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【現役料理人が執筆】名を呼ばれた日、進化が始まった 〜召喚レッサーパンダの魔獣物語〜  作者: 幸辰


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勝利の祝福とみんなへの感謝 第100話

仕事を終えたオスロが、魔獣たちを引き連れて食堂へとやって来た。

「ルーナさん。ニコさんたちの試合は、どうなりましたか?」


「あっ、オスロさん! みんな勝ちましたよ」

ルーナがパッと顔を輝かせて答えると

隣からアカネも誇らしげに声を上げる。

「大勝利だよ!」


「こらこら、まだ食事の用意は終わってないよ!

しっかり最後まで頑張りな」

サンがピシャリとはっぱをかける。


「はいっ!」

おしゃべりに夢中になりかけていたルーナが、慌てて作業に戻った。


それからしばらくして、ふとアカネがぽつりと呟いた。

「母さん。ニコさんたち、なかなか来ませんね……」


「そうですね。いつもならご飯の匂いにつられて

お腹を空かせて飛んで来るのに。おかしいですね?」

ロルフも不思議そうに首を傾げる。


「試合で疲れて、どこかで寝落ちでもしてるんじゃないかい?」

手を動かしたまま、サンが呆れたように笑った。


――――


コンコン、と控えめなノックの音が扉を叩く。


「園長、クルツです」

「ああ、入っていいぞ」

部屋の中から、園長の落ち着いた声が響いた。


ガチャリとドアが開き、恐る恐るクルツが部屋に入ってくる。


「園長……お話とは、なんでしょうか?」

緊張した面持ちで、クルツが不安そうに尋ねた。


「まぁ、そう慌てるな。話は座ってからだ」

園長はゆっくりと対面の椅子を指し示し、座るよう促した。


クルツが促されるまま腰を下ろすと、園長が静かに口を開いた。

「クルツ、ニコたちの修行、よくやってくれた。見事な結果だった」

目尻を下げ、真っ直ぐな笑顔で感謝が伝えられる。


「あ、ありがとうございます。なんとか無事に

良い結果を残すことができました」

大役を終えた重圧から解放され、クルツは思わず苦笑いをこぼす。


「あの、園長……ニコたちはこれからどうなるんでしょうか?」

ふと、最も気がかりだった疑問がこぼれ落ちた。


「どうなる、とは? 特段、何も変わらんぞ」

園長がきょとんとして、不思議そうに問い返す。


「えっ? あの実力なら、騎士団に入るのではないんですか?」


「ああ、そういう心配か。彼らが騎士団の枠組みに入る必要はない。

直々に『盾の紋章』を授与される手筈になっている。安心しろ」


「そうですか……ありがとうございます」

特別な階級の証を与えられると知り

クルツはようやく胸の奥のつかえが取れたように息を吐いた。


「さて、ここからが本題だ。闘技大会の件だが

……騎士団内で選考に漏れた者たちにも出場の機会を与えるため

一時的に彼らを騎士団から籍を外し、一般枠として参加させる予定だ」


「なるほど、その手がありましたか。……彼らが人間であるなら

規定上は何の問題もなく一般参加が可能ですからね」

その裏をかくような妙案に、クルツは感心して頷いた。


「そこでだ。その件について、領主様から一つ要望が来ている」

園長が急に声のトーンを落とした。


「リオネル様から、ですか?」

クルツが訝しげに眉をひそめる。


「ああ。闘技大会に出るその騎士たちを、お前たちに預けたいそうだ。

共に修行させてやってほしい、とな」


「えっ……!? 騎士たちを、私たちが鍛えるんですか?」

あまりに予想外の提案に、クルツは素っ頓狂な声を上げた。


「そうだ。領主様からの、たっての希望だ」

戸惑うクルツに対し、園長は一切の迷いがない力強い視線できっぱりと告げた。


「そうですか……わかりました。できる限りやらせてもらいます」

心を決め、クルツが了承する。


「迷惑をかけるが、よろしく頼む」

園長は深く頷いた。


「話は以上だ。そろそろ夕食としよう」


「そうですね、すっかりお腹もぺこぺこです」

クルツはいつもの笑顔で答え、一礼して部屋を後にした。


一人残された部屋で、園長は重く息を吐き出す。


ニコの安全を守るために、彼らを偵察部隊として送り込む

――その真の目的には、一切触れることはなかった。


「クルツ……お前には苦労をかけるな。申し訳ない、許してくれ」

誰にも届かない謝罪が、静かな部屋に溶けていった。


――――


「オスロ、お疲れ様。留守を任せて悪かったな」

食堂に現れたアレンが、オスロに労いの言葉をかける。


「アレンさん。みんなのために僕にできるのはこれくらいなので

どうか気にしないでください」

オスロは恐縮して首を振ると、パッと表情を明るくした。

「みなさん、試合に勝ったんですね! 本当に良かったです」


「ああ、みんな精一杯頑張ってくれたよ。

誰も怪我をしていないから本当に安心した」

アレンはほっとしたように目尻を下げる。


そして、ふと食堂を見渡した。

「ニコたちはまだ来ていないのか?」


「そうですね……まだ顔を見ていないです」


「そうか。疲れて寝ているのかもな。

そろそろ夕食だから、俺が起こしてくるか」

アレンは椅子から立ち上がり、魔獣寮へと向かった。


かつて魔獣を閉じ込めていた檻は、すでに鉄格子が外され

本来の宿泊部屋の姿を取り戻して『魔獣寮』へと改装されている。


「コツコツ、コツコツ」


アレンはニコたちが使っている部屋のドアをノックする。

「みんな、もうすぐ夕食の時間だぞ!」


ガチャリ。

夕食という言葉に反応し、ゴリムが真っ先に出てきた。

「アレンさん。今日の夕食は何ですか?」


ガチャ、ガチャリ。

続いて、ガルドとクレイグも大あくびをしながら姿を現す。

「ふわぁ……アレンさん。もうそんな時間ですか?」

ガルドが眠そうに目をこすった。


「もうすぐ始まるからな。早く食堂に行こう」

アレンが急かす。


「そうですね〜。道理でお腹がぺこぺこですよ」

クレイグもお腹をさすりながら同意した。


そこへ、パタパタと足音を立ててアカネがやってきた。

「ニコさん、まだ起きていないんですか?」


ドン! ドン!

アカネは躊躇なくニコの部屋のドアを叩く。

「ニコさーん、夕食ですよー! 今日の夕食は特製の『ばら寿司』ですよー!

早く起きてこないとなくなっちゃいますよー!」


ガチャッ!

「アカネさん。ばら寿司ってほんとですか!?」

勢いよくドアが開き、ニコが目を丸くして身を乗り出した。


「ほんとだよ! みんなの勝利のお祝いだからね、早く行こうよ!」

アカネは満面の笑みでニコを促した。


――――


アカネに急かされ、ニコが部屋から飛び出してきた頃。


食堂の入口に、クルツの姿があった。

「あれ、アレンはどこだ? ニコたちは?」

きょろきょろと食堂を見渡しながら首を傾げる。


「クルツさん。アレンさんならニコさんたちを起こしに行っていますよ」

近づいてきたオスロが答えた。


「そうか……あいつら、まだ寝てたのか?」


「はい。試合が終わってから、ずっと部屋にこもっているらしいですよ」


「まぁ、無理もないな。あれだけ気を張り続けてたんだ」

クルツは苦笑いをこぼした。


「本当ですね。三人とも勝ったんですよね」

オスロが誇らしそうに目を輝かせる。


「ああ、見事だったぞ」

短く頷き、クルツは食堂の出入口へ視線を向けた。


ちょうどその時だった。


廊下の奥から、賑やかな足音が近づいてくる。

「アカネさん。ほんとに、ばら寿司が食べられるんですか?」

ニコが目を輝かせて確認する。


「ほんとだよ。見た目もすごいんですよ! ニコさん早く早く!」

アカネが急ぎ足で先頭を歩く。


食堂にアカネが飛び込んできた。

その後ろから、ニコ、ゴリム、ガルド、クレイグ、アレンが続く。


「あ、クルツさん!」

ニコがクルツに気づき、小走りで近づいた。


「おう、お疲れ様。修行の成果が出て良かったな」

クルツがニコを見て、目を細める。


「はい、なんとか……」

ニコが照れくさそうに頭を掻く。


「少しは眠れたか?」

さりげない口調で、クルツが尋ねた。


「はい、短い時間でしたけどぐっすり寝られました」

ニコが答えると、後ろからガルドも頷く。

「俺も気づいたら落ちてた。横になった瞬間だったな」


「俺なんかベッドに倒れ込んだら一瞬だったぞ」

クレイグも苦笑いで続けた。


「ゴリムは?」

アレンが振り向いて聞く。


「俺は……ちょっとだけな」

素直ではない顔でゴリムが答えたが、その目は明らかに眠そうだった。


「そうか……」

クルツは小さく笑い、それ以上は何も言わなかった。

園長から聞いた話は、今日は胸の奥にしまっておくことにした。

今夜は、この顔を見ていれば十分だと思った。


「よし、腹も減ってるだろう。早く並ぼう」

背中を押すようにクルツが言った。


――――


「みんなー! 並んでちょうだい!」

サンの張りのある声が食堂に響き渡った。


「はーい!」

あちこちから返事が飛ぶ。


魔獣たちがぞろぞろと立ち上がり、自然と列を作り始める。


先頭に飛び込もうとしたゴリムを、ガルドがさりげなく片手で制した。

「ゴリム、順番だぞ」


「わかってるわかってるって」


フェルドが急ぎ足で列に並ぶ。


ヴォルンは腕を組んだまま列に加わる。

だが、その目はすでに料理台の方向を向いていた。

「ばら寿司ってなんだ? うまいのか?」


ボルムは列の端で、短い前脚をそわそわと動かしている。

「ボルム、こっちだよ」

フィグが静かに声をかけ、前に並べてやった。


「みんなここに並んでください」

フィグは東牢の仲間を引き連れ、列に加わった。


モルダはホブゴブリンたちの後方からゆっくりと歩いてくる。

その顔には焦りはなく、ただ穏やかな笑みが浮かんでいた。

「長生きすれば、こんな夜にも巡り会えるもんじゃ」


――――


配膳が始まった。


サンがしゃもじを手に取る。

しゃもじを桶の端から差し入れ、底からすくい上げる。


ザッ。


一回の動作で、桶の奥に重なった層が崩れ

しじみの芳醇な香りが一気に立ち上った。


「うわっ、いい匂い……!」

アカネが目を細めてそっと吸い込む。


酢の爽やかな酸味の奥に、しじみ出汁の深い旨味が重なり

さらにマスの塩気と甘酢の香りが続いて鼻を抜けていく。


盛り付けの準備をしているルーナの隣に、アカネがやって来た。

「ルーナさん。手伝わせてください」


「アカネは盛り付けした寿司に、手長エビの甘辛煮を乗せておくれ。

数が少ないから一人三尾くらいで頼むよ」

サンが指示を出す。


「はい! わかった。母さん、一個食べてもいい?」


「一尾ならいいけど、それ以上はダメだからね」

サンがダメ出しする。


アカネがパクリと口に入れた。

「美味しいー! 私も早く食べたい」

満面の笑みで言いながら、手はしっかり動き続けている。


「マレナ! お吸い物、テーブルに運んでちょうだい」


「はい、わかりました」

マレナが急ぎ足で動き出した。


ニコが厨房の中を覗き込むと、大きな木桶が見えた。


「うわあ……!」

思わず声が上がる。


その声につられ、後ろから一斉に首が伸びた。

「バラの花が咲いてるぞ!」

ゴリムが叫んだ。


「ほんとだ!」

クレイグも声を上げる。


桶の中に広がっているのは、もはや料理の域を超えた光景だった。


黄金色の錦糸卵が一面を覆い

その上に白い蓮根の輪が幾重にも重なる。

そして中央に、鮮やかな紅色のバラが咲き誇っていた。

隙間を縫うように散った絹さやの緑が

全体に生き生きとした息吹を添えている。


「……綺麗だな」

珍しく、ガルドが静かな声で言った。


「食べるのがもったいないな……」

クレイグが苦笑いで呟く。


「何言ってんだ、食べるためのもんだろ!」

ゴリムが力強く反論した。


「ありがたいが、感想は後にしな。早く受け取りな」

サンの声で、列がゆっくりと動き始めた。


――――


皿が各テーブルに並び、食堂がざわめきに包まれた頃。


扉が、静かに開いた。


「……」


園長だった。


気づいた者から、椅子を引いて立ち上がりかける。


「そのままでいい」

園長が片手を上げ、静かに制した。

「座って食べなさい。挨拶はいらんぞ」


ほっとした空気が流れ、皆が着席し直す。

園長はサンから皿を受け取り、アレンの隣に静かに腰を下ろした。


クルツが静かに立ち上がった。


「園長。一言、よろしいでしょうか」


その声に、食堂がすっと静まる。


「挨拶と……乾杯の音頭を、お願いできますか?」


視線が一斉に園長へと集まった。


園長はゆっくりと木杯を置き、立ち上がる。

ひとつ、静かに息を吸った。


「……みんな、今日はよく頑張ってくれた」

低く、落ち着いた声が食堂に満ちる。


「ニコ。ガルド。クレイグ」


三体の名を、ゆっくりと呼んだ。


「お前たちが今日見せてくれたものは――言葉にするのが惜しいくらいだ。

胸を張れ。今夜くらいは、思いきり」


ニコが小さく俯いた。ガルドは正面を見たまま、微かに顎を引いた。

クレイグは無言だったが、その目が静かに揺れた。


「クルツ」

次に、園長の視線がクルツへ向く。


「お前の指導がなければ、この結果はなかった。

……ご苦労だった。本当にな」


「いえ、自分は――」

クルツが口を開きかけると、園長が小さく首を振った。


「素直に受け取れ」

それだけだった。クルツは、もう何も言えなかった。


園長は食堂をゆっくりと見渡す。


魔獣たち、厨房のサン、ロルフ、マレナ、ルーナ、アカネ

そして、オスロ、アレン――ひとりひとりに、その視線が届く。


「ここに残ってくれたみんな。修行そして選抜戦の間も

この場所は変わらず動き続けた。それはお前たちのおかげだ」


少し間を置いた。


「……みんなに、感謝する」


その言葉は、静かだった。飾り気もなかった。

それでも――食堂の空気が、じんと揺れた気がした。


園長が木杯を持ち上げる。

「さあ、飲もう」


どこかからくすりと笑いが漏れ

みんなが木杯を掲げる


「乾杯!」


「「「乾杯!!」」」


「コン、コン」と杯が鳴り


あちこちから杯の音と声が重なり、食堂が一気に弾けた。

ゴリムがひときわ大きな声を上げ、隣のガルドに白い目で見られる。


――――


ニコはそっとスプーンを皿に入れ、一口運んだ。


桜色のシャリが、口の中でほろりとほどける。

甘酢の酸味が舌の上をさっと走り――次の瞬間、マスの濃い旨味が

どっしりと重なってきた。

噛むほどに蓮根のシャキッとした歯ごたえが顔を出し

錦糸卵のふんわりした甘さが、それらすべてをやさしく包み込んでいく。


「……おいしい」


思わず目が細くなった。


隣でゴリムが豪快に頬張る。一拍おいて、目が丸くなった。

「うまっ……! このシャリ、普通のご飯と全然違うぞ」


「しじみの出汁で炊いてあるんだよ」

サンが涼しい顔で答える。


「……道理でな」

もう一口。また一口。箸が止まらない様子で、ゴリムが続けた。

「なんか、旨味の層が違う気がする」


ガルドはマスのバラをひとつ丸ごと口へ運び、しばらく黙って咀嚼した。

「……塩の加減がちょうどいい。甘酢も――しつこくないな」

どこか確かめるような、静かな一言だった。


「干してから塩抜きしているからな。旨味は残って、塩だけが抜ける」

さらりとサンが言う。


フェルドは丁寧にスプーンで一口ずつ運んでいた。

蓮根を口に入れた瞬間、小さく耳を動かす。

「……コリコリ、してる」

それだけ言って、また一口。また一口。その耳が、少しだけ上を向いていた。


ヴォルンは無言で箸を動かし続けていたが

しじみの佃煮をひとつ口に含んだ瞬間――ほんのわずか、その眉が上がった。

「……手間がかかっている」

呟くような、独り言に近い声だった。


「わかるかい。さすが職人は目が違うね」

サンが満足そうに口元をほころばせる。


「炊き込むより、別で煮てから混ぜた方がしじみの味が飛ばない。手間だがな」

ヴォルンは何も言わなかった。ただ、また一口、丁寧に箸を動かした。


フィグは隣のホブゴブリンたちに小声で説明しながら食べている。

「これは錦糸卵。それがしじみシャリ。あの赤いのがマスだ」


ホブゴブリンたちは頷きながら、恐る恐る一口運び――目を丸くした。


モルダは手長エビを丁寧につまみ上げ、じっくりと眺めてから口へ運ぶ。

しばらく噛んで、小さく息を吐いた。

「……甘いな。それでいて、しっかり旨い」


ボルムは錦糸卵を鼻先でくんくんと嗅いでから

おそるおそる一口。次の瞬間、前脚をぱたぱたと動かした。


「ルーナ。アカネと一緒にこの皿を厩舎の

カイチさんとアンズーさんに持っていっておくれ」

サンが大きな皿をワゴンに乗せた。


「はい。わかりました」


ルーナとアカネは厩舎の一角にある、ひときわ大きな厩舎へと向かった。


引き戸を引くと、藁の香りと温かな空気が漏れ出してくる。

カイチとアンズーは、それぞれ横になって静かに休んでいた。


「カイチさん、アンズーさん。夕ご飯をお持ちしましたよ」

ルーナが穏やかな声で呼びかける。


カイチの耳がぴくりと動いた。

アンズーが翼をわずかに持ち上げ、こちらを見る。


ルーナとアカネがワゴンから皿を下ろし、二体の前にそっと置いた。


「ニコさんたちのお祝いだから、しっかり食べてね」

アカネが笑顔で言った。


カイチは自分の前に置かれた大きな皿を、しばらくじっと見下ろしていた。


紅いバラが三輪、皿の上に咲いている。


一口。


無言のまま咀嚼する。

誰にも聞こえないくらい、小さく息を吐いた。

「……悪くない」


隣でアンズーがかすかに笑う。

そしてためらいなく皿へ顔を近づけ、大きな口でパクリと頬張った。


「ほんとだ! 初めて食べたが……うまいぞ」

その声は、どこか子供のように弾んでいた。


ルーナとアカネは顔を見合わせ、小さく笑った。


厨房へ戻る道すがら、アカネのお腹がぐぅと鳴った。


「……限界」

アカネが小声で呟く。


ルーナが肩をすくめながら言った。

「早く戻りましょう」


厨房に駆け込むなり、アカネがサンに飛びついた。

「母さん! 私も早く食べたいよ〜」

アカネが恨めしそうに食堂の方を見る。


「しょうがない子だねえ……。もう行き渡ったみたいだし

――お祝いだから、厨房も一緒に食事にするか」

サンが苦笑いで腰を上げた。


サンが苦笑いで腰を上げた。


「ロルフ、マレナ。手を止めていいよ。一緒に食べよう」


「はい!」

ロルフが嬉しそうに返事をする。


マレナも照れくさそうに頷いた。

「……いいんですか?」


「お祝いの夜くらい、みんなで食べな」


四人は食堂へ向かい、空いている席に腰を下ろした。


少し遅れてサンが席に着いた。


ルーナが立ち上がり、サンの前に皿を置く。

「サンさんの分、取っておきました」


「ありがとう。気が利くね」

サンが目を細めた。


アカネはすでに席に着くなり、勢いよくスプーンを入れていた。

「んーーっ! 美味しい! やっと食べられた……!」


「そんなに急がなくても……誰も取らないですよ」

ルーナが苦笑いで隣に座る。


サンはゆっくりと一口運んだ。


桜色のシャリが、口の中でほどける。

甘酢の酸味。しじみの旨味。マスの塩気。

自分で作ったはずなのに、不思議と染み入るものがあった。


「……うん。悪くない」

小さく呟く。


「母さん、自分で作ったのに悪くないって」

アカネが笑う。


「作った本人が一番わかるんだよ」

サンがさらりと返した。


ロルフは錦糸卵をひとつまみ口に入れ、目を丸くした。

「……卵、ふわふわですね。自分で焼いたのに

食べると全然違う感じがします」


「食べる時は食べる人間になれってことだよ」

サンが言うと、ロルフが深く頷いた。


マレナは蓮根を丁寧につまみ、そっと口へ運ぶ。

しばらく噛んで、静かに言った。

「……シャキシャキしてて、好きです」


「蓮根は食感が命だからね」


しばらく、四人は静かに食べ続けた。


食堂のあちこちから笑い声や話し声が漏れてくる。

ゴリムのおかわりを要求する声。

ガルドがたしなめる声。


ニコの驚きの声。

「こんな本格的なお寿司が食べられるなんて

思ってもいませんでした……!」

ニコがスプーンを止め、思わず声を上げた。


「どうした、急に」

クレイグが隣から顔を向ける。


「いや……」

ニコは皿を見つめたまま、少し言葉を探した。


「まさかちらし寿司を食べる日が来るとは

思わなかったな、と思って」


一瞬、隣のガルドが動きを止めた。

ゴリムもスプーンを持ったまま、ニコを見る。


「……ちらし寿司って、お前の故郷の食べ物か?」

ガルドが静かに聞いた。


「はい。お祝いの日に食べる料理です」

ニコが小さく笑う。


「じゃあ、ちょうどいいな」

クレイグが短く言って、また箸を動かした。


ニコはもう一口運んだ。


甘酢の酸味と、しじみの旨味が重なる。

遠い記憶の味を思い出しながら……


厨房の面々は食堂の話し声を聞きながら、ゆっくりと箸を動かした。


作っている間はずっと立ちっぱなしで、味見以外は口にしていない。

だから余計に、座って食べるこの時間が温かく感じた。


アカネが手長エビを頬張りながら言った。

「ルーナさん、一緒に作れて良かったです」


ルーナは少し間を置いてから、静かに答えた。

「……私もです」


サンはその言葉を聞きながら、もう一口シャリを運んだ。


――――


「美味いなぁ〜……」


どこからか、ぽつりと声が落ちた。


園長だった。


静かに、しかし確かに響いたその一言。

それだけで、食堂の空気がふっとほどけた。


「よかった。今日のはちょっと自信作だよ」

珍しくサンが、少しだけ照れたように笑った。


魔獣たちが皿の底を見せ始める頃には

食堂にはただ、温かな声と笑いだけが残っていた。


おかわりの声が上がり、「順番!」とサンが返し

厨房に駆け込む。


ゴリムが一番に手を挙げ、ガルドが呆れた顔で隣を見る。


ロルフとルーナが後を追って厨房に向かった

「アカネさん行きますよ〜」

ルーナの声が響く。


「はい!」

遅れてアカネが駆け出す。


窓の外では、夜の空気がやわらかく揺れている。


紅バラ特製ちらし寿司が、今夜の勝利を静かに祝っていた。

第100話 

勝利の祝福とみんなへの感謝

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


ついに100話という大きな節目を迎えることができました。

ここまで読み続けてくださった皆様のおかげです。

本当にありがとうございます。


今回は、選抜戦の興奮が冷めやらぬまま

みんなで囲む祝いの食卓を描きました。


ニコ、ガルド、クレイグの三体が全員勝利という見事な結果を残した夜に

サンとロルフ、ルーナ、アカネが心を込めて作り上げた

「紅バラ特製ちらし寿司」。

桶いっぱいに咲き誇る紅色のバラと黄金の錦糸卵、白い蓮根の輪

――その光景を、皆さんにも目に浮かべていただけたなら嬉しいです。


そして今回、珍しく園長が乾杯の音頭を取る場面を書きました。

普段は必要なことしか口にしない園長が

ひとりひとりに視線を向けながら「みんなに感謝する」と言う。

その言葉の重さは、100話分の積み重ねがあってこそだと思っています。


ヴォルンが「手間がかかっている」と呟く場面も

職人同士がわかり合う静かな場面として大切に書きました。


また、フィグがホブゴブリンたちに料理を説明する場面や

ボルムが錦糸卵に前脚をぱたぱたさせる場面など

名付きの魔獣たちそれぞれの食事風景も丁寧に

描けたのではないかと思っています。


実は今日、6月27日は「ちらし寿司の日」なんです。

こんな記念すべき日に、物語の中でもお寿司でのお祝いを

描くことができて、とても感慨深いです。


100話という節目を経て、物語はいよいよ闘技大会へと向かいます。

騎士団との合同特訓、そして大会への旅路。

これからも全力で書き続けますので

引き続き応援よろしくお願いいたします!


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