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姉の身代わりで嫁ぎ、離縁されました。今度こそ本物の妻として嫁ぎます。  作者: 秋月 もみじ


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第9話 王宮大聖堂にて


王家が定めた日の朝、王都には静かな雨が降った。


借家の寝室で、マルタが花嫁衣装の袖を整えていた。白い絹の袖は実家から届けられた古い衣装ではなく、叔父が昨夕、法務院の伝手で急ぎ仕立てさせた新しいものだった。


「お嬢様。お顔を、少し清めましょう」


「……ありがとう」


マルタの手は粉を乗せるでもなく、ただ濡らした布を軽く当てていった。鏡の中の女は、古い鏡の曇りの分だけ、私をうまく写さなかった。それが今朝はありがたかった。


「櫛は、お母様のお形見で、よろしゅうございますか」


「お願い」


象牙の櫛が、髪の中に静かに入った。


嫁ぐ朝を、私はこの家でふたたび迎えている。


そのことの奇妙さを、私はもう意味づけようとしなかった。意味づけようとすれば、私はこの朝の支度のどの仕草も重くしすぎてしまう。マルタの手に重いものを乗せたくなかった。


玄関には、叔父の馬車が停まっていた。


-----


馬車の中で、叔父は私の正面に座った。


「……緊張はあるか」


「おかしなくらい、ございません」


「お前らしい」


「お前らしいというのは、叔父様のおっしゃる『勝ち』のあとの顔です」


「……そうかもな」


叔父は笑わなかった。笑えない理由が、叔父にはいくつかあった。今日の審問は、公爵家を貴族社会の目の前で処断する場でもある。叔父にとってそれは、法務院の記録官として長く仕えてきた王家の、最上級の手続きに立ち会うということだった。儀礼としての重さを、叔父は「儂の肩では背負いきれない」と昨夜、客間で呟いていた。


馬車の窓の外で、王都の石畳が雨の膜の下で光をくすませていた。


-----


王宮大聖堂は、王都の中心の広場に建っている。


馬車が広場に入る頃、すでに貴族たちの馬車が広場の周縁に列をなして停まっていた。王家列席の審問、かつ公爵家の婚姻承認が同日。王都中の有力貴族はほぼ残らず、大聖堂の内に入っていた。


大聖堂の門前で、叔父が先に降りて、私に手を差し出した。


その手を取って降りたとき、私は大聖堂の高い石の門柱を見上げた。


ステンドグラスはかつて嫁いだ朝と、同じ色をしていた。


違うのは、私の横に立つ人の呼吸の位置だった。


嫁いだあの朝、私の横には、顔を知らぬ夫となる人がいたはずだった。けれど実際には、私の横には誰もいなかった。花婿は別の扉から入堂し、祭壇の前でようやく顔を合わせるという身代わり婚の作法が、あの日の私の記憶の穴を深くしている。


今日、私の横には叔父がいる。そして祭壇の向こうで、コンラート様が黒の礼装で私を待っている。


-----


大聖堂の内は、香の煙が細く立ちのぼっていた。


参列者の席は、王族の席を中央上段に、両脇に公爵家と伯爵家の席、その外側に記録官と立会の貴族たち。前方の列にノルトハイム家の席があった。カスパル様とヘートヴィヒ様が静かに座っていた。


ヘートヴィヒ様は黒の喪服のような衣を着ていた。祭礼の場で、公爵家の前公爵夫人が喪のような衣を選ぶということの意味を、私は視線を合わせずに受け止めた。


姉の席は、遠い列に用意されていた。


姉は座らなかった。席の前に立って扇を握って、私の方を見ないようにしていた。


席についた私の両手は、膝の上で重ねられていた。指輪はまだ嵌めていない。


-----


王家の記録長が、長い巻物を開いて、審問の開廷を告げた。


「これより、ノルトハイム公爵家婚姻の正式有効性に関する審問を、王立法務院、王室記録官、および王立図書館真実封印室の記録に基づき、執り行う」


記録長の声が、大聖堂の天井に細く反響した。


王立図書館の真実封印室で施された記録の写しが、羊皮紙の束として祭壇の下に運ばれた。王室記録官の老人が、束の表紙を開いて、声に出して事実を並べ始めた。


封書の焚却にかかるヘートヴィヒ・フォン・ノルトハイム前公爵夫人の指紋の一致。


婚姻契約書に、オデット・フォン・リンドホルムの筆跡を装った、前公爵夫人の指紋。


離縁の署名に、カスパル・フォン・ノルトハイム公爵の筆跡があり、その傍に母の手の誘導と見られる圧痕の記録。


事実の羅列は感情を含まなかった。


含まなかったからこそ、事実は残酷だった。


-----


王家の裁定が、記録長の声で下された。


「ノルトハイム公爵家の婚姻は、身代わり婚の成立過程において、王立の印の下に無効と認める」


席の一列が静かになった。


「前公爵夫人ヘートヴィヒ・フォン・ノルトハイムに、修道院への身柄預かりを命ずる。王都の別邸は没収し、家紋使用の権利を返上させる」


ヘートヴィヒ様の肩はほとんど動かなかった。動かないのは、諦めのかたちだった。


「現公爵カスパル・フォン・ノルトハイムに対しては、公爵位の返上と、北方辺境領の代官への降下を命ずる。領地継承は弟コンラート・フォン・ノルトハイムに移す」


カスパル様は目を伏せた。


「ノルトハイム家が、リンドホルム家より持参領として受領していた東の耕地は、リンドホルム家に返還する。婚姻の無効に伴う措置である」


――領地の返還。


私は自分の手が膝の上でわずかにこわばるのを感じた。持参領がリンドホルム家に戻るということは、ノルトハイム家の収入の大きな部分が失われるということだった。叔父から、帳簿の崩れがすでに領地の危機の入り口に達していると聞いていた。そこに耕地の返還が加わる。


ノルトハイム家の力は、この日、確実に削がれた。


「オデット・フォン・リンドホルム――現外交官夫人のことだが、契約書偽造への関与が認められたため、王都への立ち入りを制限する。外交官の配偶者として、南方諸国に在住し続ける旨を、王家に誓約させる」


姉は扇を握ったまま、頭を下げた。


その頭の下げ方を、私はずいぶん長いあいだ、見ていた。


頭を上げた姉の顔は、私の視界の端を、静かに通り過ぎていった。


-----


裁定の読み上げが終わり、記録長が巻物を閉じた。


大聖堂の香の煙は、変わらず、天井へと細く立ちのぼっている。


王家の席から、王の侍従が進み出た。


「引き続き、同一の祭壇にて、ノルトハイム家新当主コンラート・フォン・ノルトハイム卿と、リンドホルム家イルゼ嬢の婚姻を、王家の承認のもとに執り行う」


侍従の声は落ち着いていた。


大聖堂の中の空気が、裁定の硬さから式典の静かさへと、ゆっくりと移っていった。


叔父が、私の肘に手を添えた。


「……行けるか」


「はい」


私は立ち上がった。


花嫁衣装の絹の裾が、石の床を軽く掃いた。


-----


祭壇の前で、コンラート様は待っていた。


黒の礼装。胸元にはノルトハイム家の銀の刺繍。ただし今日はそこに、新しい意匠が加わっていた。黒鷲の裾に、鷹のかたちが銀糸で縫われていた。


リンドホルム家の紋。


私はその刺繍を黙って見た。


あの夜会で彼のハンカチの端に縫われていた、小さな鷹。あのとき私は「ノルトハイム家の意匠のうち」と納得した。納得した私は、間違っていた。


あれはずっと、リンドホルム家の鷹だった。


私の家の紋を、彼はあの頃から自分の家の紋の裾に置いていた。


コンラート様は私の目を見た。


そして、口を静かに開いた。


「――イルゼ」


堅物の声で、私の名が呼ばれた。


私の名がこの祭壇の下で、参列の人々の前で、呼ばれた。


「――私は、貴女を愛しています」


彼の声は誇張がなかった。


誇張がないからこそ、その言葉は私の耳の奥に重く届いた。


参列者は誰も言葉を発さなかった。咳払いも衣擦れも、ほとんど止まっていた。


「――私も、コンラート様をお慕い申し上げております」


自分の声が、意外なほど静かに、祭壇の前に落ちた。


大聖堂の司祭が、誓いの文言を読み上げた。


私は答えた。


「誓います」


コンラート様が答えた。


「誓います」


指輪が交わされた。


長く木箱の中で息をしてきた銀の指輪が、私の薬指にふたたびぴたりと収まった。


今日は、外さなかった。


-----


誓いの接吻は、司祭の促しの下に行われた。


コンラート様がゆっくりと、私の顔のところまで体をかがめた。


唇が触れたのは、ほんの短い時間だった。


堅物の彼の唇は乾いていた。緊張していた。私もおそらく同じように緊張していた。けれど触れたことの意味は、唇の乾きの向こうにあった。


――身代わり婚のときにはなかった接吻。


私は瞼を閉じた。


閉じた瞼の裏で、ステンドグラスの光が赤や青に、静かに揺れていた。


-----


退堂の鐘が鳴った。


コンラート様が私の手を引いて、大聖堂の長い回廊を、祭壇から扉の方へと歩いた。


参列者が立ち上がる衣擦れの音。


王家の席から、短い会釈。


ノルトハイム家の席のあたりを、私は横目で通り過ぎた。ヘートヴィヒ様はすでに、修道院への迎えの者に付き添われて席を離れていた。カスパル様の席も、空いていた。


大聖堂の扉が開いた。


外は、静かな雨だった。


広場に停められた馬車が、ぼんやりと雨の膜の向こうに並んでいた。


大聖堂の門のそばの石柱の陰に、傘も差さずに立つ背中があった。


黒の外套。


かつて私の夫だった、カスパル・フォン・ノルトハイム。


彼はこちらを見ていなかった。


大聖堂の高い窓をただ見上げていた。


私は振り返らなかった。


振り返らずに、コンラート様の手を取って、雨の広場を歩いた。


石畳の上を、絹の裾が濡れない程度に雨を受けた。


コンラート様が私の肩に、自分の外套をそっと乗せた。


外套の重みが温かかった。

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