集大成の戦いと弓と盾の指導者 第108話
副庭に、重い空気が沈殿していた。
朝の澄んだ光が地面を照らし、葉擦れの音だけが静かに響く中
二人の魔獣が向き合っていた。
「ガルド、クレイグ。悪いな、残ってしまった……
いつもの集大成のつもりで戦ってくれるか」
クルツが二人を見つめ、静かに告げた。
ガルドは鉾槍を担ぎ、低い重心で構える。
無骨な斧の刃と鉤が朝陽を鈍く反射し
その巨体から放たれる圧はまるで岩壁そのものだった。
対するクレイグは、剣槍を斜めに構え
両刃の長い穂先を微かに揺らしながら間合いを測る。
その目には冷静な光が宿っていた。
「……いくぞ、クレイグ」
「ああ」
「それでは、始め!」
二人は、クルツの合図と同時に動いた。
『ズドンッ!!』
ガルドが一瞬先に地を蹴った。
重い一歩が地面を抉り、鉾槍が横薙ぎに振られる。
斧の刃が風を切り裂き、空気が悲鳴を上げた。
クレイグは即座に半歩引き、剣槍の柄で受け流す。
『ガッキンッ――!!』
金属が軋む。受け流したはずの衝撃が
クレイグの両腕に走り、足元の地面がわずかに震えた。
(重い……!)
だがクレイグはそこで止まらなかった。
受けた勢いを利用し、手首を返す。
両刃の特性を活かし、裏側の刃が下から跳ね上がるように
ガルドの脇腹を狙う。
『ヒュンッ!』
ガルドは体を捻り、鉾槍の柄で叩き落とす。
『ガキンッ!』火花が散る。
『ガキィンッ!』
副庭に二つの戦いの重い衝撃が、空気を震わせながら重なる。
クルツとベイルの盾と剣が激しく交差した。
ベイルが必死に食らいつく気配と
クルツがそれをさらに上から叩き込む気迫が
はっきりと伝わってきた。
隣では、ルーナの獣じみた俊敏な動きがザックを翻弄し
風を切る音が連続している。
ザックが粘り強く持ちこたえる息遣いと
ルーナがさらに速度を上げる気配が
肌に刺さるように感じられた。
さらにその向こうでは、アカネとカイルの木剣が
乾いた音を立てて打ち合っている。
似た者同士が本気でぶつかり合う熱が
地面を通じてわずかに震えていた。
(……みんな、本気だ)
ガルドの目が、わずかに鋭くなった。
(俺たちも、引けねえ)
クレイグの呼吸が、一段深くなった。
(この熱に、負けるわけにはいかない)
二人の動きが、さらに激しくなる。
ガルドが低く唸り、鉤をクレイグの剣槍に絡めようと突き出す。
クレイグは素早く柄を回し、絡め取られる前に距離を取った。
長いリーチが活きる。
クレイグが一歩踏み込み、連続の突きを放つ。
『シュバババッ!』
鋭い穂先がガルドの胸、肩、喉元を連続で突く。
ガルドは鉾槍を縦に構え、重い刃でそれを弾き返す。
『ガキンッ! カァンッ! ガッキンッ!』
金属音が副庭に連続して響く。
だがガルドの防御は、ただ受けているだけではなかった。
弾いた拍子に鉤を滑らせ、クレイグの柄に絡める。
『グイッ!!』
強烈な引きが走る。
クレイグの体が前へ引きずられそうになる。
しかしクレイグは逆らわず、逆に踏み込んだ。
柄を短く持ち直し、近距離用の握りに変えると
肘を支点に短い一撃を放つ。
『ドンッ!!』
柄尻がガルドの腹に食い込む。
ガルドの動きが一瞬止まった。
その隙をクレイグが逃さない。
剣槍を大きく回し、遠心を乗せた横薙ぎを放つ。
『ゴォォォンッ!!』
風圧が地面の砂を巻き上げる。
ガルドは強引に鉾槍を交差させ、正面から受けた。
『ギィィィィンッ――!!』
両者の腕が震え、足元の地面に亀裂が走る。
ガルドが歯を食いしばり、全力で押し返す。
超重量の力比べが始まった。
筋肉が膨れ上がり、二人の魔獣の体から湯気が立つ。
地面が『グシャッ』と沈み込み、周囲に小さな土煙が舞う。
「ゴフォゴフォ」
クルツが咳払いをし……終わる気配のない
ガルドとクレイグの模擬戦に目を移した。
「どうしたんだアイツら……。
なぜ、こんなに体力が続くんだ!」
クルツが不思議そうに声を上げる。
その声に引き寄せられるように
模擬戦を終えた者たちが釘付けとなる。
そこには、息を呑むような壮絶な戦いが広がっていた。
「ガルドとクレイグさんは、僕と一緒に毎日
走り込んでいましたから、当然じゃないですか」
ニコが淡々と告白する。
「いつからだよ……」
クルツが呆れたように聞き返す。
「剣の修行を始めた時に、自分たちは体力的に
劣っていると気づいたんです」
ニコが静かに話を続けた。
「確かに……最初は素振りだけで息が上がってたな……」
クルツが昔を思い出しながら呟く。
「このままではクルツさんの指導に
ついていけないと思ったんです」
ニコはまっすぐ前を見据えてそう言った。
「そうだったのか……」
「あそこで弓の練習をしているゴリムさんも
途中からですが参加してますよ」
ニコが副庭の隅で的に向かって弓を射るゴリムに視線を向けた。
ゴリムの姿を一瞥し、サイラスが面白そうに口を開く。
「おいザック。あそこで弓を引いている方に
弓の基本を教えてやってくれないか」
「えっ副隊長、なんで俺が教えるんですか……?」
ザックが嫌そうな顔をして聞き返す。
「お前はうちの斥候みたいなもんだ。
それに弓の腕も確かだろ、適任じゃないか」
サイラスは一切引き下がる気配を見せない。
「教えるのはいいですけど……
俺自身の修行はどうなるんですか?」
ザックは観念したように肩を落とした。
「一日中ずっと修行するわけじゃない、大丈夫だ。
ですよね……クルツ殿?」
サイラスが唐突に話を振る。
「は、はい、その通りです」
クルツも慌てて肯定した。
「……」
ザックは無言でクルツに視線を向ける。
「じゃあ決定だな! 頼んだぞ、ザック!」
サイラスは朗らかな笑顔で話をまとめた。
「……はい、わかりましたよ」
ザックは渋々と了承した。
視線が集中したそのとき――鋭い金属音が耳を劈く。
『ドゴォォォンッ!!』
ガルドが鉤を外すと同時に、斧の刃を上から振り下ろした。
クレイグは剣槍を縦に構え、必死に受け止めた。
膝が沈み、両腕が軋む。
(重い……重すぎる……!)
しかしクレイグは耐えた。
耐えたまま、手首を返す。
両刃の裏側が、ガルドの首筋を掠める軌道を描く。
ガルドは咄嗟に体を引き、紙一重で回避する。
二人は同時に距離を取り、荒い息を吐きながら再び対峙した。
汗が石畳に落ち、朝の空気を白く濁らせる。
ガルドが鉾槍を担ぎ直す。
クレイグが剣槍の穂先を揺らし、間合いを探る。
周りから響く激しい剣戟の音が、二人の背中をさらに押していた。
力と技巧、重量とリーチ。
全く異なる武器と体格がぶつかり合い
副庭に長く、激しい剣戟が響き続けた。
やがて――
両者の動きが、わずかに鈍り始める。
それでも二人は、剣を下ろさなかった。
「終わりだ! 」
クルツの声が副庭に響き渡り
木剣が止められた。
その声が落ちたあと、止めたはずの剣先が
わずかに震えていた……
荒い呼吸だけが、その場に残る。
「二人とも剣を下せ!」
「いい判断ですね……クルツ殿」
サイラスが呟いた。
二人はぴたりと動きを止め、剣を地面に突き立てたまま
荒い息を沈めながらしばらく動けないでいた。
「ガルドさん、クレイグさん……大丈夫ですか?」
ニコが心配して近づいて来た。
「だ……大丈夫……だ」
ガルドが絞り出すよう答えた。
「あぁ……俺も大丈夫だ」
クレイグも遅れて答える。
「よかったです……」
ほっとしたようにニコが言った。
「ガルド、クレイグ! 立派な集大成だったぞ」
クルツが満足そうに声をかけた。
「「ありがとうございます」」
ガルドとクレイグが深く頭を下げる。
「クルツさん、彼ら選抜戦の時より
さらに強くなられましたね」
サイラスが感心したように言った。
「そうですね……。私もうかうかできませんね。
腕力では、到底かないませんから……」
クルツが本心から呟く。
「お前らも、しっかり修行に励まないと
闘技大会で、また彼らに負けてしまうぞ」
サイラスがベイルたち三人に告げた。
「はい、わかっております。
我ら三人、領主様のご意向に応えるよう
精一杯、精進いたします」
ベイルが姿勢を正し宣言した。
「「精一杯、精進いたします」」
ザックとカイルが続いて宣言した。
「これで私は、心配なく騎士団に戻れるな」
サイラスが突然告げた。
「えっ副団長!もっ、もう帰られるんですか?」
ベイルが驚いたように声を上げた。
「団長に釘をさされておるからな……。
園長に挨拶して帰らせてもらう」
サイラスが答えた。
(団長。グッジョブ!)
ザックが心の中で呟いた。
「ザック、なんだか嬉しそうだな……」
サイラスが不機嫌そうに睨む。
「いえ、副団長が帰られたらどうしようかと
ずっと不安だったんです」
ザックが咄嗟に言い訳する。
「そうですよ……三人でどうやって
こちらの方々と接していけばいいのか
考えていたんです……副団長のおかげで
上手くやっていけそうな自信がつきました。
ありがとうございます」
カイルが三人の思いを説明した。
「「ありがとうございます」」
ベイルとザックが頭を下げて礼を言った。
「まぁいい、そういうことにしといてやる」
サイラスが呆れたように応じた。
「サイラス殿、園長に挨拶にいかれましたら
ベイルさんの盾の修行を見てやってほしいと
言ってもらえないですか?」
クルツがお願いした。
「えっ、それはどういうことですか?」
サイラスが問い返した。
「私の盾は、小さく素早い動きで戦うための盾です。
ベイルさんの盾は、大きくどっしり構えて戦う盾です。
園長も大きな盾を使う剣士ですので、ベイルさんに
教えるのであれば園長が適任だと思っています」
クルツが丁寧に説明した。
「そういうことですか……。
わかりました、お願いしてみます」
サイラスが了承した。
「ありがとうございます」
クルツが頭を下げた。
「ベイルさん、よかったですね。
ヴァルド様に盾を教わるなんて
滅多にないことですよ……。
ほんと貴重な経験になりますね」
カイルが興奮した様子で言った。
「あぁ~そうだな。
なんだ緊張してきたぞ……」
ベイルが呟いた。
「ベイルさんだけいいなぁ〜」
ザックが羨ましそうに呟いた。
「みなさん、そろそろ朝食の時間です。
食堂に急ぎましょう」
クルツが声をかけた。
一行は朝の修行を切り上げ
食堂へと向かって歩き出した。
朝の光が差し込む廊下を進みながら
ベイルは、まだ半分落ち着かない様子で
自分の盾に視線を落としていた。
「ヴァルド様……か」
その呟きに、カイルが横から肩を叩く。
「頑張ってくださいよ、ベイルさん」
「……ああ」
ベイルは小さく頷き、それでも
どこか誇らしげに、廊下の先へと足を進めた。
第108話
集大成の戦いと弓と盾の指導者
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、ガルドとクレイグの「集大成」となる
模擬戦から始まり、朝の修行の締めくくりまでを
一つの話としてまとめました。
二人の死闘は、これまでの積み重ねの
一つの到達点として描きたいと思っていました。
鉾槍と剣槍、重量と技巧――異なる武器を持つ二人が
真正面からぶつかり合う様子を、できるだけ
熱を込めて書いたつもりです。
そして、ニコが明かす「走り込み」の理由。
派手な戦闘シーンの裏側にある、地道な努力の
積み重ねを、少しでも感じていただけたら嬉しいです。
後半は一転して、サイラスの帰還という
展開に移りました。「団長に釘をさされておるからな」
という一言に、彼の奔放さがようやく
コントロールされたという裏事情を
込めています(笑)。
ザック、カイル、ベイルがそれぞれの本音を
明かす場面では、彼らがサイラスの存在に
どれだけ支えられていたかを描きたいと思いました。
そして最後は、ベイルが園長――ヴァルド様に
盾の指導を受けることになるという新展開。
「なんだ緊張してきたぞ……」というベイルの
素直な反応から、彼のこれからの成長を
楽しみにしていただけたら幸いです。
引き続き、よろしくお願いいたします!




