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【現役料理人が執筆】名を呼ばれた日、進化が始まった 〜召喚レッサーパンダの魔獣物語〜  作者: 幸辰


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割り切れない想いと進化の質 第102話

早朝の訓練場から、木剣が激しくぶつかり合う音や

団員たちの威勢の良い掛け声が響いてくる。


その喧騒に隣接する騎士団宿舎の一画。

厚い壁に隔てられたその医務室の中だけは

外の喧騒とは切り離されたかのように、静まり返っていた


薬草の匂いが漂い、窓から差し込む光が

白い壁を柔らかく照らしている。


「副隊長。お疲れ様です」

椅子から立ち上がり、アルシアが軽く頭を下げた。


「お疲れ様。いつも世話になるな」

サイラスが部屋に入りながら答える。


「ベイルさんのことでしょうか」

アルシアが先に口を開いた。


「……相変わらず察しがいいな」

サイラスがふっと口角を上げる。


「それで、いつ退院できそうか?」


「今すぐでも構いません」

アルシアは落ち着いた声で答えた。

「通常の検査は全て終わっています。

数値も問題ありません」


「そうか」

サイラスが短く頷く。

「注意することはあるか?」


「実戦での身体の動きは、こちらでは確認できません」

アルシアは一拍置いて続けた。

「実際に動かしてみて、違和感があればすぐに

こちらへ連れて来てください。対応します」


「了承した」

サイラスの目が少し細くなる。

「こちらとしても早く実戦をやらせたい。

すぐに動きを確認するつもりだ」


「構いません」

アルシアは静かに頷いた。


そして、少しだけ声のトーンを落として付け加えた。

「……ただ、無理をさせすぎないでください。

身体は正直ですので」


サイラスはその言葉を聞き、アルシアを一瞥した。

「肝に銘じておく」


短いやり取りだったが

それだけで十分だった。


ーーーー


「ベイル、入るぞ」

短く告げて、サイラスが扉を開けた。


「副隊長。……お入りください」

ベッドの上で書類に目を通していたベイルが

慌ただしく姿勢を正す。


サイラスは室内を見回し

ベッドの脇に置かれた椅子を引き寄せた。

「調子はどうだ?」


「医務官のおかげで、全く異常はありません。

元の状態に戻っていると思います」

ベイルはそう言って、快活な笑みを浮かべてみせた。


その表情に以前のような翳りがないのを見て

サイラスもようやく肩の力を抜く。


「そうか。先ほど医務長と話をして

正式に退院の許可をもらった」

サイラスが告げると、ベイルの瞳がぱっと輝いた。


「おまえの準備ができ次第、退院していい。……問題はないな?」


「はい!」

ベイルは迷いなく即答した。

「俺は、いつでも大丈夫です」


「副隊長、帰りにこの書類を医務官へ渡していただけますか」

ベイルがベッドサイドの卓上から、一通の封筒を差し出した。


「退院の書類か?」


「そうです。俺、荷物をまとめたらすぐに訓練場へ顔を出しますので。

よろしくお願いします」


サイラスは封筒を受け取り、力強く頷いた。

「わかった。訓練場で待っているぞ」


ーーーー


訓練場の片隅では、カイルとザックが木剣を手に

休憩がてらひそひそと話していた。


「カイル、副隊長はベイルさんのところへ行ったんだろうな」

ザックが言った。


「ああ、そうだろうな……。領主様も隊長も随分と

急いでいるみたいだし、副隊長も板挟みで大変だよな」

カイルは遠くを見つめながら溜息をついた。


「俺は楽しみで仕方ないぜ。強くなるには近道だろ?」

ザックが屈託のない笑顔を見せる。


「俺だって強くなりたくないわけじゃない。だが……なんで俺たちが

魔獣のために偵察なんてしなきゃならないんだ」

カイルは納得いかない様子で、地面に視線を落とした。


「お前、まだそんなこと言ってんのか。ここは割り切ろうぜ。

偵察の任務があったからこそ、こうして闘技大会への道が開けたんだろうが」

ザックが確信をつくと、カイルは押し黙った。


「そうだな……。偵察の件がなければ

俺たちにこんなチャンスは巡ってこなかっただろうな」

頭では理解していても、心のどこかで腑に落ちない部分があるようだ。


その時、鋭い怒声が二人の背中に突き刺さった。


「おい! 訓練中に気を抜く余裕があるなら、今すぐここから出ていけ!」

部隊長ガッシュの怒声が、訓練場に響き渡った。


空気が一瞬で張り詰める。


「「……申し訳ありませんでした!」」

二人が背筋を伸ばし、深く頭を下げる。


ガッシュはしばらく二人を見据え――

やがて、小さく息を吐いた。


「……わかればいい。お前たちをこんな任務に

向かわせることには俺も忸怩たる思いがある。

だが、与えられた場所でしっかり修行して

必ずいい結果を持って戻ってこい」


その言葉に含まれた重みと温かさに、二人は再び深く頭を下げた。


「「部隊長……ありがとうございます!」」


――――


「副隊長、お帰りなさい! ベイルの具合はいかがですか?」

訓練場の入り口でサイラスの姿を見つけるなり

ガッシュが駆け寄ってきた。


「ガッシュ。訓練を、お前に任せきりになってしまいすまない」

サイラスはそう言ってから、続けた。

「あいつなら退院の許可が下りたぞ。もうすぐここへ来るはずだ」


サイラスが礼を述べると、ガッシュは大きく首を振った。


「私なら大丈夫です。それより、領主様と隊長がお急ぎのようです。

早く向かってください」


「そうか……また催促か」

サイラスが困惑した表情を浮かべる。


「ベイルが戻ったらすぐに実戦訓練を行い

動きを確認しろ。私が戻る頃には魔獣園へ出発できるはずだ。

三人には、準備を整えるよう伝えておけ。いいな」

サイラスはそう言い残すと、領主邸へ向けて駆け出した。


「はい。了承しました」

ガッシュは敬礼し、その背中を見送った。


――――


領主邸の応接室。


「アルフレッド殿、リオネル様はどちらに?」


サイラスが問うと、執事のアルフレッドは静かに一礼した。


「すでにこちらでお待ちでございます。

……リオネル様、サイラス様がお越しになりました」


「入れ」


サイラスは扉を開け、深々と頭を下げた。

「リオネル様、隊長。遅くなり申し訳ありません」


「構わん。現在の状況を説明せよ」

リオネルが低く告げる。


「ベイルは退院いたしました。

現在、訓練場で最終確認を兼ねた実戦訓練を行わせています。

問題なければ、ただちに魔獣園へ出発可能です」


「そうか。では、すぐに出発の準備に取りかかれ」


リオネルの言葉に、サイラスは一歩前に出た。

「すでに指示は出しております。……それと

今回は私も同行させていただきたいのですが

よろしいでしょうか」


ヴァンデル隊長が険しい顔で即座に反応した。

「副隊長、お主が行く必要があるのか?」


「騎士団の代表として、魔獣園の方々へ改めて

正式な挨拶をして参ります。ご許可をいただきたく存じます」

サイラスが取り繕うように答える。


「それなら、隊長の私が行かねばならんだろう」


ヴァンデルが真っ向から拒絶すると、サイラスは額に汗を浮かべた。

「い、いえいえいえ……! 隊長が出向かれるほどのことではございません。

私めが顔を出せば済む話でございますので……」


ヴァンデルは目を細め、サイラスの心を見透かすように言った。

「……もしやサイラス、お前、修行に参加するつもりではなかろうな」


「め、滅相もございません……! そのようなこと

これっぽっちも考えておりません……」


サイラスの焦りようを見て、リオネルがふっと口元を緩めた。

「よいではないか、サイラス。お前もその目で見て

剣術を磨いてくるがいい。それが我が領土の力となろう」


サイラスは目を見開いた。

「……ありがたきお言葉。そのご期待、決して裏切りませぬよう

魔獣園の地で己を極限まで追い込み、強固な盾となって

帰還することをお誓いいたします」


「くれぐれも偵察の件を魔獣園の方にばらさぬように

口止めはしっかりしておいてくれ。良いな」

リオネルが固く口止めを依頼した。


「はい。わかっておりますので、ご安心ください」

サイラスは深く一礼すると、逸る心を抑えながら

静かに部屋を後にした。


ーーーー


「みんな、出発するぞ! 準備はいいか?」

サイラスが上機嫌で確認した。


「副隊長。大丈夫です」

荷車に乗り込みながら、ベイルが答えた。


「俺も大丈夫です」

カイルもそれに続いて乗り込む。


「みんな、遅いぞ! 早く行こうぜ」

すでに乗り込んでいたザックが急かした。


「よし、出発だ!」


シュッ! パチン!


サイラスがヒッポスに鞭を入れる。


ギギッ……ゴトゴト……


ゆっくりと荷車が動き出した。


「……ザック、なんで副隊長が御者台にいるんだ」

カイルが小声で問う。


「知らねぇよ。俺が来た時にはもう座ってたぞ」

ザックが肩をすくめた。


「おまえら、声がでかいぞ」

ベイルが振り返って小声で注意する。


「……で、なんであんなに上機嫌なんだ?」

そう続けて、自分も声を潜めた。


三人の視線が、荷車の先頭でヒッポスを操る

サイラスの背中に集まる。


鼻歌でも歌い出しそうなその後ろ姿は

普段の副隊長からは想像もつかない。


「俺は、なんとなく想像はつくけどな」

ザックが自信ありげに言った。


「えっ、なんでだよ。教えろよ」

カイルが身を乗り出す。


「きっと、俺と同じだよ」


「おまえと……一緒?」

ベイルが眉を寄せた。


ザックはニヤリと笑い、声をさらに落とした。


「剣術バカの副隊長は――

修行に参戦するつもりだよ」


「「参戦!?」」


ベイルとカイルの声が、思わず重なって響いた。


「うるさいぞ、お前ら」

前方から、サイラスの声が飛んでくる。


三人は慌てて口をつぐみ、顔を見合わせた。

荷車は、そのまま北へと進んでいく。


ーーーー


「副隊長。途中、俺の故郷で休憩してもらえませんか?」

カイルが言った。


「そうだな、休憩はリム村だな」

サイラスが同意した。


しばらく走り続けて、リム村に到着した。


木の柵に囲まれた、素朴だが温かみのある村。

畑の緑と、点在する家々の煙突から立ち上る煙が

のどかな空気を作っている。


「隊長。少し待ってもらっていいですか?」

カイルが言った。


「おう。行ってこい」

サイラスが言った。


カイルは荷車を降り、見覚えのある小道を

足早に歩いていく。


「カイル! どうしたんだい?」

外で作業していた母が、驚いたように顔を上げた。


「俺、魔獣園で修行することになったんだ」

カイルが告げた。


「魔獣園で修行? そうかい、それなら安心だ」

母が笑顔で言った。


(安心……魔獣園で修行なのに)


カイルは内心で首をかしげたが、口には出さなかった。


「魔獣園の方には、いつも助けてもらって

感謝しかないよ」

母がしみじみと言った。


「今、副隊長と仲間が一緒なんだ。

休憩させてもらってもいいか?」

カイルが言った。


「もちろんだよ。お茶の用意するから、連れてきな」

母は手を止め、前掛けで手を拭きながら

家の方へ振り返った。


――――


カイルに案内され、サイラス、ベイル、ザックが

村の小さな家の前に立った。


「初めまして。カイルの母です。

むさ苦しい家ですが、どうぞ」

母が深々と頭を下げる。


「これはご丁寧に。副隊長のサイラスです」

サイラスが軽く一礼した。


「ベイルです」

「ザックです」

二人も続いて名乗る。


「まぁまぁ、みなさん立派な騎士様で……」

母は嬉しそうに目を細め、家の中へ招き入れた。


木のテーブルを囲んで、四人が腰を下ろす。

しばらくすると、湯気の立つ紅茶と

小皿に山盛りのクッキーが運ばれてきた。


「お口に合うかわからないけど、召し上がって」


「いただきます」


サイラスが一枚手に取り、口に運んだ瞬間

目を見開いた。


「……これは」


ザックも一枚頬張り、驚いた顔をする。

「うまっ……! なんだこれ、サクサクしてるのに

バターの香りがすげぇ」


「俺も初めて食べます……」

ベイルも感嘆の声を漏らした。


カイルは母を見た。

「母さん、これいつも作ってるやつだよな?」


「ああ、そうだよ」

母は誇らしそうに頷いた。


「実はね、このクッキーの作り方

魔獣園のカイさんに教えてもらったんだよ」


「えっ……」

カイルが手を止める。


「カイさんに?」


「そうだよ。ずいぶん前にね、材料の配合から

焼き方まで、丁寧に教えてくれてね」

母は懐かしそうに目を細めた。


「それからずっと、うちの定番の味になったんだよ」


カイルは、小皿の上のクッキーを見つめた。


(……そうだったのか)


子供の頃から当たり前のように食べていた味に

そんな繋がりがあったとは知らなかった。


「魔獣園には、ほんとうにいろいろと

お世話になってばかりだよ」

母がしみじみと繰り返す。


サイラスはもう一枚クッキーを手に取りながら

静かに呟いた。


「……魔獣園、か」


その声には、これから向かう場所への

期待と、少しの緊張が滲んでいた。


休憩を終えて外に出ると、大きなアルクトス・ベアが

小さな子供を乗せて歩いてきた。


「カイルの兄ちゃんじゃないか? どうしたんだ」

アレンの甥っ子、フィンが声をかけてきた。


「おぉ、フィンか。元気そうだな。

そっちはクーだな、大きくなったなぁ〜」

カイルはクーモンを見上げて言った。


「カイルも、げんきか?」

クーモンが、たどたどしく口を開いた。


「……今! クーが喋ったのか!?」

カイルが目を丸くして声を上げた。


「ははは、そうだよ。クーモン、喋れるんだよ」

フィンが得意げに言った。


「喋ったって、そんな簡単に言うけど……」

カイルが呆然と呟く。


「兄さんが、ニコさんに名前つけてもらうと

喋れるようになるって言って、つけてもらったんだよ」

フィンが説明した。


「ニコって……あいつか。名前って

……そんなに簡単に喋れるようになるものなのか?」

カイルが混乱した様子で言った。


「喋れるし、立って歩くこともできるよ」

フィンが胸を張って答える。


クーモンも自慢げに、ゆっくりと二本足で

立ち上がって見せた。


「カイル、急げよ! 出発するぞ」

サイラスの声が遠くから飛んでくる。


「はい、すぐ行きます!」

カイルは慌てて振り返った。


「フィン、急ぐんだ。またな」


「うん、またね! クー、バイバイって言いな」


「ばいばい……!」


クーモンが前脚を小さく振る。

その仕草に、カイルは思わず頬を緩めた。


――――


荷車へ駆け戻ると、すでに三人が

乗り込んで待っていた。


「悪い、待たせた」

カイルが息を切らしながら乗り込む。


「なんだよ、随分嬉しそうな顔してるな」

ザックがからかうように言った。


「……いや、なんでもない」

カイルはそう言いながらも、口元の緩みを

隠しきれずにいた。


「よし、今度こそ出発だ!」


サイラスが声を張り、ヒッポスに合図を送る。


シュッ! パチン!


ギギッ……ゴトゴト……


荷車は再びゆっくりと動き出し

リム村の景色が、少しずつ後ろへ流れていった。


木々の緑が濃くなり、道が緩やかに

北へと続いていく。


魔獣園までは、もう遠くない。


ーーーー


バサササッ……


巨大な翼を折りたたむ風切り音が響き


ドスン……ザシュッ


静寂の副庭へ、アンズーが重低音とともに

舞い降りた。


昼前、北の地の偵察からアンズーが戻ってきたのだ。


「戻ってきたな……」

カイチが低く呟き、ゆっくりと厩舎から動き出す。


「アンズー。ちょっといいか?」

カイチが声をかけた。


「なんだ……大丈夫だ、言ってくれ」

アンズーが翼を畳みながら応じる。


「最近、体がなまってきた。昼食の後に

準備運動がてら、おまえと模擬戦がしたい」

カイチが切り出した。


「えっ……なんだと!?」

アンズーが目を見開く。


「負けるのが怖いのか?」

カイチが挑発するように鼻を鳴らした。


「そんなわけあるか! 俺はおまえと違って

いつも鍛えているんだぞ」

アンズーが憤然と言い返す。


「なら、いいんだな」

カイチが静かに念を押す。


「おぉー、望むところだ!」

アンズーが翼を大きく広げ、答えた。


ーーーー


ゴリムがヴォルンに羽根を預け、しばらく

手伝いをしてから鍛冶工房を後にした。


「ゴリム。」

本館に向かう途中、低い声が耳に入った。


「あっ、カイチさん。なんですか?」

ゴリムが足を止めて近づく。


「昼食後に羽根が手に入るぞ。

副庭にみんなを集めてこい。いいな」

カイチが告げた。


「ほんとですか? ありがとうございます」

ゴリムはぱっと表情を明るくし、深く頭を下げた。


ゴリムが食堂に入ってきた。


食堂に入ると、いつものざわめきと匂いが迎えてくる。

ゴリムは自然とニコたちのテーブルへ向かい、席に着いた。


「ゴリムさん、素材集め順調ですか?」

ニコが尋ねた。


「順調だ。弓用の樫の木は、もう見つけてある」

ゴリムが答える。


「アレンさん」

ゴリムはそのまま切り出す。

「ヴォルンさんから、樫の木の伐採をクルツさんとアレンさんに

お願いするよう言われたんですが……お願いできますか?」


「おお〜いいぞ、任せとけ。案内は頼むぞ」アレンが軽く笑って応じる。


「ありがとうございます。

目印はつけてあるので、案内は任せてください」

胸を張るゴリムに、ニコがくすっと笑う。


「あと、羽根なんですが……カイチさんがどうにかしてくれるそうで。

昼食後、副庭に集まるようにと」


「カイチが……」アレンがわずかに眉を寄せた。「なんだか嫌な予感がするな」


「昼食後、みんなにお願いしてもいいですか?」


「ああ〜いいぞ。

園長にも力になるように言われてるしな」

アレンが了承した。


――――


副庭にぞろぞろと魔獣たちが集まってくる。

すでに広場には、カイチとアンズーが

向き合うように立っていた。


「おお〜来たか」

カイチが軽く鼻を鳴らす。


「カイチさん、これから何が始まるんですか?」

ゴリムが尋ねた。


「何がって、我がアンズーの羽根を

剥ぎ取るに決まっているだろう」

カイチがさも当然のように言った。


「えっ! 剥ぎ取るんですか!?」

ゴリムが驚きの声を上げる。


「クルツ。立会いを頼めるか」

カイチが指名する。


「おお〜いいぞ。模擬戦でいいんだな」

クルツが応じた。


「あぁ、それで構わん。アンズーもいいな」

カイチが確認する。


「大丈夫だ」

アンズーが低く答えた。


ーーーー


ちょうどその頃、騎士団の一行が

魔獣園に到着した。


副庭の騒ぎに気づき、荷車を降りて

足を運んでくる。


「サイラス殿。もう来られたんですか」

クルツが声をかけた。


「領主様のご指示に従い、

急いで参らせていただきました」

サイラスが丁寧に答える。


「そうですか……」

クルツが少し困った顔をした。


「これは、何の騒ぎですか」

サイラスが二体の神話級魔獣を見上げて言った。


「これから、この二体の模擬戦が行われるんです。

これが終わり次第、園長に面会していただきますので

よろしいでしょうか」

クルツが申し訳なさそうに告げる。


「模擬戦! もちろん構いません。

私たちも観戦よろしいですか?」

サイラスは子供のように目を輝かせて言った。


ーーーー


「合図はコイントスにする。

地面に落ちた瞬間が開始の合図だ」

クルツが淡々とルールを告げた。


クルツが硬貨を弾いた

『ピンッ……』

硬貨が高く舞い上がっり


『チリン……』

乾いた音を立てて地面を転がった。


その刹那、静寂は粉砕された。


カイチが地を蹴った。数千の筋肉が同時に唸りを上げ

その漆黒の巨躯が砲弾のごとき速さで突進する。


角が空気を切り裂き、轟音を伴ってアンズーの胸元を狙った。

「グルァッ!」


アンズーは退かない。翼を大きく広げ

強風を巻き起こしてその場から垂直に跳躍した。


カイチの突進はアンズーの足下をかすめ

地面を抉って砂塵の壁を作り上げる。


「――速い……!」

クルツが感嘆の声を漏らした。


カイチは勢いを殺さぬまま軸足を捻り、地を削って反転。

その角を旋風のように振り抜く。


だがアンズーは、重力を無視するかのように空中で制動をかけ

鋭い鉤爪を突き出した。

ガキィンッ!!


金属同士がぶつかり合うような衝撃音が響き

火花が副庭を照らした。角と爪が噛み合い

二体の神話級魔獣が互いの膂力をぶつけ合う。


地面がミシミシと悲鳴を上げ、二体の周囲の砂が円状に吹き飛んだ。


(……アンズーめ、強くなったな)

カイチの胸中に、戦慄にも似た驚きが走る。


同じニコの名を受け、同じく進化を遂げたはずだった。

だが、今のアンズーが繰り出す爪の一撃、翼のしなやかさは

明らかにカイチがかつて刻んだ限界の壁をやすやすと突き破っている。


アンズーの進化の質は、明らかにカイチのそれを凌駕していた。


「グオオオオッ!」

アンズーが咆哮とともに翼を叩きつける。その風圧に押され

カイチがわずかにたじろいだ。


アンズーはその隙を見逃さず

翼を折り畳んで体重を乗せた鋭い体当たりを叩き込む。


重厚な衝撃がカイチの全身を襲う。

角で受け流したものの、足元が泥のように崩れ

カイチは膝を突きかけた。


しかし、二体の体はすでに限界に近かった。

互いの熱気で砂が熱を帯び、汗が滴る。


カイチの荒い息が周囲の空気を震わせ

アンズーの羽ばたきは先ほどまでの神速を失い

断続的な重い音へと変わっていた。


(……これ以上は危険だ)


両者の動きに、あきらかな鈍りが生じている。

角の鋭角も、爪の速さも、精緻な制御を欠き始めていた。

一瞬の判断ミスが、取り返しのつかない肉体への損傷を招く。


「そこまでだ!」

クルツが地を蹴り、砂塵の中へ飛び込んだ。

二体の魔獣の間に割って入り、両手を広げて制止する。


「勝敗つかず、引き分けとする! 両者、体力の消耗が激しすぎる。

これ以上の交戦は怪我の恐れがある、引け!」


その声に、カイチとアンズーは同時に動きを止めた。

荒い息遣いだけが、静まり返った副庭を支配する。


「……ちっ」

アンズーが不服そうに翼を震わせ、舌打ちをする。

だが、その瞳には高揚した灯が残っていた。


「……悪くない、動きだった」

カイチは肩で激しく息をしながら、低く唸った。

その視線はアンズーの背中に向けられ

どこか誇らしげな色が混ざっていた。


観戦していたサイラスたちは

あまりの次元の違う戦いに言葉を失っていた。


「な……なんという戦いだ……」

サイラスが震える声で呟くのが精一杯だった。

神話級と呼ばれる二体の魂がぶつかり合う光景は

もはや生物の域を超え、自然災害の激突のようであった。


副庭には、二体の熱い呼吸と、興奮冷めやらぬ者たちの熱気が

しばらくの間響き続けていた。


「ゴリム。何をしている、早く羽根を集めろ」

カイチの声が、副庭の興奮に終止符を打った。


「あっ、はい! みなさん、羽根を集めてもらえますか」

ゴリムがはっと我に返り、周囲に声をかける。


「おお〜任せろ」

ガルドが真っ先に動き出した。


その後を追うように、魔獣たちが

次々と副庭に散らばっていく。


サイラスが、まるで戦いの傷跡を確かめるように

落ちた羽根を一枚一枚拾い始めた。


「サイラス殿。集めなくていいですよ」

クルツが困惑した様子で声をかける。


「いえ、やらせてください」

サイラスは羽根を見つめたまま、静かに答えた。


「これほどの戦いの後です。

私も、この目で見たものの余韻に

触れておきたいのです」


その顔は、先ほどまでの取り繕った

笑みではなく、どこか真剣なものだった。


クルツはそれ以上何も言わず

ただ小さく頷いた。


サイラスは腰をかがめ、羽根を一枚拾い上げると

その質感を確かめるように指先で撫でた。


(……これが、あの化け物同士の戦いの証か)


軽く、しなやかで、それでいて確かな強度を持つ羽根。

この魔獣園という場所の底知れなさを

サイラスは改めて肌で感じていた。


周りではベイル、カイル、ザックも

戸惑いながらも羽根集めに加わっている。


「なぁ……副隊長、なんか嬉しそうだな」

ザックが小声でカイルに耳打ちする。


「言うなよ……俺も同じこと思ってた」

カイルが苦笑いで返した。


先ほどまでの緊迫した空気が嘘のように

和やかな騒がしさへと変わっていった。


「……俺は、嵌められたのか……」

アンズーの呟きは、誰の耳にも届かなかった。

第102話

割り切れない想いと進化の質

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


今回は騎士団側の視点から始まり

リム村での意外な繋がりそして後半はカイチとアンズーの

本気の模擬戦と盛りだくさんの一話になりました。


道中、カイルの故郷であるリム村に立ち寄る場面では

あの日常的に食べていたクッキーが実は

カイさんの教えだったという事実を

カイル自身が知る流れにしました。

この作品の裏側で、カイという人物が

色々な場所に痕跡を残していることを

少しずつ積み重ねていけたらと思っています。


そしてクーモンの再登場! 

59話の壮絶な戦いを経て名を得た彼が

こうして日常の中で立って歩き

言葉を交わせるようになっている姿を

書けて、個人的にとても嬉しかったです。


後半のカイチとアンズーの模擬戦

今回一番力を入れて書いた場面です。

同じニコの名付けを受けた二体でありながら

進化の質に差が出ているという展開は

今後の「名付け」というテーマにも繋がる

重要な伏線だと思っています。

カイチが素直に「悪くない動きだった」と認める場面

書いていて気持ちよかったです。


そして最後はサイラスの羽根拾い。

剣術バカとしての彼の一面と、この場所への敬意が

滲み出るような場面にしたつもりです。

「俺は嵌められたのか」というアンズーの呟きで締める

この作品らしい緩急も楽しんでいただけたら嬉しいです。


次回はいよいよ、騎士団と魔獣園メンバーの

合同修行が本格的に始まります。

引き続きよろしくお願いいたします!

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