第134話:太陽光レーザー散光砲_水晶集光レンズの逆転撃
大気を切り裂くような高周波の共振音が、吹雪の吹き荒れる荒野に鳴り響いていた。
三十メートルを超える鋼鉄の巨神機ギガンテス。
その白銀と黄金で装飾された胸部装甲が、左右へと観音開きに展開していく。
露わになったのは、脈動する巨大な球体――帝国が古代遺跡から発掘し、数千人の魔導士の生命力を犠牲にして稼働させ続けてきた禁忌の動力源『終焉の炉心』だった。
ドクン、ドクン、と黒紫色の雷光を撒き散らしながら鼓動する炉心から、致死的な高濃度のマナ粒子が荒れ狂う風に乗って周囲へと拡散していく。
足元の雪原が一瞬で蒸発し、露出した岩肌が赤熱してドロドロのマグマへと変貌していく。
「おのれ、おのれぇぇぇッ! 神の代行者たる予に泥を塗った罪、万死に値する!」
巨神機の頭部バイザーの奥、拡声魔導器を通じて響き渡る教皇ベネディクトの絶叫は、もはや理性を完全に喪失していた。
足元の聖銀騎士団が武装解除され、捕虜となったことなど意に介していない。
自らの絶対的な権威を傷つけられたことへの怨嗟と激怒だけが、狂気の老人を突き動かしていた。
「地を這う虫けらどもめ! 貴様らのような出来損ないの平民や獣が、この予の神聖なる支配に逆らうなど許されぬ! 星の心臓部もろとも、分子の塵へと消え去るがよい! 神罰照射――『天魔昇華砲』全門解放ッ!」
巨神機の両肩、両腕、そして胸部の炉心から、眩いばかりの紅蓮と紫紺の閃光が噴き出した。
荒野の雪雲が円形に吹き飛ばされ、漆黒の空に巨大な光の渦が現れる。
放たれようとしているエネルギーの総量は、帝都の中央魔導炉が過去一年間に消費した魔力に匹敵していた。
直撃すれば、境界の森の防護結界など容易に貫通し、大地そのものを直径数百メートルにわたって消滅させる絶対の破壊光線。
だが、温室の最上階、ガラス張りの展望ドームに立つアルトの視線は、冷徹なまでに研ぎ澄まされていた。
吹き抜ける風が作業着の裾を揺らす。
少年は手にした真鍮製の計算盤に素早く視線を落とし、光軸と焦点距離の数値を頭の中で組み立てていた。
「シロ、水車バイパスのクラッチを第参段階へ。大樹の循環水流を温室の冷却ジャケットに全開で回して!」
アルトが短く指示を飛ばす。
真横に控えていたシロが「ウォフ!」と力強く吼え、床下の操作ペダルを前足で踏み抜いた。
カチリ、と青銅のクラッチが噛み合い、地下から汲み上げられた冷涼な地下水が、温室の外壁を巡る銅パイプの中を轟音と共に駆け巡る。
温室のガラス天窓が水膜によって覆われ、熱歪みを完全に防ぐ冷却シールドが形成された。
アルトが両手で握りしめたのは、特大の青銅ハンドルだった。
ハンドルは、幾重にも組み合わされた精密な減速歯車と、三軸の自在継手――ジンバルマウントに直結している。
ギリ、ギリ、と心地よい金属音を立てて向きを変えたのは、直径二メートルを超える巨大なレンズだった。
それは普通のガラスではない。
大樹の根元で数千年の歳月をかけて育まれた最高純度の魔導水晶を、アルトが自ら切り出し、シロのプラズマ放電と研磨砂を用いて数日間にわたって磨き上げた『完全非球面・超大型集光レンズ』だった。
本来は、冬の間でも温室の奥深くまで太陽の恵みを届けるために製作された農業用の採光装置。
だが、光を屈折させ、一点へと収束させるという物理の基本法則は、どれほど強力な魔導光線であろうとも絶対に覆らない。
「熱線反射バッフル板、展開」
アルトが床のレバーを引き倒した。
温室の周囲に配置されていた六枚の白銀鋼シールド板が、花弁のように斜め前方へと展開する。
表面には、先日引き伸ばして鍛え上げた白銀銅合金が鏡面仕上げで蒸着されており、あらゆる魔力波長を反射する反射鏡となっていた。
「来るよ、シロ!」
大気が一瞬、完全な静寂に包まれた。
そして――
――カァァァァァァッ!!!!
巨神機の胸部から、世界の終わりを告げるような極太の破滅光線が解き放たれた。
直系十メートルを超える紅蓮の光柱が、大気をプラズマ化させながら一直線に秘密基地へと殺到する。
光速に近い速度で迫る破滅の奔流。
だが、その光が秘密基地の結界に触れた瞬間、四本の大樹が黄金色の葉を激しく波打たせ、空間そのものをレンズのようにわずかに湾曲させた。
歪められた光の軌道は、アルトが計算した通りの進入角で、温室の熱線反射バッフル板へと導かれた。
キィィィィィィィンッ!
耳を劈く金属的な反射音が大気を震わせる。
六枚の鏡面シールドに当たった光線は、散乱することなく綺麗に角度を変え、中央に鎮座する超大型魔導水晶凸レンズの中心軸へと一気に集約された。
「収束角、誤差ゼロ。焦点距離、目標の胸部マナ炉心!」
アルトの瞳に、水晶レンズを通過する眩い光が集まる。
教皇が放った数億マナの莫大な破壊エネルギーは、少年の工学知識によって、直径わずか五センチメートルの極細の「超高密度ニードルレーザー」へと圧縮されていた。
散漫な破壊の濁流から、万物を切り裂く神話の光槍への転換。
さらに、レンズを通過する際、秘密基地の温室に満ちていた「星の調停波」が光線へと自然に混ざり込み、その波長を反転させていた。
「返してあげるよ、教皇様。これが、僕たちの森の太陽だ!」
アルトがハンドルの微調整ノブを最後の一目盛りだけ回しきった。
――ビシュゥゥゥゥゥッ!
無音に近い鋭利な風切り音と共に、レンズの焦点から逆転の極光が放たれた。
巨神機が放ち続けていた光の奔流の真芯を、逆流するように突き進む一本の青白い光線。
それは巨大な濁流を真っ二つに切り裂く外科医のメスのように、完璧な精度で巨神機の胸部へと吸い込まれていった。
「な……な、何が起きたのだ!? 予の光線が、裂かれて――!?」
教皇の悲鳴が途切れるよりも早く、青白いニードルレーザーが巨神機の胸部装甲の中心を貫通した。
古代の超合金で作られたはずの装甲が、ニードルレーザーの超高熱に耐えかねて赤熱し、バターのようにどろりと溶け崩れる。
そして、その奥で狂乱の魔力を放っていた『終焉の炉心』の表面に、極小の穴が穿たれた。
ギギギギギィィィッ!
ドガガガガガガッ!
炉心内部で封じ込められていた莫大な魔力が、穿たれた穴から制御を失って逆噴射を始めた。
自らが放った超高熱のエネルギーを何十倍にも凝縮されて撃ち返されたのだ。
耐熱リミッターを遥かに超えた熱量は、巨神機の内部フレームを焼き焦がし、右腕の駆動油圧シリンダーを次々と爆縮させていく。
ボンッ! ボガァァァンッ!
爆発の連鎖が巨神機の巨躯を内側から引き裂く。
三十メートルを誇った鋼鉄の右腕が、肘の関節から千切れ飛び、轟音を立てて荒野の雪原へと落下した。
地響きが荒野を揺らし、舞い上がった土煙が吹雪と混ざり合って視界を塞ぐ。
「ぎゃああああっ! 熱い、熱いぃぃッ! 機体が、神の巨神が溶けるぅぅぅッ!」
操縦席の計器類が次々と火花を散らし、教皇ベネディクトの豪華な法衣に火が燃え移る。
巨神機ギガンテスは、バランスを大きく崩し、残された左腕で地面を掻きむしりながら、ズゥゥゥン! と重い音を立てて泥炭の荒野に膝を屈した。
無敵を誇った古代の決戦兵器は、いまや胸部から激しい黒煙と高圧の蒸気を噴き上げ、動くことすらままならない手負いの獣と化していた。
温室の展望ドームでは、役目を終えた巨大魔導水晶レンズが、水冷ジャケットの冷たい水を受けてシュウシュウと白い湯気を立てていた。
レンズの表面には、傷一つついていなかった。
アルトが設計した冷却バイパスと、シロによる放電皮膜が、完璧に熱衝撃を受け流していたのだ。
「レンズの歪み、なし。焦点機構、正常」
アルトは静かに青銅ハンドルから手を離し、手袋を脱いで息を吹きかけた。
温室の中には、甘いトマトの青葉の香りと、星光蜂蜜の芳醇な匂いが変わらず満ちていた。
外の地獄のような破壊とは無縁の、穏やかな生命の営み。
温室のガラス一枚を隔てたその対比に、アルトが手を動かして積み重ねてきた日々の重みが宿っていた。
「クゥン」
シロがアルトの太ももに鼻先を押し当て、甘えるように尻尾を振った。
よくやったね、と褒めてほしそうに黄金の瞳を輝かせている。
「ありがとう、シロ。君が水車を正確に切り替えてくれたおかげだよ。最高の相棒だ」
アルトが両手でシロの豊かな白い首毛をわしゃわしゃと撫で回すと、シロは目を細めて喉をゴロゴロと鳴らした。
だが、その穏やかな時間は長くは続かなかった。
荒野の底から、不吉な低周波の振動が再び伝わってきたのだ。
膝を屈した巨神機の胸部。
溶け崩れた装甲の隙間で、黒紫色のマナ炉心が、不規則な明滅を始めていた。
それは通常の攻撃の予兆ではない。
魔導炉が臨界を超え、制御を完全に失った際の――自爆暴走の兆候だった。
「予を……予をここまで愚弄したのだ……! 生きてこの地を出られると思うな!」
千切れた拡声魔導器から、ノイズ混じりの教皇の怨嗟の声が響く。
狂乱の老人は、自らの命もろとも大陸全土を消滅させる破滅の道を選ぼうとしていた。
機械の兵器工学では、もう止められない。
臨界に達した炉心の暴走を止める手段は、もはや通常の手段では存在しなかった。
その時、アルトの手の下で撫でられていたシロが、スッと頭を上げた。
その瞳から甘えの色が消え去り、澄み渡った星の輝きが宿っていた。
シロは展望ドームの開口部へと歩み寄り、冷たい外風にその白い毛並みを靡かせた。
秘密基地の屋根の天辺を見上げるその背中には、星の命運を背負う神話の守護者としての静謐な覚悟が宿っていた。




