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第098話:奪い取った魔導ライフル、分解と再構築

大樹の工房に、ランプの温かな琥珀色の光が満ちていた。

 作業台の上には、鹿革のエプロンを広げ、真鍮の精密ピンセット、極細マイナスドライバー、焼き入れした鋼鉄のポンチ、そして小瓶に入れた精製植物油が整然と並んでいる。

 その中央に鎮座しているのは、昼間の戦闘で鹵獲した帝国軍の最新鋭火器――『七式魔導歩兵銃』の一丁だった。


 全長一・一メートル、重量約四・二キログラム。

 銃身は黒染めされたクロムモリブデン鋼で鍛造され、木製銃床には帝国の冷涼な針葉樹林で産出されるウォルナット材が使われている。

 シロが作業台の脇に大きな顎を乗せ、物珍しそうに黄金色の瞳で鉄の塊を見つめていた。


「シロ、危なくないように弾薬は全部抜いてあるよ」


 アルトは傍らの木箱を指差した。

 そこには、三丁の銃から抜き取った計十五発の「魔導結晶実包」と、予備ポーチから回収した四十五発の予備弾が、真鍮の薬莢を鈍く光らせて並んでいる。

 長さ七センチ、太さ十五ミリ。

 薬莢の先端には、青白く澄んだ魔導水晶の破片が尖頭弾としてカシメられ、内部には火薬ではなく、超微粉末状に粉砕された触媒鉱石が充填されていた。


 アルトは細工ナイフを手に取り、銃床の固定ネジに刃先を当てた。

 キリキリ、と金属が軋む心地よい手応えとともに、ネジが外れる。


 少年の手によって、帝国の最新兵器が容赦なく解体されていった。


 まず外されたのは、分厚いウォルナット材の木製銃床だ。

 歩兵が肩に当てて射撃の反動を抑えるためのパーツだが、アルトにとってはただの余分な重り(約一・五キログラム)に過ぎない。

 露出した機関部から、次はトリガーガードと弾倉(マガジン)を取り外す。

 五発装填式のロータリーマガジン。ゼンマイバネの力で円形に弾薬を送り出す機構は、非常に精巧に作られていたが、泥や砂が入ると容易に噛み込みを起こす構造だった。


 そして、心臓部であるボルト(遊底)の分解に入った。

 円筒形のボルトハンドルを引き抜き、内部のスプリングと撃針(ストライカー)を取り出す。

 先端が鋭く尖った鋼鉄の撃針を、アルトはランプの光にかざして観察した。


「……なるほど。やっぱりそういう仕組みか」


 アルトの口から、感嘆と呆れが混ざり合った呟きが漏れた。

 オルディス防壁都市の魔導学校では、『魔導兵器は選ばれた魔導士の魔力でのみ起動する神聖な武具である』と教え込まれていた。

 だが、実際にバラバラに分解してみれば、そこに「魔力による認証」などという神秘的なものは欠片も存在しなかった。


 引き金を引くと、圧縮された強力なスプリングが撃針を前方に叩き出す。

 その衝撃力で、薬莢の雷管部分に仕込まれた「圧電結晶」が強烈な物理圧力を受け、微弱な高圧火花を放電する。

 その放電が薬莢内部の触媒粉末を励起させ、弾頭のマナ結晶にエネルギーを一気に注ぎ込んで推進力を生み出す――


「完全な機械的連動だ。撃針を叩く力さえあれば、魔力を持たない僕の手でも、子供でも、誰でも弾を発射できる。都市の大人たちが言っていた『魔力の血統』なんて、ただの既得権益を守るための嘘だったんだ」


 少年の胸に、改めて科学と工学への揺るぎない信頼が満ちていく。

 世界を動かしているのは血統や身分ではなく、冷徹な物理法則と機械の連動だけなのだ。


 アルトはさらに、銃身(バレル)の内部を覗き込んだ。

 銃身の内壁には、螺旋状の溝(ライフリング)が刻まれているだけでなく、肉厚の鋼鉄チューブの内部に、極細の銅線コイルが三重に巻き込まれていた。

 弾頭が銃身を通過する際、電磁誘導によって弾丸の周囲に加速磁場を形成し、初速をさらに跳ね上げるリニアレール構造。


 だが、その構造を眺めるアルトの視線は厳しかった。


「……設計思想が粗雑すぎるな」


 アルトはノギスでコイルの巻き数を測りながら、羊皮紙のノートに計算式を書き殴った。

「コイルの絶縁処理がただの樹脂ワニスだから、連射熱ですぐにショートする。それに、マナの励起効率が悪すぎて、投入されたエネルギーの三割以上が無駄な熱として銃身を過熱させている。だから冷却ジャケットなんていう無駄に重い外装が必要になるんだ」


 帝国軍の技術者たちは、圧倒的な鉄と石炭の物量に任せて「力ずくで動くもの」を作ったに過ぎない。

 大樹の限られた資源の中で、一グラムの無駄も許されず道具を極限まで洗練させてきたアルトの目から見れば、帝国の最新兵器は改善の余地だらけの未熟な機械だった。


「よし……作り直そう。僕たちの基地を守るための、新しい形に」


 アルトの瞳に、職人の炎が宿った。


 アルトが着手したのは、鹵獲した三丁の七式魔導小銃を統合した「遠隔ワイヤートリガー式・三連装自動迎撃銃座」への再構築だった。


 まず、三丁すべての小銃から、重い木製銃床と不要な照準眼鏡を取り外した。

 残された「銃身、機関部、弾倉」のユニットは、それぞれ重量わずか二キロ程度まで軽量化された。

 次に、作業小屋のストックから、冬の間に伐採して乾燥させておいた硬質ホオノキの厚板を切り出す。

 鋸とノミを振るい、三つの機関部が五センチ間隔で平行に並ぶ頑丈なマウントベース(基台)を削り出した。


 三丁の銃は、真鍮のクランプ金具で強固に木枠へボルト留めされた。

 銃口の向きは、完全に同一の水平面上に並び、五十メートル先で弾道がわずかに交差するように、左右の銃身に一ミリのトーイン(内角)が付けられている。


 最大の発明は、その「撃発連動機構」だった。


 三つの引き金(トリガー)の前に、一本の硬質樫の角材から削り出した「連動カムシャフト」を渡す。

 カムシャフトの端には、小さなリターンスプリングと真鍮の滑車が取り付けられ、そこから一本の細いピアノ線(鋼線ワイヤー)が上方へと伸びている。

 このワイヤーを数センチ引き絞るだけで、カムシャフトが回転し、三つの引き金が「カチ・カチ・カチ」とわずかコンマ一秒の時差を持って順番に引かれる仕組みだ。


 三発が同時に発射されると反動で銃座がブレてしまうが、コンマ一秒ずらして三連射することで、反動を分散させながら、同一の目標に対して「三連点射(スリーラウンド・バースト)」を叩き込むことができる。


 さらに、弾倉の給弾不良を防ぐため、アルトは独自の改良を加えた。

 純正のロータリーマガジンを外し、白樺の薄板と真鍮板で自作した「十連発縦型自重落下式マガジン」をそれぞれの銃の上部に増設したのだ。

 ゼンマイバネの力に頼らず、重力に従って弾丸が滑り落ちるため、泥や砂を噛んでも絶対に給弾不良を起こさない。

 三丁合わせて、計三十発の魔導弾を装填可能。


「ふぅ……できた」


 深夜、ランプの光の下で、完成した「三連装自動迎撃銃座」が静かにその無骨な姿を現していた。

 無駄な装飾を一切削ぎ落とし、機能美だけを追求した木と鉄のハイブリッド兵器。

 アルトは麻布に油を染ませ、冷たい銃身を丁寧に拭き上げた。


 翌朝。

 アルトとシロは、滑車を使ってこの銃座を大樹の南東側――主枝が張り出した地上十メートルの隠れテラスへと吊り上げ、太いボルトで幹へと強固に固定した。

 擬装用のツタと苔を被せれば、地上からは木のコブにしか見えない。

 そして、トリガーワイヤーを天空デッキの防衛管制室まで引き込んだ。

 これで、樹上の安全な位置からレバーを引くだけで、地上五十メートルの侵入路へ向けて、三十発の青白い魔導弾幕を瞬時に叩き込めるようになったのだ。


 大樹の迎撃能力は、飛躍的に向上した。

 アルトは管制室のレバーを軽く引き、空撃ちテストを行った。

 カチ・カチ・カチ、と乾いた規則正しい金属音が階下の隠れテラスから響き、三つの撃針が寸分の狂いもなく順次作動するのを確認する。

 シロが「ウォン」と満足げに頷いた。

 魔力のない少年が、帝国の最新兵器を完全に手懐け、自らの指先の神経の一部として組み込んだのだ。


 だが――作業を終えて天空デッキに戻ったアルトは、狭くなったテラスを見渡しながら、深く息を吐いた。


「……手狭になってきたね、シロ」


 デッキの上には、重力滑車バリスタが大きなスペースを占有し、その脇には今回の自動銃座の管制ワイヤー、以前作った天体望遠鏡、水車からの動力配管、そして乾燥中の木材や工具箱が所狭しと積み上げられていた。

 生活スペースであるツリーハウスの内部も、冬を越して増えた保存食や毛皮、鍛冶道具で足の踏み場が少なくなっている。

 大樹一本の梢の上だけで、工房と、住居と、迎撃要塞のすべてを賄うことには、空間的な限界が近づいていた。


 アルトはデッキの手すりに歩み寄り、南風を受けながら、周囲の森を見渡した。

 真鍮の測距儀と自作の分度器を手に取り、周囲の木々の位置関係をノートにプロットしていく。

 春の陽光を浴びて、青々とした若葉を茂らせる原生林。

 その中で、アルトの秘密基地がある主樹の周囲数十メートルには――主樹に匹敵するほどの太さと高さを誇る、「四本の巨大なトチノキと樫の大樹」が、まるで主樹を護衛する四天王のように聳え立っていた。

 東のトチノキまで三十五メートル。西の白樫まで四十メートル。

 それぞれが地上十数メートルの高さに頑丈な枝を張り出し、天然の頑強な支柱を形成している。


「……一本の木の上に収まりきらないなら、木と木を繋げばいいんだ」


 アルトの瞳に、これまでにない壮大な工学のビジョンが閃いた。


「あっちの木を工作専用の鍛冶工房にして、西の木を温室庭園にする。南の木には防衛見張り塔を建てて、北の木は木材と金属の資材倉庫にするんだ。……そして、木と木の間に、ワイヤーを渡して空中の乗り物を走らせる」


 シロがアルトの言葉に反応し、期待に満ちた瞳で大きく尻尾を振った。

 秘密基地は、一つのツリーハウスから――天空の巨木群を跨ぐ「空中都市」へと進化しようとしていた。

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