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第019話:雨水タンクと、竹のフィルター

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次回もどうぞよろしくお願いいたします!

大樹の地上四メートルに築いたツリーハウスでの生活は、日を追うごとに充実していった。

 だが、日々の暮らしの中で最もアルトの体力を削っていたのが、「水汲み」という過酷な日課だった。


 料理をするにも、鉄鍋を洗うにも、シロの飲み水を確保するにも、水は一日たりとも欠かすことができない。

 しかし、水を確保するためには、毎日何度も十二段のステップ階段を降り、小川まで歩き、重い水を入れた竹筒を担いで再び樹上へとよじ登らなければならなかった。

 水は一升(約一・八リットル)で約二キログラム。往復するだけで太ももが張って息が切れ、他の開拓作業に割ける時間が大幅に奪われていたのだ。


「昨日の雨を見て思いついたんだ。この空から降ってくる雨水を綺麗に集められれば、川まで降りなくても、木の上でいつでも綺麗な水が使えるはずだ」


 アルトはデッキの上にしゃがみ込み、シロの丸い頭を撫でながら作業の構想を練った。

 ツリーハウスの三角形の屋根は、広さにして畳四枚分ほどの面積がある。

 一回の夕立で屋根に降り注ぐ雨水の量は、数十リットルにも達する。

 だが、屋根から落ちてくる雨水をそのまま飲むわけにはいかない。

 スギの樹皮や笹の葉を伝って流れる雨水には、風に乗って運ばれた砂埃や花粉、木々の枯れ葉の破片、そして鳥の羽毛などが混ざっているからだ。

 安全で濁りのない飲料水にするためには、二つの仕組みが不可欠だった。

 第一に、屋根の雨水をこぼさず一箇所に集める「雨樋(あまどい)」。

 そして第二に、ゴミや臭いを分子レベルで吸着して除去する「天然の多層ろ過フィルター」だ。


「よし、シロ。竹を伐りに行こう!」


 アルトはシロを連れて川岸の竹林へと向かい、太さ三寸(約九センチ)もある立派な孟宗竹を二本切り倒した。

 まずは、雨樋の製作だ。

 竹を長さ一間(約一・八メートル)に切り揃え、小刀を先端に当てて石で叩いて縦に真っ二つに割る。

 パカンッ! と心地よい音が響き、見事な半円形の竹のレールが二本作られた。

 内側に残っている硬い節(ふし)を、小刀の刃先とノミを使って平らに削り落とし、滑らかな水路へと加工する。

 アルトはこの半割りの竹樋を、ツリーハウスの屋根の東西両側の軒下に、ツル縄で吊り下げるようにして固定した。

 水が手前から奥へと自然に流れるよう、一寸(約三センチ)の緩やかな傾斜をつけてある。


 さらにアルトは、都市の水門管理で培った知恵――【初期雨水排除(ファースト・フラッシュ)】の機構を組み込んだ。

 雨が降り始めた最初の五分間の水には、屋根に溜まっていた埃やゴミが一気に溶け出している。

 その最初の汚れた水だけを自動的に外へと捨て、屋根が綺麗に洗い流された後の清浄な雨水だけをフィルターへと導く仕掛けだ。

 竹樋の末端に小さな可動式の分岐弁を取り付け、降り始めは外へ逃がし、水が澄んだら本管へと流し込むように工夫した。


 そして、核心となる「多層ろ過フィルター」の製作に取り掛かった。

 フィルターの容器には、節を残した長さ二尺(約六十センチ)の太い竹筒を使った。

 底面の節の中央に、小刀の切っ先で千枚通しのように小さな穴を蜂の巣状に二十個ほど開ける。

 ここから、ろ過された水が滴り落ちる仕組みだ。

 その竹筒の内部に、アルトは計算し尽くされた五つの層を順番に敷き詰めていった。


 材料集めにも徹底的にこだわった。

 最下層には、穴から砂がこぼれ出ないよう、熱湯で煮沸消毒した麻布と、ヤシの木に似たシュロの樹皮繊維を固く敷き詰める。

 その上(第二層)には、川原で採取した親指大の清潔な「丸い小石」を三寸。

 その上(第三層)には、川原の浅瀬からすくい上げ、水で何度も洗って泥を抜いた、目の細かい「白い川砂」を三寸。石英を多く含む均一な砂が、目に見える細かな微粒子を物理的に漉し取る。


 そして、中央の最も重要な第四層には――

 大樹の洞のカマドで硬いカシの木を蒸し焼きにして作った、良質な「硬質木炭」を砕いて敷き詰めた。

 アルトはカマドの底からカチカチに焼き締まった黒い木炭を取り出し、平らな石の上で丸石を使ってコンコンと小豆大の粒に砕いていった。

 飛び散る黒い粉にシロが興味津々で近寄り、クンクンと嗅いでは鼻の頭を真っ黒にして「クシュン!」とくしゃみをする。

 その姿に吹き出しながらも、アルトは砕いた木炭を布で振るって微粉を取り除き、均一な粒にして竹筒に詰めた。

 木炭の内部には、顕微鏡でしか見えない無数の微小な穴(多孔質構造)が無数に空いている。

 この孔が、水に溶けた微細な不純物や嫌な臭い、有機物のぬめりを強力に吸着してくれるのだ。天然の活性炭である。

 木炭の上には、炭の粉が浮き上がらないよう、再び「川砂」の層(第五層)を重ね、最上層には勢いよく注ぎ込まれた雨水が砂を掘り返さないよう、平らな小石を敷いて水流を分散させた。


「よし……これで五重のフィルターが完成したぞ」


 アルトはこの竹フィルターを、ツリーハウスのデッキの床下、大枝の分岐点に頑丈に縛り付けた。

 そしてその真下に、倒木の丸太の芯を小刀と火でじっくりと刳り抜いて作った、容量二十リットルの「特製木桶(貯水タンク)」を据え置いた。

 木桶の底は水平に削り均され、大枝の窪みに楔でがっちりと固定されているため、満水になっても転落する心配は一切ない。


 準備が整ったその日の午後。

 西の空から黒い雷雲が広がり、待望の雨が降り注ぎ始めた。

 バラバラバラ……!

 大粒の雨が三角屋根を激しく打ち鳴らす。

 屋根を伝って滑り落ちた雨水は、軒下の竹樋へと吸い込まれ、サラサラと音を立てて傾斜を流れていく。

 アルトは琥珀色の窓から身を乗り出し、最初の数分間の濁った雨水が外へと流れ去るのを見届けた後、竹樋の弁を切り替えてフィルターへと水を導いた。


 ――トトトトトト……!


 勢いよく澄んだ雨水が、竹フィルターの最上層へと注ぎ込まれていく。

 小石を通り、砂を抜け、木炭の層で磨かれ――

 アルトとシロは、息を詰めて竹筒の底を見つめた。

 数分後。

 竹筒の底の穴から、最初の雫がぽたりと落ちた。


 ――ピチョン。


 続いて、トピトピトピ……と、途切れることのない涼やかな水音が、木桶の底に響き始めた。

 アルトは目を見張った。

 竹筒から滴り落ちてくる水は、屋根から落ちた雨水とは似ても似つかないもだった。

 一握りの濁りも、チリも、泡立ちもない。

 木桶の中に溜まっていくそれは、まるで深山の岩盤から湧き出たばかりの、水晶のように透き通った完全な清水だったのだ。


「すごい……! 見て、シロ、本当に透き通ってる!」


 アルトは木桶から手のひらに水をすくい、顔を近づけて匂いを嗅いだ。

 雨特有の生臭さは完全に消え去り、ほのかに甘い竹と木炭の清涼な香りが漂っている。

 アルトは意を決して、一口口に含んだ。


「……っ、冷たい……! そして、甘い!」


 雑味の一切ない、信じられないほどまろやかな水だった。

 五層の砂と炭を潜り抜ける過程で、大気の汚れが完全に濾過され、純粋な天の恵みへと生まれ変わっていた。

 シロも待ちきれないとばかりに、木桶の縁に前足をかけ、首を伸ばしてピチャピチャと舌を動かして水を飲み始めた。

 そして、満足そうに顔を上げると、濡れた鼻先をアルトの手首にすり寄せ、「ワンッ!」と高く澄んだ声で鳴いた。


「大成功だ……! もう、毎日川まで水を汲みに行かなくていいんだ!」


 雨が降るたびに、屋根が巨大な集水装置となり、自動で数十リットルの清水が木桶に溜まっていく。

 人間が重労働をしなくても、自然の循環を利用して生活必需品が供給される――【自律インフラ】の確立。

 少年の秘密基地は、ただの雨宿りの小屋から、文明の快適さを備えた本格的な住処へと、確実に進化を遂げていた。

 木桶に溜まった豊かな清水は、二人の乾いた喉を潤すだけでなく、料理や手洗い、将来の菜園づくりへの夢さえも広げてくれた。


 雨が上がり、再び西日が琥珀色の丸窓を黄金色に染め上げる頃。

 ツリーハウスのデッキで木桶の水を鉄鍋に移しながら、アルトは自分の手元をじっと見つめた。

 水はある。火もある。屋根も、干し果物もある。

 だが、食事をする時、二人はいつも葉っぱの器を手で持ち、手づかみで具材を口に運んでいた。

 都市にいた頃、残飯を手づかみで漁っていた卑屈な生活の残滓が、まだそこにあったのだ。


「……シロ」

 アルトは足元に寄り添う白い相棒を見つめ、優しく微笑んだ。

「僕たち、もう手づかみで食べるのはやめよう。……木を削って、君と僕のための、本当の食器を作るんだ」


 シロが「キュウ」と鳴いて、アルトの言葉に寄り添うように尻尾を振った。

 生活が安定したからこそ芽生えた、文化的な尊厳への欲求。

 少年の手業は、生き残るためのサバイバルから、人間らしい暮らしを彩るクラフトの世界へと、さらなる一歩を踏み出そうとしていた。

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