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蒸都ヴァルテリアと偽装記録の探偵〜記録が嘘をつく街で〜  作者: 秋月キアラ
【予告】第11話 死んだ探偵に依頼は届く
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【予告】観測記録 ― 死者は二度死ぬ

 死亡記録は、通常、人間が死んだあとに作られる。


 心臓が止まり。


 呼吸が絶え。


 医師が死を認め。


 遺体が運ばれ。


 残された者が名を告げる。


 そののちに。


 紙は一人の人間を、死者として受け入れる。


 死亡年月日。


 死亡時刻。


 死因。


 遺体確認者。


 最終住所。


 雇用記録の終了。


 婚姻記録の変更。


 銀行口座の閉鎖。


 住居契約の解除。


 それらが順番に書き換えられ。


 一人の人間が生きていた場所は、都市の記録から少しずつ閉じられていく。


 ゆえに。


 死亡記録は、死の結果である。


 少なくとも。


 ヴェルム=クロウの人々は、そう信じている。


 では。


 順番を入れ替えたなら。


 まだ息をしている者の名を、死亡台帳へ移し。


 雇用契約を終わらせ。


 銀行口座を閉じ。


 住居から名を消し。


 家族を未亡人として登録し。


 その者が生きていたすべての場所へ、正式な死亡認定を先に記したなら。


 人間は、いつ死ぬのだろう。


 命が失われたときか。


 それとも。


 生きていると証明できなくなったときか。


 記録上の死者が病院を訪れても。


 診療台帳は、その名を受け入れない。


 記録上の死者が銀行の窓口へ立っても。


 閉鎖された口座は、本人の署名を拒む。


 記録上の死者が自宅の扉を叩いても。


 住居契約には、すでにその者の居場所がない。


 本人が。


 ここにいる。


 生きている。


 そう叫んだとしても。


 都市の側が、その声を誰のものとも認めなければ。


 その者は、生者として記録されない。


 だが。


 肉体は、まだ生きている。


 血は流れ。


 肺は空気を求め。


 痛みを感じ。


 助けを待っている。


 ならば。


 その者を、あとから殺す行為は。


 殺人として記録されるのだろうか。


 死亡台帳には、すでに一度。


 その名が記されている。


 雇用も。


 財産も。


 住所も。


 婚姻も。


 すでに死者のものとして処理されている。


 その肉体が後日、誰にも知られぬ場所で息を止めたとして。


 都市は、新たな死を数えるのだろうか。


 あるいは。


 身元不明の遺体を一体、追加するだけなのか。


 すでに死んでいる人間が、もう一度死んだとき。


 都市は、誰の死を数えるのか。


 一度目は、名を失う。


 二度目は、命を失う。


 順番は逆である。


 だが。


 順番が逆であるからこそ、二度目の死は誰にも発見されない。


 死者が殺されることを。


 人は、殺人とは呼ばない。


 死亡認定記録が正しいと信じている限り。


 誰も、まだ生きている者を探さない。


 誰も、すでに埋葬された名の声を聞かない。


 誰も、死亡した人物へ届いた手紙を開かない。


 この都市で。


 人を死者の側へ置く紙は、一種類ではない。


 遺体と証言を照合し。


 特定の人物が死亡したと確定する、死亡認定記録。


 遺体が発見されないまま。


 長期の不在と残された状況から、死を推定する死亡推定記録。


 前者には、死者とされた者の肉体がある。


 少なくとも。


 その名へ所属させられた遺体がある。


 後者には。


 その名を証明する遺体すらない。


 あるのは。


 帰らないという事実と。


 帰らない時間が積み重なった記録だけである。


 それでも。


 どちらの紙も。


 都市の中では、人間を死者として扱い始める。


 そして。


 誰も、死んだ探偵へ依頼を持ち込もうとはしない。


 ――通常ならば。


 わたしは、記録を開く。


 ここにあるのは、死体から始まる事件ではない。


 一枚の死亡認定記録から始まる事件である。


 その記録が正しいかどうかは、まだ分からない。


 記された者が生きているかどうかも、まだ分からない。


 そして。


 その依頼が置かれる先には。


 遺体が発見されないまま成立した、探偵の死亡推定記録がある。


 誰が死亡認定記録を作ったのか。


 何を目的としたのか。


 その先に、いかなる二度目の死が待っているのか。


 いまは、いずれも記されていない。


 確かに存在するのは。


 死亡認定を告げる紙。


 遺体を確認していない者の疑念。


 そして。


 死亡推定された探偵へ宛てられた、開封されていない依頼だけである。


 今回の記録で問われるのは。


 どちらが人間の死であるかではない。


 二度目が訪れる前に。


 一度目の死を覆せるかである。


 死亡認定記録、一件。


 死亡推定記録、一件。


 生存記録――いずれも不明。


 遺体記録――一件は未照合、一件は零件。


 観測を開始する。


 題して――


 死んだ探偵に依頼は届く。

挿絵(By みてみん)

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