閑話 特異点
銀河暦1276000年。 銀河中央文明の中枢、首都プラネタリウム。
「我々の文明は、1000年と持たずして、いずれ滅びる。これが、実験歴史学者としての儂の結論だ」
オルト・セルダンはそう語ると、銀河皇帝を前にして深々と長椅子に腰掛けた。 彼にとっては、全銀河を支配する皇帝と称されるシステムの部品など恐ろしくもなく、とくに敬意を払う相手でもなかった。彼は「数字」という絶対的な真理のみに仕える男だからだ。
「朕が聞いているのは、何故、我が永遠なる中央が、滅ぶのかと聞いておる」
皇帝は、不快感を隠そうともせず問い返した。 銀河中央文明は、数百万の星系を支配下に置く絶対的な版図を誇ってはいたが、その内実は『黄昏』を迎えていた。100万年に及ぶ平和と安定は、文明から活力と変化を奪い去り、新たな技術革新もなく、ただ巨大なシステムを維持するだけの停滞した巨象と化していたのだ。だが、それでも永遠に続くと信じられていたこの帝国が、文明最高の頭脳であるセルダンによって、唐突に滅亡を予言されたのである。
「必ず滅ぶとは言ってはおらんよ。しかし、条件は達成されつつあるのだ。そう、『特異点』が出現しようとしている」
セルダンは、空中にホログラムを展開した。 そこに映し出されたのは、銀河の辺境、オリオン腕の先にある、小さく青い惑星だった。
「儂が発見した、未開の異星文明だ。現地語で『地球』と呼ばれている」
「……あのような辺境の未開人が、この中央の脅威になると?」
「文明レベルは低い。まだ原子核の分裂エネルギーをようやく武器に転用し始めた段階だ。我々から見れば、火遊びを覚えた猿に過ぎん。……だが、問題はその『進化への渇望』だ」
セルダンは、地球の映像を拡大した。 そこには、環境汚染も顧みず、同族同士で殺し合い、それでもなお新しい技術を開発し、不便を克服しようとする人類の姿があった。
「彼らには、我々のような『調和』がない。不便があれば、環境を変えてでも解決しようとする。謎があれば、神を殺してでも解明しようとする。この底なしの探究心と闘争本能……これこそが彼らの『科学』の本質であり、停滞した中央の平和を食い破りかねない『癌』なのだ」
「……ならば、惑星ごと焼き払うがいい」
皇帝が淡々と言う。だが、セルダンは首を横に振った。
「愚行だ。この発見は同時に我々にとってチャンスだともいえるからだ。彼らの持つエネルギー自体には利用価値がある」
「利用価値、だと?」
「左様。彼らという種には、大きく三つの利用価値がある」
セルダンは指を三本立て、淡々と説明を始めた。
「第一に、その『闘争本能』だ。彼らは繁殖力が高く、殺し合いに躊躇がない。遺伝子調整を施し、強力な生物兵器へと改造すれば、辺境宇宙での戦争における使い捨ての兵士として、実に優秀な供給源となるだろう」
「ふむ、兵か」
「第二に、『労働力』だ。いずれ我々本隊があの星系に入植する際、現地の環境に適応した奴隷が必要となる。我らの文明に管理された彼らは、文句も言わずに働く従順な手駒となるだろう」
そしてセルダンは、ニヤリと笑みを深めた。
「そして第三に……これが最も重要だが、『特異点』の回収と利用だ」
「特異点……彼らを進化させる要因か」
「いかにも。彼らの中から稀に生まれる、常識を覆し、文明を飛躍させる突出した知性。……それを放置すれば脅威だが、我々の管理下で摘み取れば、それは至上の資源となる」
彼はホログラムの中の地球を、まるで果実のように愛おしそうに見つめた。
「停滞した我が文明の技術を活性化させるための『刺激』として、特異点を回収し、我々の演算システムに組み込むのだ。……毒も使いようによっては薬になる」
「なるほど。脅威の芽を摘みつつ、その果実だけを美味しくいただくわけか」
「そのために必要なのは、まずは、彼らの『堕落』だ。決して我々の脅威とならぬようにな」
セルダンは、新しいホログラムを表示させた。 それは、巨大な隕石のような構造体。
「環境制御用テラフォーミング・ユニット『スター・シード』。これを地球に落とす。この星は、大気中に制御ナノマシンを散布し、彼らの意思に反応して物理現象を起こすシステム――彼らが言うところの『魔法』を提供する」
「魔法だと……?」
「そのとおり。指先一つで火が点き、水が湧き、傷が治る。……未開の文明に、そんな万能の力を与えられたら、どうなると思うかね?」
セルダンは、嘲るように言った。
「彼らは、面倒な科学など喜んで捨て去るだろう。なぜ苦労して火薬を調合する? 指を振れば爆発が起きるのに。なぜ必死に医学を学ぶ? 祈れば治るのに。そして、システムという神へ頼り切ることになる」
「なるほど……。安易な『魔法』に依存させることで、自ら困難を克服しようとする『科学の精神』そのものを腐らせるわけか」
「その通りだ。魔法は便利だが、その本質は我々のシステムからの配給品にすぎん。与えられた餌に満足した家畜は、自ら狩りをする牙を捨て去る。……そうして地球時間で1000年も経てば、彼らは自らの科学文明など忘れ去り、我々のシステムなしでは生きられない、何の脅威も無い従順な文明に退化していることだろう」
セルダンは、ホログラムの地球を、指先で弄ぶように回した。
「彼らの進化の源泉である『不便への反骨心』を、魔法という麻薬で満たしてやるのだよ。これこそが最も平和的で効率的な、文明の去勢手術だ。そして、特異点の回収は最優先事項として、すでに『スター・シード』にはプログラムしてある」
「脅威は削除した上で、糧として喰らう。では、セルダンよ……直ちにその『星』を送ろうではないか」
銀河の辺境へ向けて、一つの「星」が放たれた。 それは破壊兵器ではなく、甘美な毒。 兵士と奴隷を作り出し、特異点を収穫するための、あまりにも便利すぎる揺り籠。
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