デュダインの主、その名はベヒモス 第113話
今回から、いよいよデュダイン遠征編が本格的に始まります。
これまで少しずつ積み重ねてきた伏線が
この一つの目的地に向けて動き出す回です。
未知の地デュダインに眠る脅威
『デュダインの主、その名はベヒモス』
この物語の世界観や「共存」というテーマを
象徴する存在として描いています。
ぜひ最後までお楽しみください。
もし続きを早く読みたいと思っていただけましたら
感想や評価で応援していただけると、とても励みになります。
「ベイル、お前は部屋で待機していろ」
園長が言い渡した。
「はい、わかりました」
ベイルが頷き、別館へと歩き出した。
園長が厨房に足早に向かった。
「サン、少しの間ルーナを貸して欲しいんだが、いいか?」
「構わないですが、何をさせるんですか?」
サンが心配そうに尋ねる。
「あぁ〜ちょっと通訳を頼みたいだけだ」
「ルーナ、園長のご指名だよ」
サンが呼びかける。
「園長、なんでしょうか?」
ルーナが聞いた。
「カイチの通訳を頼みたい。お願い出来るか?」
「いいんですけど……
カイチさんは、本当は話せるんですよ……」
ルーナが困った顔で呟く。
園長とルーナが、カイチとアンズーのいる厩舎へと向かった。
「カイチ、アンズーいるか?」
「大きな声を出すな……
目が覚めたではないか。
なんのようだ」
カイチがゆっくりと起き上がった。
カイチがルーナの存在に気づく。
「すまんな……アンズーはいないのか?」
隣の厩舎に目をやり、園長が尋ねた。
「……」
カイチは無言で、わからないふりをした。
「カイチさん、アンズーさんはいないんですか?」
カイチを睨みつけ、ルーナが通訳をした。
「アンズーなら見回りにいったのではないか
いつもならもうすぐ帰ってくる頃だ」
カイチが答える。
「見回りにいっているみたいですよ。
もうすぐ帰ってくると言っています」
ルーナが伝える。
「カイチ、エデンの東にある
デュダインと言う場所を知っているか?」
園長が唐突に切り出した。
「カイチさ……」
ルーナが通訳しようと話し始めた声を遮るように
カイチが人の言葉で低く言い放った。
「なぜお前がその地のことを知る必要がある。
人間が知る必要のない場所だ、忘れろ」
「欲しい素材がその地にあるんだ。
その素材で盾を作ってもらう」
園長が事情を語る。
「盾の為に、彼の地に人が入ると言うのか。
ふざけるな!お前たち人間はどれだけ
この世界を、けがせば気が済むんだ」
カイチの声が怒りに震えた。
バサササッ……
巨大な翼を折りたたむ風切り音が響き
ドスン……ザシュッ
重低音とともに、アンズーが舞い降りた。
「おっ、アンズー帰ったか」
「なんだ園長……俺たちになんのようだ」
アンズーが問う。
「アンズー、聞く必要はない
……話は終わった」
カイチが遮った。
「アンズーさんに話は終わったので
聞く必要はないと言っています」
ルーナが通訳した。
カイチがルーナを横目で睨みつけた。
「園長、いいのか?」
アンズーが人の言葉で問いかけた。
「何から話せばいいのか……」
しばらく考え込んでから、園長は重い口を開いた。
「この国が魔獣を迫害しているのは神の意向だ。
俺たちは魔獣と共に歩む道を選んだ」
「ニコはその象徴だと俺は思っている。
しかしニコは『召喚者』だ」
「ニコさんは召喚者なんですか?」
ルーナが驚いたように言った。
「出来ることならずっと隠していたいが
そうもいかなくなった……
ルーナ、まだ他の者には黙っていてもらえるか」
「……はい」
ルーナがゆっくりと頷いた。
「心配するな、我にとって召喚者など
珍しい存在ではない。
今まで何度となく関わってきた……」
カイチが淡々と話した。
「私も転生者なら身近に普通にいたので
異世界人に対する抵抗は全くないです」
ルーナが答える。
「俺は異世界人にはあまりいい思い出はないな……
それでもニコは俺にとって特別な存在だ」
アンズーがぽつりと呟いた。
「お前らに、そう言ってもらえると
ありがたい、感謝する」
園長が深く頭を下げた。
再び、園長が口を開いた。
「召喚に関わっているはずの神が
なぜかニコの存在に気づいていない……
気づかれれば必ず、戦いの場に駆り出される」
「お前たちも知っている
現在の魔獣王、最強の剣士カイロスの
討伐に向かうことになるだろう」
悲痛な顔で、園長が続けた。
「俺は、少しでもニコの力になってくれる者を
増やしていきたいと思っている。
騎士団の者を鍛えているのもその一環だ」
「その為に最強の装備を整えたいと思うのは
悪いことか……?」
しばらく沈黙が続き、カイチが口を開いた。
「わかった……みんなを集めろ。
デュダインには奴がいる……
お前たちでは到底勝ち目はないぞ。
……作戦を練らねばならん」
「デュダイン!
デュダインに行くのか?」
アンズーが目を丸くして驚いた。
「カイチ、自分で持ちかけておいて悪いが……
みんなに危険があるなら無理は
しないでもらいたい」
園長が気まずそうに呟いた。
「わかっている、我はいつも安全第一だ!」
カイチが胸を張った。
「……どの口が」
アンズーが、ぼそっと呟いた。
「なんだ、アンズー」
カイチが睨みを利かせる。
「なんでもない……
俺は奴とは戦いたくないだけだ」
アンズーが渋い顔で言った。
「カイチ、奴とは何者なんだ……?」
園長が静かに尋ねた。
「それはこれから話をする。
とりあえず作戦会議だ」
――――
昼食前の食堂に園長が現れた。
「クルツ、アレン。話がある。
今、大丈夫か?」
園長が声をかけた。
「「はい」」
クルツとアレンが返事をした。
「なんでしょうか?」
クルツが尋ねる。
「帰ってきたばかりで悪いんだが
副庭で、みんなを集めて話がしたい」
「えっ、みんなを集めて話ですか……」
クルツが目を丸くする。
「出来るだけ集めてくれ。
みんなの意見が聞きたい」
「はい、わかりました」
園長が厨房へと歩きだす。
「ルーナ、戻っていいぞ」
「はい」
ルーナが小走りで戻っていった。
「サン、ルーナを借りて悪かったな。
夕食の準備は大丈夫か?」
軽く頭を下げ、園長が声をかけた。
「大丈夫ですよ、助手が二名いますので」
サンがにやりと笑う。
「助手がいるのか……」
園長が厨房を覗き込む。
「ゴリム、ザック!お前たちは
何をやっているんだ……」
「クルツさんにお願いして
連れてきてもらったんですよ」
ロルフが答えた。
「園長……」
ゴリムが園長に助けを求めた。
「……」
園長は無言で状況を確認した。
「園長、コイツら修行もせずハスキーと
遊んでたので手伝わせたんですよ」
自分の名前に反応したクルツが説明する。
「俺たちはちゃんと修行はやってました。
弓がないのでいろいろ工夫していて
ハスキーに気づかれずに近づくことを
思いついたんです」
ザックが弁明した。
「そうです……ハスキーに気づかれてしまい
ハスキーがじゃれついてきただけなんです」
ゴリムがしょんぼりと付け加えた。
「それは仕方ないな……」
園長が呟いた。
「……」
ゴリムとザックは無言でうなだれた。
「園長、何か用があったんじゃないんですか?」
心配そうに、ルーナが尋ねる。
「おっ、そうだった……
サン、副庭で話し合いたいことがある
忙しい中、悪いが集まってもらえるか」
園長が思い出したように切り出した。
「わかりました、食堂のメンバーで
いかせてもらいます」
サンが応じる。
「園長、俺たちもいっていいんですか?」
ゴリムが恐る恐る尋ねた。
「もちろんだ、お前たちにも
協力をお願いするかもしれん
その時はよろしく頼む」
「サン、ベルモットにも声を
かけておいてくれ」
「はい」
――――
副庭へ移動する頃には、空の色はわずかに和らいでいたが
誰の胸からも緊張は抜けていなかった。
石畳を抜け、低木に囲まれたお茶会用の場所へ出る
そこには、丸太のテーブルと切り株の椅子が並ぶ。
目の前の庭は稽古の掛け声や木剣のぶつかる音が響く
修練場へと変わっているが、普段は木漏れ日の差し込む
穏やかな時間が流れる場所だ。
だが今日は違う顔を見せている。
アンズーは庭の外縁に控え、カイチは中央に陣取り
集まった面々が、自然と囲むように円を作っていた。
緊張の空気に包まれ、わずかな呟きが彼方此方
から漏れていた……
「みんな忙しい中集まってもらって申し訳ない
少しばかり時間を使わせてくれ」
園長の声が緊張の空気を破った。
「ニコ、通訳を頼む」
カイチがニコを指名した。
「えっ僕ですか?」
ニコが目を丸くする。
「我は簡単な言葉しかわからん……
真意が伝わらないのは危険だ。
申し訳ないがよろしく頼む」
珍しく、カイチが頭を下げた。
「わかりました。
精一杯やらせていただきます」
ニコが丁寧に承諾した。
「園長、始めろ」
カイチが合図した。
「今日集まってもらったのは
騎士団の三名と魔獣園の四名が
闘技大会に参加を予定していることについてだ」
静かに、園長が切り出した。
「闘技大会の行われるグラディオス領までの道のりも
大会の試練の一つだと言われるほど危険な旅になる。
私としては送り出す以上、最高の装備を整えてやりたい
そのためには素材が必要だと言われた……
みんなには素材集めに協力して欲しい」
「素材集めについてはカイチに一任する。
カイチ、作戦をよろしく頼む」
園長が締めくくった。
カイチは中央に陣取ったまま
集まった面々をその威厳ある単眼で見回した。
そして地を這うような低い声で語り始めた。
ニコはその言葉を一言も聞き漏らさぬよう
緊張の面持ちで通訳を始める。
「我らが目指すは、極寒の冷帯砂漠のさらに奥……
空間が歪むほどの猛吹雪の向こう側にある『見えない領域』だ」
そこは人間には決して視認できぬエデンの東の果て
神話に謳われる不可視の荒野――
その名を『デュダイン(Duidain)』という」
カイチはニコが通訳を終えたことを確認した
静まり返る副庭に、カイチの厳かな説明が続く。
「そこは千の山々が連なる、神に守られし聖なる荒野。
そこに、今回の目的である世界一硬い木
『アイアン・デューク(鉄公爵の木)』の原生林が存在する
だが、そこへ立ち入るということは
その地を統べる絶対的な主と対峙することを意味する」
ニコの慎重な通訳が続く。
カイチは一度言葉を切り、さらに声を落とした。
「その主の名は『ベヒモス』
山のような巨躯を持ち、千の山の草木を
一瞬で喰らい尽くすという陸の覇者だ。
……誤解するな、ベヒモスは本来、残虐な怪物ではない
穏やかな心を持ち、その地に住まう小さく弱い魔獣たちと
餌を分け合い、助け合って暮らす優しき主だ。
『……だが、それゆえに手強い』
ニコがカイチの真意を汲み取り、真剣な声で言葉を繋ぐ。
「侵入できるはずのない人間がその聖域に踏み込めば
ベヒモスは大切な仲間と平穏を守るため
怒りに燃えて猛然と突進してくるだろう。
奴の突進は一国の城壁すら塵に変える質量と破壊力を持つ
だが、我らは戦いに、あるいは奪いにいくのではない。
相手の魔獣を殺すことも、傷つけることも許されん
ベヒモスの猛突進を『傷つけずに受け止め、いなし、我らの真意を伝える』
……それこそが、今回の作戦のすべてだ」
カイチの壮大な説明とあまりにも過酷な「不殺の防衛戦」の全容に
集まった騎士団と魔獣園の面々の間にかつてない重い緊張感が走った。
それは通訳を任されたニコにとっても
今まで経験したことのないほどの重圧感であった。
……そして、この地にはもう一つ。
すべてを切り裂く最高純度の『黒曜石』が眠っている。
第113話
デュダインの主、その名はベヒモス
お読みいただきありがとうございます!
今回は、これまで積み重ねてきたいくつもの伏線が
一つの大きな目的地に向けて収束していく回になりました。
ルーナを通訳に立てながらも
我慢できずに自ら人語で語り出すカイチの姿は
警戒心の強さと、それでも伝えずにはいられない
怒りや誇りの両方を表現したいと思って書きました。
そしてアンズーの「異世界人にはあまりいい思い出はない」
という一言は彼にもまた語られていない過去があることを匂わせる
今後掘り下げていきたい部分です。
デュダインとベヒモスの設定は
この物語の世界観や「共存」というテーマを
象徴する存在として描いています。
単なる「強い魔物を倒す」という展開ではなく
「傷つけてはいけない相手と、いかに戦わずして目的を果たすか」
という構造にすることで、これまでニコたちが積み重ねてきた
優しさや共存の思想を試す試練にしたいと考えました。
最後の黒曜石については、次回お話しできればと思います。
いよいよデュダインへ向けた準備が本格的に始まります。
どうぞ楽しみにしていてください!




