第5話:テキサスの熱風と、錆びた給油所
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十数時間もの太平洋横断フライトを経て、5人の仲間はついにテキサス州のダラス・フォートワース国際空港(DFW)に着陸した。時は2018年8月下旬。空港のゲートを出た瞬間、刺すような熱風が容赦なく彼らの肌を襲った。8月のテキサスは極端な夏の最盛期であり、屋外の気温は摂氏38度に達し、アスファルトの路面の上でゆらゆらと揺れる陽炎の歪みを作り出していた。入国審査を終えると、ウィリアム・カーターがすぐに一同を率いてレンタカー会社へ向かい、アメリカの奥地を走破するロングドライブ(ロードトリップ)に最適な、頑丈で大型のSUVを借り受けた。
ダラスからハリソン郡のキャド湖までは、インターステート20号線イーストを経由して車で約3時間の道のりだった。レンタカーのSUVの窓の外からは、景色が少しずつ、しかし劇的に変化していった。大都市ダラスの壮大な高層ビル群が次第に消え去り、代わりに広大な乾燥した草地、枯れかけた古いオークの木々が広がり、ついには彼らの行く手に、次第に密度を増し、高く、暗くそびえ立つ奥地の松林のエリアへと入り込んでいった。車内では、照りつけるテキサスの熱気に抗うためにエアコンが最大出力に設定され、彼らの間でいつものバカップルなコミカルな言い合いが繰 はが繰り広げられていた。
ウィリアムは気楽にハンドルを握りながら、時折助手席の方へ視線をやった。そこでは、吉田千佳がシートベルトをきつく握りしめて背筋を伸ばし、ひどく不機嫌な「ナビゲーター」として座っていた。初めての外国に緊張した千佳のツンデレな性格が完全に発動していたのだ。「ちょっと、バカ外人! そんなにスピード出さないでよ! ここは東京の綺麗な道路とは違うのよ! もしタイヤが滑って、こんな荒れ果てた森の真ん中で車が横転したらどうするのよ?!」千佳は窓の外を向いたまま苛立たしげに文句を言った。ウィリアムはただただ男らしく笑うと、静かに片手をハンドルから離し、シフトレバーの上で千佳の指をそっと包み込んだ。「落ち着けよ、千佳。自分が何をやってるかは分かってる。僕を信じて」ウィリアムが優しく言うと、千佳の顔は一瞬にして真っ赤に染まった。彼女は小さく鼻を鳴らしたが、ウィリアムの手を振り払うことはしなかった。
一方、二列目のシートでは、雰囲気は遥かにのんびりとしていて、甘えきったものだった。純粋なENFPの性格を持つ宮城芽衣は、カーステレオから流れるアメリカのカントリーミュージックに合わせて楽しそうにハミングしていた。芽衣の頬は、車の振動を気にする様子もなく、一ノ瀬蓮の肩に甘えるようにぴったりとくっついていた。その隣で、蓮は英語で書かれた分厚い哲学の専門書に集中しようとしていた。京大の若い哲学徒は長い溜息をつくと、得意の静かな関西弁で、彼らしい皮肉混じりの文句を口にした。「異国のラジオの周波数と、不規則なハミングの調和やなんて……。まったくもって魂の静寂という本質を削ぎ落とす騒音の極みやな」口では鋭く文句を言いつつも、蓮は肩を微動だにさせず、芽衣がそのまま心地よさそうに寄り添っていられるようにしていた。芽衣は悪びれずにレモンシロップのような笑顔を浮かべると、蓮の頬に不意打ちのキスをした。それによって冷徹な哲学青年は突如として完全に言葉を失い、顔を耳の先まで真っ赤に染め上げた。
最後尾の残されたシートの隅では、エドが芽衣の巨大な豚のぬいぐるみを水平の境界線として抱き抱え、ぽつんと一人で座っていた。エドは窓の外を猛スピードで通り過ぎていく松の木々を見つめ、前方と隣で繰り広げられる熱い光景に長い溜息をついた。このカリマンタンの青年は、この狂った真夏の真っ只中に、ドーパミンを過剰に分泌させている二組の男女と共に鉄の塊の中に閉じ込められている自分の運命を、自虐的なユーモアと共に心の中で深く嘆いていた。
彼らのSUVが主要な幹線道路を外れ、奥地の細い裏道へと曲がった瞬間、車内の空気は徐々に変化した。道路の両側にそびえ立つ巨大なイトスギ(サイプレス)と原始的な松の木々が、遮り始めた夕方の光を完全に覆い隠していった。外の景色は突如として薄暗く、静まり返り、孤立した空間へと変わった。スマホでルートを確認していた千佳が突然パニックの声を上げた。「え? ちょっと待って……。スマホの電波が急に消えた! 画面に『圏外』って出てる! グーグルマップが読み込まないわ!」千佳の声が震える。芽衣も自分のスマホを確認し、不安そうに頷いた。
ここで、エドの大自然に対する科学的な知見が再び発揮された。後部座席から、エドは非常に冷静で分析的なトーンで話し始めた。「物理科学的には、それは当然の現象だよ、千佳。このテキサスの奥地にある湿地林の密度の高さと、土壌に含まれる高い鉄分などの鉱物成分には、携帯電話の電波のマイクロ波を吸収する性質があるんだ。テクノロジーの観点から言えば、僕たちは今、大都市の文明から正式に孤立したことになる」エドのあまりにも冷静な科学的説明を聞いて、千佳と芽衣は少し身震いし、蓮はエドに深い意味を込めた視線を送った。エドのその冷静さが、非常に戦術的なものであることに気づいたのだ。
電波の全くない状況の中、ウィリアムはダッシュボードの燃料計が残りわずかで赤線に近づいていることに気づいた。「クソ、ガソリンが必要だ。幸い、前方に場所があるな」ウィリアムはハンドルを切り、静まり返った森の道端にある開けた場所へと車を走らせた。
彼らのSUVは、その奥地でようやく見つけた唯一の古い給油所の前に停車した。その場所は、まさに2000年代の西欧のホラー映画に登場するような、ひどくゴシックで、古びて、使い古された雰囲気を漂わせていた。トタン屋根の上の古びた木の看板には、「Blackwood Gas & Bait」という架空の名前が刻まれている。給油機のポンプはひどく錆びつき、80年代의古いモデルで完全に色褪せていた。メインの建物のトタン屋根は熱風に吹かれてギシギシと嫌な音を立てており、古いガソリン、汚れたエンジンオイル、そして腐敗した沼の魚の餌の生臭さが混ざり合った、奇妙な強烈な臭いが漂っていた。
ウィリアムはセルフで給油するために車のドアを開けた。まさにその時、薄暗い木造の小屋のドアがゆっくりとギィと音を立てて開いた。一人の地元のお老人が、重い足取りで出てきた。彼の肌は太陽で荒々しく焼け焦げており、真っ黒なオイルの染みが至る所に付いたデニムのエプロンを身に纏っていた。彼の濁って冷たい両の目は、透明なSUVのガラス越しに、車内の中にいる千佳、芽衣、そしてエドの顔を一人ずつ、ひどく不快な視線で舐めるようにじっと見つめていた。
ウィリアムは突如として凍りついた空気を和らげようと、同じアメリカ人として親しげな態度を取ろうとした。
「Hey there, sir. Just filling her up. Quite a drive from Dallas. We’re heading down to Caddo Lake for the weekend.」
ウィリアムは親しげな笑顔を浮かべ、ダラスから週末のキャド湖へ向かう途中で給油しているのだと、同じアメリカ人として気さくに話しかけた。
地元の老人は乾燥した地面の上に黒い唾を吐き捨てると、ウィリアムを一瞥した後、再び視線を後部座席のエドと少女たちが座る場所へと鋭く向けた。そして、しゃがれた重いテキサス奥地訛りでこう返した。
「Caddo, huh? Ain't no good place for city birds, son. Especially them pretty little things in the back.」
キャド湖だと? 都会の鳥どもが行くような良い場所じゃねぇな、坊主。特に後ろに座っているその可愛いお嬢ちゃんたちにとってはな、と老人は冷たく言い放った。
ウィリアムの顔から笑顔が完全に消え失せた。その言葉に込められた無言の脅迫を感じ取り、彼の肩が緊張した。しかし、彼は平静を装おうとした。
「We’ll be fine, sir. Just renting some canoes, staying near the tracks.」
「大丈夫ですよ、おじさん。カヌーを数艇借りて、観光ルートの近くに泊まるだけですから」とウィリアムは答え、声のトーンを少し低くした。
老人は突然奇妙な笑みを浮かべ、ボロボロに欠けて黒ずんだ歯の並びを覗かせた。夕暮れの薄暗がりの中、それは非常に恐ろしい不気味な笑みだった。彼は一歩前に踏み出すと、震える途切れ途切れの声でこう囁いた。
「The swamp’s deep this time o' year. Thick fog. Once the sun goes down, the water don't just take your canoe... it keeps the meat, boy. Keeps it fresh for the cellar.」
この時期の沼は深いぞ。霧も濃い。日が沈めば、水はただカヌーを奪うだけじゃねぇ……肉をな、坊主、しっかりと貯め込むんだ。地下室のために、新鮮なままな。
閉ざされた車内の中で、千佳、芽衣、そして蓮は、ウィリアムの顔が突如として土気色に変わったことに気づいていた。
彼らはまた、後部座席のエドが非常に真剣な表情で給油所の小屋の隅を鋭く見つめているのを目にしていた。
「エド……あの人、ウィリアムと何を話してるの? なんでウィリアムの顔が急にあんなに強張ってるの? あの人……私たちが外国人だからって、因縁をつけてるわけじゃないわよね?」吉田千佳は声を潜めて尋ねた。彼女の手は、本能を襲った突如たる恐怖に反応して激しく震えていた。
「エドくん……ここからでも、あの人の声がすごく不気味に聞こえる。後ろに座ってる私たちのことをなんて言ってたの?」宮城芽衣も言葉を重ねた。彼女の純粋なENFPとしての明るい表情は完全に消え去り、怯えた様子で蓮の腕をまるで救いを求めるように強く抱きしめていた。
一ノ瀬蓮は哲学書を膝の上に下ろした。彼の鋭い両の目がエドを真っ直ぐに見つめた。「エド、あの老人の訛りは独特すぎて、僕の英語力では正確に聞き取れん。ただ、あの身体的なイントナシオンと言葉のニュアンスからして、田舎特有の歓迎の言葉を並べとるわけやなさそうやな。一体、何て言うてたんや?」蓮は冷徹なトーンで、正直な説明を求めた。
エドは深く息を吸い込み、不規則に激しく高鳴り始めた心臓の鼓動を落ち着かせようとした。自然のバイオロジーを修めるエドには、奥地の野生動物の狩猟の文脈における「肉」と「地下室」という言葉が何を意味しているのかが正確に分かっていた。それらの言葉は動物を指しているのではなく、紛れもないサイコパスによる人肉食の脅迫だった。しかし、エドはこの電波の届かない車内で、これ以上必要のないパニックを引き起こしてはならないと理解していた。
「あ、あの人は……ただ極端な悪天候について警告してくれただけだよ、千佳」エドはわざと平坦で安定した声のトーンを保ち、少女たちを安心させるために嘘を吐いた。「地理科学の観点から、8月下旬のキャド湖周辺の霧はもの凄く濃くて深く、まだ慣れていない都会の人にとっては非常に危険だと言っていたんだ」
蓮はエドの目をさらに深く見つめ、その嘘を見抜いていた。「天気の話やと? 嘘を吐くな、エド。僕は人間の微細な表情の変化を研究する哲学の徒や。千佳と芽衣を舐めるように見ていたあの老人の眼光は、決して天候を心配する気象予報士のそれやなかった」
エドは腕の中の豚のぬいぐるみの隙間から、蓮の視線を真っ正面から受け止めた。キーワードに合わせ、エドは声のボリュームを、非常に冷たく刺すような囁き声にまで落とした。「蓮……あの老人は、あそこの沼は非常に深いと言ったんだ。日が沈んだ後に沼の迷路に迷い込んだら……あの沼は、まだ命あるものを何一つとして家には帰さない、とそう言ったんだ」
その瞬間、SUVの車内全体を、言葉を失うほどの圧倒的な静寂が完全に支配した。エドの冷徹な翻訳の意味を察した千佳は激しい鳥肌を立て、ウィリアムが戻ってきたらすぐにその腕にしがみつけるよう、運転席のドアの方へと体を完全に引き寄せた。その隣で、芽衣は蓮の胸の中に顔を完全に埋め、埃にまみれたガラス窓の外を二度と見ようとはしなかった。
ウィリアムはガソリンの支払いを急いで済ませると、ようやく車内に戻ってきた。アメリカ人の青年の顔は青ざめて緊張しており、彼は一言も発することなく車のエンジンを始動させた。
しかし、彼らのSUVがその錆びついた場所を離れて走り去るまさに直前、エドのサバイバル本能と科学的な観察眼が、木造の小屋の裏手にある一つの恐ろしいディテールを捉えた。後方の窓ガラス越しに、エドは小屋の外壁に並べて掛けられている古いチェーンソーと大きな斧を目にした。物質の化学的性質を理解する者の目には、そのチェーンソーの刃に付着した錆の汚れが、乾燥してこびりついた濃い茶色の厚い層と混ざり合っているのが見えた。それは機械のオイルの汚れではなく、すでに腐敗した乾燥した血液の鉄分であり、テキサスの熱風に乗って微かに生臭い臭いを放っていた。
彼らの車がキャド湖へと続く暗い未舗装の道を再び加速し始めた時、エドは一瞬だけ後ろを振り返った。埃で曇った小屋の窓ガラスの向こう側で、あの不気味な老人が闇の中に佇み、片手に古い無線機(HT)を握りしめ、まるで沼の奥深くにいる誰かに向けて音声コードを送信しているかのように見えた。テキサスの空の太陽はついに完全に沈み、地平線を絶対的な夜の闇の中へと葬り去った。5人の仲間を乗せた車は、すでに張り巡らされた死の罠の奥深くへと、ひたすら突き進んでいくのだった。




