怒りの果てに灯る暖かな光 第118話
無数の妖精の光が優しく包み込むこの場所で
魔獣園とデュダインの代表による交渉が
厳かに開始された。
夜露に濡れた岩肌が、妖精の光を淡く反射している。
誰もが息を潜め、次に発せられる言葉を待っていた。
「改めてお前たちの要求を聞かせて欲しい」
デュダインの重々しい声が、静寂を割った。
「私たちの願いは『アイアン・デューク』の
採取の許可をいただきたいということです」
園長が一歩前に出て、厳かに言葉を紡ぐ
その声には、迷いも気負いもなかった。
「私としては採取の許可を出したいと思っている。
長のみなさん、意見のある方はおられますか?」
デュダインが、居並ぶ種族長たちへと視線を巡らせた。
「我らはそれで構いません」
ゴブリンの長が、真っ先に頷いた。
「私たちもそれで構いません」
コボルトの長が同調する。
「「それで構いません」」
次々と同調の声が波紋のように広がっていく。
誰もが穏やかな表情で頷き合っていた。
「みなさん、ありがとうございます」
園長が深々と頭を下げる。
この瞬間、交渉はあっけないほど順調に進むかに思われた。
だが、その空気を切り裂くように――
「待て!」
鋭い声が、静寂を引き裂いた。
一同の視線が、声の主へと集まる。
がっしりとした体躯を怒りに震わせ
拳を握りしめて立っていたのは、ペックだった。
「俺たちは反対だ。
祖国を滅ぼした人間共に、何一つ
くれてやる物はない」
低く、しかし場の空気を凍りつかせるような声だった。
「それはお前たちも同じじゃないのか。
思い出せ、人間共にされたことを――!」
ペックの視線が、周囲の種族長たちへと
突き刺さるように向けられる。
先ほどまでの穏やかな同調の空気が
一気に張り詰めていった。
誰も、すぐには言葉を返せなかった。
「すまん……それは私の責任だ」
デュダインの声が、初めて明確な痛みを帯びた。
「彼らに戦いに必要な剣や盾、武器の作り方、戦いの技術。
それら全てを教えたのは、この私だ」
その巨躯が、ゆっくりと沈んでいく。
「私がお前たちの国を滅ぼしたに等しい行為だ。
申し訳ない……心から謝罪する」
デュダインは、地に頭がつくほどに
深く、深く、頭を垂れた。
神話級の巨躯がその場に平伏する様は
あまりにも異様で、あまりにも痛々しかった。
その場にいた誰もが、言葉を失った。
沈黙を破ったのは、ペックだった。
「守護者様、頭を上げて下さい」
その声は、先ほどまでの怒りとは違う
静かな響きを帯びていた。
「守護者様は、十分に償いをされています。
俺たちが今もこうして生きているのは
守護者様がずっと守ってくださっているからです」
デュダインが、ゆっくりと頭を上げる。
その漆黒の瞳には、深い感謝と
それでもなお拭いきれない罪の意識が
複雑に入り混じっていた。
「そう言ってもらえると、ありがたい」
短く、しかし万感の思いを込めた一言だった。
デュダインは一呼吸置き
改めて種族長たちへと視線を向けた。
「そこで相談なんだが……
人間の皆さんにも、償いの機会を
与えてもらえないだろうか?」
その問いかけは、静まり返った荒野に
静かに、しかし確かに響いていった。
「ペック、どうだろうか?
仲良くしろとは言わん……
私と一緒に、人間の中にもいろいろな者が
いるということを知ろうではないか」
デュダインの声は、命令ではなく
まるで隣に立つ友への呼びかけのようだった。
「守護者様と一緒に……?」
ペックが、戸惑ったように顔を上げる。
「そうだ。私もお前と同じだ。
この者たちを拒み、殺そうとまでした。
だが……今は違う。託してみたくなった。
この者たちが、いつか魔獣と人間の戦いを
終わらせてくれることを――」
デュダインの声が、わずかに震えた。
それは、長い年月をかけて積み重ねてきた葛藤の末に
ようやく辿り着いた一つの願いだった。
ペックはしばらく黙っていたが
やがて、大きく息を吐いた。
「守護者様……分かりました」
その声から、先ほどまでの棘は消えていた。
「ペック殿、よく決心してくれました」
コボルトの長が、静かに
しかし力強く場を見渡しながら口を開いた。
「私たちも人間に対しては、思うところは
あります……しかし、この者たちに希望を
見たことも事実です。
みんなで見届けようではないですか」
その言葉に、居並ぶ種族長たちの間に
小さなざわめきが広がった。
「私も……異存はない」
ゴブリンの長が、静かに頷いた。
かつて自らの集落を襲われた記憶を持つ者として
その一言には並々ならぬ重みがあった。
「わたくしはもとより
彼らの覚悟が本物だと信じていましたよ」
妖精女王ジョアンが、扇のような翼を
ひらりと揺らしながら、涼やかに微笑む。
「私たちも……守護者様の判断に従おう」
小柄なリザードマン、ガンジュが控えめに
しかしはっきりと声を上げた。
スィミアの種族長も、深々と頭を下げる。
「私たちも同じ気持ちです。
命を救ってくれた恩は、忘れません」
一人、また一人と、頷きが波紋のように広がっていく。
最後に、プーカとレプラコーンも
互いに顔を見合わせてから、小さく頷いた。
その様子を見届け、デュダインは大きく息を吐いた。
「――決まりだな。
素材採取を許可する」
その一言に、荒野を包む妖精の光が
まるで祝福するように、一際強く瞬いた。
「みなさん、改めてありがとうございます」
園長が深々と頭を下げる。
その和やかな空気の中
ヴォルンがふと、傍らの丸太の椅子に目を留めた。
手のひらでその表面を撫でるように触れ
しばらく無言で観察している。
「園長、少しいいか」
ヴォルンが声を潜め、園長の袖を引いた。
「この丸太の椅子、アイアン・デュークじゃないのか……?
もしそうなら、どうやって切り出したか聞いてみてくれ」
その目には、職人としての好奇心がありありと浮かんでいた。
園長は苦笑しながら、種族長たちへと向き直る。
「みなさん、一つ質問してもいいですか?」
「いいですよ」
代表のコボルトが、穏やかに頷いた。
「この椅子なんですが……
何で出来ているか、教えてもらえませんか」
その問いに、カンジュが胸を張った。
「これは鉄公爵の木だ!」
自慢げな、誇らしい声だった。
「鉄公爵の木……」
園長が呟くと、すかさずヴォルンが割って入る。
「アイアン・デュークのことだ!」
興奮を隠しきれない様子で、身を乗り出した。
「こんな硬い木を、どうやって切り出すんだ」
ヴォルンが、カンジュに直接詰め寄るように尋ねる。
「この俺のブーメランで薙ぎ倒すんだ!」
カンジュが、テーブルに立てかけてあった
ブーメランに誇らしげに手をやった。
「確かにお前の作ったブーメランだが
投げるのは俺だろ!」
ペックが、大きな手を広げながら横から訂正を入れる
その様子に、張り詰めていた交渉の場に
ふっと柔らかい空気が流れ込んだ。
「お前が投げたら、どこにいくのか分かりゃしない……」
ペックが、ため息交じりに呆れた声を漏らす。
「……」
カンジュは、言い返す言葉を見つけられず
口をつぐんだ。
その様子を見ていたヴォルンが、ふと真剣な顔になった。
「ということは、どこに生えているかも
知っているってことだな」
「あぁ〜知っている。
在庫もあるから分けてやるよ」
カンジュがあっさりと答える。
「ほんとか!ありがとう」
ヴォルンの声が、思わず弾んだ。
しばらくして、園長が改めて口を開いた。
「こちらはお金で買い取ることもできるが……
それでは、そちらが困ると思う」
「私たちに建物の修復をさせて欲しい。
何か必要な物があればそれと交換という
ことにしてもらえると助かります」
「確かに、私たちはお金を貰っても
使うことはほとんどないですから……」
コボルトの長が、少し困ったように苦笑した。
「僕が人間に化けて、必要な物を
買いにいくくらいですかね……」
プーカが、小首を傾げながらぽつりと言う。
そのやり取りを聞きながら
ヴォルンの視線は、いつの間にかカンジュの手にした
ブーメランへと吸い寄せられていた。
「わしは、そのブーメランを投げて
薙ぎ倒すところを見てみたいんだが」
興味津々に、身を乗り出す。
「いいぜ、俺の腕前を見せてやるよ!」
カンジュが、これ以上ないほど誇らしげに胸を叩いた。
「お前じゃ無理だ!さっき言ったばかりだろ……」
ペックが、呆れたように肩をすくめる。
「冗談だよ、俺の手じゃ握れないからな……」
カンジュが、ブーメランを握る素振りだけをして
おどけたように笑った。
「「「ははははは」」」
交渉の場に、大きな笑い声が響いた。
張り詰めていた空気は、いつの間にか
すっかり和らいでいた。
「交渉成立だな」
デュダインが、満足そうに頷く。
「もう夜も遅い
仲間をこちらに呼び寄せるといい。
ここは暖かいからな」
「ありがとうございます。
そうさせてもらいます」
園長が、深く頭を下げた。
「クルツ、みんなを呼んできてくれるか」
「はい、分かりました」
クルツが立ち上がり、夜の霧の中へと足早に消えていった。
交渉もひと段落し、ニコがふと
隣に佇むデュダインを見上げた。
「デュダインさん」
「ん……?」
巨躯がゆっくりとニコの方を向く。
その大きな瞳に、わずかな笑顔が浮かんだ。
ニコから直接話しかけられることが
嬉しかったのかもしれない。
「ここの長の方々は人の言葉がわかるんですね」
ニコが、素直な驚きを込めて尋ねた。
一瞬の間があった。
「……そうだ。ここに集う者たちの多くは
かつて人と関わりながら生きてきた者たちだ。
妖精たちも、元は天使であったからな。
人の言葉を扱うことに、不自由はない」
デュダインは、いつもより少しだけ、声を弾ませていた。
「そうなんですね!なんだか安心しました」
ニコが屈託なく笑うと、デュダインは大きな鼻先を
ほんの少しだけニコの方へと近づけた。
「……お前が、そうやって
気安く話しかけてくれるのは悪くない」
ぼそりと呟くようなその一言には
隠しきれない嬉しさが滲んでいた。
長い年月、恐れられ、忌避され続けてきた
守護者にとって、こうした何気ない会話そのものが
久しく忘れていたものだったのかもしれない。
「これからも、いろいろ聞いていいですか?」
ニコが無邪気に尋ねると、デュダインは小さく
――本当に小さく、喉の奥で笑うような声を漏らした。
「あぁ、構わん。好きなだけ聞くといい」
その横で、カイチが呆れたような
それでいてどこか温かい目でその様子を見守っていた。
――――
しばらくして、遠くから賑やかな声と足音が近づいてくる。
クルツが、ベルモットやサンたちに交渉成立を報告し
待機していた面々を連れて戻ってきたのだ。
――そしてゴリムも、その中にいた。
「みなさん、お疲れ様でした」
ベイルが労いの言葉をかけた。
アカネが息を切らせながら駆け込んでくると
たちまちその場は賑わいに包まれた。
「おお、たくさん来たな!」
カンジュが目を輝かせ、両手を広げて出迎える。
「ゴリムさん!
息子がいつも世話になっています」
コボルトの種族長が頭を下げると
ゴリムがはにかんだように頭を軽く下げた。
「ゴリムさん、私の親父なんですよ」
フィグが恥ずかしそうに言った。
見慣れない顔ぶれに戸惑っていた種族長たちも
次第にその輪の中へと自然に溶け込んでいく。
誰かが差し出した木の実を、誰かが受け取り
誰かが笑い声を上げる。
種族も、生まれも、これまでの歴史も違う者たちが
同じ焚き火を囲んでいた。
妖精たちの光が、その輪をやわらかく照らし出している。
「今夜は、宴だな」
デュダインが、穏やかな声でそう呟いた。
夜の帳の中、笑い声と、火のぱちぱちと爆ぜる音が
いつまでも響いていた。
長い戦いの果てにたどり着いた、静かで、暖かい夜だった。
第118話
怒りの果てに灯る暖かな光
お読みいただきありがとうございます!
前回のゴリムの帰郷
そして種族たちの正体開示に続き
今回はいよいよ本格的な交渉と
そこに至るまでの葛藤を描きました。
デュダインの謝罪の場面は
この物語で一番心を込めて書いた部分の一つです。
かつて技術を教えたことが
意図せず一つの国を滅ぼす結果に繋がってしまった
——その罪をどう背負い、どう償っていくのか。
デュダインというキャラクターに
単なる「強大な守護者」以上の深みを
持たせたいと思って書きました。
ペックの怒りとその変化も
丁寧に描きたかった部分です。
怒りをぶつける相手が本当は誰なのか
その怒りの奥に何があるのか
——短いやり取りの中に
それを込められていたら嬉しいです。
そして後半、ブーメランを巡るやり取りは
緊張の後に訪れる日常のような温かさを大切にしました。
深刻な場面ばかりでは息が詰まってしまうので
こうした軽やかな瞬間を挟むことは
この作品らしさとして今後も大事にしていきたいです。
最後の宴の場面で、この長い交渉編に
一区切りをつけることができました。
次回は、いよいよ採取!ブーメランでの伐採です。
どうぞ引き続きよろしくお願いします!




