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第5節 ― 空の部屋が鳴らした呼鈴

 密封宿帳庫を出たとき。


 灰冠ホテルのどこかで、鈴が鳴った。


 澄んだ音が一度。


 少し間を置いて、もう一度。


 客が使用人を呼ぶための鈴だった。


 音は壁の中を通り。


 廊下の天井裏を抜け。


 客室とは別の場所へ、誰かの要求を届ける。


 ミラベルは足を止めた。


「今の鈴は、どの部屋からですか」


 ブルーノ支配人は答えなかった。


 代わりにエドモンド=ケイルが、廊下の先へ視線を向ける。


「受付裏の呼鈴盤へ信号が出ます。担当者が確認しているでしょう」


「客室の扉に付いている鈴が、その場で鳴るわけではないんですね」


「客室内の紐を引くと、壁内の装置を通じて信号が送られます。それを受け、給仕や女中が客室へ向かいます」


 ミラベルは、閉ざされた密封宿帳庫の鉄扉を振り返った。


 名前を扱う随伴票。


 食事を残す配膳記録。


 そして。


 客が人を呼んだことを知らせる鈴。


 灰冠ホテルでは。


 一人の滞在が、いくつもの異なる記録へ分けられている。


「ネリーに、もう一度話を聞く」


 レオンが言った。


「死体を発見した際の証言なら、すでに警部へ」


 ブルーノが答える。


「今朝の話ではない」


「何を聞くおつもりです」


「昨夜、この階で何が鳴ったかだ」


 ブルーノの顔に、わずかな疑問が浮かぶ。


 レオンはそれ以上説明せず。


 五階へ続く廊下を歩き始めた。


     ◇


 ネリー=コームは、五階の客室管理室にいた。


 朝から一度も持ち場へ戻されていない。


 椅子へ浅く腰掛け。


 膝の上で、両手を固く組んでいる。


 制服の白い前掛けは清潔だったが。


 片方の袖口へ、小さな皺が寄っていた。


 何度も同じ場所を握った跡だった。


 窓の外では。


 昼へ近づくヴェルム=クロウの街が、煤霧に沈んでいる。


 屋根の向こうを高架鉄道が走るたび。


 硝子が、かすかに震えた。


 ミラベルはネリーの向かいへ椅子を運んだ。


 グレアムは扉のそばへ立つ。


 レオンは壁際の机へ寄りかかり、少女の正面を避けていた。


 四人に囲まれれば。


 それだけで、尋問になる。


 ミラベルは記録帳を開かず。


 膝の上へ置いた。


「朝から何度も話をさせて、ごめんなさい」


「いいえ」


 ネリーは首を振った。


「必要なことですから」


「怖かったでしょう」


 その一言に。


 ネリーの組んだ指が、少しだけ緩んだ。


「最初は、誰かが部屋で倒れているだけだと思いました」


「死んでいるとは?」


「扉が開くまで、考えないようにしていました」


 ミラベルは頷いた。


 レオンなら。


 灯りを見た時刻。


 扉を叩いた回数。


 鍵へ触れたか。


 誰を呼んだか。


 その順番に確認する。


 それは必要だった。


 だが。


 同じ記憶を話すにも。


 人はまず、自分が何を恐れたのかを言葉にした方が話しやすい。


「今朝のことは、警部が確認してくれました」


 ミラベルが言った。


「聞きたいのは、昨夜のことです」


「昨夜?」


「五階東翼で、何か変わったことはありませんでしたか」


 ネリーの目が、一瞬だけ横へ動いた。


 思い出したのではない。


 すでに思い出していたことを。


 話すべきか迷った動きだった。


 レオンの視線が細くなる。


「小さなことでも構いません」


 ミラベルは急かさなかった。


「そのときは、おかしいと思わなかったことでも」


「……呼鈴が鳴りました」


 ネリーが言った。


 グレアムが腕を組み直す。


「どの部屋だ」


「五〇九号室です」


 ネリーは答え。


 すぐに付け加えた。


「呼鈴盤では、そう読めました」


 レオンが壁から背を離した。


「読めた?」


「客室から呼ばれると、受付裏の装置へ符号札が上がります。隣の対応盤で部屋番号を確認して、そこへ向かうんです」


「鳴った時刻は」


 グレアムが問う。


「午後十時十八分です」


 返答は迷いなく出た。


 正確すぎる時刻に。


 ミラベルが目を上げる。


「よく覚えていますね」


「夜勤記録へ書きました。呼鈴の印字紙にも、時刻が残ります」


「あなたが時計を見て書いたのではない?」


 レオンが尋ねる。


「はい。呼鈴が鳴ると、装置が時刻と符号を紙へ印字します。それを見て、夜勤記録へ写しました」


「なら、午後十時十八分は君の記憶だけではない」


「印字紙が残っていれば」


 ネリーの顔へ不安が浮かぶ。


 自分の証言が疑われたと思ったらしい。


 ミラベルがすぐに言葉を添える。


「あなたを疑っているわけではありません。何が記憶で、何が機械の記録なのかを分けているんです」


「……はい」


「その呼鈴を受けて、五〇九号室へ向かったんですね」


「すぐに」


「誰かと一緒に?」


「いいえ。通常の呼鈴でしたから、わたし一人で」


「緊急用ではなかったのか」


 グレアムの問いに。


 ネリーは頷いた。


「鈴の音だけでは、用件は分かりません。たいていは湯や飲み物、手紙の受け取りです。でも、急病のこともあります」


「五〇九号室の前へ着いたとき、扉は?」


「閉まっていました」


「叩いた?」


「はい」


 ネリーの指が。


 膝の上で二度、動いた。


 昨夜。


 扉を叩いた動作をなぞるように。


「客室係でございます、と呼びました。でも、返事がありませんでした」


「何度だ」


「二度です」


「室内から物音は」


「聞こえませんでした」


「灯りは」


「扉の下からは見えませんでした」


「それで、部屋を離れたのか」


 グレアムが尋ねた。


「いいえ」


 ネリーは首を振った。


「呼鈴が鳴った以上、返事がないまま離れてはいけません。急病の可能性がありますから」


 ネリーは。


 制服の腰へ手を添えた。


 今は外されているが。


 昨夜は、夜勤用の客室鍵をそこへ下げていた。


「夜勤用の鍵で、扉を開けました」


 グレアムの目が鋭くなる。


「中へ入ったのか」


「扉を少し開けて、呼びかけました。それでも返事がなかったので、室内を確認しました」


「誰かいたか」


「いいえ」


 今度の答えにも。


 迷いはなかった。


「五〇九号室には、誰もいませんでした」


 管理室の空気が。


 わずかに変わった。


「どこまで確認した」


 レオンが尋ねる。


「入口からだけではありません。居間と寝台の周り、浴室も見ました。窓は閉まっていました。隠れている人も、倒れている人もいませんでした」


「物を動かしたか」


「いいえ。扉と浴室の入口へ触れただけです」


「室内が無人だったことは、夜勤記録へ書いた?」


「応答なし、室内無人、と書きました」


「それなら」


 ミラベルが言った。


「五〇九号室に、返事をしなかった誰かがいた可能性は除けますね」


「ネリーの確認が正しければな」


 レオンは条件を添えた。


「でも、ネリーさんは部屋を確認した」


「そう証言している」


「客室係として、必要な確認をしたんです」


 ミラベルは。


 ネリーへ向き直った。


「あなたの判断は間違っていません」


 ネリーの唇が、わずかに開く。


「でも、鈴は鳴ったんです」


「だから、その鈴の方を調べます」


 ミラベルは答えた。


「あなたが五〇九号室へ向かったことも、室内を確認したことも、その時点では正しい対応でした」


 ネリーの肩から。


 わずかに力が抜けた。


「部屋が空だったあと、どうした」


 グレアムが尋ねる。


「セレス夫人が舞踏室にいらっしゃることを思い出しました」


「夕方、向かう姿を見た?」


「はい。戻られたところは見ていませんでした」


「確認しに行ったんですね」


 ミラベルが聞く。


「五階から一階へ降りて、舞踏室の入口にいる係へ尋ねました。セレス夫人は中にいらっしゃいました」


「姿も見たのか」


 グレアムが問う。


「はい。入口から見えました。黒灰色の衣装と、セレス家の銀の留め具を着けていらしたので、間違いありません」


 ミラベルの脳裏に。


 五〇九号室で会ったラヴィニアの姿が浮かぶ。


 黒灰色の衣装。


 胸元の古い銀飾り。


 見習い女中が。


 上流客の顔や服装を覚えていても、不思議ではない。


「セレス夫人へ、呼鈴のことは伝えましたか」


「いいえ」


「なぜ?」


「部屋に誰もいなかったので、装置の誤作動だと思いました。舞踏室のお客様を呼び出すほどではないと」


 ネリーの声が小さくなる。


「過去にも、故障はあったのか」


 レオンが尋ねた。


「ときどき、鈴が一度だけ鳴ることはあります。蒸気管の振動や、壁の中の接点が緩んだときに」


「昨夜の鈴は、一度だけ?」


「呼鈴盤の鈴は一度です。符号札は、わたしが受付へ戻すまで上がったままでした」


「夜勤記録には」


「午後十時十八分。C―17。応答なし。五〇九号室内無人。セレス夫人は舞踏室。誤作動の可能性、と書きました」


 グレアムが低く息を吐く。


「今朝、五〇七号室の灯りを見つけるまで、口頭では報告しなかった」


「夜勤責任者は記録を確認しました。でも、故障だと思っていたので……」


 ネリーは俯いた。


「申し訳ありません」


「謝るな」


 グレアムが言った。


 声はぶっきらぼうだったが。


 責める調子ではなかった。


「空の部屋で鳴った鈴と、隣室の死体を結びつけろという方が無理だ」


 ネリーが顔を上げる。


「ただし、これからは思い出したことを全部話せ。重要かどうかを決めるのは、俺たちの仕事だ」


「はい」


 ミラベルは、ようやく記録帳を開いた。


「確認します」


 書きながら。


 一つずつ、言葉にする。


「午後十時十八分。呼鈴装置へC―17の信号が入った」


「はい」


「対応盤では、C―17は五〇九号室を示していた」


「はい」


「ネリーさんが五〇九号室へ行き、夜勤用鍵で室内を確認したけれど、誰もいなかった」


「はい」


「宿泊者のラヴィニア=セレス夫人は、舞踏室にいた」


「はい」


 四つの事実。


 午後十時十八分。


 C―17。


 無人の五〇九号室。


 舞踏室にいた宿泊者。


「呼鈴の実際の接続先だけが、まだ分からない」


 レオンが言った。


 ネリーが彼を見る。


「C―17は五〇九号室です」


「表の対応盤ではな」


「表?」


「印字機が記録したのは、部屋番号ではない。C―17という設備符号だ」


 レオンは壁から離れた。


「その符号を、対応盤によって五〇九号室と読んだ。君の読み方は正しい」


「では、やはり五〇九号室が――」


「実際に、どの客室からC―17へ信号が入ったのかは、設備の接続を確認しなければ分からない」


 ネリーは。


 すぐには意味を理解できなかった。


 ミラベルも、記録帳へ書いたC―17の文字を見る。


「対応盤は、信号の意味を示している」


「そうだ」


「壁の中の線そのものではない」


「そういうことだ」


 レオンは管理室の扉へ向かった。


「呼鈴の記録を見る」


     ◇


 受付裏は。


 正面広間の豪華さとは、別のホテルだった。


 客の目には触れない狭い空間へ。


 伝声管。


 呼鈴線。


 鍵箱。


 伝票棚が密集している。


 壁には、真鍮の小札が縦横に並んだ大きな対応盤。


 その隣には。


 いくつもの符号窓を備えた呼鈴装置が設置されていた。


 客室で紐が引かれると。


 対応する符号札が跳ね上がり。


 鈴が鳴る。


 下部の記録機は。


 時刻と、設備符号だけを細い紙へ印字する。


 グレアムは装置の前へ立ち。


 腕を組んだ。


「部屋番号は残らんのか」


「残りません」


 エドモンドが説明する。


「灰冠ホテルは増築と改装を重ねています。客室番号は変更されますが、壁内の呼鈴線や伝声管すべてを、そのたび付け替えることはできません。そのため、設備側には建設時の系統符号を使用します」


「A―01やC―17は、設備の名前」


 ミラベルが言う。


「正確には、呼鈴と伝声管を管理する系統符号です」


「それを、こちらの対応盤で客室番号へ読み替える」


「はい」


 エドモンドが。


 表側の真鍮盤を示した。


 左側に系統符号。


 右側に現在の客室番号。


 小さな札が、細い溝へ差し込まれている。


 ミラベルは指で触れず。


 文字を追った。


 C―14――五〇一。


 C―15――五〇三。


 C―16――五一一。


 そして。


 C―17――五〇九。


「昨夜も、ここはC―17――五〇九でした」


 ネリーが言った。


「この表示を見て、五〇九号室へ向かいました」


 現在の対応盤と。


 ネリーの記憶は一致している。


 表側の札が。


 昨夜、別の客室を示していたわけではない。


「順番には並んでいないんですね」


 ミラベルが言う。


「増改築の影響です。客室を統合、分割した際にも、設備の経路が変わります」


「五〇七号室は?」


 レオンが問う。


「現在は修理閉鎖中ですので、表の対応盤にはありません」


 エドモンドが答えた。


「呼鈴系統からも外されている?」


「そのはずです」


「そのはず?」


 グレアムが聞き返す。


「設備の物理的な接続は、設備部門が管理しています。表の対応盤は、従業員が信号をどの部屋として読むかを示すものです」


「表の対応と、壁の中の接続は別に管理されている」


 レオンが言った。


「はい」


「一つの符号を、別の客室へ一時的に延長することはできるか」


 エドモンドは、短く考えた。


「修理や仮運用では、設備主任が分岐端子を使うことがあります」


「元の客室を残したまま?」


「設備の状態によります。技術上は可能です」


 グレアムの目が細くなる。


「現在のC―17が、実際にどこへつながっているかは」


「設備盤を開いて確認しなければ分かりません」


 エドモンドが答える。


「表には五〇九とある」


「はい」


「だが、裏で別の客室へ分岐されている可能性はある」


「可能性としては」


「五〇七号室へ?」


 ミラベルが尋ねた。


 レオンは、すぐに答えなかった。


「今はまだ、そう決める証拠がない」


 表側の対応盤は。


 昨夜も今も、C―17を五〇九号室と示している。


 変わっていない。


 問題は札の位置ではない。


 札が五〇九を示したまま。


 その裏側で、どの客室の呼鈴紐がC―17へ接続されていたのか。


「設備盤を管理するのは」


 グレアムが問う。


「設備主任のオーリン=ヴォスです」


 エドモンドが答えた。


「あとで呼べ」


 グレアムが部下へ命じる。


 続いて。


 記録機の紙を引き出させた。


 細い紙には。


 前夜から今朝までの呼鈴が、時刻順に印字されている。


 文字は小さい。


 時刻。


 符号。


 応答処理を示す短い印。


 午後十時十一分。


 B―08。


 午後十時十五分。


 A―22。


 そして。


 午後十時十八分。


 C―17。


 部屋番号は、どこにもない。


 ネリーの証言どおりだった。


「印字は、あとから書き加えられるか」


 グレアムが問う。


「通常の筆記では、この字体にはなりません」


 エドモンドが答える。


「紙を交換し、機械を手動で動かせば?」


「技術者なら、可能性はあります。ただし、紙送りと時刻歯車の調整が必要です」


「不可能ではない」


「簡単でもありません」


 グレアムは紙へ顔を近づけた。


 機械記録へ。


 過度な信頼を置く男ではない。


 だが。


 疑うなら。


 疑うだけの痕跡が必要だった。


 今のところ。


 印字の濃さも。


 文字の間隔も。


 前後の記録と変わらない。


「記録機が正常なら」


 ミラベルが言った。


「昨夜、午後十時十八分。C―17の信号が入った」


「それは言える」


 レオンが答える。


「表の対応盤では、C―17は五〇九号室」


「昨夜も、ネリーはそう読んだ」


「だから五〇九号室へ向かった」


「でも、室内は無人だった」


「ラヴィニアも舞踏室にいた」


 ミラベルは。


 記録帳へ四つの事実を書き並べた。


 一。


 午後十時十八分、C―17が作動した。


 二。


 表の対応盤は、C―17を五〇九号室と示した。


 三。


 五〇九号室は無人だった。


 四。


 ラヴィニア=セレスは舞踏室にいた。


 その下に。


 もう一行を書く。


 ――C―17の実接続先は未確認。


「なら」


 グレアムが真鍮盤を睨んだ。


「誰が、どこから鈴を鳴らした」


 誰も答えなかった。


 エドモンドが、静かに口を開く。


「誤作動ではないでしょうか」


「ネリーも、昨夜はそう判断した」


 グレアムが言う。


「この装置には故障があるのか」


「古い設備です。振動で接点が入ることは、稀にあります」


「記録機まで動く?」


「呼鈴信号が入れば、記録機は動きます。原因までは判別しません」


「なら、故障の可能性は残る」


 ミラベルが言った。


「残る」


 レオンは、印字紙のC―17を見る。


「だが、故障だけで決めるのも早い」


「五〇九号室に人はいなかった」


 ミラベルが言う。


「そこは確認できた」


「ラヴィニアさんも舞踏室にいた」


「それも確認できる」


「なら、五〇九号室の呼鈴紐を引いた人はいない」


「五〇九号室の紐がC―17を作動させたのならな」


 レオンの言葉に。


 ミラベルが顔を上げた。


「裏側の実接続が違っていた可能性」


「まだ可能性だ」


「でも、確認する必要がある」


「そうだ」


 グレアムは、設備盤を覆う扉へ視線を向けた。


「すぐ開けさせるか」


「その前に、ほかの記録を集める」


 レオンが言った。


「なぜだ」


「呼鈴だけを見せれば、設備の故障として処理される」


「実際、故障かもしれん」


「だからだ」


 レオンは、配膳記録室の方角へ目を向けた。


「五〇七号室には、三日分の生活がある」


「食事は、五〇九号室とC―17の勘定へ付いていた」


 ミラベルが続ける。


「呼鈴も、C―17から鳴った」


「二つの記録が、同じ符号へ集まっている」


 グレアムの目が細くなる。


「密封随伴簿では、五〇九号室に随伴者はいない」


「現在残っている綴りではな」


 切られた綴じ糸。


 三日間の二人分の朝食。


 空室へ残された生活。


 そして。


 無人の客室を示す符号から届いた呼鈴。


 それぞれは。


 別の係が作った記録だった。


 別の机で。


 別の帳簿へ。


 互いに相手の内容を知らないまま。


 だが。


 すべてが。


 五〇七号室と、五〇九号室。


 そしてC―17の周囲へ集まり始めている。


「午後十時十八分」


 ミラベルが呟いた。


「その時刻に、C―17へ信号が入った」


「機械の故障か」


 グレアムが言う。


「五〇九号室ではない、別の場所からか」


 ミラベルが言う。


 レオンは。


 C―17――五〇九号室と記された表側の札を見る。


 札は、正しい位置にある。


 ネリーも、その表示を正しく読んだ。


 それでも。


 鈴を鳴らした場所まで正しいとは限らない。


「我々が、呼鈴の鳴った部屋を間違えている」


 受付の表側で。


 また客室の鈴が鳴った。


 今度は別の符号札が跳ね上がる。


 係員が対応盤を見る。


 記された部屋番号を確かめ。


 迷うことなく、廊下へ走っていった。


 誰も。


 その札が示す場所を疑わない。


 灰冠ホテルでは。


 鈴の音が、部屋を告げるのではない。


 記録が。


 その音の居場所を決めていた。

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