【予告】観測記録 ― 十三番目の時刻
時刻とは、何であろうか。
太陽が昇ることか。
夜が明けることか。
人間の腹が空き、眠っていた者が目を覚まし、花が開き、死者の身体から最後の温度が失われることか。
それらは、時の経過を示す。
しかし、人間がそれを何時何分に起きた出来事であると知るためには、時計が必要となる。
鐘が必要となる。
記録が必要となる。
*
ヴァルテリアの人々は、時刻を信じている。
駅舎の大時計が午前六時を示せば、始発列車は動き出す。
工場の鐘が午前八時を告げれば、夜勤者は持ち場を離れ、日勤者が機械の前へ立つ。
契約法院の時計が正午を打てば、それより後の署名は期限を失う。
銀行の記録機械が日付を更新すれば、昨日の債務は今日の利息を持つ。
検死機械が一つの時刻を印字すれば、人間は、その者がその時刻に死んだと認める。
時計は、列車を走らせない。
工場の機械を動かさない。
契約を結ばない。
人間の命を奪うこともない。
ただ、その時刻に起きたとされた出来事を、同じ場所へ結びつける。
列車と出発を。
労働者と交替を。
署名と契約を。
死体と死亡時刻を。
そして人間は、同じ時刻へ結びつけられた出来事を、一つの真実として読む。
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ごきげんよう、読者諸君。
わたしは、イル=ヴァス。
記された事実が、本来とは異なる名、場所、時刻へ置かれる瞬間を観測する者である。
わたしは時を支配しない。
過去へ戻ることも、未来を先に読むことも、一日の長さを変えることもない。
そのような力は、この事件には必要ない。
必要なのは、一つの時計塔と一つの鐘、そして、すべての時計を同じ時刻へ従わせようとする人間たちの合意だけである。
*
時計の針は、円を描く。
十二を過ぎれば、一へ戻る。
それは自然の法則ではない。
人間が、そのように文字盤を作ったからである。
一日を二十四時間と呼び、半日を十二に分け、十二の次を再び一と記すことにした。
誰もが同じ決まりを受け入れるなら、時計は都市を動かすことができる。
では。
針が十二の次へ進み、本来存在しない《第十三時》を示したなら、人間はどうするのだろう。
時計の故障として無視するのか。
誤った時刻として、記録から消すのか。
それとも、時計が示した以上、《第十三時》は存在したと認めるのか。
*
鐘が一度鳴れば、人間は一つの音を聞く。
二度鳴れば、二つの音を数える。
十二度鳴れば、一日の終わりを知る。
では。
十二度目の余韻が消え、誰もが新しい日を迎えたと思ったあと、十三度目の鐘が鳴ったなら。
その音は、終わった日のものだろうか。
始まった日のものだろうか。
あるいは、どちらの日にも属さないのだろうか。
*
時刻は、人間の外側に存在するのか。
それとも。
鐘と。
時計と。
記録と。
それらを信じる人間たちの合意によって、作られるのか。
時計が十二度鳴れば、一日は終わる。
それが、この都市の定めた真実である。
だが、十三度目の鐘が鳴ったなら、その音はどの日へ記録されるのか。
《第十三時》に出発した列車は、いつ出発したことになるのか。
《第十三時》に交わされた契約は、いつ成立したことになるのか。
そして、《第十三時》に死んだと記された人間は、本当にその時刻に死んだのか。
観測記録を開こう。
題して――
時計塔は十三度鳴る。




