第132話:迎撃テラスの全開_重力滑車メガ・バリスタ
ドォォォォンッ!
迎撃テラスの中央に据え付けられた「六連装・重力滑車メガ・バリスタ」の発射レバーが引き倒された瞬間、樫の丸太のフレーム全体がギィィッと軋み、重厚な金属の打撃音が早朝の森に轟いた。
三段に組み合わされた青銅の複滑車が、猛烈な回転速度で摩擦熱の煙を上げ、鋼鉄の釣合重りがドスンと垂直ガイドを滑り落ちる。
アルトが計算し尽くしたテコの倍力比は一対二十四。
大樹の幹を貫く主軸ジェネレーターのトルクと重力エネルギーが瞬時に統合され、数千キログラムの破壊的な張力へと変換される。
バシュゥゥゥゥッ! キィィィィン!
極太の弦が、音速を置き去りにして空間を薙ぎ払った。
その弦は、大樹の強靭な靭皮繊維と装甲列車の極細鋼線を幾重にも撚り合わせ、菜種油と黒鉛粉を練り込んで摩擦抵抗をゼロに近づけた特製品だ。
六本のガイドレールから撃ち出されたのは、かつて聖銀騎士団の大剣を工作棟の炉で溶かし直し、アルトが金床で鍛造した「耐魔白銀鋼の特大徹甲銛」だった。
あの日、炭火炉の前で汗を流しながら、アルトは真鍮のコンパスで理想的な四角錐の矢尻形状を割り出し、装甲板を貫通した瞬間に自転トルクを発生させる螺旋溝を一本一本手作業で削り込んでいた。
矢羽には、オオツノジカの換毛期の硬質な背毛とアルミの薄板をハイブリッドで圧着し、強風の中でも弾道が一切ブレない航空力学的スタビライザーを施してある。
長さ二メートル半、重さ三十キロを超える鋼鉄の槍衾が、音速の壁を突破して白い衝撃波の円環を空中に生み出した。
ヒュババババババッ!
空気を切り裂く鋭い風切り音。
銛の表面には、シロが送り込んだ蒼雷の静電気がプラズマの皮膜となって渦を巻き、青白い光条となって荒野の雪原を一瞬で横断していく。
ターゲットは、泥炭沼の縁でガトリング砲を乱射していた帝国軍の先鋒装甲車列――その足回りだった。
敵の装甲車列もまた、黙って撃たれていたわけではなかった。
二番車と三番車の上部に据え付けられた「重魔導迫撃砲」が、ボフッという鈍い発射音とともに、赤熱した榴弾をテラスへ向けて撃ち上げていた。
放物線を描いて降り注ぐ榴弾。
だが、森の迎撃テラスの外郭に張り巡らされたエメラルドグリーンの空間歪曲ドームに触れた瞬間、砲弾は表面で滑るように軌道を逸らされ、空中で不発のまま霧散していった。
四本の大樹が誇る免震と力場防御の前には、近代兵器の火薬など、子供の投石にも満たなかった。
そして、アルトの放った白銀の銛が、敵の装甲車へと到達した。
ドガァァァァァンッ! ズドォォォォンッ!
先頭を走る三両の重装甲車に、白銀の銛が寸分の狂いもなく突き刺さった。
魔導装甲の防護障壁など、耐魔金属の前には薄紙同然だった。
音速を超えた銛の刃先は、装甲車の前部装甲をバターのように貫通し、駆動用キャタピラの親ギアと減速機を一撃で粉砕した。
さらに、銛の芯材に仕込まれていた高純度銅線を通じて、シロの超高圧電磁パルスが装甲車の機関室へと一気に逆流していった。
バチバチバチィッ! ドッパァァァン!
車内の魔導コンデンサが激しい誘導起電力に耐えきれず、次々と破裂して火花を吹き上げた。
計器類が一瞬で焼き切れ、運転席のレバーから吹き出した煙が車内を充満する。
「ぎゃあああっ! そ、操縦不能! 動力伝達軸が破断した!」
「ブレーキが利かん! 滑る、横転するぞぉぉっ!」
履帯をへし折られた重装甲車は、時速四十キロの慣性のまま雪原の上をスピンし、コントロールを完全に失った。
車輪が激しい火花を散らしながら凍土を削り、車体が横倒しになって雪煙を巻き上げる。
そして――
バリバリバリッ! ドッシャァァァン!
氷の張った泥炭沼の表面を突き破り、黒い泥炭の海の中へと頭から突っ込んでいった。
数十トンの鉄の塊が、底なし沼のヘドロへと沈んでいく。
大樹の地脈熱で温められた泥炭は、一度呑み込んだ金属を二度と離さない。
ジュウウゥゥッと白い蒸気を上げながら、装甲車の車体は車輪の先から砲塔の天辺まで、あっという間に泥の底へと没していった。
「次弾装填!」
アルトは少しの躊躇もなく、バリスタの足元に備え付けた「自動リロード・ペダル」を力強く踏み抜いた。
ガチャン、ギギギギギ……!
大樹の主軸ジェネレーターから伝達される回転トルクが巻き上げウインチを高速回転させ、重力カウンターウェイトが滑車を介して太い弦を瞬時に元の位置へと引き戻す。
マガジンラックから次なる六本の白銀銛が、重力に従ってカシャンとガイドレールへと自動給弾された。
わずか三秒のサイクルタイム。
通常であれば十人以上の兵士が歯車を回して数分かかる巻き上げ工程を、アルトは手作りのオートメーション機構によって一人で完結させていた。
「シロ、二番隊の装甲車! 左翼の三両だよ!」
アルトが叫ぶと、シロはサファイアの双眸をギラリと光らせ、唸り声とともに前脚の爪をテラスの床板に突き立てた。
背中の銀線から、さらに密度の高い蒼雷がチリチリと空気をイオン化させていく。
「ウォォォォンッ!」
シロの遠吠えに呼応して、アルトは二度目の発射レバーを引き倒した。
バシュゥゥゥゥッ! ズガガガガガッ!
再び解き放たれた音速の鉄槌。
残る装甲車列の砲塔基部と動力パイプが、精密な外科手術の手つきで寸分の狂いなく撃ち抜かれていく。
装甲の継ぎ目から紫の有毒ガスが噴き出し、残存の装甲車は同士討ちのように激突し合い、次々と泥炭沼の底へと転落していった。
わずか二斉射。
帝国軍が誇った最新鋭の重装甲師団十両は、森の境界線から百メートル手前で、完全にその息の根を止められたのだ。
「ひ、ヒィィィッ……! ば、化け物め……!」
「装甲車が……一瞬で全滅だと……!? あんな木と鉄の弩砲で、帝国の最新装甲が貫けるはずがない!」
装甲車の背後に控えていた聖銀騎士団の兵士たちが、血の気を引かせた顔で立ちすくんだ。
彼らが頼みとしていた鋼鉄の盾は、すでに泥炭の底に沈み、ぶくぶくと泡を吹いている。
荒野の猛吹雪の中、剥き出しになった二千名の歩兵部隊が、恐怖に震えながら後退を始めた。
前進すれば泥炭沼に呑まれ、後退すれば猛吹雪に凍え死ぬ。
絶対的な死地へと追い詰められた騎士たちの瞳から、戦意の光が急速に消え去っていった。
『ええい、怯むな! 虫けらどもを圧殺せよ!』
頭上遥か高みから、教皇ベネディクトの逆上した怒号が轟いた。
巨神機ギガンテスが、三十メートルの巨躯を一歩踏み出し、泥炭沼の縁へと巨大な鋼鉄の足を下ろしたのだ。
ドォォォォンッ!
凄まじい地響きが荒野を揺らす。
巨神機の足元からは、高圧の反重力フィールドが展開され、底なしの泥炭沼を足場ごと無理やり凍結・圧縮しながら進軍してくる。
泥炭沼のヘドロがバリバリと青白い霜を帯びて硬化し、巨神の足場となっていく。
前衛の雑魚部隊が全滅したことで、ついに破滅の巨神そのものが、境界の森の防護ドームへと直接その切っ先を向けようとしていた。
右手の大槍が、轟然と天空へと掲げられる。
穂先の紅蓮水晶が、太陽よりも眩しい超高熱のマナ光を帯びて発光し始めた。
その熱量は、荒野の吹雪を一瞬で融解させ、周囲数百メートルの空気を陽炎のように揺らめかせるほどだった。
装甲車を失った聖銀騎士団の兵士たちは、巨神機の圧倒的な熱量に背中を押されながらも、恐怖で足をもつれさせていた。
彼らが後退しようと振り返ったその瞬間――
ド・ド・ド・ド・ドッ!
雪煙を切り裂いて、森の茂みから三頭のたくましい若鹿たちが姿を現した。
青銅のように硬質な大角を低く構え、蹄で凍土を力強く叩いて威嚇の鼻息を噴き上げる。
退路は完全に塞がれていた。森の生態系全体が、アルトの意図を汲み取るように敵の包囲網を完成させていたのだ。
騎士たちは武器を握る力すら失い、雪の上に立ち往生して巨神を見上げるしかなかった。
彼らが頼みとしていた最新鋭の魔導装甲車は、いまや黒煙を吹き上げて泥炭の底へと没し、ただの鉄屑へと成り果てている。
かつて帝都の兵器工廠で無敵と謳われた機械化部隊が、森の少年が手作業で組み上げた重力滑車とリサイクル鋼の銛一本によって、ものの数分で粉砕されたのだ。
その事実がもたらした心理的衝撃は、彼らの戦意を根底から打ち砕いていた。
「地上部隊の排除、完了だね」
アルトは額に浮かんだ一筋の汗を手の甲で静かに拭い、バリスタの撃鉄安全レバーをカチリとロックした。
冷徹な金属音が、硝煙と松脂の香りが漂う迎撃テラスに響く。
その顔に、焦りや恐れの色は微塵もなかった。
ただ、入念に計算された工学実験の工程が、予定通り狂いなく完了したことを確かめる職人の静謐な瞳があるだけだった。
予定通りの前哨戦の完勝。
シロがアルトの真横にぴったりと寄り添い、背中の白銀の毛並みを激しく逆立てて青白いプラズマの火花を散らしながら、天を睨みつける。
低く響く喉の唸り声は、すでに眼前の機械人形の急所を完全に捕捉していた。
次なる段階へと移行するため、アルトは温室の天窓へと続く太い真鍮の操作ワイヤーに手を伸ばした。
大樹の天辺で待つ、第二の迎撃システム――温室の巨大魔導水晶凸レンズによる反射光学兵器が、ジンバルの青銅歯車を静かに軋ませながら、巨神の胸部マナ炉心へと照準を合わせ始めていた。
四本の大樹の樹皮を走る白銀銅のワイヤーが、高まるエネルギーに共鳴して微かな歌声を上げる。
破滅をもたらす神罰の大槍と、生命を育んできた知恵のレンズ。
神話の決戦は、いよいよその核心部へと踏み込もうとしていた。




