第2話:空虚なポッケと星の航路
#サイプレス #サバイバルホラー #スラッシャー #サイコパス #学園 #恋愛 #ツンデレ #バカップル #友情 #異文化交流 #インドネシア #ウリンの意志 #2000年代ホラー
木造のカフェ『諏訪湖ブリーズ』のドアの鈴が静かに鳴った。松の木の温もりを感じさせるエステティックな店内は諏訪湖のほとりに佇み、夕日に照らされてきらめく湖面を一望できた。窓際の席の隅で、エドは物憂げにアイスコーヒーをかき混ぜていた。南カリマンタン州出身の20歳の青年は、白いオーバーサイズのTシャツに、今朝知野のリンゴ農園で摘果作業をした際についた樹液のシミがあるカーゴパンツを履いていた。それは彼のいつもの格好だった。
駅の改札から出てきたばかりの4人の親友たちを見つめると、そのコントラスはあまりにも鮮明だった。東大生のアメリカ人留学生、ウィリアム・カーターは、モデルのようにゆったりとしたフランネルシャツを羽織り、非常にファッショナブルだった。到着するなり、ウィリアムは吉田千佳の肩を抱き寄せ、大分出身の東大2年生の彼女は、顔を真っ赤にしてウィリアムの胸を小突き、お馴染みのツンデレ全開だった。
一方、その隣では、京都大学医学部の1年生で沖縄出身の天真爛漫な宮城芽衣が、一ノ瀬蓮の腕に親しげに絡みついていた。冷徹な哲学青年である蓮は、耳の付け根を真っ赤にしながらも、ポーカーフェイスを気取って古い書籍に視線を落としていた。彼らの間に立っていたエドはただため息をつき、このカフェに避難する前、駅のホームで最も切ない「お邪魔虫」と化していたのだった。
カフェの中に入ると、その雰囲気はエドをさらに落ち込ませた。彼の目の前で、芽衣が甘えるように指先を使い、蓮の口の端についたケーキのクズを優しく拭い取っていた。
「蓮くん、口の周りが子供みたいに汚れてるよ?」と、芽衣は南国の太陽のような甘い笑みを浮かべてからかった。蓮は冷たいポーカーフェイスで返そうと試みた。「哲学的に言えば、糖分の過剰摂取は人間の批判的理性を鈍らせるだけに過ぎない……」しかし、彼の皮肉めいた言葉は途中で途切れた。芽衣からの愛に満ちた視線のせいで、彼の顔は首筋まで真っ赤に染まっていたからだ。
彼らの隣では、ウィリアムがチョコレートケーキの一片を千佳の口へと運んでいた。千佳のツンデレ属性が瞬時に発動する。彼女は腕を組み、ぷいと顔を背けて不機嫌そうに呟いた。「べ、別に私がこれが好きだから食べるんじゃないんだからね! でも、捨てるのはもったいないでしょ!」と言いつつも、千佳はそのケーキを口に受け止め、リスのように頬を膨らませた。その姿はひどく愛らしかった。ウィリアムはただ大笑いし、愛おしそうに千佳の頭を撫でた。
エドは重いため息をつき、半分ほどになったアイスコーヒーのストローを突き刺すことに集中した。「こんなことなら」とエドはぽつりと呟いた。「農園で一日中リンゴの木とおしゃべりしていた方がマシだったな」
「オーケー、みんな! 今日のメイン議題に入ろう。2018年8月の夏休みについてさ!」ウィリアムが場の空気を変えるために声を上げ、観光パンフレットを取り出した。
「沖縄に行こうよ!」芽衣が目を輝かせながら元気いっぱいに叫んだ。「千佳ちゃんとお揃いのビキニを着て、南国の海で蓮くんに抱きつきながら泳ぎたいな! きゃあ〜!」芽衣はすぐに恋人の腕に甘えるように寄りかかった。
蓮は本を少し下げ、無表情ながらも耳を赤くして言った。「海洋生物学的に見て、8月の沖縄の海は生命を脅かすハブクラゲ(殺人クラゲ)で溢れている。3分以内に心停止を引き起こすネマトシスト(刺胞)の毒に触れたいのであれば、一人で飛び込むといい」
芽衣は逆に嬉しそうに笑い、蓮の頬を愛おしそうにつねった。「ああん、蓮くん、私が怪我をしないか心配してくれてるんだね? ロマンチック〜!」蓮は完全に形無しとなり、わざとらしく咳払いをして赤くなった顔を背けた。
彼らのイチャつきを見て、千佳は気をそらすために東京のトレンド雑誌を机に叩きつけた。「と、遠くに行くくらいなら、神奈川の江の島海岸に行った方がいいわよ! 東京からも近いし、交通費の節約になるわ!」
ウィリアムがニヤリと千佳をからかった。「おや、千佳は僕が水着を着てサーフィンをする姿を見たいのかな?」
千佳の顔は一瞬で真っ赤に染まった。彼女は腕を組み、トゲのある声で叫んだ。「ち、違うわよ、このおバカ外人! 誰があんたの筋肉なんか見たいもんですか! 私はただ……ただ、エドが長野で一人ぼっちなのがかわいそうだと思っただけよ! そう、エドのためよ!」
アイスコーヒーをかき混ぜていたエドは、だるそうに顔を上げた。「千佳、自分のツンデレを隠すために僕の名前を巻き込まないでくれ。君のプライドとウィリアムの心拍数の物理的な相関関係は、すでに透けて見えているよ」
蓮もゆっくりと本を下げ、冷ややかな視線で彼らを見つめた。「海岸は太陽を崇拝する享楽的な人間どもで騒がしすぎる。もし意味のある休暇を望むなら、富士山の麓にある青木ヶ原樹海へ行くのはどうだ? あそこは静かだ。人間の骨の残骸の間で、生の存在性について思索にふけることができる」
「絶対イヤ!」と芽衣と千佳が声を揃えて叫んだ。
「この変態哲学学生! 誰が夏休みに幽霊の出るような場所に行くのよ!」と千佳は気味悪そうに身震いしながら怒鳴った。
エドはため息をつき、この議論の崩壊からグループを救わなければならないと感じた。「僕の故郷の南カリマンタンはどうかな? バリト川を下って、水上マーケットを見ることができるよ」
「わあ、それは素晴らしそうだな、エド!」とウィリアムが興味深そうに褒めた。
「でも、一つ自然の化学・生物学的な問題があるんだ」とエドは正直に続けた。「あそこの8月は乾期のピークなんだ。泥炭地が太陽の熱による酸化反応で自然発火することがよくある。だから、おそらく僕たちは肺を痛めるような濃い煙霧に包まれて休暇を過ごすことになる」
蓮は詩的な表情で同意の頷きを見せた。「親友の生まれ故郷で共に一酸化炭素を吸う……実に詩的な死の概念だ」
「エド、お前は僕たちをバカンスに誘っているのか、それともサバイバルの実験をさせたいのか?」とウィリアムは諦めたように笑いながら尋ねた。そんな絶望的な状況の中、ウィリアムはついにノートパソコンを開き、沼の水上に生い茂るサイプレスの木の迷宮の写真を一同に見せた。千佳、蓮、芽衣の視線は瞬時に画面に釘付けになり、困惑した。日本にはこれほど独特な生態系は存在しなかったからだ。
「ここはカドー湖さ。テキサス州とルイジアナ州のちょうど境界に位置しているんだ」ウィリアムは地元の観光客のような熱量で説明した。「ここはまるで別世界だよ、みんな。水面は鏡のように静かで、何千本もの巨大なサイプレスの木が湖の底から直接生えている。木々の枝からはスペインモス(サルオガセモドキ)が垂れ下がっていて、ひどくエキゾチックで魔法のような雰囲気なんだ。カヌーをレンタルして、木々の隙間を漕ぎ進むことができる。まるでおとぎ話の世界に入り込んだような気分になれるよ!」
3人の友人がまだ躊躇しているのを見て、カリマンタンの水上生態系に馴染みのあるエドもウィリアムのパソコン画面を覗き込んだ。彼は流暢な英語で分析を付け加え、席の全員を感嘆させた。
「ウィリアムの言う通りだ。この湖がユニークなのは、ただの開けた水原ではなく、バイユー(巨大な沼の迷宮)だからだ。サイプレスの木の配置が自然の消波ブロックの役割を果たしている。だから水面がこれほど穏やかなんだ」
エドは再び写真を鋭く見つめた。「ウィル、8月にそこへ行くなら、湿度は極限状態になるはずだ。この水の色と垂れ下がっているスペインモスを見てみろ。夏の盛りに有機物を多く含んだ沼の水が蒸発すると、夕方に非常に濃い霧を発生させる化学反応を引き起こす。湿潤な気候の中で脱水症状により代謝が落ちないよう、しっかりとした水分補給の準備をしておく必要がある」
プライドの高い千佳が小馬鹿にするように言った。「ちょっと、私たちにはスマホのGPSがあるじゃない。なんでそんなことまで気にする必要があるのよ?」
エドは千佳を見つめ、静かな真剣さを示した。その眼差しに、ツンデレな少女は少しきまずそうに身をよじった。「あのような内陸の沼地には電波塔がほとんどないんだ、千佳。GPSの信号は十中八九、完全に途絶える。均一な木の迷宮の中では、磁気コンパスさえも沼の土壌に含まれる鉱物成分によって狂わされる可能性がある。もし夜まで閉じ込められた場合、唯一安全なナビゲーションは、テキサスの夜空の星座を読み解いて方角を決める『星への航路(天体航法)』だけだ」
蓮は哲学書を下げ、エドに深い敬意の視線を向けた。「生きた科学だ……」と蓮は静かな京都弁で呟いた。「東大や京大の学生が試験の点数のために紙の上の数式を暗記している間に、君は大自然をまるで自分の友人のように扱い、その法則を読み解いている。実に興味深いよ、エド」蓮がエドを褒めるのを見て、隣の芽衣は誇らしげに微笑んだ。
ウィリアムは誇らしげにエドの肩を叩いた。「それが俺のブラザーだ! まさにエドのように自然科学を理解している奴がいるからこそ、俺はみんなをテキサスに誘う勇気が出たんだ!」
エドの詩的な天体航法の説明を聞いて、芽衣は目を輝かせながら両手で頬を包み込んだ。「わあ、すごくロマンチック! 蓮くん、テキサスに行ったら、夜に一緒に星を見るのに付き合ってね!」蓮は即座に顔を真っ赤にして視線を逸らした。一方、ウィリアムは机の下で静かに千佳の手を握りしめ、千佳は激しく動揺しながらも嬉しさを隠すために小さく小言を言った。
自然科学のマエストロであるエドは、その一面のピンク色の光景を見て重いため息をつくしかなかった。彼はアイスコーヒーを飲み干し、切なげに呟いた。「物理学と天文学は、宇宙にある何百万トンもの星の動きを予測できるのに……なぜ科学は今日に至るまで、僕が君たち4人の間で『蚊帳の外』でいなければならない理由を説明できないんだろうな」
時間はあっという間に過ぎた。夕方の17時30分、長野の夏の太陽が沈み始め、諏訪湖の表面に赤橙色の輝きを反射させていた。5人が駅へ向かうために外へ出ると、カフェの鈴が鳴り響いた。今回の旅のキャプテンとして、東京・ダラス間の往復航空券の手配や、彼らのパスポートのためのESTA申請の手続きをサポートしてくれたウィリアムが、最後の指示を出した。
「エド、インドネシアのパスポートとアメリカのビザは問題ないか?」とウィリアムが確認のために尋ねた。
「全部大丈夫だよ、ウィル。財布の中に準備してある」とエドは落ち着いた笑みで答えた。
「べ、別に行くのが待ちきれないわけじゃないんだからね!」と千佳が突然、顔を赤くして胸の前で腕を組んで割り込んだ。「私はただ、このおバカ外人が飛行機の席を間違えて予約していないか確認しただけよ! 外人の隣の席になんかされたら、承知しないんだから!」
「心配ないよ、千佳ちゃん。ウィリアムはきっと12時間のフライト中ずっと抱きしめられるように、自分の隣の席にしてくれてるよ」と芽衣が楽しそうな声でからかい、千佳は恥ずかしさのあまり叫んだ。芽衣の隣で、蓮はバッグの位置を直しながらエドを温かく見つめた。「エド、覚悟しておけ。大洋を越える飛行は、人間の存在がいかに矮小であるかを思索する最高の時間だ」
「とにかく、エド。今週は体調に気をつけてな」とウィリアムは心からの笑みを浮かべてエドの肩を叩いた。「リンゴ農園で無理をしすぎるなよ」千佳も顔を背け、マフラーを直しながら小さく呟いた。「の、農園で働きすぎて病気にならないでよね、エド。旅行がキャンセルになったら困るから」ウィリアムは彼女の隠された優しさに苦笑いするだけだった。
芽衣はひどく元気に手を振った。「エドくん、バイバイ! 体調に気をつけてね!」その隣で、蓮は親友としての温かい視線を送った。「またな、エド。リンゴの木の間で思考を迷子にさせるなよ」蓮はそう言って芽衣の手を握り、京都方面の列車が待つホームへと歩き出し、ウィリアムと千佳も東京方面の列車へと向かった。
JRの列車はゆっくりと動き出し、ウィリアムの陽気な笑い声、千佳のツンとした小言、芽衣の輝くような明るさ、そして蓮の冷ややかな横顔をそれぞれの都会へと連れ去っていった。エドはホームに立ち尽くし、列車の尾部が線路のカーブに完全に消えるまで手を振り続けた。
列車のエンジン音が聞こえなくなると、駅のホームはまるで一瞬にして静寂に吸い込まれたかのようだった。8月の夕風がコンクリートの隙間を吹き抜け、エドの顔を撫でた。カリマンタン出身の青年の視界が突然滲んだ。彼の目尻には涙が浮かんでおり、昼間からくだらない冗談の裏に閉じ込めていた感情の昂りを必死に堪えていた。
心の奥底で、エドは耐え難いほどの空虚さを感じていた。彼は冷たいカーゴパンツのポケットに両手を突っ込み、農園での重労働で荒れた自分の手のひらをなぞった。今日、友人たちの睦まじい姿を目の当たりにしたことで、異国の地で生き抜くためにずっと心の奥深くに葬り去っていたある「飢え」が再び燃え上がってしまったのだ。彼は愛されたかった。何年もの間、孤独の埃と蜘蛛の巣だけがたまっていた自分の空っぽな心が、誰かによって満たされることを望んでいた。自分が帰るべき理由となり、心から微笑みかけてくれる誰かを。
エドは重いため息をつき、涙がこぼれ落ちる前に手の甲で目尻を拭った。彼は反転し、駅の外へと歩き出した。本当なら、この8月の夏休み中に滞在しているリンゴ農園の住み込み寮に戻らなければならなかった。諏訪市にあるNICCの学生として、長期休暇中に農園の寮に一時滞在することは、中心街のアパートの家賃を節約しつつ、生きるための円を集中して稼ぐ最善の方法だった。
しかし、暗い寮の部屋のドアを開け、自分で電気を点け、部屋の壁の絶対的な静寂に迎えられる瞬間を想像すると……エドは薄気味悪さを覚えた。農園の寮の静けさは、一日中炎天下で摘果作業をする疲労よりも恐ろしかった。つい先ほどまであった賑やかさの後に、自分の部屋の孤独に溺れてしまうのが怖かったのだ。
だから、リンゴ農園の寮への近道を選ぶ代わりに、エドの重い足取りは坂道へと向かった。彼は残りの夕暮れを一人で過ごし、自分の部屋の寂しい影から逃れられる場所――高台にある『立石公園』へと向かって、歩いて登ることを選んだのだった。




