくんだったな。
ダンジョンに潜るつもりか?今のままでは難しいぞ」
「そうですが……ダメでしょうか?」
「ダメではないが、異世界人は危険じゃな。
稼ぐだけなら、ここのギルドの出張所でもできる。
ダンジョンほど稼げんが、そこそこは稼げるぞ」
「ここにもギルドあるんですか?」
サンが驚きの声を上げる。
「明日にでも連れていってやる。
それから考えても遅くないだろ」
「わかりました。
よろしくお願いします」
サンが頭を下げた。
カイはサンとボルクの会話が聞こえてはいるが
言葉のわからないカイは、気に留めることもなく書き続けていた。
「カイ、顔が怖いよ……。一体何を書いているの?」
サンも心配そうに、囲炉裏の火明かりに照らされた
カイの横顔を見つめている。
「……できた」
最後の文字を書き終え
カイは小さく息を吐きながらペンを置いた。
帳面の数ページにわたって
びっしりと日本語の箇条書きと
簡単な畑の排水溝の構造図が書き込まれている。
とりあえず、記憶のすべてを紙の上に
固定することには成功した。
カイは軽く肩を回しながら
ようやくボルクとサンの方へと向き直った。
まだ心臓の鼓動が少し速い。
「すみません、夜中に騒がせてしまって……」
「構わんが、そんなに必死になって
一体何をしておったんじゃ?」
ボルクが怪訝そうな顔で
白湯の入った器を差し出してくる。
サンとカイはそれをありがたく受け取り
一口飲んで喉を潤してから、カイはサンにメモを手渡し
帳面に描いた図解を思い浮かべながら、説明を始めた。
「塩害の解決策について調べてきたんですよ。
どうやら僕は眠ると元の身体に意識を戻せるみたいです」
カイが自身の持つ特殊能力を明かした。
「ほんとか?もしかしてそれがあんたの
特殊能力だったのかもな……
使い方によっては最強の能力だぞ!」
サンが興奮したように声を上げる。
「サンさん、調べて来たことを話すので
メモを見ながら覚えてください」
「わかった、ゆっくり頼む」
「土の中に水の通り道――『排水路』を作るんです。
そうすれば、雨が降るたびに土の塩分が洗い流されて
育たなかった葉物野菜も作れるようになります」
カイは続けて書いてることをわかりやすく話し
一呼吸入れてサンに、お願いした。
「……これを、ボルクさんに伝えてもらえませんか」
「ほんとか……!?」
サンは驚き、それからパッと顔を輝かせた。
「それが本当なら、タダで泊めてくれたボルクさんや
馬車に乗せてくれたトマスさんに、最高の恩返しができるな!」
サンはメモに視線を落とし、トマスが言っていた
「塩害」の解決策についてゆっくりと説明を始めた。
「ボルクさん、私から説明します。
塩害の解決策について、書いていたようです。
まずは排水路だそうです。
土に溜まった塩分を外へ洗い流す通り道の
排水路工事をおこなうことだそうです。
それから、土壌を改良するための石灰の散布。
差し当たっては塩に強い作物の選定ですね。
塩に比較的強い作物を選んで植える
これは、すでにやっていますね。
塩があることで、美味しくなる野菜もあるようです。
ナッシュヘルトならそのような野菜の種があるのでは
ないかと思いますが、どうでしょう……」
カイから聞いたばかりの『排水路』の仕組みを
身振り手振りを交えて必死に説明する。
ボルクは白髭を何度もひねり、火明かりの下で
奇妙な文字の帳面とサンの顔を交互に見つめていたが
やがて不敵な笑みを浮かべた。
「おおぉ〜それはすごいな。
土の中にわざと隙間を作り、塩水を吸い出すか……
魔法とはまた違う、理詰めの知恵じゃな。
よし明日。朝飯を食ったら、さっそく村の畑に行ってみるか!」
――――
翌朝、小窓から差し込む眩しい朝光でカイは目を覚ました。
夕べの必死な筆記のせいで右手に微かな気怠さが残っていたが
頭は驚くほど冴え渡っている。
隣の部屋に目をやると、サンがちょうど身を起こし
大きなあくびを噛み殺しているところだった。
カイはすぐにサンの元へ駆け寄った。
「サンさん。……あの畑の塩害、対策成功しますかね?」
カイは夕べ帳面に描いた図解を思い浮かべながら
熱を込めて問いかける。
「えっ……」
サンの眠気眼が、瞬時に見開かれた。
「私も地球では塩害対策が進んでいるのは聞いたことがあるし
この世界は地球とよく似ているから大丈夫だと思うよ。
きっと成功するさ!」
麦粥と干し肉の質素な朝食を大急ぎで掻き込んだ一行は
ボルクの案内でグレンヴィル村の農地へと向かった。
青く広がる海の水平線が見える小高い丘の上の畑。
ロケーションは最高だが、吹きつける風は
確かにほんのりと塩の匂いがした。
土壌はどことなく白っぽく、乾いて硬く強張っていた。
ボルクが声をかけると、トマスをはじめ
朝の農作業に出ていた村の農家たちが次々と集まってきた。
その即席の集まりの真ん中でサンが胸を張って
事前にカイから叩き込まれた方法を説明し始める。
「――ですから、畑の中に深さこれくらいの溝を掘って
そこに木の枝や小石を敷き詰めるんです!
その上から布を被せて土を戻せば、農作業の邪魔をせずに
雨水と一緒に塩分が抜けていきます!」
サンの熱弁が終わると、集まった農家たちの間に
何とも言えない微妙な沈黙が流れた。
誰もが怪訝そうな顔で顔を見合わせ
やがて一人の年老いた農夫が鼻で笑った。
「嬢ちゃん、旅の気休めなら余所でやってくれ。
土の中に枝を埋めるだけで畑が直るなら
俺たちは何十年も苦労しちゃいねえよ」
「そうだそうだ。ただでさえ硬いこの時期の土を
そんな深く掘り返すなんて労力の無駄だ」
冷ややかな声が飛び交う。
誰もが「若い旅人の世迷い言」だと切り捨て
信用しようとはしなかった。
サンが悔しそうに唇を噛んだ、その時だった。
「……まぁ、待てや、みんな」
野太い声で割って入ったのは、トマスだった。
彼は頑丈な顎を擦りながら、自分の足元の畑を見つめていた。
「どうせ潮風のせいで、うちの畑の葉物は今年は全滅さ。
労力の無駄ってんなら、俺の畑で試してみてくれ」
「トマス……正気か?」
仲間が止めるのも聞かず、トマスは小屋から
使い古された鉄の鍬とスコップを引っ掴んできた。
「よし、サン、カイ、ボルクの旦那!
指図は任せる、どこから掘ればいい!?」
トマスの心意気に、カイの胸が熱くなる。
「お願いします!まずは畑の一番低い場所に向けて
真っ直ぐに一本、幅と深さがこれくらいの溝を掘りましょう!」
サンの指示を合図に、奇妙な男女四人による工事が始まった。
まずはトマスが、分厚い腕の筋肉を躍らせて
硬く締まった土をザクッと掘り起こす。
続いてボルクが、老齢とは思えない確かな足取りで
鍬を振るい塊になった土を砕いていく。
カイも負けじとスコップを握りしめ
泥まみれになりながら、掘り出された土を
溝の脇へと撥ね退けていった。
「ほうら、そこはもう少し深くじゃ!
傾斜をつけねば水が流れんぞ!」
「カイ、そっちの土の壁が崩れそうだ少し均してくれ!」
いつのまにか飲み込みの早いボルクが指示を始めた。
息を荒くし、汗まみれになって泥を跳ね上げる三人の姿を
周囲の農民たちは遠巻きに眺めていた。
最初は冷ややかな目だったが、掘り進められる溝の深さが
大人の腰の高さに達する頃になると
彼らの目が少しずつ変わり始めた。
土の底から、じんわりと湿った嫌な匂いのする水が
滲み出し始めている。
「おい……あいつら、本気でやってるぞ」
「あの掘り方、ただデタラメに穴を開けてるわけじゃねえな。
見ろよ、綺麗に傾斜がついてる」
一人がじりじりと近づき、溝の底を覗き込んだ。
「なぁ、トマス。本当にそこに枝を詰めるのか?
どんな枝がいいんだ」
「何でもいいさ!水が通る隙間ができりゃいいんだろ、サン!」
「はい!腐りにくい、手頃な太さの割木や柴が最高です!」
サンが泥だらけの顔を上げて叫ぶと
聞いていた農民たちの一人が、チッと舌を鳴らして歩き出した。
「落ちぶれたトマスの畑につき合ってやる義理はねえが……
そこまで大真面目にやられると、寝覚めが悪い。
裏山の間伐材の端切れ、余ってるから持ってきてやるよ」
「じゃあ、俺は浜から手頃な小石を集めてきてやる。
どれくらい要るんだ?」
興味半分、物珍しさ半分。
しかし、男たちの額から流れる汗と見たこともない
「地下の水の通り道」が形作られていくプロセスは
百姓たちの職人気質な好奇心を強烈に刺激した。
「よし、俺も鍬を持ってくる!」
「おい、布ならうちの納屋に腐るほどあるぞ持ってきてやる!」
一人、また一人と、家から道具を携えた村人たちが加わっていく。
さっきまで冷え切っていた畑にいつの間にか
大勢の男たちの怒号のような活気と
土を掘り返す小気味よい音が響き渡り始めていた。
第122話
幕間「塩の満ちる丘と確かな存在意義」
お読みいただきありがとうございます!
今回の話では、グレンヴィルの塩害をきっかけに
カイの中に少しずつ変化が生まれ始めました。
これまでのカイは、異世界にいながらも
どこか自分をその世界の外側に置いていました。
まるでゲームのキャラクターを見るように
異世界にいる「自分」を傍観している。
そんな感覚が、どこかにあったのだと思います。
しかし今回、グレンヴィルの人々が長年苦しんできた
塩害の話を聞いたことで、初めてカイは
自分の意思でこの世界に関わろうと動き始めます。
夢の中で地球の知識を探し、目覚めた直後には
その知識を忘れてしまうことを恐れて必死に書き留める。
そして、その知識を使って、この世界の人々の役に立とうとする。
これは単に「地球の知識を異世界で活用する」というだけではありません。
カイにとっては、自分がこの世界で何をするのかを
自分自身で選び始めた瞬間でもあります。
これまで傍観者だったカイが
初めて自分の意思で世界に手を伸ばした。
その行動を通して
自分がこの世界に確かに存在しているのだと
少しずつ認識していくことになります。
今回の塩害対策は、その小さな一歩です。
そして、その一歩はカイだけではなく
グレンヴィルの人々にも変化をもたらしていきます。
最初は「そんなことで畑が変わるのか」と
半信半疑だった農家の人々が、実際に土を掘り
そこから水が滲み出てくるのを目にする。
一人、また一人と作業に加わっていくことで
止まっていた村の時間が少しずつ動き始めていきます。
カイが初めてこの世界に関わろうとした一歩が
やがて周囲の人々を動かし、新しい繋がりへと変わっていく。
この物語で描いていきたい「進化」は
魔獣としての進化だけではありません。
人との出会いや、自分自身の変化によって
心や生き方もまた進化していく。
カイがこの世界で見つけていく「自分の居場所」が
これから物語にどう繋がっていくのか……
今回の幕間2話の連続で、カイがこの世界にどうやって知識を
持ち込むのかを、明らかにしたいと思い描いて来ましたが
実際に畑へ水路を作り、塩害対策をさらに進めていくお話は
次回の幕間で少しずつ描いていきたいと思います。
次回は、本編に戻ります。




