相応しい持ち主とデュダインへの序曲 第115話
「ヴォルン、お前また徹夜したのか……」
園長が心配そうに声をかける。
朝食に現れたヴォルンの目の下には
濃い隈が刻まれていた。
「あぁ〜故郷に帰る前に弓を
完成させたかったんでな」
ヴォルンが大きなあくびを噛み殺しながら答えた。
「ゴリムの弓ができたのか?」
園長が尋ねた。
「そうだ、ゴリムとザックの弓だ」
ヴォルンが誇らしげに頷いた。
「ヴォルンさん、俺の弓出来たんですか?」
ゴリムがザックと駆け寄り急くように尋ねた。
「俺のも出来たんだ……」
ザックが満面の笑みで
その言葉を噛みしめるように呟いた。
「食事が済んだら取りに来い」
ヴォルンが告げた。
「「はい、ありがとうございます」」
ゴリムとザックが頭を下げて感謝した。
「ザック」
食事の手を止め、園長がふいに名を呼んだ。
「はい、なんでしょうか?」
ザックが姿勢を正し問いかけた。
「お前がゴリムに弓を教える。
お前はゴリムから教わることがあるはずだ。
……わかるか?」
園長が質問した。
「はい、わかっております。
俺は斥候として姿を隠すということが
上手くできていません……
ゴリムからコツを盗んで真の斥候と
なって見せます」
ザックが拳を握り、意気込みを語った。
「そうだ、闘技大会への道のりで
お前の斥候としての力が仲間の危機を
回避することになる、精進してくれ」
園長が言い添えた。
「ヴォルン、もうすぐ出発するぞ
遅れないように準備してくれよ」
園長が予定を告げた。
「あぁ〜わかっている、酒忘れるなよ」
ヴォルンがひらひらと手を振りながら返した。
――――
出発の準備が整った庭先で
園長がアンズーに向き直った。
「アンズー、いつも無理ばかり言って悪いな。
今回もよろしく頼むぞ」
すまなそうに軽く頭を下げ、園長が言った。
「また、お前たちに付き合わされるのか……」
アンズーが大きく息を吐き出し
苦笑いを浮かべながら呟く。
「なんだ、アンズー、俺たちを乗せるのが嫌なのか?」
ヴォルンが豪快に笑いながら突っ込んだ。
「嬉しくはないな……」
アンズーが呆れたように言い返す。
「はははは、そう言うなよ。
道中は頼んだぞ、安全第一でな」
苦笑まじりに、園長が肩を叩く。
「……急ぐんじゃないのか?」
アンズーが前方を見据えながら問うた。
「急ぐぞ!アンズー超特急で頼む!」
ヴォルンが力強く発破をかける。
「了解だ、しっかり掴まってろよ!」
アンズーが翼を大きく翻し
一気にスピードを跳ね上げた。
地面が瞬く間に遠ざかっていく。
「ひぃーーっ!?」
風圧に押し潰されそうになりながら
園長の悲鳴が青空の彼方へと吸い込まれていった。
――――
凄まじい風切り音とともに
アンズーが領主邸の庭へと滑るように着地した。
土煙が舞い、芝生に深い着地痕が刻まれる。
「ヴァルド様、お怪我はありませんか……っ!?」
アンズーの背中から、足元をふらつかせながら
降り立った園長を見て警備兵が慌てて駆け寄った。
「うぅ……大丈夫だ心配いらん。
すまないが、リオネルに取り次いでくれ」
青い顔のまま手を挙げ、園長が言った。
「はっ、直ちに!」
警備兵は背筋を伸ばすと
一目散に騎士団の詰所へと駆け込んでいく。
「ヴァルド様、お迎えに上がりました」
間もなくして、気配を察知した
執事のアルフレッドが屋敷から飛び出してきた。
「アルフレッド、相変わらず動きが早いな。
出迎えご苦労」
荒い息を整えながら、園長が言った。
「上空にアンズー殿の姿が見えましたので
もしやと思いまして」
アルフレッドが礼儀正しく一礼する。
――――
「兄さん、本日はどのようなご用件でしょうか?」
執務室に通されるとリオネルが
真剣なまなざしで尋ねてきた。
「ベイルの奴に、最高の盾を作ってやろうと思ってな。
そのための素材を採りに行こうと考えている」
真っ直ぐに見据え、園長が言った。
「それで、一体どちらまで行かれるんですか?」
リオネルが少し怪訝そうな顔で言った。
「『デュダイン』まで行こうと思う」
静かに、園長が告げた。
「……不可視の荒野、あのデュダインですか?」
聞き間違いだと言わんばかりに
リオネルが確認する。
「そうだ、やはり知っておったか……。
相変わらずよく勉強しているな」
感心したように、園長が頷く。
「何を冗談を言っているんですか……!
あそこは人間が踏み入れるどころか
場所を見つけることすら不可能な霧の荒野ですよ」
信じられないといった様子で、リオネルが説明した。
「そうだ、……人間はな……」
園長は不敵な笑みを浮かべ、意味深な言葉を発した。
「そう言うことですか……あの方々なら
見つけることは出来るでしょうね」
リオネルが思惑を理解した。
「で、相談なんだがベヒモスについての
情報が欲しい、なんでもいいから教えてくれ」
「まず言っておきます。
ベヒモスと戦うことは不可能です」
リオネルがきっぱりと言った。
「そんなことはわかっている。
分身体がいるんだろう、そいつを無力化
する方法を教えろ」
園長が問う。
「無力化ですか……
なんなら落とし穴でも作って
落とせばいいんじゃないですか?」
リオネルがぶっきらぼうに言った。
「お前本気で考えているのか?」
園長が問い詰める。
「私はいつも本気ですよ。
ベヒモスは足が短いので這い上がる
ことはできないと思います」
リオネルが言った。
「黙って穴を掘らせてくれるわけないだろ……」
園長が反論する。
「兄さん、私からの助言は一つ。
無謀なことはやめてくださいということです」
リオネルがきっぱりと言い切った。
「あぁ〜わかった、心に留めておく」
去り際に、園長が言った。
――――
庭で待っていたヴォルンが
戻ってきた園長にすぐさま近づいた。
「もう話は済んだのか?」
ヴォルンが心配そうに尋ねた。
「あぁ、有益な情報が手に入った」
園長が答えた。
(カイチの作戦は実行可能だということがな)
「アンズー、次はラビリオスのギルドだ」
園長が指示を出した。
「ヴォルン、行くぞ、乗れ」
ヴォルンが再びアンズーの背に乗る。
翼が広がる。アンズーが空へ跳ね上がり
風が一気に巻き上がり、庭が見る見る遠ざかる。
風が耳を打ち、高度はさらに上がる。
やがて遠くに石造りの街が見えてくる。
アンズーは速度を落とさない。風を切り裂きながら
まっすぐラビリオスへ向かっていた。
しばらくしてラビリオスの外壁が迫る。
厚い石の防壁。塔がいくつも並び
上には警備兵が数名配置されていた。
アンズーは速度を落とさず、防壁を越える。
防壁の警備兵がざわつく。
「あれは、この前の魔獣じゃないか?」
一人の警備兵が声を上げる。
アンズーは何事もなかったように高度を落とし
ギルドの訓練所へと降下する。
ドスン、ズシャアッ!
太い脚が地面を捉え、勢いのまま土を抉った。
砂が舞い、地面が震える。
居合わせた冒険者たちが武器を抜く。
「まて!あれはギルド長の客人だ、剣を下ろせ」
ギルド防衛隊長が止めに入った。
「獅子の身体に大きな翼……
まるで絵本から出てきたような
神話の魔獣じゃないか……」
剣を下ろした冒険者が目を丸くして呟いた。
「ヴァルド様、ギルド長に面会でしょうか?」
駆け寄りながら、隊長が尋ねる。
「リシェル殿に面会を頼む。
ギルド長がいても構わんがな」
「えっ、リシェルさんですか……?」
隊長が戸惑いながら問い返す。
「そうだ、早く取り次いでくれ」
「かしこまりました。
少々お待ちください」
隊長が駆け出していった。
「園長、ここからは別行動でいいな。
わしは親父の所へ行くからな。
用事が済んだらここで落ち合おう」
背負っていた荷を担ぎ直しながら、ヴォルンが告げた。
「あぁ、わかった。よろしく言っといてくれ」
園長が短く応じ、片手を上げて見送った。
――――
案内された応接室で
リシェルが向かいの椅子に静かに腰を下ろす。
「ヴァルド様、私にどのようなご用件でしょうか?」
「あぁ〜聞きたいことがあってな……」
園長は言葉を選ぶように、一度視線を落とした。
「なんでしょうか?」
リシェルが先を促す。
「単刀直入に聞く。
デュダインの守護者について詳しく知りたい」
「デュダインだと!?」
その名を聞いた瞬間
隣にいたグレイヴの表情が強張った。
リシェルもわずかに眉をひそめる。
「またなんでそのようなことを
知りたいのですか?人間にとっては
聞いたところで行くことは叶いませんよ」
「弟にも同じことを言われた……
分身体がいることも知っている。
その分身体を殺さず倒す術を知りたい」
園長の口調に迷いはなかった。
リシェルはしばらく黙って園長の顔を見つめ
それから小さく息を吐いた。
「わかった上でベヒモスに挑むのですね。
魔法も加護も使えないこともわかって
いるということですね」
「あぁ〜わかっている」
園長は頷き、真っ直ぐにリシェルを見返した。
リシェルは机の上で指を組み
しばらく思案するように視線を宙に置いてから
ようやく口を開いた。
「卑怯なやり方ですが……その地の魔獣の住処で
戦うことです。ベヒモス本体は攻撃できませんし
分身体の機動力も削ぐことができます」
「こちらとしても現地の魔獣に
怪我はさせたくないからな……
我々も戦い難くなると思うぞ」
園長は腕を組み、難しい表情を浮かべる。
「それなら、霧の外に誘い出すのは
どうですか?」
「霧の外に誘い出すと、どうなるんだ?」
園長が身を乗り出す。
「消滅するか、制御不能になるかだと思います」
その一言に、園長の口元がゆっくりと緩む。
「いい話が聞けた、ありがとう。リシェル殿」
「園長、最後に私から助言があります。
無謀なことはやめてくださいということです」
リシェルが静かに伝えた。
「お前もか……わかった、心に留めておくことにする」
去り際に、園長が呟いた。
――――
「親父はいるか?」
工房の前で弟の姿を見かけ、ヴォルンが声をかけた。
「兄貴どうしたんだ?」
弟が驚いたように振り返る。
「親父に頼みたいことがあるんだ」
「俺が見てくるから、兄貴はそこで待っていてくれ」
弟は工房の奥へと駆けていった。
「親父、兄貴が戻ってきたぞー。
……今大丈夫か?」
「もう少しでひと段落だ、待たせておけ」
奥から、頭領の低い声が返ってきた。
しばらくして、弟が戻ってくる。
「兄貴もうすぐ終わるみたいだ。
少し話を聞かせてくれないか」
「あぁ〜いいぞ、何が聞きたいんだ」
ヴォルンが工房の外壁に寄りかかりながら答えた。
「兄貴は何しに来たんだ」
「盾が必要になったから来たんだ」
「なんで盾がいるんだ?」
弟が眉をひそめる。
「なんでって、戦いに必要だからに決まっているだろ」
ヴォルンがきっぱりと答えた。
「まさか魔獣と戦うんじゃないだろうな。
そんなこと親父に言うなよ」
弟が声を落として言った。
「わかっている、別に相手を殺そうってんじゃない。
相手が向かってきたら盾が必要だろ。
こっちは戦うつもりはないから心配するな」
ヴォルンが両手を軽く上げて弁明する。
「終わったぞ!なんのようだ」
作業を終えた頭領が、体を揺らしながら姿を現した。
「親父、忙しいのにすまない」
ヴォルンが頭を下げた。
「お前は、まだ漆黒の盾のところにいるのか?」
頭領がやさしく尋ねた。
「あぁ〜助けてもらった恩があるからな」
ヴォルンが、少しはにかみながら答えた。
「まぁ、あいつのところにいれば安心だな……
ところで今日は、なんのようで来たんだ?」
頭領の顔が緩んだ。
「盾を貸して欲しいんだ」
ヴォルンが答えた。
「いくつ必要なんだ?」
頭領があっさりと問い返す。
「かっ、貸してくれるのか?」
ヴォルンが驚いたように問う。
「何を驚いている、貸してやるが
ここには二つしかないぞ……
もっといるならドラコニクスのところに
行けば、もう二つくらいはあるはずだ。
あいつは盾が小さいって文句言ってたからな
使ってないはずだ」
頭領が顎髭をしごきながら答えた。
「親父、ありがとう。
ドラコニクスのところも尋ねてみるよ」
ヴォルンが頭を深く下げた。
「親父に聞きたいことがあったんだ……
親父はなんで貴重な素材で作った、二度と作れない
最高傑作だと言っていた盾を手放したんだ?」
ヴォルンが単刀直入に切り出した。
「お前に答える義理はない……
わしが自分の作った物をどうしようが
お前には関係ないことだ」
頭領がそっぽを向いて吐き捨てるように呟いた。
「関係ないことはない。
今その盾を使っているのは、漆黒の盾と呼ばれる
魔獣園の園長だからな」
ヴォルンが真剣な顔で言い返した。
「知っている、ギルド長に譲ったんだから
変なやつに売ることはないと思っていた。
結果的に一番相応しい人物の手に収まったんだから
製作者として誇らしいことだと思わないか?
装備は飾って置く物ではないということだ」
頭領が言葉を選びながら淡々と話した。
「……」
ヴォルンは返す言葉が見つからなかった。
「兄貴もういいだろ、ドラコニクスのところに
行くんじゃないのか?急がないと遅くなるぞ」
弟がたしなめるように背中を押した。
「兄貴は何も知らないからな……
親父は親父で何も言わないし……」
弟がうなだれて、ぼそぼそと呟いた。
「知らないって何をだ?」
ヴォルンが弟を睨みつけた。
「親父は兄貴を救い出す為にギルド長を
頼ったんだよ……その時の対価があの盾さ」
弟が真相を明かし始めた。
「わしを助ける為に……?」
ヴォルンが目を見開いた。
「そうだ、兄貴が聖統師に捕まった時
交渉をギルド長に依頼したんだ。
兄貴が戻ってこなかったってことは
交渉は失敗に終わったんだと思う。
確かギルド長は盾を返すと言ったと聞いているが
親父が一度手放した物はもう
受け取ることはできんと拒否したらしい」
弟が思い出しながら話を続けた。
「その盾を受け取った者が
わしを救ってくれたということか……」
ヴォルンが小さく息を呑んだ。
「そういうことになる。
親父が盾を受け取っていたら
盾はその者の手には無かったはずだ」
弟が静かに確信を突いた。
「確かに、今もここにあったかもしれんな……」
ヴォルンが後ろを振り向き、小さな声で呟いた。
――――
「ヴォルンじゃないか。
どうしたんだ……?」
ドラコニクスが驚いたように目を丸くした。
「親父に盾を借りに来たんだが
数が足りなかったんだ……
ここに使ってない盾があると聞いたんだが?」
ヴォルンが経緯を伝えた。
「そうか……ニコは元気にしてるか?」
ドラコニクスが唐突に尋ねた。
「なんでニコが出てくる……
久しぶりに会ったわしには
何も言わなかったくせに……」
ヴォルンが不満をもらす。
「それでお前は元気なのか?」
ドラコニクスが気まずそうに視線を逸らした。
「今更聞くなよ……
ニコは元気に修行してるぞ。
もうお前じゃ勝てないんじゃないか」
ヴォルンが呆れたように肩をすくめた。
「はははは、悪かったな。
そうか……俺より強くなったのか。
また戦ってみたくなってきたぞ」
ドラコニクスが快活に笑った。
「ニコに伝えといてやるよ。
ところで盾はあるのか?」
「あるにはあるが……
お前には大きすぎるんじゃないか?」
ドラコニクスが盾の大きさを手で示しながら問い返す。
「大丈夫だ、大きいぐらいが
丁度いいはずだ」
「丁度いいって、お前はいったい
どんなやつと戦うつもりなんだ」
ドラコニクスが眉をひそめた。
「どんな奴って……
お前なら知っているかもしれんな。
デュダインの守護者ベヒモスだ!」
ヴォルンが敵の名を明かした。
「ベヒモスだと!お前たちに勝てるわけ
ないだろ、冗談はよせ」
ドラコニクスが声を荒げた。
「冗談なんかじゃない……
そこに欲しい素材があるんだ。
奴が採取に協力的なら戦うつもりはない」
ヴォルンがきっぱりと告げた。
「人間も参加するのか?
確かあそこは人間が入ることは
許されない場所のはずだが……」
ドラコニクスが眉根を寄せる。
「人間は近くまでは同行するが
中には入らないと思う」
「もしかして、ベヒモスの倒し方とか……
お前なら何か知ってたりしないのか?」
ヴォルンがもしかしてと思い
すがるような気持ちで尋ねてみた。
「そんなもの、あるわけないだろ!」
期待を完全に打ち砕く、思った通りの回答が返ってきた。
「はぁ、そうだと思ったよ……。
でも、この盾はありがたく借りていくぞ」
「盾はいくらでも貸してやるが……。
おい、終わったらちゃんと返しに来いよ。
それと、くれぐれもあのベヒモス相手に
無謀な戦いを挑むんじゃないぞ」
ドラコニクスが心配そうな視線で呼びかけた。
「あぁ、ちゃんと心に留めておくさ」
去り際に、ヴォルンが小さく手を挙げて呟いた。
――――
「おいヴォルン、遅かったじゃないか……。
って、なんだその馬鹿でかい盾は!
よくそんなものを一人で持ってこれたな」
アンズーの傍らで待っていた園長が
あまりの代物に目を丸くして驚きの声を上げた。
「すまんな、親父のところには盾が
二つしかなかったんだ……
ドラコニクスにも盾を借りに行ったら
こんな時間になったんだ」
ヴォルンが額の汗を拭いながら、事の経緯を説明する。
「兄貴、盾はとりあえずここに置いておくぞ」
弟が、アンズーの足元へと盾を降ろした。
「おぉ、ありがとうな。
親父によろしく言っといてくれ」
「あぁ、伝えといてやるよ。
兄貴元気でな」
「お前も元気でやれよ」
弟の背中を見送りながら、ヴォルンが小さく手を上げた。
「ヴォルン、その盾の持ち方逆だろ?
持ち手が下にあるのはおかしいだろ」
園長が首を傾げながら
不自然な持ち方をしている盾を観察した。
「こうでもしないと、背の低いわしの腕じゃ
取手まで届かんのだ!」
「確かに、どう見ても上の方には手が届きそうにないな……。
それにしてもお前、よくそんな持ち方で
軽々と持ち上げていられるな……?」
園長が信じられないものを見るような目で呆気に取られた。
ブゥーン、ブゥーンッ!
ヴォルンが威勢よく盾を振り回してみせた。
「力が強いのはわかる、だが
ドワーフの身体能力は俺の想像を超えているらしいな……」
園長が乾いた笑いを漏らす。
「まぁ、これくらいの盾を自在に扱えなくては
原初のドワーフの名がすたる」
「お前がその盾を、思うように操れるなら
いなしの成功確率は格段に上がるな」
にやりと、園長が呟いた。
「園長、帰ろう」
ヴォルンが盾を担ぎ直し、歩き出した。
――――
正面の中庭には、出発を控えた一団が静かに集っていた。
夏の朝の澄んだ光が石畳を柔らかく照らし出し
涼やかな風が吹き抜けていく。
眩しい陽光がアンズーとカイチの巨体に長い影を落とし
その足元には積み上げられた荷物が置かれ
ヴォルンの持ち帰った盾が重厚な存在感を漂わせていた。
庭の片隅にある木々の青葉がそよ風に揺れ
サラサラと乾いた音を立て、遠くの山並みの上には
どこまでも高い夏空が広がっている。
人間と魔獣が入り混じるその空間には
これから未知の荒野へと踏み出す前触れのような
ぴんと張り詰めた静寂が漂っていた。
静まり返った庭の中央で、園長が大きく息を吸い込み
澄み渡る空へ向かって声を張った。
「みんなー!出発の準備はいいかーっ!
これより『デュダイン』へ向け、素材採取に出発する!
それぞれの役割をきっちりこなして欲しい。
さあ〜気を引き締めていこう!」
朝の澄んだ空気に向かい、園長が高らかに宣言した。
「「「うおーーっ!!」」」
気合に満ちた魔獣たちの雄叫びが、中庭に一斉に響き渡った。
第115話
相応しい持ち主とデュダインへの序曲
お読みいただきありがとうございます!
今回は、デュダイン遠征に出発する直前の準備編として
これまで積み残していたヴォルンの過去に
大きく踏み込む回になりました。
一番書きたかったのは、頭領がなぜ最高傑作の
盾を手放したのか、という謎への答えです。
それが息子であるヴォルンを救うための
代償だったという真相は、この物語の根底にある
「装備は人と人を繋ぐもの」というテーマを
最も直接的な形で体現していると思います。
「聖統師に捕まった」というヴォルンの過去が
魔獣園への繋がりをもたらしています。
ドラコニクスとの再会シーンでは
これまで積み重ねてきたニコとの関係性を
軽妙な会話の中にさりげなく滲ませることを意識しました。
緊迫した状況の中でも、こういった人間味のある
やり取りは大切にしていきたいです。
そして、リオネルとリシェル
それぞれからの助言を心留めてなを
ベヒモスに挑もうとする園長の思いが
どのような結果になるのか?
この後の決戦をぜひ楽しみにして
いただければと思います。
次回、いよいよ一行はデュダインへと足を踏み入れます。
どうぞ引き続きよろしくお願いします!




